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26.断ち切る迷い

どうも。なるべく更新を早めたつもり・・・・です!

今回は今までで一番長いと思います。その割には内容があまりつまってはいませんが・・・次の話で一区切りさせよう、と無理をしていたらこうなってしまいました。次の話でこのNPDも一区切り。またそのときによろしくお願いします。

では、どうぞ。

 立花が出て行ってから一時間。俺はその間、ずっと慣れないパソコンのディスプレイを凝視し続けていた。別に機械は苦手なほうではないのだが、検索ワードをかけると無限大にあるかのように出るその情報量に、どこから探ったものか、とよーく目を凝らしてみる必要があった。

 天ぷらの作り方のついでにそうめんのほうもよくよく考えればよくわからない、と思って調べたのだが、ただ麺をゆでて後は冷やせばそれで終わりみたいだ。後は適当にキュウリとか焼き玉子とかを具として用意すればそれで完成。

 問題は天ぷらのほうだ。学校の家庭科の時間だって油を使うことなんてなかった。まあ、それはただ単純に危険だからなのかどうかは知らないが。

 作ろうとしている天ぷらはかぼちゃとエビと雰囲気を出すために青じそ。エビは前に魅奈と立花が買い込みにいったときに買っていたものが冷蔵庫に入っていた。青じそもなぜか入っていたが……一体何に使うつもりだったのだろうか。未開封のところを見ると何かに使われた形跡もない。まるで元から天ぷらを作ることを予知していたかのようだ。

 「ふぅ……一人でできるかな、これ」

 パソコンの画面から目を離して伸びをしながらつぶやく。

 最悪天ぷらじゃなくったっていいんだけどな。だが、一度やると決めたことだし、と俺はやることにした。

 「うっしゃ! 俺がプロ級の天ぷらを作ってみせるぜ!」

 ……ちなみに、天ぷらの作り方を調べているときに「いきなりプロが作るような天ぷらを作ることははっきりいって無理です」と書かれていたが、そんなこと知ったこっちゃなかった。


 ◇


 三枝家を出てから一時間。

 私は公園の視察をしていた。

 明日この公園で行われるという夏祭り。その時間帯は必ず夜。正直なところ、そんなところに明日彼をいかせるわけにはいかなかった。

 夜……つまりはムタンの行動時間。もしかしたら、これを機にムタンは彼に何か仕掛けるかもしれない。

 しかし、夏祭りというからには人が大勢集まるはず。彼の口ぶりからしても結構な人が来るようだ。となれば、あまりことを荒立てたくないムタンは行動をすぐに起こせないに違いない。つまり、彼を人気のないところにいかせなければそれでいいのだ。

 それを妥協点として私は明日の夏祭りにいくことについては何もとがめなかった。だからといってそのままでいいはずがない。あらかじめそこを調べておかなければいざというときに何も行動ができない。なるべく無駄な行動を省くためには、観察が必要となる。

 公園の大きさはサッカーグラウンドの半分より少し大きいか小さいかぐらいの大きさ。ラジオ体操のときは大きさなど気にしていなかったけど、確かにそれなりの広さはある。公園内に特に人気がなさそうなところはできることはないだろう。障害物という障害物もない。遊具はあるものの、基本的にまっさらな砂地が広がるだけで遊具はおまけといった感じであるだけ。

 もしも人気がないところがあるとすれば、やはりこの公園外ということになる。

 そこで私は公園周辺を調べるために今散策しているところだ。調べる範囲は公園を中心に半径五○メートル以内。少しでも散策範囲は広いほうがいいだろうと思ってのこの距離だったけど、目測な上に未だにあまり慣れていない地形に時間がかかってしまった。

 「一休みしようかしら」

 ちょうど良くベンチを見つけ、ついでに近くに自動販売機もあったから私はペットボトルのお茶を買ってベンチに腰掛ける。背負っていた竹刀袋を横に置いてペットボトルの蓋を開ける。

 あまり散策しているときは感じていなかったが、喉は相当渇いていたようだ。お茶を飲むとその渇きが潤されるのがわかる。

 さて…これからどうするか。帰ってもいいけれど、もうちょっと調べておいたほうがいいような気もする。

 「そこの君、ちょっといいかな?」

 私がどちらにしようかと考えていると前方のほうから声が聞こえた。周りには何人か人がいたが、その声は私にかけられたもののようだ。

 見るとそれは…警察だった。


 ――――――。


 不意に、なぜか私は緊張していた。

 理由はまったくわからない。しかし、一秒もするとその緊張も解けていった。気のせいだったのだろうか……。

 「はい、なんでしょうか?」

 「ちょっとそこの…えっと、竹刀袋かな? その中身を見せてほしいんだけど、いいかな?」

 警備員は私の横に置いてある竹刀袋を指差しながらいった。

 「別によろしいですよ。どうぞ」

 ありがとう、といって警備員は竹刀袋を手に取る。

 「最近ここらへんも物騒ですからね。数日前の夜なんかは銃声が聞こえたなんて報告もありましたから。ですから、こういってはなんですけど、こういう怪しい物は取り調べなきゃいけないんですよ」

 聞いてもないのに警備員は竹刀袋の紐をほどきながら説明し始めた。

 「銃声、ですか」

 「そう。だから君も気をつけてね。…っと」

 竹刀袋の紐をほどいて中身を取り出す。中にはいざというときのために木刀を持ってきておいた。あまりありうる話ではないが、ムタンともしも出くわしてしまったときのために。

 「木刀なんて何に使うの?」

 「護身用です」

 竹刀袋には竹刀が入っているものだと思っていたのだろう。中から出てきた木刀を見て聞いてきたのを私はそう返した。あながち、護身用というのは間違ってはいない。

 「護身用か。珍しいね。っと、あまり時間をとらせてしまうのも申し訳ないね。どうも、ご協力ありがとうございました。それでは気をつけてくださいね」

 では、といって警備員は歩き去っていった。

 「っ……ふぅ」

 そこで私は何かの束縛から解かれたように気が楽になって、知らないうちにつまっていた息を吐き出していた。どうやら先ほど緊張が解けた、と感じていたのは気のせいだったようだ。

 でも……なぜ?

