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25.夏の一齣

どうも、毎度毎度更新速度遅くてすいません。

今回も時間経過の埋め合わせのような話になってしまいましたが、もうそろそろ一区切りつきそうです。夏休みという長期休暇を利用してその一区切りぐらいまではこぎつけたいと思っております。

ちなみに、今回の題名は「夏の一齣」。一齣というのは「ひとこま」と読みます。それではどうぞ。

2010.8/15 魅奈の友達の一人称を「わたし」から「ワタシ」に変更。

 昼食を食べ終えて、魅奈は少し準備をしてから朝いったように友達のところへと遊びに行った。とりあえず後片付けをしておこう、と俺は食器を洗っている。

 立花はといえば、俺の隣で同じく食器洗いをしていた。とはいっても、俺が洗ったものを渡してそれを拭いているだけなのだが。なんとなく待っている人がいると思うと、早く洗わなければ、と思って早く洗って渡すのだが、

 「ここ、まだ少し汚れがついてるわよ」

 「うっ、すまん」

 …たまにこうして俺の不備を注意してくる。

 なんというか、それはありがたいことなのだが、その原因の何分の一かはお前にあるんだぞ、立花。と少しだけ他人のせいにしてする。

 そんなことを知る由もない立花は、指摘されて洗いなおした食器を見てからペーパータオルで手際よく拭いていく。

 おかげで、食器洗いは思ったより早く終わった。

 「あんがとな。おかげで早く終わった」

 「たいしたことじゃないわ。それに私がいなかったら汚れたままの食器がまた使われることになっていたでしょうからね。…なんにせよ、一人ですることもなかったしね。当然のことよ」

 用は暇つぶしってわけか。まあ、確かに俺が食器洗いをしている間することなんてぜんぜんないんだけどな。あと、汚れが残っていたりしたのはお前が急かすから……っていうのは言い訳なんだろうな。

 しかし、食器洗いが終わったからといてやることができるわけではない。代わりといってはなんだが、俺は自分用と立花用にコップを用意して麦茶をついだ。

 「ほら、一仕事したあとの麦茶はうまいぞ」

 半分は思ってもないようなよくある台詞を言いながら立花に麦茶の入ったコップを渡して、それを受け取るのを見てから俺は自分のコップに注がれていた麦茶を一気に飲み干した。

 「ふぅ……で、これからどうするのかしら?」

 「……まあ、どうするっていわれてもな」

 家の中にいてもすることはない。外は暑いし、ここで外へ出たら家には誰もいなくなる。なんだか家に誰もいなくなる、というのは少し不安な話だからあまり外出はしたくない。

 そこで俺はふと思いついた。

 「それじゃ、稽古するか」

 「あら、珍しいわね。あれだけ痛めつけられたのに、まだやる気なの?」

 確かに昨日は散々に痛めつけられたが……。しかし、その痛みも立花の再構築によって完治している。それに、俺としても女に負けっぱなし、というのはなんだか気に食わない。というか、悔しい。例え相手がどれだけの強者であろうと、だ。

 「ああ。一発ぐらいは立花にいれてやりたいしな。そうでなくても、せめて二発目が防げるぐらいにはなっておきたい」

 「そう。だったらやりましょう。場所は昨日と同じでいいかしら?」

 俺はうなずいて、軽く身体を動かしてベランダから庭へ出る。武器は昨日と同じスチール棒を持って軽く腕をならすために振る。

 それに対して立花は昨日と同じく木の棒を――

 「って、それ木刀じゃねえか!? 昨日と同じ、そこの木の棒にしろよ!」

 そこらへんに転がっている木の棒を指差しながらいうが、立花はまったくそれを変える気配はない。

 「なにいってるの。木刀だっていうなれば木の棒でしょ」

 屁理屈じゃねえか!

 「そりゃ木の棒かもしんねえけど、攻撃力だとか堅さとかぜんぜん違うだろ!」

 「ならば、その攻撃を受けないために死ぬ気で守りなさい」

 もっともなことをいわれた。が、納得できない。

 しかし、ここで何かうるさくいっても立花はきっと木刀から武器をチェンジしないだろう。

 やるしかない。肝をすえるしかないようだった。

 「ああ、もう! 少しは手加減してくれよな?」

 仕方なしにスチール棒を構えて、立花の攻撃に備える。

 昨日と同じ定位置にいって、立花も呼吸を整える。軽く呼吸をあわせたところで――

 「疾っ!-シ-」

 ――あれ、もしかして立花さん。本気ですか?

