3.殺人要因
少し日がたってしまいました。
今回も少し説明くさいかも。
ルビは『-アイウエオ-』っていう感じにふられてます。
2009 10/5 文章の微修正
車にまた揺られること二十分ぐらい。
喫茶店からのうのうと出てきた俺と立花はすぐに車に乗り込み、運転手に立花が俺の家に行くように告げてから出発した。
もしもあの警察たちが、義や優が呼んだものなら俺は後々謝らなければいけない。それも込みで、俺はその車の中での二十分を謝罪の言葉。そして、立花をどう家に泊まらせようかと考え込んでいた。
何も考えなければ長い道のりも、考えにふけっていたらあっという間に過ぎる。車が止まり、窓の外を見てみると、そこには確かに俺の家があった。
「なんで俺の家知ってるんだ?」
いまさらながら聞いてみる。俺は運転手に家の場所を教えた覚えはない。
「保護対象だからね。これくらいの調べはつけとかないといざって時に助けれないでしょ」
確かにそうだが、といって俺は何かぱっとしない気持ちになる。いくら保護対象で俺を監視するといっても、知らないやつに自分の家がいつの間にか知られていて、それでいて監視されているだなんて知ったら、なにか怖いものを感じる。過度なストーカーに悩まされる人っていうのはこういう気持ちになっているのだろうか。
俺は車のドアを開けて我が家の玄関の前に立つ。
なんの変哲もない、どこにでもあるような二階建ての一軒家。
改めて思う。なんたって俺は会ったばかりの女を自分の家に居座らせようとしているんだ、と。
「とりあえず、母さんと父さんは仕事でいないから、帰ったらそのときに事情を話す。立花はそれに合わせてくれ」
「わかったわ」
一つ返事に俺は一応深呼吸をして、家の玄関を開けた。
「ただいまー」
………………返事はない。どうやら誰も居ないようだ。妹も夏休みのはずだが、遊びにでもいってるのだろう。
「とりあえず俺の部屋に行こう」
無言でうなずいて俺は二階にある自室へとあがる。後ろから何もいわずについてくるのはいいが、なんだか怖い。
今まで自分の部屋に女なんて入れたことが無い。もちろん妹とか母さんは別だが。
部屋のドアを最初はゆっくりと開けて、部屋の中が散らばっていないことを確認すると俺は立花を招きいれた。
「ここで待っとけばいい」
俺は床に座る。が、立花はそれに対してベッドの上に座る。ある意味図々しい。
そこで俺はふと気づく。
「お前、荷物がひとつもないけど、着替えとかはどうするんだ?」
「大丈夫よ。梅規-ウメノリ-が後で持ってきてくれる」
「うめのり? 誰だ?」
「さっきの車の運転手よ。阿槻梅規-アキウメノリ-。私の執事みたいなものね」
そうか。さっき車を運転していたおじさんはそういう人だったのか。名前も阿槻梅規ってなんだか執事っぽい。
……執事?
「執事!? お前、金持ちなのか?」
「あのね、執事がいたらお金持ち、なんて決まりごとないでしょ。梅規は私が小さいころから世話をしてくれてる小父さんよ」
「それって雇われてってことか?」
「いえ。私が生まれる前からいたらしくて、たぶん親と仲がよかったんでしょうね。で、若い頃はどこかで本当に執事の仕事をしていたらしいわ。それで親が居なくなった後、私を引き取ってくれたの。だからたぶん私をお嬢様みたいに扱うんでしょうね。職業病ってやつかしら?」
そんなレアな人材がよくも日本にいたものだ、と感心する。
「待てよ? だったら、今度は梅規さんが一人になるんじゃないのか?」
家族はいないと立花は言った。だが、梅規さんは仮だとしても立花の家族のような存在になっていると思う。
「大丈夫よ。もとより近所の小父さんだし。私だって年齢的に高校生なんだから、梅規だってそこまで過保護なことはしないわよ、きっと」
そんなことをさらりという。いや、男と同じ屋根の下で暮らそうとする、というのが年齢的に危ないだろう。
「って、お前高校生……?」
あまりにもさらっというもんだから聞き逃すところだった。
「そうよ? 貴方より一つ年上」
……今、なんだか負けたような気がした。確かに顔は凛々しく、大人びて見えるが、どこかに残る幼さ。あまり女子というものは見ないが、そういわれれば確かに高校生に見えないこともない。
