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27.守るべき人

どうも、すでに前回の更新から1ヶ月。何が更新ペースを速める、ですか、本当に。完全に自分が悪いわけですが・・・・ダラダラとしすぎました。

ということで、一区切りというこの話。いつも以上に長いです。半分本筋半分お遊び、見たいな感じですが、これで一段落ついた感じです。それではどうぞ。

 家を浴衣姿の女子四名とYシャツにジーンズという姿に背中に竹刀袋をかついだ――きっと中身は日本刀だろう――女子一名と私服姿の男子一名が出てから数分。家から外に出てからというもの、公園のお祭り騒ぎが聞こえてくる。それは近づけば近づくほど大きく、賑やかになっていて公園にたどり着かずとも今年も人で賑わっていることを知らせてくれた。

 夏休みの楽しみの一つであるこの行事。今年はどんな出店がでているのだろう、とうきうきする。

 そして、公園に着いてみれば――

 「たっちばなすわぁーーーん!」

 不審者が襲い掛かってきた。

 「よっ。ただ……し!」

 「ごあっ!?」

 立花に飛びかかろう、というかもはや襲い掛かろうとしている義に右ストレートを一発かます。

 綺麗に俺の右ストレートは腹に入って、義はその場に崩れ落ちた。

 「変態か、お前は」

 「違う……しん、し……だ」

 変態という名の紳士だとでもいいたのか、こいつは。認めないぞ、どのみち変態だし。

 「こんばんわ、恭史」

 丁寧に挨拶をしながら、義の後ろから優がやってきた。

 「よう。今日は会うのが早かったな。待ってたのか?」

 「うん。なんだか義が恭史を待っとこうぜ、って」

 「あー……なるほどね」

 正確には俺じゃなくて立花を待っていたんだろうがな。どうせ俺と立花が一緒にくると思っていたのだろう。見事にその予想は的中したわけだが、いくらなんでも行動が早すぎだろう、義。この前ふられた(?)ばかりなのによくこうやって再度アタックできるものだ。

 「魅奈ちゃんもこんばんわ。えっと、そっちは魅奈ちゃんのお友達?」

 「はい、そうです」

 「みんな浴衣似合ってるねー」

 優はうんうんと頷きながら魅奈の友達にそれぞれ挨拶をする。

 そして俺の横にいる立花を見て優は少し固くなって挨拶をする。

 「こ、こんばんわ」

 「こんばんわ」

 ……終了。優も立花を前に俺のために尾行…もといストーキングしたことを思って何か気まずいのだろう。立花は本当に気にしていないようだが。

 「それじゃいくか。ゆっくり楽しもうぜ!」

 おー! と立花と倒れ付している義を除いてみんなが応えるのを見て俺は歩き出した。


 ◇


 お兄ちゃんが歩き出したのを見てあたしもそれについていく。

 毎年お兄ちゃんの横についてまわってたけど、さすがに今年は友達がいるから、とあたしはお兄ちゃんの少し後ろのほうにいた。

 立花さんはお兄ちゃんの少し斜め後ろについている。手辻さんはお兄ちゃんと話しながら横についてるし……どのみちあたしが入る隙はなかった。

 美樹ちゃんたちはあたしがお兄ちゃんに毎年ついていくのを見ていたからか、少しだけ距離を置いてついてくる。

 「もー、別にそんなことしなくていいってば」

 「えー。だってミナっちがお兄さんといつでもイチャイチャできるようにと思って」

 意地悪い顔をしながら美樹ちゃんは他の二人に「ねー?」と促す。

 「べ、別にそんなことしないよ! イチャイチャだなんて……」

 「まぁいいじゃない、魅奈。でも、積極的にアタックしないと、あの立花さんに取られちゃうわよ? あなたのお兄さん」

 美鈴ちゃんまでそんなことをいってくる。けど、確かにそうだなと思ってあたしは改めてお兄ちゃんと立花さんを見る。

 相変わらずお兄ちゃんのほうは手辻さんと話してるみたいだけど、立花さんとは話してない。立花さんはいったいお兄ちゃんのことをどう思ってるんだろ……?

 「そういえば、さっきから気になってたんだけど、立花さんが背負ってるのって竹刀袋?」

 小夜ちゃんが小さい声であたしに聞いてきた。

 視線の先には、あたしも出るときから気になっていた竹刀袋があった。

 「うん、そうだと思うよ。立花さんって剣術とか習ってたことあるらしいし」

 この情報は立花さんと部屋で二人のときに話して得た情報。小さいころに習ってたんだとか。

 そう聞いて小夜ちゃんは「へー」と少し驚いたようにいってあたしの浴衣の裾をつかんできた。

 「……斬られちゃったらどうしよぅ?」

 「大丈夫だって。竹刀袋なんだから中に入ってるのは竹刀に決まってるじゃん」

 「そ、そうだよね。あはは……」

 さっき立花さんと家で話していたときに、どうやら小夜ちゃんは立花さんに対する苦手意識をもってしまったらしい。そりゃ、あたしだって未だに慣れているとはいえないんだからしょうがないのかもしれないけど。

 「魅奈ちゃーん♪」

 不意に後ろのほうから明るい男性の声がして振り向くと、おなかをさすりながら榎本さんがなにやら上機嫌にやってきた。

 「例の計画、大丈夫そう?」

 あたしの顔の位置まで背を低くしてひそひそと話す。

 「はい。ちょっと後ろの友達は予定外でしたけど……」

 「よし! それじゃいっそのこと後ろの美少女たちにもこの計画のことを話そう」

 「えっ? で、でも」

 「こういう作戦は多いほうがいいもんだって! 彼女たちもオレのためと思えば手伝ってくれるに違いないさ……美しいって罪だぜ」

 そこに美しさは関係あるのかどうかわからないけれど、確かに美樹ちゃんたちもあたしがどうしたいかは根本的にわかってるはずだし……。

 「そうですね。わかりました! それじゃあたしから段取りを話しておきます」

 「おう! 頼むよ~、魅奈ちゃん」

 親指をたてる榎本さんにあたしも親指をたてて返してから後ろを振り向く。

 「ん? どったの、ミナっち」

 「ちょっと大事な話があるの。立花さん絡みで」

 三人は首をひねって顔を見合わせる。そして、あたしは今回の計画のことを三人に話すことにした。もちろん、あくまで榎本さんのためだ、ということを強調しつつも。


 数分後。

 「なるほどねー。あの人の恋路を手伝ってやろう、ってことだね?」

 あごに手をそえながら、美樹ちゃんはうんうんと頷きながら言った。

 「まあ、そういうこと。協力してくれる?」

 「ワタシはぜんぜん構わないよ?」

 「アタシと小夜も問題ないわ」

 「それじゃよろしくね!」

 「ん、話終わった?」

 移動しながら立花さんと少しの間話していた榎本さんがちょうど良くやってきた。終わったことを報告すると突然手を出す。

 「ほら、えいえいおー! ってやつやろうぜ!」

 なるほど、と思って出された手の上にあたしは自分の手を重ねる。

 続いて美樹ちゃんたちも自分たちの手を重ねて小さな声で――

 「えい! えい! うおぉぉぉぉおおおおお!!」

 ――しようと思ってたけど、榎本さんの想像以上の大声にあたしたちは何もできず、一番下にあった榎本さんの手が勢いよくあがってちょうどいい感じにあたしたちの手もばらける。

 「なにいきなり叫んでんだよ」

 「いやいや、決意を固めるために一発叫んでみた!」

 うきうきとした気分で榎本さんは叫び声に驚いたお兄ちゃんにそういった。

 あたしも心の中でうきうきとしていたのは内緒だ。続けてあたしたちは計画について少し話すことに。罪悪感なんてものはまったくなかった。その罪悪感を消すものは唯一つ。榎本さんのためなんだ、と思うことだけだった。


 ◇


 りんご飴にたこ焼き、フライドポテトにイカ焼き。祭りの定番食を買って食って歩いて。父さんからもらった五千円が以外にも大きく、少々おごっても大丈夫なぐらいだった。とはいっても、さすがに全員におごっていたらあっという間になくなってしまうので、みんな遠慮がちだったが。今の残金はまだ三千円もある。

 「やっぱりお祭りといえばりんご飴だよね」

 「いや、俺はわたがしだと思うぞ」

 「そうかな? その割には恭史、わたがし買ってないじゃない。さっきからいくつか店はあったけど」

 「そうだな。けど、なんていうか……とりあえず、今はそんな気分じゃない」

 確かに今まで回ってきてわたがしの店はいくつかあった。別に、そこまで好き、というわけでもない。ただ、祭りでしか食べる機会なんてほとんどないだろうし、あの口の中でとけていく感覚が好きだったりするのだ。……後々、歯に固まった砂糖がこびりつくのがたまにキズだが。俺だって中学二年のときぐらいまでは見つけたら飛びつく勢いで買ってたもんだけど、今はなんというか……恥ずかしかった。

 完全な俺の偏見だが、わたがしっていうのはどうも子供っぽいような気がする。何を高校男児がいっているのかといえばそうなのだが、とにかくなんだかわたがしを買っているところ見られたくないのだ。

 これは魅奈にも見られたくはない。考えすぎだろうが、あとでなんだかいじられそうだし…。だから、この祭りを一人でいけるときがないもんだから、中学三年になてからここでわたがしを買ったことはない。

 そんな俺の思いなど当然わかるはずもない優はりんご飴をなめながら「そっか」といって頷いた。ちなみにりんご飴はおごってやったものだ。

 「そういえば、さっきから後ろで義と魅奈ちゃんたち、こそこそしてるみたいだけどどうしたのかな?」

 相変わらずりんご飴をなめながら、少しだけ首を後ろのほうに向けながら言う。

 俺も少しだけ後ろを見てみるが、さっき義が突然叫んでからこそこそとずっと話をしているようだ。祭りのにぎやかさもあって、何を話しているかはぜんぜん聞こえないが。ただ、そうやって話をしながらもちゃんと屋台で食い物を購入してたりはしている。