 後に、というか立花の攻撃を何度か喰らってわかったのだが、スチール棒と木刀では堅さ的にまずかなわない、ということを思い知った。つまり、受けても俺のスチール棒だけが、あるいは俺だけが損害を受けることは間違いなしだった。


 ◇


 友達の美樹ちゃんの家へ遊びに行く途中。あたしは熱中症にならないように、と帽子とタオル、そして飲み物だけはもってきていた。別に身体は弱いほうじゃないけど、こういうのは準備にこしたことはないし。

 たかだか友達の家、っていってもそれなりに距離があるしね。

 「暑いなー……」

 思わずつぶやいちゃうぐらいに暑い。

 美樹ちゃんの家は商店街を抜けてすぐのところにある。人が少し多い商店街を抜けていくのだから、これがまた少し面倒で疲れる。で、今はそんな商店街の入り口らへん。

 ちなみに、あたしが美樹ちゃんの家に何しにいくかというと、宿題を一緒にやるためだ。

 こういっちゃなんだけど、あたしは結構成績はいいほうだ。クラスで四十人中十位内には入れる。学年となるとわからないけど……。

 …なんにしても。暑さをまぎらわすためにほかの事を考えてみるけど暑さはなかなか和らがない。なんとはなしに携帯を開いてみる。

 「うん、まだ大丈夫大丈夫」

 美樹ちゃんとの約束の時間は十三時。そして、今の時間はその十五分前の十二時四五分。もう半分ぐらいまではきたから、ちょうどいい時間帯につくと思う。

 携帯をしまってもう一度前を向いたら――なんだか柄の悪そうな人が三人いた。

 しかし、目の前の柄の悪そうな…というか柄の悪い人たちは背を向けている。つまり、もうちょっとでもあたしが携帯を見ながら歩いていたらぶつかっていた、とういことだ。

 危ないと思って一歩後ろに下がる。

 すると、今度は何かに当たった。物ではなくて人の感触。ゆっくりと後ろを見ると確かにそれは人だった。さらに、それは男性のようで……今度はゆっくりと見上げると、柄の悪そうな男性がいた。

 「す、すいません!」

 反射的に後ろへ下がって謝ると、また何かにあたった。というか――

 「あぁあん?」

 不機嫌そうな顔をして振り向く。それは柄の悪い人たちの一人だった。

 その声を聞いてか、側にいたほかの二人もあたしのほうを向く。なんだか知らないけど三人とも顔に痣のようなものができていた。まるで思いっきり殴られたような。

 「あ、あの、すいません!」

 下手すると絡まれる、と思ってあたしはとっさに謝った。

 「いてぇな? おい。もうちょっとちゃんと謝れや」

 ずいっと顔を近づけてきて更に謝罪を要求してくる。

 「ご、ごめんなさい!」

 「はぁ? ごめんなさい? そんな謝罪求めてねえっての」

 何が面白かったのか、その一人がいきなり笑い出した。それにつられるようにしてほかの二人も笑い出す。

 どうしよう……このままじゃ。

 「今さ、俺たちかなりムカついてんの。このナイスな顔が調子乗った野郎にやられちまってこの様だよ。わかる?」

 「は、はい」

 そんなのわかるわけない。だけど、そう頷かなければ何かされそうだったからあたしは頷いた。

 「だからさ、その怒りが勃発しちゃったわけ。そこで、おじょうちゃんにもう少しちゃんとした謝罪を要求したいわけよー」

 「た、例えば……?」

 「そうだな~……。あっ、それじゃ兄ちゃんたちについてくるってのはどう? 一緒に遊ぼうじゃんか」

 嫌らしい目で見てくる目の前の人たちは、明らかに下心全開であたしにそう聞いてきた。

 「そ、それはさすがに」

 「はぁ!? お前、謝る気あんのかよ?」

 理不尽だ……。あたしはどうすればいいの。こんなの…嫌だ。

 「―――おい」

 涙目になっていたあたしの後ろから、そんな声が聞こえてきた。一瞬だけ、いじめられているときに助けてくれるという状況だったから、それがお兄ちゃんかと思ったけどもちろん違う。

 「あぁん? なんだよ?」

 「そこらへんにしといたらどうだ、猿」

 柄の悪い人たちに堂々とそういったのは――あたしが最初にぶつかった柄の悪そうな男性だった。

 「っ! んだと、てめぇ!!」

 商店街の中で何の恥ずかしげもなく叫んで、柄の悪い人たちはターゲットをあたしから柄の悪そうな人に変えた。

 「てめぇ、なめてんのか?」

 「なめてねえよ。お前ら猿の顔なんてなめたくもねえ」

 その言葉が引き金だったようで、一番つっかかっていた人が男性に殴りかかる!