 何も悪いことはしていない―――はずなのに。

 知らない他人から話しかけられる、という緊張からだろうか。

 「……いえ、気のせいよ。きっと」

 私は自分に言い聞かせるようにしてそうつぶやいた。


 ◇


 気づけば空は茜色に染まっていた。

 もうそろそろ二人も帰ってきていい時間帯だろうと思って俺はいよいよ食事の準備にとりかかる。

 今までは予習復習ふくめて、小さいエビを使ったりして天ぷらを作ってみたりしていた。いっちゃなんだが、ころもさえつけてしまえばあとは油に入れてあげるだけだ。ころもの作り方も間違えてはいないし、試しにそのエビを食べてみたところそれっぽくはなっていた。

 少なくとも、作りたてだったからか市販のどこかサクサク感が失われつつある天ぷらよりかはうまかった。

 インターネットで調べたときに出てきた、"花を咲かす”という方法もやってみた。花を咲かす、というのは太い菜箸とかにころもをつけて、天ぷらが油の中に入っているときにその菜箸についているころもを散らす、というようなことらしい。

 練習のときはわりかしうまく花を咲かすことができたと思う。

 「っしゃ、やるかな」


 まずはそうめんから、と麺をゆでているときに立花が帰ってきた。

 続いて麺が完全にゆであがったときにタイミングよく魅奈が帰宅。残すは天ぷらだけとなり、俺はあらかじめ作っておいたころもにエビやら青じそやらつけて油で揚げる。

 油で揚げる少々けたたましい音とともにころもがどんどんとうまそうな色に揚がっていく。

 天ぷらを作っている間に魅奈は風呂へ。ゆであがったそうめんを冷やすために氷水にそうめんを入れて冷やしていると立花はなぜだか俺の横へとやってきた。

 「天ぷらね。貴方ちゃんと作れるの?」

 「ああ、一応練習はしたし大丈夫だとは思う」

 そう、と一言いって立花はやけにじろじろと食材や天ぷらを見てくる。

 「……そんなに信用ならないか?」

 「そんなことはないわよ。期待してるわよ」

 本当に期待してるのかわからない声音でいって立花は食器棚から皿やコップを人数分取り出しはじめた。

 「そういえば、さっきは何しに出てたんだ?」

 「公園の視察よ。明日夏祭りがある公園のね」

 「視察? なんでまた」

 「夏祭りがある時間帯は夜でしょう? だったらムタンが動かないとも限らないわ。そのために一応公園の中はもちろん、周辺の把握をしておいたのよ」

 なるほどな、と俺は頷く。

 前のビル倒壊での例外を除けば、ムタンはあまり人の多いところでは行動を起こさないらしい。毎年結構な数の人があの夏祭りには来る。だから、その中で何か行動を起こす、ということはないかもしれないが念のため、といったところだろう。

 「にしても時間かかったな。確かに広いけど、そこまで時間かかるか?」

 立花が出て行ってから帰ってくるまで大体三時間近くかかった。

 「結構広い範囲を探索したからかしら。確かに少々疲れたわ」

 というわりには、やっぱり汗一つかかずに戻ってきた立花を見ると疲れているようには見えない。顔もいつもどおりだし。

 「で、大丈夫そうだったのか?」

 「まあ大丈夫でしょう。ムタンが狙うなら人が少ないところで行動を起こすはずでしょうから、普通に公園内で夏祭りを楽しんでいれば大丈夫だとは思うわ」

 「だろうな」

 毎年公園内でしか夏祭りなんて遊ばないし。


 ちなみに、夏祭りは毎年魅奈と一緒に行く。

 何度か魅奈にも友達といったらどうなんだといってみたが、なぜだか顔を少ししかめるだけで俺の提案を受け付けようとはしない。一時期、それで魅奈がいじめられているんじゃないかと思ったが、たまに魅奈の友達が遊びに来るのを見ているとそうではないというのがわかった。

 俺のほうはといえば、義と優と一緒にいく、ということはない。

 というのも、大抵祭りにいけばそこで出会うからだ。祭りを回るルートのようなものが似ているのか、よく出くわすことが多い。出くわさないことがあったとしても、大抵は義から召集のメールが途中で入ることがある。

 それにも魅奈はよくついてきていた。たまに友達を見つけると話すものの、結局はこちらのほうに戻ってきてしまう。俺からしたらよくわからない行動をしていた。一緒に遊べばいいのに、と何度も思ったがなんとなくいっても無駄なような気がしたのだ。

 だから、俺が帰るころになって魅奈も一緒に帰る、というのがいつの間にか当たり前となっていた。


 「よし、できた!」

 揚げ終わった天ぷらを網にあげて油をきった後、皿に盛る。

 すっかり冷えたそうめんを透明な大きな器に移し替えて、氷を数個いれておく。

 「うん、我ながらいい出来だな」

 味見はしていないが、天ぷらのほうは大丈夫だろう。とりあえずできた食事を立花がセットしておいてくれたテーブルに置いていく。

 「おぉ! 天ぷらってすごいね!」

 出来た食事が置かれるのを見て魅奈は飛びつくようにして天ぷらを見る。

 「匂いも悪くないし、ちゃんとできたみたいね」

 続いて立花が魅奈とは対照的な静かな感じに俺に賛辞(?)の言葉をいう。

 「そうめんに天ぷら。シンプルだけどいいだろ? 夏らしくて」

 「うん、そうだね! 外で食べたいぐらいだよ」

 「外はさすがに暑いかな」

 今は冷房を効かせて涼しい部屋にいる。今外に出れば、蒸し暑くて食事をする気だって失せてしまうだろう。


 チリン―――。


 ふと、外のほうを見るとドアのガラスの向こうで風鈴が鳴るのが聞こえた。

 「あれ? 風鈴出したの?」

 「ああ、昼間に物置から引っ張り出したんだ」

 へー、といって魅奈が風鈴のほうに近づく。チリンチリン、と何度か音を聞いた後に魅奈は一人で頷いた。

 「よし、やっぱり外で食べよう! 夏らしい食事は夏らしいシチュエーションで食べなきゃ!」

 「えっ、まじか?」

 魅奈は元気よく首を縦に振る。どうやら本気のようだ。

 立花のほうを見ると、どちらでもいいといった感じで俺を一瞥すると縁側のほうへとゆく。

 せっかくクーラーも効いていて涼しいというのに……。しばらくはそう思っていたが、ここで渋ったってしょうがないと思い、クーラーの電源を切って窓を開ける。縁側のドアのところに食事と食器を持っていって準備をする。