 「どうせ義がらみだ。ろくなことじゃないだろ」

 「だね」

 そう、どうせ義のことだから立花に関することだろう。

 それにどう魅奈たちが関わっているのかはわからないが、変なことはしないでくれよ。

 「立花、また義のやつがなんか襲い掛かってきたりしたら、容赦なく迎撃してくれていいから」

 黙って俺の斜め後ろのほうを歩いていた立花に忠告。

 立花は自分から屋台で何か買おうとしていなかったから、父さんの五千円を使って適当に立花のぶんも優といっしょにりんご飴を買ってやった。それを食べながら俺のほうに顔を向ける。

 魅奈たちと話しているにもかかわらず、そのときだけ義は恨めしそうに俺を見ていたが…そんなのは気にしない。

 「わかったわ。容赦なく、ね」

 「……一応いっておくけど、傷とかは負わせないでくれよ。いいとこ再起不能だ」

 「恭史、それって傷を負わせるよりひどいんじゃ……」

 優のツッコミも確かだが、義の場合は軽くやっただけじゃすぐにまたくるからな。痛みを知らないというかなんというか……死を恐れない兵士じゃないんだから、もうちょっと退くことを覚えてほしい。

 ……まあ、でも魅奈が俺以外の誰かと楽しそう…なのかどうかはわからないが、ああやって話しているのは初めてかもしれない。

 言い方が大げさだが、祭りのときは本当に俺にべったりだ。うれしいのだが、やっぱり兄として心配なところもあった。もう一度後ろを見て、義や魅奈の友達たちと話している姿を見て、俺は一人安心しているのだった。なんだかんだいって、俺も魅奈にベッタリなのかもな。

 「あっ、恭史。あそこに射的があるよ」

 そういって優の指差す先には『バンバン射的!』と大きく書いてある看板をあげた射的があった。

 「射的か。いっちょやってみるか?」

 ここまで買い食いばかりで実はこのような遊び系は一つもしていない。

 「僕は賛成だよ」

 「立花は?」

 「私はどちらでも構わないわ」

 さほど興味がないのか、淡々と立花は言った。さっきから周りをきょろきょろと見回していたりするが楽しんでいる様子もない。本当にただ俺を守るためだけについてきているだけ。なんというか、機械的だった。

 「よし、それじゃいこうぜ。おーい、お前らも射的やろうぜー」

 後ろにいる義たちにも呼びかける。意外とすぐに反応して義が腕まくりをしながらこっちに戻ってきた。続いて魅奈とその友達たちもこちらにやってくる。

 「ここはオレが感謝の意をこめて撃ちぬくぜ! 商品もそうだけど、もちろん立花さんの」

 「一回二百円か。んじゃここはみんな一回ずつやるってことで。俺がおごってやる」

 「おー! ミナっちのお兄さん太っ腹!」

 「どうもありがとうございます」

 何か義が言おうとしていたが、それはいいとして俺たちは射的の屋台のもとへと向かう。

 立花も特に気にする様子もなくついてくる。義が最後に一人、手を銃の形にして撃った動作をしていたがその銃口の先には誰もいなかった。


 ついてから気づいたのだが、八人という大所帯で射的屋の屋台にいったら、俺らが独占する形になってしまうことを考えていなかった。しかし、お客さんも屋台のおっちゃんもいぶかしむ様子もなく親切にも射的の席を譲ってくれた。それに感謝しつつも俺は屋台のおっちゃんに八人分の金を払う。席は同時に三人分まであった。

 「毎度あり! にしてもえらく大勢だね、兄ちゃん」

 「そうですねー。今年は妹の友達なんかもいるんで」

 「へぇー。どれもかわいい子じゃねえか! それで、そちらの美人さんは彼女かい?」

 このおっちゃんとは初めて話したはずだが、親しく話してくれる。これが祭りの一つの醍醐味というものだろう。そんなおっちゃんが顎で差した方には立花がいた。

 「いやいや、違いますよ。しばらくこっちに泊まることになった親戚です」

 「ほっほー、えらく美人な親戚じゃねえか。わしにも娘はいるがこんなに美人さんじゃねえや。はっはっは!」

 「それはどうもありがとうございます」

 陽気に笑いながらいうおっちゃんに立花が口を開く。

 表情はそんなに変わってはいなかったが、少しだけ笑顔になっているように見えた。

 「よっしゃ、んじゃその美人さんに免じて一人二発までのところを三発までにしてやろう! サービスだ、兄ちゃんたち!」

 「ありがとうございます!」

 義や魅奈たちもそれを聞いて喜び、とりあえず最初の三席には俺と優と義が並ぶ。

 机に置かれている射的銃を手に取りコルク弾をつめる。

 二メートルぐらい先にある台にはさまざまな景品が並んでいる。小さいものではお菓子の箱にロボットのおもちゃ。大きいものでは定番といってもいい大きな熊のぬいぐるみや最新のゲーム機などがあった。たぶんゲーム機は箱だけだと思うが、もしも中に入ってるんだったら絶対落とせないな、あれは。

 無難に取れそうなものを撃つのもいいが、勝負にでて大きいものに当てるのもいいだろう。

 そう考えているうちにポンッというコルク弾の発射される音が聞こえ、よくゲーセンでみかけるホワイトサンダーというスナックチョコ菓子のつめられた袋が落とされる。周りで見ていた観客の数人が「おぉー」と声を上げていた。

 「やった! ホワイトサンダーおいしいから好きなんだよね」

 どうやら景品を撃ち落したのは優らしく、隣で小さくガッツポーズを決めていた。

 「お前、うまいな」

 「偶然だよ。さーて、次はどれを狙おうかなー」

 始まりにして獲物としては中々のものが撃ち落とされたことによって、俺の中から小さいものを狙う、という考えはほとんど消えた。

 「次はオレのターンだぜ! ゴー、シュート!」

 ポンッ、という音とともに次は義が銃を撃つ。弾は見事に景品に当たって景品は落ちる。落ちた景品は禁煙グッズとしても有名な電子タバコだった。

 「どうだ、オレの腕前!」

 優よりは小さい獲物だったにしろ、当てたことに変わりはない。それによくよく考えれば小さいものほど当てにくいしな。腕前としてはもしかしたら義のほうが上なのかもしれない。にしても、電子タバコなんて何に使うんだ。

 「んじゃ次は俺の出番だな…」

 射的銃を構えて品定めをする。ほしいものがあるとすれば、やっぱり上位のゲーム機だったりするが、さすがに落ちないだろう。そこで俺はぬいぐるみ系統のものを狙うことにした。ぬいぐるみに別段興味はないが、落としたら落としたで記念に飾っておくさ。

 何種類かあるぬいぐるみの中から猫のぬいぐるみに狙いをよく定めて……。

 「うしっ、ここだ」

 ポンッという軽い音とともにコルク弾発射。そのまま弾は猫のぬいぐるみに当た……らずに、その横にあった女の子の着せ替え人形みたいなのに当たった。しかも落ちた。

 「………………」

 「……恭史、そんなものに興味があったのか、お前」

 「ち、違う! 俺はその横のぬいぐるみ狙っただけで!」

 「お兄ちゃん……」

 「お兄さん。それはちょっときついよ」

 「アタシもそう思うわ。正直ひくわ」

 な、なんなんだ、この引かれようは!?

 「だから違うって! 俺はその横の猫のぬいぐるみをだな」

 俺が弁解しようとすると立花が肩に手を置く。

 「趣味は人それぞれよ。恥ずかしがる必要はないと思うわ」

 「だから違うわーーー!」

 それからしばらく俺は弁解を続けた後に、なんとかみんな信じてくれた。だが、今度はぬいぐるみを狙った、ということになぜだか引かれた。いい年した男子がぬいぐるみだなんて、とどこかから聞こえたような気がしたがもう気にしていたら俺の心がもたなさそうだった。最近よくいるだろ、かわいらしいキャラクターのストラップとかつけてる男子。いいじゃないか、別に……。

 …気を取り直して二発目。

 今度は最初に俺が景品を狙うことに。なんだかまたぬいぐるみゾーンを狙ったら何か俺にとって不幸を招くことになりそうだったから、そこはさけて今度は大物の並んでいるところへと狙いをつける。

 落ちないとはわかっていても、狙ってみるぶんにはいいだろう。

 狙いをよく定めて……ポンッ!

 コルク弾は俺の狙った景品のお菓子の詰め合わせのような箱に当たったが、でかい分だけあって中身が詰まっているのか、少し揺れただけで落ちはしなかった。

 もちろんそんな俺に声など上がるはずもなく、俺は静かに他の二人の成り行きを見守ることにした。

 優の出番。

 無難にも先ほどと同じような大きさの景品にコルク弾をうまくあてて落とす。景品ゲット。

 義の出番。

 どこか女の子受けしそうなかわいらしいネックレスの入った箱を狙い、これまたうまく当てて落とす。

 ……なんだろう、この劣等感のようなものは。いや、実質俺は景品を一つ落としているわけだが、それは狙ってもいない景品で、あげく気持ち悪がられる景品……喜べない。

 「よっし、んじゃ最後は一つでかいの狙ってみようぜ!」

 「そうだね。あの花火セットとかいいんじゃないかな?」

 義たちの提案により、最後の一発は大物狙いにすると決まった。

 優のいった花火セットは二つほどあり、どちらとも落とせば行幸だろう。祭りが終わった後にまた皆で楽しめる。

 「にしてもあの花火セット。結構入ってるね。一人分じゃ落ちないかも」

 いわれて花火セットを改めてみると、確かにセットの袋の中にはぎゅうぎゅう詰めにされたようにして花火が詰まっていた。ああいう花火セットは存外重たいもんで、こんな射的銃とコルク弾じゃ確かに落とせはしないだろう。

 「…よし、それじゃみんなで一斉に狙って撃とう」

 結構前になんかの漫画で読んだことを実践してみようと俺は提案する。

 優と義は賛成してくれて、俺たち三人はそれぞれ二つある花火セットのうち一つに狙いをつける。

 「それじゃ、せーので撃つぞ」

 頷いて静かに俺たちは狙いを定める。

 「せー……の!」

 ポポポンッ!