 「ぬかしてんじゃんぇぞコラァ!?」

 「黙れ」

 男性はいともたやすく柄の悪い人の顔にうちこもうとしていた拳をよける。

 そのまま勢いあまってよろめいたその人の膝を思いっきり股間を蹴り上げる。あたしにはわからないけど、男性の股間は一番の急所らしい。相当痛かったらしくて、その人はもだえ苦しんでその場で股間を押さえながら倒れていた。

 「そういえば、さっき怒りが勃発とかどうとかいってたな」

 かつかつと靴を鳴らしてゆっくりともだえ苦しんでいる男の人に歩み寄る。

 「“爆発”だろ?」

 そして、思い切り足でその人の腹を蹴った。

 「お前には猿程度の知能もねえな。クズで充分だ、クズ」

 そう吐き捨てた。声にならない苦痛の叫びをあげながら、男の人は動かなくなってしまった。死んでしまったのかも、と思ったけど微妙にぴくぴくと動いているところを見ると死んでないみたい。

 「そういえばお前ら、よく見たら俺のアクセサリー取ろうとしてた野郎たちじゃねえか」

 視線を残りの二人に戻して、男性はそういった。

 「不細工な顔が更に不細工になってるからわかんなかったぜ」

 どうやらこの男性と柄の悪い人たちは一度会ったことがあるようだ。そこでようやく目の前の男性のことを思い出したのか、二人は顔を見合わせて…その場に土下座した。

 「すいませんすいません! ま、前のことは謝ります!」

 「はい! 本当にすいません! あの、これから俺たち改心しますんで! どうかお許しをー!」

 さっきまでの威勢はどこへいったのか、二人は情けない姿を商店街の真ん中で晒していた。

 「じゃあとっとと失せろ。クズ共」

 静かで、そしてドスの効いた声。思わずあたし自身にいわれたわけでもないのに鳥肌がたってしまった。

 二人は倒れている一人を担ぎ上げてそのまま走り去っていった。

 後に少々の静寂が残っていたけど、やがて誰かの声を皮切りに商店街はいつもの風景を取り戻した。

 周りでとまっていた人たちは、あたしを助けたとはいえ少々荒いことをした男性のことをあえて気にしないようにしているようだった。でも、あたしは助けられた身。男性のほうへと駆け寄る。

 「あの、どうも助けてくれてありがとうございました!」

 「どうってことねえ。それに、俺はあいつらがムカついただけだ」

 それは別に照れ隠しとかではなかったようで、 本気でただムカついたからあの人たちを打ちのめした、という感じだった。

 「いや、でもありがとうございました。あのままじゃあたし連れてかれたかもしれなかったですし…」

 「そうか。そりゃよかったな」

 そういって、男性はあたしとは逆の方向へと歩いていってしまった。

 最初に柄の悪そうな人、だなんて思ってしまった自分が少し恥ずかしくて、あたしは自分の頭をこつこつと軽くたたいた。


 ◇


 腹部損傷。なんとなくだが、そう思った。

 敵の攻撃が思い切り俺の腹に入ったんだ。使いようによっては凶器となりうるものを、容赦なく振るわれた。俺の防御はむなしく追撃を逃れなかった。

 「ま、待て…降参。降参だ……」

 白旗があるのならぶんぶんと振っているに違いない。それほどにまで俺はこれ以上の戦闘は苦痛にしかならないと思った。

 「何いってるの? まだ初めて三十分よ」

 だが、敵に情けという言葉はないらしい。ついでにいえば、容赦という言葉もないのかもしれない。

 「これでへこたれては困るわ。何より、私にとって手ごたえがないわ」

 こいつはサディスティックな奴なのだろうか。そう考えずにはいられなかった。確かにこの三十分間、俺はやられっぱなしだ。しかし、三十分――思えば長く、苦しい戦いだった。よく耐えられたものだと自分をほめてやりたい。