俺は一人で納得して、お茶でも出そうと立ち上がる。
「ちょっとお茶でも持ってくる。一応客人だし、それぐらいは出さないとな」
一つ年上だからといって、いまさら敬語を使うのも変だから俺は普通にしゃべることにする。
立花は、どうも、と一言いって俺がドアを開けようとしたときだった。
「お兄ちゃん? 誰かお友達いるの?」
外側から空けられた俺の部屋のドア。それを開いたのはまぎれもなく俺の妹だった。
妹は少しだけドアを開けて中を覗き込み、そして目を見開いて驚愕する。
「か、か、彼女……!?」
違う! といおうとしたが、その前に妹はなぜか顔を真っ赤にして走っていってしまった。
「貴方、妹さんがいたの?」
「あ、ああ。後で紹介する」
俺は何か見られてはいけないものを見られてしまったような背徳感を感じながら、ドアを開けてお茶をとりに行くために一階へ下りた。
一階の居間には、案の定妹が居た。
なにやらクッションに顔をうずめている。
「何してんだ、お前」
「………………」
返答は返ってこない。
「一応いっておくけど、あの人は俺の彼女じゃないからな」
「……本当に?」
クッションから顔を上げて、なにやら不機嫌気味な妹。
「本当だ。だから勝手に勘違いするな。後で説明するから変な妄想を広げるなよ?」
「わかったー。でも後ってなんで?」
「今しても二度手間だからな……。母さんと父さんが帰ってきたら説明する」
なんだか少し不機嫌そうにコクリと頷いて、なんでここに来たの? というような目で見てくる。
さて、その理由はお茶を出すためなのだが……。
「あり? 今お茶切らしてるのか?」
「そこに作ったのが置いてあると思うよ」
ダイニングキッチンを指差しながらいう。そこには昔馴染みのやかんがある。
「冷えてないと思うから、氷入れていったほうがいいよー」
「わかった。ありがと」
コップを出して氷を三、四個入れてからやかんの中に入っているお茶を注ぐ。
氷がぴきっといいながらひびをいれ、やがてコップの中はお茶の澄んだ茶色で染まる。
「お兄ちゃん。あの女の人の名前、なんていうの?」
コップを持って二階に行こうとしたときに妹が聞いてくる。
「たしか、立花竜仔だ。それがどうかしたのか?」
「ううん。一応知っておいたほうがいいかな、って」
そうか、と一言答えて俺は二階に上がることにした。
◇
三枝恭史がお茶を出すために一階に下りた。
そういえば、私はさっきから“貴方”というだけで、三枝恭史という男の名前を口にしたことは最初にカラオケボックスで呼んだときだけだ。
でもこれは、遠巻きに私が三枝恭史という男と親密になりたくない、ということなのかもしれない。
名前を呼び合えば、その時点で人と人の距離というものは縮まる。それだけで親近感が沸いてしまう。
あくまで保護対象。そんな男と親密になる意味はない。まだ伝えてはないけど、もちろん私が三枝恭史という男を保護するのは、ムタンを倒す……いえ、殺すまで。
それ以降は、きっと元の生活に戻る。いや、きっと新たな生活が始まる。
私が考えるにムタンという存在はたった一つだけ。それが私の追っているムタンのはず。
だが、ムタンがあの男を普通に殺そうとしている理由がわからない。ムタンならば勝手にそのモノの型を奪い取れば、その場でモノを殺すという行為は完了したも同然のはず。
もしもムタンが本気で殺したいのならば、そうやって型を奪い取ればいいだけの話なのだ。何か奪い取れない理由、あるいは奪い取らない理由があるのだろうか……?
「考えてもしょうがないわね」
溜息一つついて、ベッドに寝転ぶ。
別に他人の家だからといって遠慮はしない。まだ決まってはいないけれど、まさか泊まれるなんて思ってもみなかった。
だいたい、今日三枝恭史と会う予定でもなかった。保護対象に入れたのは今日のビル倒壊、いや、ビルの自壊を見てからだ。
それまでムタンは何の行動も起こさなかった。自分の身体ではないのだから、人に乗り移って殺人を犯す、という行動でもよかったろうに。それを不自然ながらも自然なビルの倒壊という形で殺そうとした。
この理由は? もしかしてムタンのお遊び? まさか私はそのお遊びに弄ばれているだけ?