 コルク弾の発射される軽い音が連続するようにして鳴り、コルク弾は見事に花火セットのほうに向かって―――当たった!

 しかし、花火セットはぐらつくだけで落ちる気配はまったくない。もうダメかと思われたそのとき――

 

 ――ポンッ!

 

 射的銃がコルク弾を発射する軽い音。

 俺たちはすでに三発とも撃ったから誰も撃てるはずがない。

 誰かが撃ったそのコルク弾はぐらついている花火セットに命中。その一発がぐらついているのを更に後押ししたようで、花火セットはどさっと重い音させて落ちた。

 そこまできて俺たちは弾を撃った張本人を見た。そいつは俺の真横にいて、長いポニーテールにYシャツにジーンズという服装。その人物は…立花だった。

 瞬間、それを見ていた客と店のおっちゃんから歓声があがる。

 「いやー、良いもん見たよ! 若いってのはいいな!」

 おっちゃんは落とした景品をわざわざ袋に入れて渡しながら俺の肩をばんばんと力強く叩いた。

 一つの袋に落としたものを全部詰め込んでくれたみたいで、袋はほぼ満タンの状態だった。

 「立花すごいな。あのままじゃ絶対に落ちてなかったぜ」

 「たいしたことではないわ。重心点がどこにあるかがだいたいわかれば、どこを狙えばいいのかわかるでしょ。それを狙ったまでよ」

 そんなこと、微塵も計算せずに撃った俺たちと比べて、立花はあのぐらついている間に冷静に分析していたらしい。

 「立花って銃も使えるのか?」

 「いえ、私は使えないわ。ただこの射的銃は本物より軽いでしょ? だから狙いが定めやすかったのよ」

 「だとしてもすげえよ。これで楽しみが一つ増えたな」

 「そう。よかったわね」

 まるで他人事のように立花は言うと、手に持っていた射的銃を机の上に置く。

 「さっすが立花さん! オレの見込んだ女だけあるぜ!」

 「いや、でもすごかったね。あんな素早く行動できるなんて」

 義と優は口々に立花を褒め称えるが、立花は無論そんなものはどうでもよさそうな顔でいた。

 「それじゃ次はアタシたちの出番ね」

 「なんだかこの後だと気が引けちゃうねー。ここはいっちょワタシらも大物狙っていきましょうか! いくぞー、ミナっち!」

 「う、うん!」

 次に後ろのほうで観客と一緒に見ていた魅奈たちが机の前に並ぶ。

 三人までだから、必然的に魅奈たちがやろうと思ったら一人余ることに。立花はといえば皆からすごいすごいといわれながらも机から離れてしまった。どうやらもうやらないらしい。

 「もうやらないのか?」

 「ええ、もういいわ。あまり注目も浴びたくないし」

 とはいっても、すでに背中に竹刀袋を背負っている時点で、立花はそれなりに目立つ存在となっている。それに、ここで騒がれたからといって何か支障がでることもないだろう。

 その後、魅奈たちが同じように射的を始め、それぞれに最低一つは景品を落として射的を楽しんでいた。


 射的をやり終えてからは食べ物系の屋台を回って新たにそれぞれ買い食い。

 それぞれの手に自分の取った景品袋を持っている。案外みんな射的がうまくて、一人一つは景品を絶対に落としていくもんだから、最後のほうにおっちゃんは景品を補充しながら困ったような顔、をしていた。

 祭りはまだまだこれからだ。この祭りのメインイベントでもあるやぐらの上で叩かれる太鼓とそれにあわせて踊る盆踊り……といってもみんなそれぞれにフリーダムな踊りを披露しているだけだが決まった踊りがないためか、老若男女問わずに踊っている。俺は中二ぐらいまでは踊っていたが、さすがに恥ずかしくなってきたから今は踊らない。

 そう、まだまだ祭りは続く。楽しい一時はすぐに過ぎるだろうけど、その一時を楽しもう。

 それが夏祭りってもんだろ。


 ◇


 皆がみんなお祭りを楽しんで、あたしも美樹ちゃんたちと楽しむ。

 けれど、今回のお祭りの目的はそれではない。…いや、それではないっていったら美樹ちゃんたちに失礼だけど。

 でもあたしはやっぱりいつもどおりお兄ちゃんと少しでもいいから楽しんでいたい。まだお祭りが始まってから一時間ぐらいだけど、これからどんどん盛り上がっていく。メインイベントの盆踊り…というべきなのかわからないフリーダムな盆踊りが始まるまで時間はまだある。

 去年はなぜだか嫌がるようになったけど、今年は一緒に踊るんだ。それ以外にも、ちょっとだけでもいい。お兄ちゃんと楽しんでいたい。


 ―――不純。


 だから、もうそろそろ計画を実行しよう。

 大丈夫。これはあたしのためでもあって榎本さんのためでもあるんだ!


 ―――虚勢。


 あたしはお兄ちゃんたちと話している榎本さんに近づいて肩を軽く叩く。

 すると榎本さんは察したのか、頷く。

 「あっ、ちょっとオレお花でもつんでくるわ」

 「トイレっていえよ……」

 お兄ちゃんにツッコミをいれられながらも榎本さんはその場から離脱。ちなみに、榎本さんは本当にトイレにいったわけではなくて、後で立花さんと二人きりになるための段取りとして離脱してもらった。

 次はあたしの番だ……!


 ―――強欲。


 「あっ、あそこに面白そうな屋台があるよ!」

 後ろにいる美樹ちゃんたちに目配せをしながらいう。美樹ちゃんたちは小さく頷いた。

 「えっ? どこどこ?」

 「ほら、あそこあそこ!」

 あたしが指差した方向には「あくせさりー」とあえてひらがなで書いてある看板がある。てきとうに指さしたつもりだったけど、案外いいものがあったものだ。

 「ほんと、面白そうだね。あんなものあったっけ? 小夜」

 「うーん、覚えてないな。初めて出た店じゃないのかな?」

 「そうと決まったらさっさと行くよー! あっ、立花さんもいきましょいきましょ!」

 そういって美樹ちゃんが強引に立花さんの腕を取る。

 「えっ? 私は」

 「まあまあ行きましょうよ。女子だけで楽しみましょー」

 今度は美鈴ちゃんが戸惑っている立花さんの背中を押してこれまた強引に連れて行こうとする。

 立花さんは戸惑いながらもそのまま連れて行かれた。

 「それじゃ、お兄ちゃんいってくるねー」

 「ああ。いってらっしゃい」

 お兄ちゃんは笑顔であたしたちを見送った。

 後は計画通りに、


 ―――私利。


 立花さんと榎本さんを合流させて、


 ―――私欲。


 あたしは、少しの間でもいいからお兄ちゃんと一緒にお祭りを、


 ―――正当。


 楽しむんだ!


 ―――不当。


 すべては、計画通りに。

 「待ってよ美樹ちゃーん!」

 あたしは先にいってしまった美樹ちゃんたちを追いかける。

 「見てみてミナっち! カンザシ売ってるよ!」

 「それ以外にもいろいろ売ってるわね。やっぱりこの店今年初めてでたんじゃないの?」

 「そうだね。あたしもお兄ちゃんと回ってるときに見かけたことなんてなかったし……」

 屋台の前につくと、あたしたち以外にも主に女の人を中心に客が群がっていた。

 美鈴ちゃんのいうように、屋台の商品が並んでいる台にはカンザシやネックレス。ブレスレットや指輪がたくさんあった。どれも自作なのか店で見るようなきらびやかなものはないが、それでも和にこだわったような商品がたくさん並んでいた。

 絶えずに客が商品を買っていくのか、屋台を経営しているらしいおばちゃんはせわしなく、でも楽しそうにお客さんたちの相手をしていた。

 「こりゃ早めに来て正解だったね。たぶんすぐに売り切れちゃうよ、この屋台」

 「そうだね。あっ、あのブレスレットなんかイイなー!」

 まだまだ商品はたくさんあるように見えていたけど、確かにこのままだとすぐに売切れてしまうかもしれない。

 「立花さん、あれなんかいいんじゃないのかな? っていうか、立花さん美人なんだからカンザシとか絶対に似合うって!」

 あたしたちだけで盛り上がっていても仕方がない。これで飽きられて立花さんに戻ってもらっては困るのだ。そう思ってあたしは立花さんに話をふってみた。

 「そうかしら」

 「そうですよ! 買いません?」

 「いえ、いいわ。どうせ着けるときないでしょうし」

 「だったら買ったらすぐに着けましょうよー。一時であれこういうのは楽しまなきゃ損ですよー?」

 美樹ちゃんがフォローなのか、それとも本心からなのか…どちらかというと後者なのだろうけど立花さんにカンザシを薦める。

 しかし立花さんはそれよりお兄ちゃんのことが気になるのか、ちらちらと後ろのほうを確認している。後ろのほうにはまだお兄ちゃんと手辻さんの姿が見えたけど、どうやらあたしたちだけでお祭りを回るものだと思ったのかとっくにどこかへ歩いていっている。

 立花さんはそれを気にしながら後ろを見ているが、後ろのほうをあたしたち、そして前には他のお客さんがいて身動きをとれずにいる。

 再度後ろのほうを確認。お兄ちゃんの姿はもうほとんど見えない。

 …よし、もうそろそろ。

 「それじゃ美樹ちゃん、後はよろしくね。あっ、あとあたしのも何か買っといて」

 「はいはーい。ワタシたちに任せなって!」

 小さな声で美樹ちゃんに声をかけてから、あたしは少し後ろに下がる。

 「ごめん、ちょっとおトイレいってくるー!」

 そういってあたしはその場から離脱した。後は美樹ちゃんたちが適当に榎本さんと待ち合わせたやぐらの近くまで誘導してくれるだろう。

 後は手辻さんには悪いけど、お兄ちゃんと離れてもらって一緒に楽しむんだ!