 「一方的にやられる身になってみろ。この三十分は拷問に等しかったぞ」

 さらにいえばこの暑さだ。汗をまったくかいたところを見たことがない目の前の敵――もとい立花にとってはなんの苦でもないのかもしれないが、それとは対照的に俺は汗で服はぐっしょりとぬれている。


 稽古を自分から進んで始めてから約三十分。

 まさにその三十分間は俺にとって拷問だった。一方的な暴力、というのはこういうことをいうのだろうか。この場合は暴力、というのはいささか乱暴だが。

 立花が木刀に武器を変えてからというもの、その攻撃をガードしてもスチール棒越しにその衝動が伝わってくる。使い慣れた木刀故か、攻撃力もただの木の棒を使っていたときよりあがっている。

 あらためて俺の武器であるスチール棒を見ると、ガードしまくっていたためぼこぼことへこんでいる。

 最初の一撃をガードしたら、次の二撃目がくる。わかってはいても身体が動かず、腹を何度も攻撃されて腹が腹痛以外で始めて痛くなった。さすがに頭は狙ってこなかったものの、ずっと右か左かの腹に攻撃を加えられていては身がもたない。

 故に、腹部損傷だ。損傷の“損”はなくとも“傷”はあるに違いない。

 「わかったわ。それじゃ少し休憩にしましょう」

 そういって立花は木刀をもったままベランダに腰かけた。

 俺も腹をさすりながらスチール棒をそこらへんに置いてベランダのほうにいき、そのまま座る勢いで寝転がる。

 「つぅ……。まじで痛い」

 「そんなに痛いの?」

 そういって立花は俺の腹部をぐっと押してきた。

 「った!? 何すんだよ!」

 「いえ、どれほど痛いものなのかと思って。おかしいわね。手加減はしたはずなのだけれど」

 ぐい、ぐい、ぐっ。

 「った! っつ! ちょっ!」

 「やっぱり使い慣れてるからかしら」

 ぐっ、ぐりぐり。

 「――ってぇよ!」

 わざとに違いない立花の行為に思わず起き上がって叫ぶ。少しだけ腹が痛かった。

 しかし、立花は少し驚いたような顔で俺を見る。

 「いきなり叫んで何かしら」

 「何って、お前が俺の腹にちょっかいだしてくるからだろ」

 それを聞いて立花は自分の手元を見て、それが俺の腹にあるのを見る。

 「あら……ごめんなさいね。無意識のうちにやってたみたいだわ」

 そういって立花は手を俺の腹からどける。無意識のうちにって……しかも本当っぽい。恐ろしき無意識のうちの行動。

 「勘弁してくれよ」

 そういって俺は再び寝転がる。ちょうど風が入ってきて涼しいもんだ。

 「お茶でも飲む?」

 「ああ、そうだな」

 ならばと身体を起こそうとして――腹にズキリと痛みが走った。

 「っつぅ!?」

 「いいわ。私がとりにいってあげる」

 「うぅ、頼む……」

 なんと情けないことか…。

 立花は木刀をその場に置いて台所にある冷蔵庫のほうへと歩いていった。俺はお茶が飲めるように適当な柱に背を預けるようにして座っておくことにする。

 ほどなくして立花が氷の入ったガラスコップと作り置きの冷たいお茶をボトルごと持ってくる。

 「はい、どうぞ」

 「ん、どうも」

 コップを受け取りひんやりとした冷たさが手に伝わってくる。立花は次にボトルからお茶を俺のコップに注いで、続いて自分のコップにも注ぐ。

 つがれたお茶を俺はぐっと一気飲み。冷たいお茶が氷によってさらに冷えている。俺の喉の渇きを見事に潤してくれた。

 一方、立花のほうはごくごくと三分の一ぐらいの量飲むとコップをその場に置いて俺のほうを見る。正確には俺の腹を見ているようだ。

 何かと思ったが聞かずにいたが、やがて立花は俺の腹から目をそらして、

 「打撲ぐらいだったらすぐ治るわ。後一分もすれば治るんじゃないかしら」

 そういった。

 「一分って、そりゃありえねえだろ」

 いってしばらく考える。

 「……ああ、再構築使えばできるか」

 「そのとおりよ。ただ代償として貴方の寿命は縮んだけどね。とはいっても、数時間程度のものよ」

 ん? 今サラリと重要なことをいわなかったか?