……そんなことはない。ないはず。
ムタンは私の仇。そのムタンは私に向かって嘲笑った。まるで私が愚かな存在だとでもいわんばかりに。
私は…あのときを忘れない。その復讐を果たすために今まで追ってきたのだ。そしてムタンはそんな私を楽しむかのように、確実に私に関わる形で何かをしてくる。
実はもう私は、ムタンに弄ばれているのかもしれない――。
「戻ってきたか」
階段を上がってくる音が聞こえて、私はベッドから起き上がる。
そういえばさっきからこの部屋は暑い。エアコンもあるのだから、せめて冷房をつけていってくれればよかったのに、と今さら思う。
これで生ぬるいお茶を持ってきたら許せないわ。
◇
扉を開けると、さっきと変わらずベッドに座ったままの立花がいた。
「茶、持ってきたぞ。ちょっと作り置きのやつしかなかったみたいだからまだぬるいかも」
一応氷を入れてきたが、そこまで冷えてる保証はない。
立花にそのお茶の入ったコップを渡すと、少し不機嫌な顔になる。なんだ、俺は何かしたのか?
俺はエアコンのリモコンでエアコンの電源をつけて、その場に座る。
立花はお茶を少しだけ飲んでコップを持ったまま膝のあたりに持っていく。
「………………」
話すこともない。ってか女子と何を話せばいいのかがわからない。しかもすでに気にする範囲ではないが、年上となるとなおさらだ。
そう思うだけで俺の頭は混乱する。
「一つ質問してもいい?」
「へ? なんだ?」
「貴方、三枝と恭史とどっちで呼ばれたい?」
……唐突な質問。そして少しだけ質問の意図がつかめない。
「どういうことだ?」
「私、さっきから貴方のことを“貴方”としか呼んでないのよ。もしも、三枝と恭史のどちらかで呼ばれるとしたらどっちがいい、って聞いてるの」
俺は悩むが、正直なところどちらも何かしっくり来ないし、俺は貴方と呼ばれてもぜんぜんかまわない。
「強いて言うなら、恭史かな」
「そう。ま、呼ばないけどね」
「何だよそれ!?」
意味がわからない。
別に俺の反応を見て楽しむわけでもない立花。ここで笑ってくれたほうが、まだ救いがあったような気がする。
………………。
それ以降はまた会話なし。
俺も茶を飲むだけで、聞こえるのはクーラーの音ぐらいだ。立花は本棚から漫画を数冊取り出して読んでいる。
俺は話すネタもないし、なんだか冗談はあまり効かなさそうな立花に対して笑い話もだめそうだ。まじめな話をしようにも、俺が聞きたいことはとりあえず聞いた。それ以外は一言で済まされそうな質問ばかりだったような気がする。
ならば、整理しておこう。立花も漫画を読んでいるし、たぶんちょうどいい機会だ。
まず、俺は型無き綻び――通称ムタンというやつに狙われている。そのムタンから守るために、立花竜仔という女に俺は保護対象、つまりは守られることとなった。
……たったこれだけのまとめ。
っていうか、そのまんますぎて整理に一分とかからない。だが、これが一番簡潔かつ明確なものだと思う。
今さらながら思うが、なんで俺はこんな漫画やアニメみたいな話を信じ込んでいるのだろうか。
今日はエイプリルフールでもないし、まさかこんな大掛かりな嘘なんて考えないだろう。
ビルの倒壊だって、それだけのためのものじゃないはず。嘘をつくためにこんなことをする必要性はない。したらそいつはきっとバカだ。
そこでふと疑問が浮かぶ。
「なあ、立花。ビルを爆破したのってムタンなんだよな?」
「ええ、そうよ」
漫画から顔をあげずに答える。
「なんでビルを爆破して俺を殺そうとしたんだ? そんな見つかりやすい殺し方じゃ俺を殺すのなんて無理だろ。こちらに倒れてくるとわかれば、すぐに俺が逃げ出せばいいだけだし」
そうね、といって漫画から顔を上げる。