 ―――不正等。


 お兄ちゃんと……一緒に、楽し……もう。


 ―――間違ってなんかいない。あたしは、間違ってなんかいない。


 ―――――……さあ、"はじめよう”。

 途切れる。回線。思考。記憶。形。型。

 繋がる。回線。思考。記憶。形。型。

 換わる。回線。思考。感情。計画。


 ……しばらくの間その場で止まってた。あたしは再び動き出す。

 まずはお兄ちゃんを呼ぼう。手辻さんを引き離す理由はなんでもいい。強引でいいんだ。

 あたしはただ楽しみたい。お兄ちゃんと、二人で。

 携帯をポケットから出して電話帳の中からお兄ちゃんの名前を探してメールを送る。……いや、メールはまだ"よく”わからない。電話にしてみよう。それならわかる。

 通話ボタンを押す。呼び出し音が四回ぐらい鳴ってからお兄ちゃんが出た。

 『なんだ?』

 「今から公園の出口付近に来てくれない? 理由は聞かないでくれるとうれしいな」

 『なんだよそれ。まあ、わかった。出口って北と南どっちだ?』

 いわれて、どちらのほうが近いかを考えてみる。どちらかというとこのお祭りにやってきたときの北側のほうより南側のほうが今は近い。

 「それじゃ南側のほうにきて。あっ、後は手辻さんはつれてこないでね。できればこっちのほうも理由は聞かないでくれるかな…?」

 『やけにはっきりとしないな。とりあえず南側だな。今から行くから待ってろ。んじゃな』

 よろしくね、とあたしは最後に言ってそのまま通話は切れた。

 呼び出す理由なんて元から考えてなかったし、優しいお兄ちゃんならさっきみたいな理由でも充分に来てくれる。そう信じていってみたけど、本当にお兄ちゃんは理由は何も聞かずに来てくれるみたいだ。

 ……単純だな。

 つい思ってしまう。けど、その単純さが今は心地よい。

 あたしはその心地よさを味わいながら南側の出口へと向かった。


 ◇


 密かに嫌な予感があった。

 よぎる不安は確実なもの。近くにその不安の正体があるに違いなかった。

 「うわー、立花さん、カンザシものすごく似合います」

 「ほんとね。やっぱり浴衣とか着たらすごく様になってるんでしょうね」

 結局買ってしまったカンザシ。買えばすぐに解放されると思っていたが、今度はそれを頭につけることになって、私を見ながら感嘆の息をもらしながら彼女たちはつぶやいていた。

 ふりきって彼のところに戻らなければ。例え友達が近くにいるからといって、危険であることには変わりはない。

 今私は、彼女たちからの好奇の目で見られながらどこに向かっているのかわからないまま歩いている。だんだんと櫓-ヤグラ-のほうに近づいているようだ。

 「んっ、立花さんじゃあーりませんかー!」

 太鼓が置いてある櫓の付近で、先ほどトイレにいった彼の友達とであった。

 「どうしたんですか? 恭史たちは? って、立花さんそのカンザシどうしたんですか!? 新しい私デビューってやつですか!」

 ポニーテールの結び目のところにつけていた簪-カンザシ-を早速見つけた彼は妙に興奮した様子で言った。

 私は何も答えないままでいたが、彼は一人興奮して何か言っている。

 「あっ、榎本さん。ちょうどいいところに!」

 「ちょっとアタシたちもおトイレいってくるから、その間立花さんをよろしくお願いします」

 「あいあいさー! んじゃ立花さん、一緒にぶらぶらしましょうか!」

 よくわからない展開。というか、元から仕組まれていたかのように事が進んでいることを私は不審に思いながら、彼が差し伸ばした手を見る。

 彼の顔には満面の笑み。しかし、その笑みの中に少し邪なものを感じる。不安の正体はこれなんじゃないかと一瞬思ったが、そんな莫迦げたものではないとその考えを切り捨てる。

 目の前に差し伸ばされた手。今なら誰も邪魔する人はいないし、今のうちに抜けだして彼を――三枝恭史を見つけ出さなければならない。

 私は遊びにきたのではない。楽しみにきたのでもない。彼をムタンから守るためにきたのだ。

 「ごめんなさい。私も少しトイレにいって――」

 ――――――。

 不意によぎる不安。その正体。これは間違いない――ムタン!

 「だったらオレもついていきますよー。立花さんみたいな美人だったらすぐナンパされちゃいますからね! ということでオレがボディーガードマンとして」

 「ごめんなさい。貴方の相手をしている暇はないの」

 「そんなこといわ―――」

 あまり人目につかないように、彼の鳩尾-ミゾオチ-に拳を入れる。

 彼は声を上げられないまま、そのまま倒れてしまった。周りの人が多いからか、ちらちらとこちらを見る人はいたが気にかけてこちらに来る様子はなかった。

 小さくうめき声をあげてうずくまっている彼を置いて、私はその場を後にした。


 ◇


 魅奈からきてほしい、という電話。

 しかも俺一人で、だ。どこかデジャヴを感じる。

 「すまん、なんか魅奈が一人で来てほしいっていうからいってくるわ」

 「わかった。でも一人できてほしいって何かドッキリ企画でもあるのかな?」

 「どうだろうな」

 そうであるなら、俺の目の前にいる優もそのドッキリとやらに動員されているんだろうな。

 「僕は適当にぶらついとくから」

 「わかった。用事終わったら電話するわ」

 わかった、と一言いって優は人ごみの中へと消えていった。

 さて、と俺も魅奈にいわれた南出入り口にいくことにする。今の位置から目的地まではそう遠くはない。というか、走れば三分ぐらいなものだ。

 待たせるのもどうかと思い、俺はなるべく急ごうと早歩きで向かう。

 ものの数分で南出入り口付近までくると魅奈の姿が見えた。石の椅子に座っているのは魅奈一人だけ。

 「待たせたな。で、用ってなんだ?」

 「うーん、ここじゃちょっと話し辛いからもうちょっと違うところでいい?」

 ―――なんだ? 前にもこんな会話がなかっただろうか。

 感じる既視感-キシカン-。しかし、その正体はわからない。

 「なんだよ、話しづらいことって。家族なんだから気にすることないだろ」

 「それでも! というか、見てほしいものがあるの」

 「見てほしいもの?」

 「そう! だからちょっとついてきて!」

 そういって魅奈は強引に俺の手を取る。そのまま引っ張られ、公園から出る。

 出たところには人が公園の中の喧騒から逃れてゆったりとしている。

 だが、俺はゆったりとする間もなく魅奈に引っ張られてどんどんと公園から離れていくこととなった。

 ―――危険。

 何かが告げている。俺の本能なのか。

 前回もこんなことがあっただろう?

 自分に問う。確かにあった。

 その後を思い出せ。

 自分に思い出させる。

 その後……そう、確か巳乃宮に連れられて――

 「とうちゃーく!」

 ――殺されそうになった……?

 俺は思わず魅奈の取っていた手を振りほどくようにしてふった。

 「ど、どうしたの? お兄ちゃん」

 魅奈がびっくりしたような顔で俺を見てくる。その目は少しだけ涙目になっていた。

 だが俺はそんなことを気にする間もなく回りを見渡す。状況はあの時と一致。人なんて俺たち以外にいなかった。

 公園からさほど歩いていないはずなのに、まだそう遠くないところから祭りの喧騒は聞こえるのに。まるでここはその死角であるかのように人がいなかった。家もない。あるのはコンクリートの壁だけ。

 誰もいない。誰も…見えない。

 「魅奈……お前、本当に魅奈か?」

 あの時――巳乃宮がムタンに型を奪われたときもこんな状況になった。

 そして、人間離れしたその攻撃からは確実に逃れられるものではなかった。そう、逃げるのはまさに無駄な行動だった。

 「何いってるの、お兄ちゃん?」

 「お前が本当に魅奈かって聞いてんだよ!」

 「そ、そうだよ。あたしはあたしだよ」

 俺の態度の豹変ぶりに怖がっているのか、それとも演技なのか。目の前にいる魅奈……かもしれない奴は泣きそうな顔で言った。

 「……本当か?」

 「本当だよ……ううっ」

 とうとう泣きだしてしまった。声はあげないものの小さく嗚咽をもらしている。

 揺らぐ。疑う心が。

 目の前にいるのが本当に魅奈だというのなら、俺は今最低なことをしているに違いない。だが、あまりにも前と状況が酷似していた。疑わないわけがない。

 しかし、一向に泣き止む気配のない様子を見て俺は信じてしまった。……こいつは本当に俺の妹だ、と。

 「……そうか、ならよかった。ごめんな」

 頭を軽くなでながら俺は謝る。魅奈は「いいよ」といって許してくれた。ほんとに、俺は妹を泣かせるなんて何をしているんだろうか。

 「あっ、それで見せたいものってなんなんだ?」

 「うん、えっとね……見せたいものっていうのは」

 そういって魅奈は子供がいたずらをするときに見せるような笑顔を見せて後ろを向いた。

 「――なーんにもないんだ! えへっ」

 こっちを再度振り向き、魅奈は舌を出してかわいらしく言った。

 「へっ……?」

 「あのね……ただ、お兄ちゃんと二人きりになりたかったんだ」

 思わず顔が赤くなりそうなことを魅奈は平然と言い切った。何を恥ずかしがるでもなく、"平然”と。

 「な、なんだよ、それ。だったらこんな人気のないところこなくても」

 「だって、そうじゃないとあたしが困るんだもん」

 「何が困るってんだよ?」

 「だって、お兄ちゃん最近立花さんとばっかり一緒にいるから。あたし寂しくなっちゃって。それで、少しお兄ちゃんを独占しようと思ったの。そこに他の人がいたら独占できないでしょ? だから困るの」