 暑いかと思ったが、案外今夜は風が入るようで外は涼しかった。その風に揺られて風鈴も涼しげな音をチリンと鳴らす。

 「なんだか夏らしくなったね」

 なんだかうきうきとしている魅奈は庭に出て背伸びをしている。月の光が魅奈の乾いていない髪を照らし出していた。

 一通り準備をし終えて、俺たちは縁側に適当に座る。

 ただ、縁側といってもそこまで大きくないから、自然と俺は地面へと座る羽目になってしまった。残り二人はちゃんとドアのサッシのところに座っている。

 そうめんとめんつゆ、後は飲み物と俺が作った天ぷらと必要最低限のものだけを庭に出した簡易式の椅子に置いて準備完了。

 「それじゃ、いただきまーす」

 「いただきます」

 魅奈と立花が合掌するのを見て、俺も続いて合掌をする。

 さっそく魅奈が天ぷらに手を出し、醤油を少しつけて一口食べる。

 「もぐもぐ……うん! おいしいよ、お兄ちゃん」

 「そうね。市販のものよりかはおいしいわよ。出来立てだからでしょうね」

 魅奈に続いて食べた立花からもお褒めの言葉をもらったところで、俺は一安心する。

 「そりゃよかった。んじゃ、結構作ったからじゃんじゃん食べてくれ」

 これから使うこともないだろう、と一応エビとかは全部使わせてもらった。なので、それなりに量はある。俺も続いて天ぷらを食べてみるが、なるほど確かに市販のものよりかはうまかった。さすがに店で出るようなものまでとはいかないが、それでも充分なうまさだ。

 「それにしても、この風鈴懐かしいねー」

 魅奈がそうめんを食べつつも風鈴を見ていった。

 「ん? なんかその風鈴に思い出があったか?」

 「あったよー。これお兄ちゃんがお祭りのときに買ってくれたやつだよ?」

 はて、そうだったかな、とチリンと鳴る風鈴を見ながら俺は思い出す。

 「……あー、そういえば小さいときに祭りで買ってやったな。俺のなけなしの金で」

 確か小学生のころだった。

 季節は同じく夏。いつもどおりに魅奈と一緒に夏祭りにいった日のことだった。

 女子だからなのかどうなのかはわからないが、屋台としては見たことのない風鈴屋というものが出ていて、そこでにぎやかな祭りの喧騒の中、静かにチリンチリンと鳴っている風鈴を見て魅奈はそれに惹かれたらしい。

 それを見つけるなり一緒にいた魅奈が買って買って、とせがんできたのだ。俺は最初渋ったが、どうもあきらめそうになかったから仕方なしになけなしの小遣いで風鈴を買ってやった、というわけだ。まあ、一個五百円とそれなりの値段だったのだが、小学生の俺にとっては案外大きな出費だった。小遣い千円だったからな、あのころは。母さんからお金をそのとき千円ほどもらっていたが、すでに使い果たしてしまっていたし。子供心に射的とか、よくあたる! と称してあたっているところ観たことがないくじ引きをしまくってたらあっという間だった。

 ガラス製ということもあってか、店のおっちゃんが軽く紙で包装してくれて、魅奈はそれを大事そうに持ち帰って家に飾っていた。チリン、とその風流な音を聞くたびに魅奈はうれしそうに笑っていたな、そういえば。

 「そうだよ。忘れちゃってたの?」

 「いや、ちょっとな」

 そんな風鈴が何で物置なんかにしまっていたか、というと夏が終わって魅奈にとっても季節的にも少しだけ風鈴という存在が薄れていたときに、たしか父さんがしまったんだよな。魅奈はしばらくしてから風鈴がないことに気づいて、それが父さんが物置にしまったのだとわかったらそれで終わりだった。

 「お前、結局風鈴はその次の年ぐらいしか出してないんじゃないのか?」

 「そういえばそうだね。でも、あたしが持っていてもガラス製だから壊れちゃうかもしれないし、物置で管理されてたほうがいいかな、と思って放置してたのかも……」

 「つまり忘れられてたってことだな」

 あのころの俺に五百円を返してやれ。漫画買ってきてるに違いないぞ。

 「あの風鈴屋も結局あのときしか見てないんだよな」

 「第一、風鈴屋なんてはじめて聞いたけど、そういうものってお祭りで出るものなのかしら?」

 風鈴屋、という言葉に疑問を抱いた立花が聞いてきた。

 「どうなんだろうな。俺も魅奈もあの時初めて見た屋台だったし、あんまりないんじゃねえのか?」

 実にお祭りらしいといえばお祭りらしい屋台ではあるが、あんまり見たことは本当にないしな。むしろ、アレのほかにあるのかどうかさえわからない。

 「風鈴屋、ね。面白いものもあるのね。少し気になるわ」

 「なんだったら風鈴買ったらどうだ? もちろん出てたら、の話だけど」

 「そうね。考えておくわ」

 そういって立花は控えめな音をたてながらそうめんをすすった。

 「あっ、お兄ちゃんのぶんも買いなよ。あのときよりお金に余裕あるでしょ? 今回はお父さんからお祭りの代金ももらってるし」

 「そうだな。まっ、出てたら、な」

 果てさて、明日の祭りに風鈴屋はあるのだろうか。思い出すと、久しぶりにそれを見てみたい気もしてきた。風鈴の涼しげな音が祭りの喧騒と暑さを少しでも緩和してくれるようなあの音。少しだけ俺は明日その屋台があることに期待をした。


 そうめんも食べ終わり、天ぷらも全部食べ終えるとしばらくその場で夜風に当たって涼んでから今日の晩飯は終わりとなった。

 涼しい風が風鈴をチリンと鳴らす。コオロギの鳴き声に綺麗に乗るようにして、その音は綺麗に響いていた。


 …


 八月二日。いつもと変わらず晴天。

 もうそろそろ太陽は休んでくれてもいいんじゃないか、と農家の人たちは思っているかもしれない。しかし、今日は太陽がでていなければ困る。なんといっても今日は毎年恒例の夏祭りの日だ。

 夏祭りの準備をするため、いつもラジオ体操をする公園でラジオ体操はなかった。わざわざ早起きして起こしてくれた立花にそのことを伝えるのを忘れていて、そのことを伝えたら「そうなの」と一言いって俺を一階へと連れて行った。

 そしてテレビをつけて、ちょうどやっていたラジオ体操のチャンネルに変える。

 わざわざ家の中でやらんでもいいだろ……。

 「こういうものは一回でも忘れるとダレてしまうものよ」

 そんなことをいわれて俺はしぶしぶやる羽目になったのだ。魅奈に見られて笑われでもしないかとひやひやしていたが、ちょうど体操が終わったころに魅奈が起きてきて俺は一人安心していた。


 ということで朝食の時間。

 今日は立花の出番だ。どんな食事を用意するのかと思ったら、案外普通の食事だった。ご飯に味噌汁。後は目玉焼きにベーコンを添えたもの。ここまでは俺と同じで、最後に一品サラダが追加されていた。