 「えっ? 寿命が縮んだ……?」

 「ええ。私が再構築で行ったことは細胞の活動を普通より活発にすることに属するわ。傷を早く治すんですもの。表面上だけでいいというのなら隠せないこともできないけど、それでは意味がないですもの」

 「な、なるほどな」

 無限大にあるように思える細胞だって限りがある。それの活動を早めればそりゃ確かに早くもなるか。なんか傷の治りには細胞が関係あるとかどうとか保健の授業で聞いたことがあるような気がする。

 「お茶を飲んだら再開よ。そうね……いつまでも私が攻めているばかりでは意味がないから次は貴方が攻めてきなさい。私は守りに徹するわ」

 いいのか? と問おうとして口をつぐむ。

 その問いはあまりに愚問だと気づいたからだ。女である立花に本気でいっていいのか、というのは逆の立場になってからいうもんだ。

 「わかった」

 だからそう一言いって、俺はお茶をもういっぱい注いだ。


 お茶をお互いに飲み干したころ、再構築のおかげで俺の腹の痛みは完全になくなっていた。

 正直言って、この痛みがなくなる代わりに自分の寿命が数時間といえど減ったと思うとどことなくいたたまれない。

 「さあ、はじめるわよ」

 先ほどの攻めのときの姿勢とは違い、ただ木刀をもって立っているだけの姿勢でいう。まったく構える様子もなく俺が攻撃するのを待っているようだ。

 俺は両手で棒の一部分を持ってスチール棒を構える。

 「本気でかかってきなさい」

 「おう。いくぜ――!」

 地面を蹴って数歩先にいる立花に向かって走る。

 「うおらあぁ!」

 思いっきり振り上げて力強く振り下ろす!

 

 コキンッ!


 だがしかし、立花はさっきまでの姿勢と変わらかったというのに、木刀を持つその手をすばやく動かし、俺の攻撃をはじいた。はじかれて姿勢を少し後ろのほうに崩しかけたが、体重を前にかけて再度攻撃。

 しかし、先ほどと同じように軽い音ではじかれるのは俺のスチール棒だった。はじかれたことによって軌道がそれた俺の攻撃が立花の横に思いっきり振り下ろされる。

 地面を少しだけ抉って土がはねる。

 「力に任せた攻撃もいいけれど、中途半端な力での攻撃はただはじかれるか流されるだけよ。余計なところに力を入れて、そのスチール棒での攻撃力が減少しているわ」

 二度の攻撃をしただけなのに、立花はそんな分析をしていたらしい。そして、それは的確だった。

 「だからといって何か特別な技を使え、というわけではないわ。ただ単に、攻撃手段として相手の“虚”をつくことが大切よ」

 「相手の“虚”ね……」

 確かによく相手の虚をつく、だとかいうけど。だが、俺からしたら完璧超人な立花に虚なんてあるのか?

 「…まぁ、虚をつくより前に貴方の攻撃方法から改善するべきかしらね。貴方、腕の力で棒をふっているでしょ?」

 腕の力……いわれてみれば、確かにそうだったかもしれない。

 「それだと最終的な攻撃力が散漫になってあたってもさほどダメージを与えることが出来ないわ。狙うべきは一点集中。やる、と決めた場所へ渾身の一撃を叩き込むことが重要だわ」

 なんだかよくある漫画なんかでの戦闘解説みたいだな。いってることはとても単純で俺もわかりやすくていい。

 「貴方は早さと力のどちらかというのなら力だわ。だったら、一撃一撃を重くしなければ何かしらの欠点は埋めなおせないわ」

 「欠点、か」

 ふと、なんでこんなことを真剣にしているんだろう、と少し場違いなことを考えていた。確かに護身術としてでもいいからこういうのを身に着けておくのは悪くない。だが、俺はそんな護身術を使うような危険な道を歩む気なんてさらさらない。というか、あまり進みたくはない。それにそんな状況に陥ってすぐに今の経験が活かせるわけでもない。だったらなぜか?