 あともう一つ、とつけくわえて、魅奈は満面の笑みを浮かべて――

 「――お兄ちゃんを殺すのに困るの」

 そう言った。

 一瞬、魅奈が何をいったのか判断できなかった。その一瞬が俺の最大のスキだった。

 風を切る鈍い音がしたかと思えば、俺の腹に何かが食い込むようにして当たる。浴衣の動きにくさなど無視して、俺の腹に食い込んだのは魅奈の脚だった。

 綺麗に俺は蹴り上げられ、更に追撃の蹴り。俺の身体は文字通り飛んでいた。

 「がっ!?」

 壁にあたり、俺は背中を強打してその場に倒れふす。

 「アハハ、お兄ちゃんってば弱いんだから。立花さんと特訓したじゃない。もっと楽しも? ね? あたし、いつまでもお兄ちゃんと二人でこうやって楽しんでいたいの!」

 狂っている。誰が見てもわかる。今目の前にいる魅奈は俺の知っている魅奈ではない。ただの殺人を楽しむ狂人にすぎない。その実態は――ムタン。

 「にしても、この服やっぱり動きにくいなー」

 いいながら魅奈…いや、ムタンは脚を覆う浴衣の部分を雑にびりびりと破る。

 「よーし、コレで動きやすいね。それじゃお兄ちゃん。……一緒に逝こう?」

 「…っざけるな!」

 ムタンの攻撃。――早い。圧倒的な早さ。人間ができるものではない。

 しかし、その軌跡が見えないまでには至らない。俺は冷静にムタンの動きを見た。

 まっすぐと走ってくる。時間にして一秒かかったかかからないか。だが、その一瞬は俺にとって長く感じれた。

 「えいっ!」

 蹴り。浴衣を破いたことによってさらに俊敏性を取り戻したその蹴りは早いものの、やはりブレは見える。立花との訓練の成果が出ているのだろうか。相手の動きを見ること。初歩的なそれを実践で役にたったようだ。上段の蹴り。となれば――!

 「くっ!」

 とっさにしゃがむ。瞬間、頭の上で風を切る音。俺の背後にある壁を破壊するが如くに繰り出された蹴りは、本当に壁を砕いていた。

 「あれ? すごいね! お兄ちゃん」

 俺は避けれたことに少し感動しつつも少し距離をあけようと前転、

 「でも、逃がさないよ」

 砕けた壁の石がころころと頭に降ってくるのと同時に、俺が距離をあけようとしていたらムタンは壁を利用して向きを変えたのか俺の首を片手でつかんできた。

 「っ!?」

 首をつかまれたまま次は地面に強くおさえつけられ、頭を強打する。

 「すごいね、立花さんとの特訓の成果が出たのかな? お兄ちゃん。アハハハハハ!」

 片手で首をつかまれたまま、ムタンは俺の上にまたがってきた。俺は首をつかんでいる腕を両手ではがそうとするがピクリともしない。

 「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちゃんと殺した後はあたしもいくからね」

 「くっ……どういう…こと、だよ」

 「あたしはこの身体をいつでも破壊することができる。帰り場所を失ったあたしは死ぬの。そしてあたしはお兄ちゃんの身体をもらう。ねっ? 寂しくなんかないでしょ? あたしと一緒に逝けるんだもん。お兄ちゃん」

 ふざけるな! その叫びが口から出ない。首を絞められて息をしようにもできない。

 酷くふざけている。俺が死んだら魅奈も死ぬ? ムタンは俺の身体を奪い、生き続ける。こんなのはふざけている。俺はまだ死にたくない。だが、そんなことより、それ以上に――魅奈が殺されるのは許せない!

 ……だけど、そんな俺の意思とは関係なしに俺の意識は朦朧としてくる。

 またなのか。また俺はこんなだらしなく意識を失うっていうのか。何もできないまま。

 なんてベターな展開。だったら助けが入ってもいいんじゃないのか。だがその助けが入る気配なんてまったくない。

 「優しいお兄ちゃんならあたしに攻撃なんかできないよね。それにしても、身体をもらうわけだから大怪我させちゃいけないってところが面倒だなー。呼吸停止させるぐらいしかないなんて。ね、お兄ちゃん?」

 ふざけてる。こんなの、ふざけてる。

 ――力も入らない身体に力を入れる。

 こうなるのはいつでも覚悟しなければならなかった。しかし、その覚悟が甘すぎた。

 ――首をつかむ腕を引き剥がそうと力を振り絞る。

 その覚悟の甘さが、身近な死を招いた。その結果が今だ。

 ――力を入れる。入れ続ける。

 お兄ちゃんとしきりに呼びかけてくる奴がいる。目の前の俺の妹。しかし今は違う。

 ――ピクリともしない腕。あきらめかけて力が抜けてゆく。

 こんなときにどうでもいいことを気にかけてしまうようだ。それが怒りの原動になるなんてバカバカしい。

 「すぐにあたしも逝くからね。――お兄ちゃん」

 そんなバカバカしさで充分だった。

 「お兄ちゃんって…呼ぶんじゃ、ねえ!」

 腕を引き剥がすのに使っていた片方の手を頬へ打ち込む。それは止められることなくクリーンヒットした。

 それによって一瞬だけ首をしめる力が弱まり、ムタンを跳ね除けて俺は咳き込みながら必死に後退し、距離をあける。

 「……お兄ちゃん、ひどいなぁ」

 痛くもなさそうに頬をさすりながらムタンは立ち上がる。

 「お兄ちゃんならあたしをぶたないと思ったのに……優しいお兄ちゃんなら」

 「うるせえ! 今のお前は俺の妹の魅奈じゃねえ! 気安くお兄ちゃんなんて呼ぶんじゃねえよ!」

 「そっか……お兄ちゃん……」

 ムタンは顔をうつむかせる。逃げても無駄だろう。かといって立花に連絡する余裕なんてあるはずもない。いつ攻撃をしかけてくるかわからないと身構えていた。

 「……アハ、アハハハハハ! 本当におもしろいな、人間ってモノは! 少しは自分の妹だからためらうかと思ったのに、ぜんぜんためらわずに攻撃しちゃうんだもん。前もあたしのこと身を挺して守ってくれたし」

 完全に俺の知っている魅奈は目の前にいない。目の前にいるのはムタンに他ならない。

 それは魅奈が死の淵をさまよっていることを意味していた。

 「出て行きやがれ! その身体はお前のもんじゃねえ。魅奈のもんだ!」

 「人の身体の所有権なんてどうでもいいじゃない、お兄ちゃん。それに、まだまだあたしはどこかで彷徨ってるだろうから大丈夫だよ」

 型を奪われた精神となるものはしばらくの間は型に戻らなくても大丈夫らしい。だからといって楽観することなんてできない。今すぐにだってムタンは魅奈を殺せてしまうんだ。

 「だから、存在が無くなってしまうより、在ったまま亡くなったほうがいいでしょ? だから早く死のうよ、お兄ちゃん」

 「っ……」

 どうすりゃいいんだ。

 「もう……これは少し強引にでも死んでもらおうかな」

 ムタンの身体が前に傾く。また攻撃が来る。ムタンの動きを見定めなければ。いや、見定めたとしてどうなる。またさっきみたいに追撃を喰らうんじゃないのか。それこそ今度は終わりだ。

 くそっ……どうにでもなりやがれ!

 

 ―――コンッ!


 壁に小さな火花が散ると同時に少しだけ壁が砕ける。

 ムタンは軽々しくそれを避けて攻撃をしてきたソレのほうに向く。

 風を切る音と共にまた何かが壁にあたり小さな火花を散らせ、壁を小さく砕く。一度ではない。二度、三度、四度。

 「危ないなー、もう!」

 ムタンが悪態をつく。しかし飛んできた何かをムタンは軽々しく避けていた。目には捉えられない早さで飛ぶその物体はちょうど月の光が照らし出して反射する。

 …銃弾?

 「予想通りだったな。手前がここにくるのは」

 すると俺の後ろのほうから男の声がした。この声は聞いたことがある。聞き覚えのある声だ。

 「だからっていきなり撃つことはないじゃないですか」

 「手前に容赦なんてねぇんだよ、ムタン」

 手に銃を持ったその男―――フォーカスだった。

 フォーカスは俺を一瞥すると舌打ちをする。

 「またか……なんでこいつに固執する、ムタン」

 「なんでって、お兄ちゃんの中にあたしの型を見つけてからだよ」

 「手前の型なんてねえんだよ。お前に合う型はこの世にはねえ、あの世にもな。元より、手前は在っちゃいけねぇもんだ」

 「でも、見つけたんだもん。だからあたしはお兄ちゃんの身体をもらう」

 「いってもわからねえか。……まっ、話で終わらそうだなんて思ってないけどな」

 銃のトリガーを代えながらフォーカスはムタンを睨む。

 「手前は、殺しても殺しきれねえからな。…俺が殺しまくってやるよ!」

 音のない発砲。前と同じだ。サイレンサーをつけたかのような、いやそれ以上の無音。まさに音などなってない。鳴るのは弾が風を切る音のみだ。

 それが、その無音が戦闘の火蓋を切った。

 「アッハハ! 当たらないよ。まぁ、当たってもあたしはぜんぜん構わないんだけどね」

 「下衆野郎がっ!」

 銃弾が空を切る音。静かな戦闘。だが動きは激しかった。

 俺は少し離れた場所からそれを眺めているだけで……何もできていなかった。

 「いつまで恐れてるの? お兄さんはもう"そういうこと”には慣れてるんでしょ?」

 「っ! 黙れ!」

 ムタンがフォーカスを挑発するようにして笑う。その声は確かに魅奈だ。しかし魅奈ではない。壊れていく魅奈の姿を俺は見るのも辛かった。

 しかし、今あの中に飛びこめば俺はただの邪魔者。死地に赴くだけだ。

 「でも――」

 だからって!