 やっぱり朝食っていうのは、こういうイメージが定着しているんだろうか。

 「一応味見もしたし、出来栄えが良いか悪いかはわからないけれど、どうぞ召し上がれ」

 「立花さんが作ったんだし、おいしいに決まってるよー」

 いただきます、と合掌して味噌汁を一口。

 見た目は良くて味は悪い方向に爆発的な味、というのを少し考えてみたが、そんな料理ができないキャラではなかったらしい。俺としては少し薄めのような気はするが味噌汁はうまい。目玉焼きも半熟、といった感じで黄身を割ると仲からトロリと黄身があふれ出す。添えられたベーコンにも塩コショウがほどよく振られており、いい味がでている。

 ……いわゆる、完璧というやつだった。

 「うまいな、やっぱり」

 「そう? なら良かったわ。お口に合ったようで」

 本当に少しだけ安心したかのように言うと、立花も食事を食べ始めた。

 魅奈はといえば、なにやら味でも研究しているのか口をもごもごと動かして食べながら何かを考えているようだった。

 ほどなくして朝食を食べ終えて、ごちそうさまの合掌をする。

 「あっ、そういえば今年は友達と一緒にいくことになったから」

 不意に魅奈がそういった。

 「友達と一緒に? そうか。お前もやっと友達と一緒に行くようになったか」

 いつまでも俺と一緒、というのは見つかれば笑いのネタにもされかねないしな。俺としても少し恥ずかしくなってきたし。本当にいいことだ。

 「で、うちに来て一緒にいくことになったから。お兄ちゃんも」

 「わかった……って、俺も一緒に?」

 「うん、そうだよ」

 まるで当たり前かのように魅奈はいった。

 「あのな、友達といくんだろ? 俺は必要ないだろ? むしろ邪魔者だ」

 「そ、そんなことないよ! みんなお兄ちゃんのことを見たい、っていうから一緒にいくことになっただけだよ!」

 見たいって……いっておくが、俺はそんなにイケメンでもないしジョニーズのような顔立ちもしていないぞ。普通の高校男児だ。確かに魅奈の友達とは今年の春に入学式とかで会ったきりだな。もちろん、会話は俺の「こんにちは」で始まり、魅奈の友達の「どうも、こんにちは」で終了だ。会ったというか、見た、というレベルだな。

 「昼からくるっていうから、よろしくね」

 何をよろしくされたのかわからないが、俺は一つため息をつく。ここでむげにあつかうわけにもいかないし、付き合うしかないか。

 「モテるじゃないの、貴方」

 食器を片付けながら話を聞いていたらしい立花がそんなことをいってきた。

 「モテてねえよ」

 彼女いない暦は現年齢を示す。つまり、俺は彼女なんてできたことがない。人にはモテ期が人生の中に二度あるというが、俺の一度目のモテ期とやらはいつくるのだろうか。もしかして、俺の春は終わってしまったのか。告白さえされたことはない。

 「別にいいじゃないの。むしろ、人が多いほうがいいわ」

 それはきっとムタンのことをいっているのだろう。魅奈がいる手前そのことは話せないが。

 「そうだよ。お祭りなんだから人は多いほうがいいの!」

 魅奈は魅奈で別の解釈のしかたをして立花に賛同する。

 「わかったわかった。その代わり、奢ったりはしないからな。資金は父さんからもらった金のみだ」

 「わかってるってば。それじゃよろしくねー」

 そういって魅奈は二階へとあがっていってしまった。俺は頭をかかえてもう一度ため息をする。

 やっと友達と行くようになったかと思えば、結局は俺も同行か。そりゃそのほうが何かあったときにすぐ対処できるから安心ではあるが、もうそろそろ親離れならぬ兄離れというものをしてほしいものだ。

 「さっきもいったけれど、多いほうが安心できるわ。貴方の死ぬ確立が減ったと前向きに考えなさい」

 なんて前向きな考えだろうか。死ぬ確立が減ったって……もはや俺は死に晒されているというのか。今さらだからちゃんと守ってくれ、立花よ。


 …


 食器を洗うのは昼からにしたらしい立花は外で素振り。俺は立花と手合わせ……というか、一方的にぼこぼこにされる訓練をしようとしたのだが、

 「お祭りの前に傷つきたいのかしら?」

 といわれて俺は引き下がった。確かに再構築によってすぐに治るといっても、祭りの前に傷ついてちゃなんだからな。俺は一階にいてもすることはない、と部屋のベッドに座って漫画を読んでいる。

 「お兄ちゃーん」

 ノックもせずに魅奈が携帯電話を耳に当てた状態で俺の部屋に入ってきた。

 「お前ノックぐらいしろよ」

 「あっ、うん。ちょっと待ってね」

 聞いちゃいねえな…。

 「なんだ?」

 「えっとね、友達はみんな浴衣を着ていくんだって。それでさ、うちにも浴衣がないかなと思って」

 「浴衣? うーん、どうだろうな。お前の浴衣姿なんて小さいときしか見たことないしな」

 祭りにいくときは私服だ。浴衣なんてうちにあるかどうかさえわからない。あるとしても小さい子供用のしかないような気がする。

 「そっかー。わかった。あっ、ごめん。うちにあるかわからないんだ~」

 電話をしながらドアが半開きのまま魅奈は自分の部屋へと戻っていった。

 「ったく、ちゃんと閉めろよ」

 つぶやいて俺はベッドから立ち上がりドアに近づく。

 魅奈の部屋のドアの向こうから声が聞こえる。さっきの質問からすると、友達と話しているのだろうう。なんだかどんどん声が大きくなっている。何か喜んでいるようだ。

 電話に夢中になるのもいいけど、ドアは閉めろってんだ、ほんとに。ぶつぶつと思いながらドアに手をかけ…

 「――やったーーー!」

 …ようとした瞬間に魅奈がドアを跳ね飛ばす勢いで開いてきた。そのドアは俺の指にヒット。

 「っ?!」

 突き指になるんじゃないかと思うぐらいの痛みに声も上げられずに手をおさえながら俺は痛みにこらえた。

 「あれ? どうしたの、お兄ちゃん?」

 「ゆ、指……指が……!」

 「そんなことより!」

 俺の苦痛の声は無視された。

 「友達があたしのぶんの浴衣持ってきてくれるんだって! さっき浴衣があるかどうかわからない、って話してたら余ってるのがあるから持って行くよ、って」

 やったやったー、と大喜びの魅奈とは対照的に俺は痛みにこらえるので精一杯だ。突き指ってほんと地味に痛いからな……。地味な痛みって大きな傷より声が出なくなると思う。

 「そ、そりゃよかったな……っつ、はぁ」

 「お兄ちゃんも久しぶりにあたしの浴衣姿が見れるからうれし……って、なんでそんなに苦しそうなの?」

 「なんでって……お前がやっ」

 「あっ、ごめん。ちょっと電話」

 図ったかのように魅奈の携帯が鳴り出す。結局、俺のこの痛みは魅奈に伝えられなかった。


 ◇


 美樹ちゃんとの電話が終わってあたしは一人にやけているのが自分でもわかっていた。久しぶりに浴衣が着れる、と思ったらあたしはなんだかうれしくてついにやけてしまっていたのだ。もちろん、部屋に一人のときだけだけど。