「確かにそう。それは私もさっき考えたわ。ムタンがモノの型を奪い取れる、っていうのは覚えてるわよね。もしもムタンが貴方を殺したいなら、その型を奪い取れば済む問題なのよ。拠り所を失った貴方は身体だけ残して、そのうち消えてしまうんだから。ビルの自壊だってする必要性がないもの」
「ビルの自壊…?」
自壊、って文字通り自分から壊れるってことだろうか。
「ムタンはわざわざビルの型を奪い取って身体となるものを壊したのよ。つまりはビル本体をね。爆発した、っていうのは間違いで、きっと自分の身体を壊したのね。ビルだったら大本の支えとなる柱を自ら壊したんでしょうね。もちろん、それを一気に壊すには何かしら衝撃がいる。その衝撃がきっと爆発に見えて、そのまま支えとなる大本の柱が壊れて倒れたんでしょ。人間でいう自殺をしたのよ、ムタンは」
自壊……つまりは自殺。
「つまり、型を取られたモノは生かすも殺すもムタンの自由ってことか」
「そういうこと。モノは自らが生きたいが為に自分を殺そうとは思わない。誰にだって自殺っていう機能はあるけど、その危険なスイッチを押そうとはしないの。もちろん私にだってあるし、貴方にもある。だけどそのスイッチを押さない。押せば自分がいなくなるからね」
俺にも自殺という赤いスイッチがある。それは何もかもにいえることらしい。立花の言葉はそういっている。
なんて――無駄な機能。
万物は常にそんな危険な機能を持っていると考えるだけで嫌になる。
人間で自殺した人というのは、悩みに悩んでそのスイッチを押してしまった人たちなのだろうか。
「たぶんムタンは貴方を使って私を弄んでいるのかもしれない。貴方という命を使ってね」
「なんだよそれ? つまり俺は玩具か。立花との遊びを盛り上げるためだけの」
「……そうかもしれない、ってこと。私だってそんなことは考えたくないの。気を悪くしないでね」
悲しさという感情がその瞳に表れる。
「別にいいよ。それで立花が守ってくれるっていうんなら関係ないしな」
半分強がり。半分立花を慰めるために言った。
命を弄ぶという悪癖を持ったムタンに俺は苛立ちを覚える。だけど、その苛立ちを立花にぶつけるというのはあまりにも酷い話だしな。
ピルルルルルル。ピルルルルルル。
無機質な携帯の音が鳴る。それは俺の携帯で電話を知らせるものだ。
そしてその着信相手は……義だった。
そこで思い出す。俺は無事だということを知らせていないことに。
おそるおそる携帯に出てみる。
「もしもし……?」
「恭史か!? 俺だ! 義! お前、大丈夫なのか? 一応警察にいって捜索してもらってるんだけど、何か現在地の情報とかないか!?」
やばい。非常にやばい。今ここで「今、家にいる」といったら、冗談として受け取れば義が激怒。あるいは犯人に言わされたと思って激しく勘違い。
きっと俺が無事だとわかれば、義は激怒。何をしていたんだという質問責め。
なにをとっても“激”という言葉がついて離れないような気がする。
俺は頭をフル回転させた!
「義、何いってんだ? 警察ってなんだよ」
少しふざけたように笑う。
「お前が意味のわかんねえ女に連れて行かれたからだろ!? なにいってんだよ、このバカが!」
義が本気なのはわかる。が、それが今は辛い。
「女? なんの話だよ。お前、なんか変な夢見たんじゃないのか?」
「んなことねえ! ……お前、本当に大丈夫なのか?」
だんだんと声が落ち着いてくる。あともう一息!
「ああ大丈夫大丈夫。だいたい、俺はカラオケの途中で用事思い出して帰ったろ?」
「あれ……? そうだったっけ…?」
「そうそう。とにかく俺は大丈夫だから。夢でもみたんじゃねえのか? なんだか必死みたいだったけど、ありがと」
「あ、ああ。夢だったのか……?」
そういって、じゃあな、といって電話を切る。なんとか乗り切ったみたいだ。
義や優には悪いけど、今心の中で謝罪しよう。すまん!
次から物語をばーん! と展開させていこうかと思ってます。