 「もうそろそろ仕掛けちゃおうかな。いくよ、お兄さん!」

 ムタンが飛び込む。確実に銃弾は避けるその人間を超えた動き。否、人間の力は常にセーブされているという。完璧な存在であるムタンが常時なら不可能なことを可能に変えている。

 「えいっ!」

 素早く回し蹴り。だがそれをフォーカスはかがんで避ける。そこから更に銃弾を下から打ち込みつつ移動する。

 ムタンが普通なら不可能を可能にするというものならば、フォーカスは限られた可能を可能な限りに使うものである。

 我が身に綻びの再構築を行えば確かに一時的にそれは完璧になる。しかし、その後の代償は大きいだろう。うかつに使うことができないそれを、しかし最大限に使っている。

 「遅延!」

 一発の銃弾に再構築。本来の銃弾の速度を失い、まるでスローモーションのようにゆっくりと動く。さらにそこに普通の弾丸を一発撃ち込む。その弾丸はやはりムタンに避けられる、が――スローモーションのように動いていた銃弾が突然もとの速度を取り戻し、ムタンの避けた方向に飛んでゆく。

 「おっと!」

 しかし、それを舞うようにして華麗に避ける。破けた浴衣が翻り、それを更に魅力的に魅せる。その顔にあせりの色は見られない。余裕をもっていた。

 一方フォーカスもそれにあわてることなく次の攻撃をしかける。

 人知を超えているその戦いは見るものを魅了させただろう。しかし、一人の少年は違った。魅了などされない。むしろ、それより怖いのは――死だった。

 自分の妹が生と死をかけた戦いをしている。目の前で。少年は不思議にも本来なら打ちのめされるべきムタンを応援していた。いや、ただその身体だけは死なないでくれ、と願っていた。

 銃弾は放たれる。何度も、何度も。それを華麗に避ける少女。そして攻防。長く感じられた戦いはモノの数分。その間、少年はただそれを見ているだけしかできなくて、自分を呪った。


 助けられないのか、と。


 「ほっ!」

 「そこか!」

 何度目だろうか。音のない発砲。

 それは当たった。いや、当たってしまった。ムタンの――魅奈の脚に。

 「くぅっ! 痛いよ……」

 その場に座り込み傷口を押さえながらムタンは顔をにやつかせながらいった。

 「やっぱりこの服も身体も動きにくいな。今回は惜しいけどあきらめようかな、お兄ちゃんのことは」

 傷口を押さえていた手が離れると、そこにはすでに傷はなかった。銃弾もいつの間にかその手に握られていた。

 「ほら、どうぞ。あたしはこの身体のことなんてどうでもいいし」

 そういってムタンは立ち上がって戦闘意思がないことを伝えるためか両手をぶらりとさせる。

 フォーカスは静かに銃口をムタンに向けたまま近寄る。

 ―――嫌な予感しかしない。

 確かにあいつはムタンだ。しかしその身体は魅奈のもので。だけど、やっぱり中身はムタンなわけで。

 「お兄ちゃん、ごめんね。あたしここで先に――」

 だからムタンは倒されるんだ。それはいいことなんだ。だけどいけない。それは、いけない。

 だって、今フォーカスが奴を撃つということは、殺すということは――

 「死んじゃうみたい」

 ――魅奈が死ぬっていうことじゃないか。

 「やめろ」

 「………………」

 銃を下げようとしない。ムタンはうつむいて表情は見えない。

 「やめろっていってんだよ!」

 「……すんじゃねえよ」

 「いいからやめ」

 「邪魔すんじゃねえよ!」

 突然の怒声。人気のないこの場所ではとても響いて聞こえた。そして、それは俺を制止させるのには充分すぎるほど威圧あるものだった。

 「手前も殺されかけただろうが! こいつはもうお前の知ってる奴じゃねえ!」

 びりびりと空気がしびれるような怒声は俺は立ち尽くしていた。身体は動かない。だが、口だけなら動く。

 「ああ……今の魅奈は俺の知ってる魅奈じゃないかもしれない。けどな、もしもあんたがここでムタンを殺すっていうんなら…魅奈を殺すっていうんなら――あんたは俺にとって人殺しだ」

 「……なんつった、手前」

 「今ここでその引き金引くっていうんだったら、あんたはただの人殺しだっていったんだ。もしも殺したら俺はあんたを許さない」

 「……人殺し、だと…?」

 その言葉を口にした瞬間、フォーカスの様子が変わった。手が震え、目を見開き、それは暗くてよくみえないが血走っているようにも見える。

 「違う…! 俺は仇をとるために……ムタンを殺すためにやってんだ!」

 ギリッと五メートルぐらい離れているここでも聞こえるぐらいに銃を握り締める音。しかし、その震えは収まっていない。

 「逃避することでしか理由を得られないなんて。あたしはね、そこが愚かだと思うんだ、お兄さん」

 そこで今まで黙っていたムタンがしゃべりだす。その顔はさっきまでのように笑っておらず、無表情だった。

 「んだとっ!」

 「ただお兄さんは逃げてるだけなんだよ。それに気がつけないの? それとも、気づこうとしてないの?」

 「何の話だ! 俺は何からも逃げてねえ。俺は立ち向かってんだよ!」

 そうはいっていても、フォーカスの震えは収まっていない。

 何かがおかしかった。人殺しだといった瞬間に今まで気が荒かったものの、それでも冷静な判断をしていたフォーカスが突然何かに恐れだしていた。傍からみてもわかるぐらいに。

 「それでもお兄さんはあたしを殺せば、人殺しなんだよ」 

 「うるせぇ……」

 いや、そんなことはどうでもいい。このままではムタンの挑発によって殺されてしまう。

 

 小さいときに俺はいじめっ子にあって泣いていた魅奈にいった。

 ――そんなみりょくある魅奈のことは、おにいちゃん絶対に守るからな! さっきみたいにいじめっ子がきてもだいじょうぶだからな!

 あの時だからこそ簡単に言えた約束だったのかもしれない。だけど、その幼い約束を守ろうじゃないか。

 そう、俺は魅奈を、魅力ある魅奈を――

 「――絶対に守る!」

 脚が動く。いや、身体が動く。だったらやることは一つだろう。

 

 「いい加減に目を覚まそうよ、お兄さん」

 「うるせぇ……!」

 走る。しかし、フォーカスは気づかない。俺が近づいていることに。

 「何も変わらないよ。あたしを殺しても」

 「うっせぇつって――」

 迷いを振り切るが如くに叫ばれようとした言葉は途中で止まる。

 本気で人を殴ったのなんて初めてかもしれない。俺の拳はフォーカスの顔に思い切り当たっていた。

 吹っ飛ぶ、とまではいかないがフォーカスは姿勢を崩して倒れる。

 「アハ、やっぱり人間って面白いな。あたしを助けてくれるなんて」

 「勘違いすんな」

 「ん?」

 「俺は魅奈を助けたんだ。……いじめっ子からな。お前を助けたわけじゃねえ」

 まだ人を殴った感触は残っていた。この感触があるうちにやらなければならない。忘れてしまえば俺はためらってしまうだろう。

 「だから――」

 再び拳を握り締める。

 「どうしたの? おにいちゃ――」

 「いい加減に目ぇ覚ませよ! 魅奈ぁぁーーー!」

 「っ!?」

 ためらう前に、感触がなくなる前にコイツを一発殴っておかなければ、気がすまない!

 止められることなく俺の拳は横から魅奈の顔を、ムタンの顔を殴った。

 「…何するの、お兄ちゃん」

 痛くもなさそうにまた頬をさする。

 「魅奈! 俺はお前を助けたんだ! お前以外の誰も助けた覚えなんてねえぞ! いつまで乗っ取られてんだよ! 魅奈ぁ!」

 「呼びかけたって無駄―――っ!」

 

 殴られても余裕の顔をしていたムタンが途端に顔をゆがめる。片手で頭を抑えながらよろよろとし始めた。

 「何? 何なの? この型はあたしが奪ったはず…!」

 「魅奈……?」

 今までの余裕はどこへいったのか、途端にムタンはあせりだした。ひどい頭痛にうなされるようにしてうめき声をあげながらその場に座り込む。

 「手前…邪魔すんじゃねえっていっただろ」

 フォーカスが起き上がり俺の後頭部に銃をつきつける。だが不思議と恐怖は感じない。

 「今ならそいつを、ムタンを簡単に殺せる。どきやがれ、ガキ」

 「嫌だ」

 「……撃つぞ」

 「撃ってみろよ。その時あんたは本当にただの人殺しになる」

 しばしの沈黙。ただ、ムタンのうめき声が聞こえる。

 「本当に邪魔ばっかりしやがって……!」

 「ぐっ!?」

 横腹に強烈な蹴りが入り、咳き込む。軽く蹴り飛ばされて倒れこむ。そしてフォーカスは狙いをムタンに定めた。とうとう頭を両手で抱え込むようにしてムタンは苦しんでいる。

 「邪魔しないで……! せっかくうまくいきそうなのに!」

 フォーカスが再び引き金に指をかける。

 結局、ダメなのか……?