 浴衣を着るのは小学三年のとき以来だと思う。さすがのあのころの浴衣があっても着れないだろうし、美樹ちゃんたちが浴衣着ていくって聞いたときはどうしようかと思ったけど、小夜ちゃんが持ってきてくれる、とうことであたしは本当に安心していた。

 みんな毎年浴衣は着ていくらしい。お祭りのときは三人を見かけたことがなかったから知らなかった。

 「そういえば、あの時に浴衣着てたんだっけ」

 不意にだいぶ前に浴衣をきていたときのことを思い出していた。

 なんといっても、昨日お兄ちゃんが昼の間に出したという風鈴を買ったときに浴衣を着ていたんだ。

 お祭りの数日前にお店で薄い綺麗なピンク色の浴衣を見て、純粋に着てみたいと思ってお母さんにお願いしたら買ってくれたんだっけ。その浴衣にはお花の柄がプリントされていてかわいらしかったし、お祭り当日まで浴衣を暇があったら見てたような気がする。

 当日になってお母さんに浴衣を着させてもらって、お兄ちゃんに「似合ってるじゃん」といわれたのはよく覚えている。

 その年の夏祭りに風鈴屋なんていう珍しいお店が出ていて、透明な球状のガラスに中のガラス棒が風に揺られてチリンと鳴るそれにあたしは心惹かれた。一つ五百円だというから、お母さんから千円はもらっていたし買えると思ってたんだけど、それまでにりんご飴とかたこ焼きとか買っていたから残りは二百円ぐらいしかなかった。

 そこでお兄ちゃんに「かってかってー」とせがんで、しぶしぶといった感じでお兄ちゃんは買ってくれたのだ。

 ……で、結局風鈴を出していたのはその年と次の年ぐらいで、後は物置で封印されていた、というわけ。

 何してるんだろ、あたし…。軽く自分の頭をぽかぽかと叩いてあたしは反省する。

 基本的に大切なものは自分の部屋のクローゼットの中にしまったりしてるんだけどな。風鈴だけはなんでか物置にあったなんて。

 「あたしの馬鹿」

 部屋で一人、あたしはもう一回だけ自分の頭を叩いた。


 とりあえずそれは置いとこう。

 あたしは思考回路を切り替えて、お祭りでの行動について考える。

 最初の予定としては、榎本さんと立花さんをなんとかしてくっつけるようにして、その間にあたしはお兄ちゃんと二人でお祭りを少しでも長く楽しむ、という算段だった。

 けれど、友達がいっしょについてくる、ということになれば話は別だった。たとえ立花さんを連れ出しても、美樹ちゃんたちが残ることになってしまう。今さらながら、なんで自分は一緒にいこうなんて提案したのかと後悔する。

 「いや、でも……」

 美樹ちゃんたちはすでにあたしがお兄ちゃんのことを……その、簡単にいっちゃえば……好きだってことを知っているわけだし、別に何かしてもとがめられないか。少し恥ずかしいけど……。

 ということはやっぱり当初の予定通りでいいんじゃないのかな?

 後は榎本さんにこのことを伝えておけばそれでいいかな。毎回、お兄ちゃんとお祭り回ってたら榎本さんと手辻さんとは一緒になるし、そのときに伝えておこう。

 「よし! 完璧!」

 大丈夫。これはあたしのためでもあるけど、榎本さんのためでもあるんだ。

 立花さんにお兄ちゃんは渡さないんだから! あたしは知らない間に立花さんにライバル心のようなものを抱いていた。


 ―――正直、なんで自分がここまでお兄ちゃんと一緒になろうとしているのか、自分でもよくわからなかった。


 ◇


 一階にお茶でも飲みに来たときに、今さらながら思う。一応客人である立花に食事を作らせる、というのはいかがなものなのだろうか? 立花が昼飯を作るのを見ながら、俺は思っていた。

 立花も別に嫌そうではないが、そこが問題ではないとは思う。

 何かを炒める音が聞こえる。察するにチャーハンを作っているのではないだろうか、と思ったが、昨日は米も炊いてないしあまりの米もなかったはずだ。朝から米を炊いている気配もなかったから違うとは思う。

 聞くのもなんだか野暮だと思って何も聞かずにお茶を飲んでから二階に上がることにする。

 「そこの塩コショウとって頂戴」

 「へっ? ああ、これか」

 近くにあった塩コショウをとって言われたように立花に渡す。

 立花はそれを調理中のものにかけると近くに置く。塩コショウをかけたものを見ると、そこには緑色のもの。というか、キャベツとか豚肉ににんじん。野菜炒めのようだった。

 「野菜炒めか」

 「ええ。後これに一手間加えるだけよ」

 「一手間? なんだ、それ?」

 「それはできてからのお楽しみよ」

 ほとんど無表情、無感情でいうものだから、残念ながらときめきはしなかった。立花の笑った顔を見たりしたのも、ほとんど最初だけだな。なんというか、後はほとんど無表情か険しい顔、あるいはあきれた顔ぐらいしか見てないような気がする。

 「んじゃ楽しみにしとくよ」

 そういって俺は再び自室へと戻ることにした。…客人を一人にする、というのもどうかと思うが、このときの俺はそんなことは微塵も考えていなかった。


 …


 しばらくしてから、食事が作り終わった、ということで俺と魅奈はそれぞれ部屋から出て一階へと下りていった。

 テーブルの上には野菜炒め……ではなく、ラーメンの上に野菜炒めがのっているものがあった。

 「ちゃんぽん……だよな?」

 「ええ。少し具は足りないかもしれないけど、ちゃんぽん風味のラーメンよ」

 見たところ、とんこつラーメンの上に本当に先ほど炒めていた野菜炒めをのせただけ、という確かにちゃんぽん風味のものではあるが、それがうまそうに見えるから不思議だ。

 「ラーメンはどうしたんだ?」

 「それはとんこつ味のインスタントラーメンよ。楽でおいしいでしょ」

 まあ、そうだよな。一から作るなんてさすがにないか。

 「とりあえず食べようよ! 友達きちゃうし」

 魅奈は腹が減っているのか、それとも電話でしゃべりつかれたのかどうか知らないが急かす。

 俺と魅奈は椅子に座って、続いて立花も椅子に座り、例の如く合掌をしてさっそく食べる。

 「どうかしら?」

 「うまい! 野菜炒めのせるだけでここまで変わるんだな」

 「ちょっとインスタントラーメンに飽きたときにはこれいいかもね」

 前回のただ器を変えただけ、というラーメンもそうだが立花はこういうのが得意なのだろうか。前回のは正体を知ってしまえばまた味は変わっていたのかもしれないが、本当にたった一手間であそこまで変わるというのならすごいものだ。

 「俺もこういうのだったらすぐ作れたな」

 無理矢理チャーハンなんて作ることなんてなかっただろうに。評価はよかったみたいだからいいけどな。

 野菜炒めと一緒にラーメンを食いながら、しみじみと俺は今度作ってみるか、と思うのだった。


 食事を食べ終わり、時刻は午後一時十五分前。もうそろそろ魅奈の友達がくるころだろう。

 「それじゃ友達がくるから、よろしくね。お兄ちゃん」

 「わかった」

 実は未だに何をよろしくされたのかがわからないが、俺は適当にそう答えておいた。

 魅奈は二階へとあがっていってしまった。

 立花は食器洗いをしている最中だ。とはいっても、あまり量がないから手際よくやってものの数分で食器洗いを終わらせてしまった。俺のときはもうちょっとかかった記憶があるんだけどな……。

 食器を洗い終わって、タオルで手を拭いている立花をなんとなしに見る。いつもと変わらない。いつもと……変わらない?

 「なあ、立花」

 「? 何かしら?」

 「お前って、そのYシャツみたいなのと黒いジーンズしか持ってないのか?」

 そう、いつもと変わらない。服装が変わらない。服装が変わるなんて風呂上りのときぐらいだ。それにしたって似たような配色だったりしてあまり変わってはいないし。

 「家にはあるけれど、基本的にこういう服しか持ってないわね。動きやすさを重視してるから」

 「なるほどな」

 そこで俺はふと魅奈が浴衣を着ていく、という話を思い出した。

 「立花は浴衣って着たことあるのか?」

 「いいえ、ないわ」

 「それじゃさ、浴衣着てみないか? 今日の祭りで」

 「浴衣を? 何のために?」

 「何のためって、そりゃ祭りを楽しむために……」

 確か商店街の服屋に浴衣の貸し出しがあったはずだ。いくらぐらいするかわからないけど、そこで借りればいいだろう。

 「いえ、遠慮しておくわ」

 俺が少し浴衣を借りる段取りを考えているのに反して、立花は何のためらいもなしに断った。

 「そ、そうか? もったいないな」

 立花の長い綺麗な黒髪。ポニーテールであろうと、それをほどいてストレートにしようと、どちらにせよ浴衣は似合うと心の中で思っていたんだがな。

 「ええ、ごめんなさいね。でも、私は遊びにいくんじゃないの。あくまで貴方を守るために同行するに過ぎないのだから」

 「そう…だな」

 それを言われてしまえば、もう何もいうことはない。だがしかし、どうせ祭りにいくのなら立花にも楽しんでもらいたかった。

 それで会話は途切れてしまい、他に会話のネタがなくて俺はそのまま居間のソファーに座ってテレビでも見ることにした。

 「あっ、お兄ちゃん。今日は一階使わせてもらうから、お兄ちゃんは自分の部屋いっといてね」

 二階から下りてきた魅奈がソファーに座って十秒ぐらいの俺にそういった。

 「二階で遊ぶんじゃねえのかよ?」

 「あたしの部屋じゃ浴衣広げたりしたらせまいし、一階のほうが何かと都合がいいかなーって。ついでにここで着替えちゃおうと思ってるし」

 そういうことは早くいってほしいものだ。時間も時間だしもうそろそろくるのだろう。魅奈は「早く早く」と立ちあがった俺の背中を押して急かす。

 あっという間に居間から追い出されてしまい、俺は仕方なしに自分の部屋に戻ることにした。


 ◇


 彼は自分の部屋へと押し戻されるようにしていってしまった。

 私も邪魔だろうと彼女の部屋へ行こうとドアに近づく。

 「あっ、立花さんは残ってて。みんなに立花さんのこと少し話したら会いたがってたから」

 「…わかったわ」

 彼女がどのような説明を友達にしたのかはわからないけれど、会いたいといっているのなら残ってもいいだろう。

 私はソファーに座って、さきほど彼が点けたままのテレビを眺めることにした。

 やがて、ピーンポーンという家のチャイムが鳴って彼女は玄関へと走っていく。

 「おじゃましまーす」

 「お邪魔します」

 「おじゃましますー」

 どうやら彼女の友達は三人いるらしく三者三様の挨拶が聞こえてきた。

 「どうぞどうぞー。あっ、あのソファーに座ってるのが立花さんね」

 彼女の紹介によって私が振り向くと、そこには彼女と同じぐらいの背丈の女子三人が少し大きめのカバンを持って立っていた。一人は活発そうな子。もう一人は眼鏡をかけていて大人しそうな子。最後一人は少し気が強そうな子だった。

 「あっ、どうも。佐江中美樹-サエナカミキ-っていいます。今日はよろしくお願いしまーす!」

 「初めまして。魅奈ちゃんの友達の小岩井小夜-コイワイサヨ-といいます」

 「どうも初めまして。魅奈の友達の飯仲美鈴-イイナカミスズ-です。今日はお祭りのほうではご同行させてもらうので、どうぞよろしくお願いします」

 順々に自己紹介をしてもらい、私は苗字だけを覚える。続いて、私からも自己紹介をすることにした。

 「私は立花竜仔です。今日はよろしくね、左江中さん、小岩井さん、飯仲さん」

 「「「よろしくお願いしまーす!」」」

 自己紹介も終わったところ、私がいる理由はなくなったと思い彼女の部屋に行こうと立ち上がる。

 「あっ、立花さんも一緒に話そうよ。女子だけで、ね?」

 引き止められて少し考える。今日の行動については話したし、特にこの後することもないだろうから、とそのお祭りまで時間を適当に潰そうかと思っていたけれど……。

 だからといって、彼女たちと一緒にいても私が話すことはないかもしれない。となれば、私はただの邪魔者じゃないだろうか? 下手をすれば、彼女たちを傷つけてしまうかもしれない。小さいころのように。

 「いいのかしら?」

 念のために確認を取っておく。彼女は友達三人に「いいよね?」と聞いて頷いたのを見ると「もちろん」といった。

 ならば、と私はその場に居座ることにした。魅奈ちゃんに手を引かれるままに床に座る。

 「早速質問いいですか!」

 座るやいなや、左江中さんが突然聞いてきた。

 「何かしら?」

 「立花さんはなんでこの家で暮らすことになったんですか?」

 なんとなくそんな質問がくるような気はしていた。この家にきたときは、両親が海外に旅行しにいっている、とかいっていたがあの時は突然の事態に誰も聞いていなかったようだし。改めて整理しながら私は答えることにした。