 「―――止めなさい、フォーカス」


 凛とした声が俺の後ろから聞こえた。それはよく聞き覚えのある声。

 横腹をおさえながら後ろを振り向くとそこには立花がいた。手には日本刀が握られている。

 「解っているはずよ。今そこで彼女を撃ってもムタンは殺せやしないってことは」

 「……………」

 「貴方はそうやって今まで何人の人を殺してきたの」

 「違う! 俺は殺してねえ! 手前まで邪魔する気かよ、立花!」

 沈黙。立花は何も答えを返そうとはしない。

 「はぁ、はぁ……早く、早く殺しちゃってよ! お兄さんの願いもこれで叶うんだよ?」

 「くっ……!」

 引き金に指をかけたままフォーカスは動かない。

 「畜生がぁっ!」

 ここで初めて発砲音が聞こえた。乾いたような銃弾が放たれる音。だが、その銃弾はムタンにではなく壁に撃たれていた。

 「もう……なんなの!? この意気地なし! っくぅ!?」

 ムタンの顔がゆがんでいく。苦痛に耐えるように。

 「おにい…ちゃん……」

 「魅奈…? 魅奈なのか?」

 もしかして、と思っていたがやはりそうなのかもしれない。

 魅奈の意識が戻りつつある。正確には、魅奈の精神となるものが型に戻りつつある!

 俺は立ち上がって魅奈の元へ駆け寄る。

 「くぅ……こんなこと初めてだよ。これは型を抹消するしか」

 「ふざけんな!」

 痛みを忘れて、俺はムタンのいった言葉に対して怒鳴っていた。

 「お前は命をなんだと思ってんだ! 使い捨てのゴミじゃねえんだぞ!」

 「お兄ちゃんには関係ないじゃない。それに、型ごと抹消すればお兄ちゃんだってあたしのことを忘れるんだし、何も傷つくものはないよ」

 何も傷つくものはない、だと?

 存在を忘れてしまうことが。元からなかったことになることが傷つかない?

 確かにそれは忘れてしまうのだから傷つくことなどないだろう。だけど、傷つかないわけがない。

 俺が傷つかなくても、魅奈は傷つくに違いない。

 「っざけんなバカ! お前なんかに魅奈はやらねえ! 魅奈はな、俺の大切な―――妹なんだよ!」


 ――――――――。


 砕ける。意思。想い。思考。記憶。

 繋がる。回線。思考。想い。記憶。形。型。

 換わる。回線。思考。感情。想い。

 ―――伝わる。叫び。声。温もり。想い。


 「―――お兄ちゃん」

 いつの間にか俺は魅奈を抱いていた。

 胸元のほうから聞こえる声は今までと変わらない声。だが、確かに今度こそわかる。その声は魅奈のものだった。

 「魅奈……」

 「お兄ちゃん……ありがとう」

 魅奈は俺の身体に手をまわす。そしていつの間にか泣きながら俺の身体に泣きすがっていた。

 「何も見えなかった。怖かったよ……うっ、うう」

 「あぁ、ごめんな。でも、もう大丈夫だ」

 頭を優しくなでてやる。今の俺にはこれぐらいしかできなかった。本当のところ、泣きたいのは俺のほうだった。

 「何も見えなかった。けど、お兄ちゃんの声だけは聞こえたんだ。だから、戻ってこれたの。お兄ちゃんのおかげで。…お兄ちゃんがあたしを助けてくれたんだよ」

 俺の胸にうずめていた顔を離して俺の目を見る。魅奈の目は涙目になっていた。

 「だから――約束守ってくれてありがとう、お兄ちゃん」

 それでも、目の下に涙をためながらも笑いながら魅奈はそういった。

 「ああ、約束は守る。魅力のある魅奈のことは兄ちゃんがいつでも守ってやるからな。この先も」

 「うん!」

 魅奈はすでに泣いてなどいなかった。些細な約束が守られた。それが魅奈にとっても、俺にとってもうれしいことだった。なんてベターな展開。だが、それが一番好ましい状況だったんだろう。

 「…くだらねえ三文芝居を見せられた気分だな」

 そんな喜びなどどうでもいいと吐き捨てる奴が一人、俺の後ろにいた。

 「お前のせいでムタンは逃しちまった。前にしたってそうだ。お前はなんで邪魔をするんだ」

 「邪魔してるわけじゃない。俺は助けただけだ」

 俺は後ろを向いてフォーカスを見据える。フォーカスの目は怒ってもいないが、かといって優しい目をしているわけでもない。あくまで冷静な、いや、冷徹な眼をしていた。

 「あんただってすぐにやれたはずだ。あんたは本当は殺したくないんじゃないのか? 人を」

 「…………くだらねぇ」

 唾を吐き捨ててフォーカスは銃を懐にしまうとまだ祭りの喧騒が聞こえる方へと歩いていく。

 「あっ、もしかしてあの時のお兄さんですか?」

 不意に俺の後ろのほうでよく状況がつかめないといった感じでいた魅奈がフォーカスに気づく。あのときにお兄さん、とはどういうことだろうか。

 「あの時は助けてくれてありがとうございました!」

 「…………ああ」

 一言だけつぶやくようにしていってフォーカスは歩き去っていってしまった。

 「魅奈、知ってるのか? あいつのこと」

 「うん、前に不良にからまれたときに助けてくれたの」

 「そうか…」

 まだ見えるフォーカスの背中を見て思う。

 もしもムタンなんて奴がいなかったら、きっとフォーカスは魅奈を殺そうとはしなかっただろう。いや、むしろ優しい人間だったに違いない。

 何が彼を変えてしまったのか。そんなのは考えるまでもない。

 「どうやら私の出る幕はなかったようね。さあ、用事が終わったのなら早くここを離れたほうがいいわ」

 今まで黙っていた立花がこちらのほうに歩み寄りながら言う。いつの間にか日本刀はどこにあったのか竹刀袋へと収められていた。

 「どうしてだ?」

 「どうしてって、周りをよく見てみなさい」

 いわれて俺は周りを見る。俺に続くようにして魅奈も周りを見渡して驚愕に目を見開く。

 「な、何があったの!? お兄ちゃん」

 「ま、まぁ、いろいろとな……」

 ただ俺の声が聞こえた、といっていたが、どうやらムタンにのっとられている間の記憶はないようだ。

 俺も改めて周りを見渡して立花の言ったことの意味を理解する。

 よく見ると地面に少しだけ散っている血痕。おそらく魅奈が脚を撃たれたときのものだろう。そして完全に破壊されていないとはいえ、強い衝撃を数回与えれば崩れそうなコンクリートでできた壁。そして数多の銃弾の跡。

 「最後にフォーカスが撃った銃声も響いているに違いないわ。あっちのお祭りの喧騒でかき消されてるかもしれないけど、誰かが駆けつけないとは限らない」

 「そうだな。それじゃいくか」

 「ええ。でも……まずは魅奈ちゃんの服をどうにかしたほうがいいんじゃないかしら?」

 いわれて魅奈は自分の服を見る。

 「――――っ!」

 魅奈の着ている浴衣の状況。

 裾は銃弾を避けたときによるものか穴が開いており、脚を覆うはずの部分はびりびりと粗雑にやぶられていた。

 だがしかし、それが別に違和感がないというのが不思議なところである。むしろワイルドな感じになっていた。

 「大丈夫だ。別におかしくは」

 「お兄ちゃんのエッチーーーーーーー!!」

 「ふぐっ!?」

 魅奈の正拳突きが俺の腹にクリティカルヒット。ムタンに攻撃されたときとほぼ変わらないような攻撃力によって俺はその場に倒れふした。

 なんとか起き上がって公園のほうへと戻っていったのは、ちょうどメインイベントである盆踊りが始まる十分前の放送が流れた頃だった。


 公園に着いて改めてその騒がしさに少しだけ顔がほころぶ。

 さっきまでの人気のない場所が裏だとするのなら、ここは完全に表の世界なんだ。

 「すまん、ちょっとトイレいってくる」

 断って俺は近くのトイレへと駆け込む。別にそこまで用をたしたかったわけではないが、口の中にある血をすすぎたかった。

 この後に義たちにあって血がついてる、とか血をふきだすなんてことがあったらいろいろと誤解されかねないからな。傷もいくつかあるし。

 トイレで顔を洗面台で顔を洗って元の場所へ戻ると魅奈と立花が三人の男に囲まれていた。

 「また会ったね、おじょーちゃん。なになに? そんな露出度の高い浴衣なんて着ちゃって。お兄ちゃんたちを誘ってるのかなー?」

 誰もが横目で見ながらそれを通り過ぎる。男の数は三人。魅奈はといえばおびえた様子で立花の後ろに隠れていた。

 「なぁねーちゃん。君も美人さんだし、おれたちと遊ばなーい?」

 「結構よ。私、貴方たちのような下品な人間は嫌いなの」

 「なっ! んだとこのアマ!」

 立花の率直的すぎる物言いに男の一人が怒り立花につかみかかる――が、立花の強烈な蹴りが腹にめり込むようにしてあたり、飛び掛ってきたその男は逆に弾き飛ばされるようにして蹴り飛ばされた。