 「実は親が仕事で海外にいっててね。長い間そっちに滞在することになるらしいから、その間こちらでお世話になることになったのよ」

 「それじゃ、立花さんの親と三枝家の人って知り合いだったんですか?」

 「いいえ。元はといえば一人で暮らしてたんだけどね。こちらのお兄さんと少しぶつかったときに話をして、それじゃうちにこないか、って誘ってくれたの」

 「えっ、なにその漫画っぽい展開は……」

 これは読んでいた漫画のワンシーンを流用しただけなのだけれど、さすがに無理があったかもしれない。でも、うちにこないか、と誘ってくれたのは本当のことだ。

 「でも、なんだか運命を感じるな~……」

 「もう、美樹ちゃんったらー」

 あはははは、と笑いがおきる。私はなんの笑いなのかが理解できなくて、少し驚いていた。この後いくつか質問を受けて、後の質問は別に本当のことを答えてもいいものばかりだったから、正直に答えていった。高校はどこに通っているのか。趣味、好きなもの。好きな歌手。正直いって、ほとんどの質問には「よくわからない」と答えていたかもしれない。好きな歌手などいないし、最近はどんな歌手がいるのかもわからない。

 「あっ、ところで魅奈ちゃん。浴衣なんだけど一応三着持ってきたの。どれか好きなの選んでよ」

 私の答えに徐々に場の温度が下がっていた中、小岩井さんがそういってカバンの中から綺麗に折りたたまれた浴衣を三着ほど出した。

 桃色、青色、黄色の信号機のような三色。それぞれに花の模様がプリントアウトされている。見たところ菊や睡蓮のようだ。

 「うわぁー! ありがとう、小夜ちゃん!」

 そういえば、先ほど彼が浴衣がどうとかいっていたのを思い出す。

 浴衣は確かに綺麗なものだ。しかし、いつでも機敏に動けるように、こんな動きにくそうな服装はいけない。少しは着てみたいと思ってはいるが、今がそのときではないだろう。

 彼女はうなりながらどれにしようか悩んでいる様子。やがて、ひとりで頷いた。どうやら決まったようだ。

 「それじゃこのピンクの!」

 「はいはーい。それじゃ魅奈ちゃんのはこれね。わたしはどれにしようかな……」

 「小夜には青が似合うんじゃないの? というか、去年が黄色だったし」

 「そっか。それじゃ青にする」

 「浴衣を選べるなんていいねー。ワタシなんて毎年毎年姉貴のお下がりだよ。およよ……」

 「いいじゃない。あたしなんて家に浴衣さえないんだから」

 四人は楽しそうに話している中、私だけは会話に入れずその楽しそうな会話を聞いていた。

 「――立花さんは浴衣着ないんですか?」

 「ええ。あまり動きづらい服装って好きじゃないの」

 「でも、立花さんに浴衣ってものすごく似合いそうなのに」

 「そうね。長い黒髪に凛とした顔つき。様になると思うわ、アタシも」

 小岩井さんのいうことに飯仲さんも同意する。

 「ありがとう。でも、浴衣は遠慮しておくわ」

 これで無理矢理着させられては、この後の行動に支障をきたしてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。だから私はきっぱりと着ないことをいっておく。少しうかれてお祭りを楽しんでいたら守るべき人を死なせてしまった。そんな間抜けなことは生涯、絶対に許せそうにないから。

 「そうですか? もったいないですね」

 彼ももったいない、といっていたが何がもったいないというのか、私にはあまりわからなかった。

 「いいのよ。気にしないで。貴女たちは貴女たちで楽しみなさい」

 はい、という元気のいい返事が返ってきて、その後しばらくは浴衣の話で盛り上がっていた。もちろん、私はほとんどかやの外の状態だったけれども。


 「そういえば、お祭りって何時からだっけ?」

 「五時ぐらいからやってたと思うわ。人が集まるのは大体七時ぐらいからだったかしら」

 「それじゃ間とって六時ぐらいに行こ」

 四人の中で決まった時刻を聞いて私は時計を見る。今は三時だから、あと三時間か。私はあと、三時間もこの場にいなければいけないのか。ほとんど会話にはついていけないし、何より私がいることでやはり盛り上がりにかけているような気がする。

 そこで私はもう一度だけ彼に今日の行動について確認をしておこうと、立ち上がった。

 「失礼。少し用事を思い出したわ」

 また後で、といって私はその場を後にした。

 「やっぱり楽だわ。独りは」

 小さくつぶやいて、私は二階へと上がっていった。


 ◇


 立花さんが用事があるといって居間を出て行った後、しばらくの間静かだった。

 「えっと……立花さんっていつもああなの? ミナっち」

 「いや、いつもよりなんだか無口、無表情だったような……」

 「少し怖かったよ~」

 小夜ちゃんが少し涙目であたしに訴えかけてきた。

 「あはは、ごめんね……。でもどうしてだろ」

 「あんた達ね、普通に考えてみなさいよ」

 呆れたように美鈴ちゃんが腕を組みながら言う。

 「ぜんぜん知りもしない、初めて会った人たちと一緒にいて楽しい、なんて簡単に思えるわけないでしょ。それに、なんだか立花さんってあんまり群れるのを好むタイプじゃなさそうだし」

 美鈴ちゃんがそういって、確かにそうだな、とあたしも頷いた。常に、というわけでじゃないけどあまり人と接するのは好きじゃなさそうだ。

 「あー、なんかわかるなー。孤高の一匹狼! みたいな感じ」

 「別にそこまではいってないけど……。でも、そんな感じよね。正直なところ、アタシたちが話している間、なんか怒らせてるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだよね」

 みんなそれぞれに立花さんについて話し始めた。なんというか、第一印象はあまり良くないみたいだった。そりゃあたしだって今でもあまり良い印象はないけど。優しいのかそうじゃないのかがよくわからないのだ。

 「そんなことより浴衣着てみようよ!」

 あたしはなんだか悪くなってきた場の雰囲気をなおすために切り出す。

 「そうだね。わたしのと魅奈ちゃんのはいろいろ手順が面倒だからね」

 「えっ? どういうこと?」

 「わたしたちが着るのは簡単に着るだけじゃないから。ちゃんと着付けしないといけないんだよ。帯結んだりしてね」

 そういえば子供のころに買ってもらったあのピンクの浴衣もそうだったな。着方がよくわからなくてお母さんに着させてもらったんだっけ。

 「アタシたちのは簡単にシャツ感覚で着れるからね。というか、正確には浴衣風のシャツだし」

 美鈴ちゃんがバッグから出した服を広げながら言う。確かに簡単に羽織る感じの裾の長い服だった。裾の長さはたぶん足首あたりまであると思う。下にはちゃんとズボンとかスカートも履いたまま着れるらしい。