 と、その間に後ろに回りこんでいた男の一人が魅奈につかみかかろうとしていた。

 俺がとっさにそれを防ごうと走るが腹の辺りが少し力を入れた瞬間に痛み出した。痛みに顔を少し歪める。どちらにせよ走れたとして距離的に間に合わない。

 「へぶっ!」

 「その子に触れないでくれるかしら。その子は大切な妹さん、らしいから」

 背中に背負っていた竹刀袋ごと背後に回りこんでいた男の顔面に叩きつけて、静かに立花は言った。

 次に三人目の男がしかけてくる、かと思ったが蹴り飛ばされてうめき声をあげている男と顔面を強打された男をかつぐようにして逃げていってしまった。

 あまりにも綺麗にことを終わらせてくれるもんだから、俺はキョトンとそれを見ていたようだ。痛みもおさまり俺は立花と魅奈の元へと近づく。

 「なんか俺がトイレ言ってる間に一悶着あったみたいだな」

 「ええ。貴方の大切な妹さんが狙われていたから守ってあげたわ」

 あくまであなたのため、というような意味合いのことをいう立花に「ありがとう」と一言感謝する。

 「えっと、立花さん。ありがとうございます」

 「いえ、いいのよ。私、本当にああいう下品な人間は嫌いだから」

 ここでふと俺は義のことを思い出したが……まぁ、それはいいだろう。

 「それに――」

 「はい?」

 「――貴方には死んでほしくないのよ」

 それはどういった意味なのか。それは今の俺たちが知る由もない。

 ただ、それは魅奈にとって良い意味を持つものだと俺たちは思った。いや、そうとしか思えなかった。

 魅奈はどう反応すればいいのかがわからない、といった感じではあったがうれしそうな顔をしていた。

 「おっ、見つけた見つけた。戻ってくるのが遅いから心配したよ」

 そこにちょうど優がやってきた。続いて義と魅奈の友達もやってくる。

 「もうそろそろ盆踊り始まりますよー? って、ミナっちは?」

 「魅奈ちゃん……って、あーーーーーーーーー!!」

 小夜ちゃんといっただろうか。大人しめな眼鏡をした子が悲鳴じみた叫びをあげた。

 それもそのはずだ。魅奈は友達から浴衣を借りたといっていた。その貸した浴衣が無残な姿になっている。それはもう悲鳴をあげるしかないだろう。

 「あっ、小夜ちゃん!」

 「み、み、みみ、魅奈ちゃん、そ、それ、いったい、どういう、いったい……?」

 「えっと、これは……あたしにもよくわからないっていうか……」

 「よくわからないって。魅奈、あんた何か変なことされたんじゃないでしょうね!?」

 「ま、まさか! そんなわけないじゃない!」

 俺はどうすることもできないし、と優たちと話すことにする。

 「すまんすまん。魅奈の用事ってのが少し長びいちまってな」

 「もうそろそろ盆踊りも始まっちゃうし早いところいつもの場所いこうと思うんだけど」

 「そうだな。もうそろそろいくか」

 いつもの場所、というのは盆踊りを見るにあたってのベストスポットだ。

 さすがに俺たちも踊るのは恥ずかしくて、いつも見ているだけだ。ただ、見ている分にも楽しめる、というのがいいところだ、本当に。

 「っつぅか恭史、魅奈ちゃんとのプライベートな用事ってなんだったのよ?」

 「プライベートってわかってんなら聞くなよ」

 「そこを知りたいのが男の性だろ」

 それは絶対に男の性ではない。せめて人間の性といえ。

 「いやいや、それはいいとしてオレは愛しの立花さんと踊りに踊って乱れてくるぜ!」

 いろいろ誤解されそうな物言いで義は立花のほうへと意気揚々と向かっていった。

 さて、俺は―――

 「行くか」

 「だね」

 魅奈は毎年ついてはくるが、どうやら今回は友達と一緒に踊るみたいだし。まあたまにはいいだろう。

 立花は義に猛烈に誘われているようだが、どうやら気にしている様子はない。もはや無視してるんじゃないだろうか、あれは。

 さっきまでどこかあった緊迫感も今はない。立花も今回はもうムタンはこないとわかっているのだろう。俺を一回見ると、どうぞご自由に、といった感じで目をそらした。

 なら自由にさせてもらうとしよう。

 俺と優はベストスポットへと向かうことにした――。


 チリン――――。


 鈴の音が鳴る。いや、鈴じゃない。これは――

 「風鈴……?」

 チリンと再び音が響く。一つではない。いくつもの音が重なっている。それは祭りの熱気を冷ますかのように響く。

 周りを見渡す。どこかに、どこかにあるはずだ。


 チリン――――。


 魅奈も気づいたらしく、周りを見渡していた。

 気のせいじゃない。あるんだ。――風鈴屋が。

 「あっ」

 ―――あった。

 公園にある一本の木。その下に、ひっそりと佇むようにして、しかし他の屋台とは少し違う雰囲気をまとっている。

 「優。ごめんけど、先にいっててくれ」

 「ん? いいけど」

 「すまんな」

 俺は風鈴屋へと足を動かす。そういえば魅奈たちと話したっけな。

 もしも風鈴屋が出てたら風鈴でも買うか、って。どうでもいいっちゃいいんだけどさ。

 俺と魅奈が風鈴屋の前についたのはほぼ同時だった。

 魅奈についてきたらしい友達たちもやってくる。

 「へー、風鈴屋なんてあったんだ!」

 「珍しいわね。でもそういう屋台があるって話は聞いたことあるわよ」

 やはり風鈴屋という屋台は珍しいのか、みんながものめずらしげな目で屋台を見る。

 チリンチリン、と鳴り響く音はやはり涼しい。

 様々な風鈴があるが、俺はシンプルに水玉のような模様が描かれた風鈴を選ぶ。

 「おっちゃん、その風鈴一つ」

 「えいえい」

 少ししゃがれた声で店のおっちゃんはその風鈴を一つ手にとって紙で包装してくれた。

 風鈴が珍しいわけではないが、このような屋台がでていることが珍しかったからかみんなそれぞれに風鈴を選んで買いだした。

 売れ行きはそこそこ、といった感じなのか一気に買い手が増えておっちゃんは少しうれしそうな顔をしてみんなに風鈴を渡していった。

 「それじゃ、私はこれで」

 そういって一つ花火の絵が描かれた風鈴を選んだのは立花だった。

 あまりこういうことに興味をもたなさそうな立花がすすんで風鈴を選んだことに俺は少々驚いていた。

 「珍しいな」

 思わず口に出してしまう。

 「もしもあったら考えておくっていったでしょ」

 「ああ……」

 そういえばそうだったな、と思い出して俺は一人うなずく。

 皆が買い終わる中、魅奈だけ買わずにいた。風鈴を見ているわけでもない。

 「魅奈、買わないのか?」

 「うん。だってあたしのは家にあるもん」

 「確かに。そうだな」

 魅奈は満足げな顔をして笑った。


 ドドン! と太鼓の叩かれる音。

 「あっ、盆踊り始まったみたいだよー」

 「いこいこ! でも風鈴どうしよっか?」

 「俺がもっとこうか? どうせ俺は見とくだけだし」

 「それじゃお願いしまーす!」

 俺の提案にみんなの買った風鈴を俺が持つ。

 魅奈たちはさっそくやぐらの元へといって盆踊りに参加しにいった。立花はそれを見ているつもりでいたようだが、魅奈たちによって連れて行かれてしまった。

 盆踊りといっても、かしこまって踊るわけではない。みんながそれぞれに踊って楽しむ。立花が踊る、なんて光景ははっきりいって想像できないが、それはそれで見てみたい気もする。……まぁ、どうせ踊らないんだろうけど。

 俺は先にいってしまった優のところへと向かうことにした。

 行く途中で真っ白に燃え尽きたようにうなだれている義を見た気がするが、とりあえず無視することにした。

 ちなみに、踊りを見るベストスポットというのは……トイレの上だ。

 案外堂々としたところにあるが、誰も上ろうとはしない。トイレの上はそこまで汚いわけではないが、上るのが少々てこずる。フェンスが近くにあるからそこから上って、後はフェンスの上からバランスを崩さないようにジャンプ。バランス崩したら落ちる、ということだ。

 ということで、トイレの上に上るとそこにはすでに優がいた。今回は風鈴持ってるのと腹が少し痛むのでてこずったな。

 「ん? どうしたの、その荷物」

 「ああ、風鈴屋があったんでな」

 「風鈴屋? そんな屋台が出てたんだ。うーん、僕も見てみたかったな」

 「後でいってみろよ。まだあるだろうし」

 だね、とうなずいて俺は優の隣に座る。少し高いところから見る公園の風景はきらびやかなものだ。

 公園の真ん中にあるやぐらを中心に人たちが集まっている。太鼓の叩かれる音にあわせて人たちがそれぞれに踊っている。その中に魅奈たちの姿も見えた。立花もいたが、魅奈たちに手をとられそれでぶらぶらとしている感じだった。

 だけど、少しだけだがその顔はほころんでいるような気がした。

 騒がしいほどに響く祭りの喧騒。気が悪い気はぜんぜんしない。祭りっていうのはこういうもんだろ。

 さっきまでのことなんてものは元からなかったように皆が楽しんでいる。

 俺はふと自分の買った風鈴を取り出してみる。

 「それ、恭史の買った分?」

 「ああ」

 「綺麗だね」

 僕も買えばよかったなー、なんていいながら優は祭りの風景に目を戻す。

 綺麗に透き通ったガラスの向こう。屋台の光がぼやけて見える。

 「ああ。綺麗だな」

 風が吹いてチリンと一つ音を鳴らす。その音色は祭りの熱気を少しだけだが冷まして食えr太ような気がした。


 その後、射的でゲットした花火セットをふんだんに使って、何もない近くの原っぱで俺たちは遊びつくした。

 毎年恒例夏休みの夏祭り。俺たちのそのお祭り気分が冷めることは日が変わってもしばらく続くことだろう。

どうでしたでしょうか?

これで強いて言うなら魅奈編が終わりです。たった一週間ちょっとの話書くのにこんなに長くていいのだろうか・・・次からはまた人物系のサイドストーリー編。本編を交えながら進めていきたいと思います。

一区切りついた、ということで感想・レビューなどいただければうれしいです。ではでは。

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