 一方、あたしが小夜ちゃんから借りる浴衣は、浴衣用の下着から始まり、そこから更に浴衣を羽織って着付けていくのだそうだ。

 「い、いろいろ大変そうだね…」

 「わたしも覚えるの大変だったんだー。お母さんに無理矢理覚えさせられちゃった感じ」

 お母さんに無理矢理覚えさせられた、というのはきっと小夜ちゃんの家が和を重んじるところだからだと思う。実は小夜ちゃんはお金持ちで、あたしも一回だけ行ったことがあるけど、テレビとかでしか見ないような門構えがあって、中に入ったときは何か黒い服を着た執事のような人がいるんじゃないかと思ってたけど、中に入ってみればいる人は家族だけ。とりあえず庭が広かったのを覚えている。小さい池があり、鯉がその中に住んでいる。あと、生でししおどしを見たのはそこが初めてだった。

 「アタシも一回だけ挑戦したことがあるんだけど、あれはよくわからなかったわ。というか、服一着着るのにあれだけ時間かけるのが少しもどかしかったんだけどね」

 「ミナっちは勉強とかも覚えるの早いし、案外すらすらーっとできるんじゃない?」

 「そんなに物覚えよくないよ。でも…よろしくね、小夜ちゃん」

 「任せておいて!」

 小夜ちゃんはさっそくあたしが着るピンクの着物を手に取ると、早速着付けを始めた。


 …


 時刻は五時。かすかに公園のほうからお祭りの騒ぎが聞こえてくる。

 「……やっと、終わったね」

 「もうちょっと綺麗にしてほしいけど、まあ合格かな」

 浴衣の着付けを十五分程度で小夜ちゃんはあたしの着物の着付けを終わらせた。うんうんと何度も頷きながら満足していたようだった。

 鏡であたしは自分の姿を見て、思わず見惚れてしまっていた。もちろん自分ではなく着物に、だ。綺麗にプリントされている花柄がとてもよく映えていて、一瞬にして今が夏でこれからお祭りにいくのだと実感させてくれる。

 一通り着物姿を楽しんだ後に、十五分程度で終わるのか、とあたしは少し調子に乗って自分で最初から着付けをしてみたい、と小夜ちゃんにお願いした。

 小夜ちゃんは快く引き受けてくれたんだけど……。

 「そこ、違う。あぁー、そこ少しズレてる。ここはもうちょっとあげて」

 まるで人が変わったように厳しい指導のもと、あたしはやることやることを普段は大人しい小夜ちゃんに厳しく指摘をされながら着付けをやっとのこと終わらせたところだった。

 かかった時間……実に約二時間。調子にのって自分で着付けをしたい、だなんていわなければよかった、とあたしは少し後悔していた。

 美樹ちゃんと美鈴ちゃんはその間、ずっとあたしと小夜ちゃんの浴衣の着付けを見ていたらしい。そして、二人も初めて小夜ちゃんがあんなに厳しいところを見たのか、少し小夜ちゃんを恐れているようだった。

 「サヨっち……恐ろしい子!」

 「あれ? どうしたの、みんな」

 当の本人は、自分が豹変していたのなんて覚えてないのか純粋に大人しく、少し気弱な女の子に戻っていた。

 「入っていいかー?」

 お兄ちゃんの声がドアの向こうから聞こえてきた。どうやら着替えが終わったかどうかを確認しているらしい。

 「いいよー」

 「んじゃ入るぞ。っと、どうもこんにちは」

 「「「こんにちはー」」」

 美樹ちゃんたちがいるのに気づいてお兄ちゃんが挨拶をすると、三人も元気に挨拶を返した。

 「へー、みんな浴衣か」

 美樹ちゃんと美鈴ちゃんも浴衣風のその服をすでに羽織っている。よって、あたしを含めた四人は全員浴衣姿、ということになる。

 「えへへー、どう? お兄ちゃん?」

 思わず自分の浴衣姿を見てほしくてでしゃばってしまった。気づいたときには、後ろのほうで美樹ちゃんたちがひそひそと話をしているのが聞こえていた。

 「おお、お前の浴衣姿見るのも久しぶりだな。うん……似合ってるじゃん」

 あの時と同じセリフ。それを聞いてあたしは今すぐにでも飛び跳ねた気持ちでいっぱいだった。

 「そ、そう? ありがと、お兄ちゃん」

 少し恥ずかしくてあたしは顔を伏せる。

 「ああ、なんかもう祭りも始まったみたいだしもうそろそろ行こうかと思うんだけど、どうだ?」 

 「ワタシたちはぜんぜんオッケーですよ」

 「あたしもいいよ。ちょうど着替え終わったし」

 本当は六時ごろに行こう、ってことだったけどキリもいいし今からでも別にいいだろう。

 「えっと、立花さんは……?」

 「ああ、立花なら外で待ってる」

 「そうなんだ……」

 なんとなく、外に出たら立花さんがいると思うと、みんな気が気ではないのか、引きつった笑いを浮かべていた。

 でも、あたしにとってそんなのは関係ない。当初の計画通り、あたしはお兄ちゃんと、そして美樹ちゃんたちと一緒にお祭りを楽しむんだ! 立花さんは榎本さんと一緒に過ごしてもらおう。そう、榎本さんのためなんだ、これは。

 なんとなく、それが私利私欲のためである、ということから逃げているのはわかっていた。


 ――大丈夫。あたしは間違ってない。これでいいんだよ。


 不意に何か頭の中で響くような声が聞こえて、いつかの心の声を思い出した。


 ――だから、ね?

    あたしはあたしの気持ちに素直になればいいの。だから悩むことなんてないの。


 その言葉は不思議とあたしの迷いを振り払ってくれた。

 「おーい、ミナっち。何ぼーっとしてんの。お兄さん先に出ちゃったよ? 早く行こうよ」

 どうやらあたしはしばらくの間周りのことが聞こえていなかったようだ。美樹ちゃんに肩をポンと叩かれて意識が戻ったような。

 「あ、ごめん。それじゃ行こっか!」

 楽しく。お兄ちゃんと――過ごすんだ。

次の更新予定は早ければ20日までにする予定です。ここからの構想は結構前から練っていたので、書くのは早いとは思います。ただ、それが箇条書きばかりにならないようにがんばりたいとは思います。

展開が予想できた、という読者の皆さんも次を楽しみにしていてください! ではでは。

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