 …簡単な話、負けるのが嫌だからかもしれない。あるいは、ムタンという存在にいざというときに対抗するため、なのかもしれない。

 そのためには、俺としての欠点を克服しておかないといけない。部活も何もやってない俺はそこまで運動神経がいいわけでもない。だから、巳乃宮にムタンが入ったときのように、情けなくも思いっきり力を入れてやったあの拳でさえも止められる。たとえ相手がどれだけ強いからといって、それ一発をとめられて、後は蹴りなりなんなりいれられて咳き込んで、毎度毎度のように意識を朦朧とさせるだけ。そんな欠点なさけなさを克服したいんだ。

 ……まあ、簡単にまとめたら俺は強くなりたいんだろうな。

 「――って、聞いてるの?」

 立花に聞かれて意識を戻す。どうやら、知らない間に自分の世界に入ってしまっていたらしい。

 「いや、すまん。聞いてなかった」

 「はぁ……それじゃもう一度話すわよ。たぶん貴方は常に力が入ってるのよ。だから攻撃のときも力が入り続けて、それが攻撃力の低下になっている」

 ん、なんだかこれは聞いたことがあるかもしれない。常に力が入っていると力が散漫としてしまう。だから力を入れる、今回の場合は攻撃をすると決めたときのみ力をいれ、それ以外はリラックスしたような状態でのぞむのがいい、とかなんとか。

 「それなら聞いたことがあるぞ。用は力みすぎるな、って感じのやつだろ?」

 「まあ、あながち間違ってはいないと思うわ。だったら早速実践してもらいましょうか」

 先ほどと同じように立花は木刀を構えることもせずにその場に立っているだけ。

 俺は一つ二つと深呼吸をして呼吸を整える。さらに力をなるべく抜いて力み過ぎないようにする。

 地面を強く蹴る。

 「ふっ!」

 立花の前まで来たところでスチール棒を振り上げて――

 「うおら、ばっ!?」

 なぜか俺の攻撃は当たる感触さえなく、その代わりに俺の顔面に木刀が当たる感触があった。というか、痛みが。

 立花も何が起きたかよくわからないといった状態で何もしなかったのか、俺の顔面は受け流されることもなく強打された。

 「ってぇ!」

 顔を木刀から離して顔面を押さえる。

 「くっそぉ……なんで顔面にあたってんだよ、っつつ」

 「――危ない!」

 俺が声を上げるよりも先に、俺の頭上のほうで何かがはじかれる音がする。

 コキンッ!

 何度か聞いたその音は俺の武器であるスチール棒と木刀とがぶつかる音。

 はじかれたスチール棒は壁に当たって地面に落ちた。

 「な、何が起きたんだ?」

 「貴方の上にスチール棒が落ちてきたのよ」

 俺の上にスチール棒が落ちてきた? どういうことだ、という前にしばし考える。

 「……ああ、もしかして」

 なんとなく察しはついてしまった。なんとも間抜けな話ではあるが。

 「つまり、俺の手からすっぽり抜けたスチール棒が運悪く俺の上に落ちてきた、ってことか」

 つまりはつまり。そういうことだ。

 「そういうことね。でもどうして手から抜けるのよ」

 顔の痛みに顔面を押さえながら、またしばし考える。

 「たぶん力が入りすぎてるとかなんとかいわれたから、意識して力抜いてたらぬけたんじゃないかと……」

 なるべく力をぬいたつもりだったが、そこまで力が抜けていたとは。しかも振り上げるときに落ちるぐらいの力って相当な脱力状態だな。

 まあ、立花のほうに落ちなかっただけよかったか、と俺は心の中で息をつく。

 「間抜けな話ね」

 「まったくもってそのとおりで…」

 痛みも少し引いてきたことだし、と俺は自嘲気味に笑いながら顔から手を離す。離した手のひらを見てみると、血がついていた。

 「ちょっと、貴方。鼻血でてるわよ」

 いわれて俺は鼻元に指を当ててみる。すると、確かに温かい何かが鼻の中から流れてくる感触と手に何か液体がつく感触があった。さらに情けねえ…。

 「すまん、ちょっとティッシュつめてくる」

 俺はそのままベランダのほうから家に上がる。

 「いいわ。今日はこれでお終いよ。ありえないとは思うけど、鼻血で倒れたりしてもらっては困るもの」

 立花も木刀を持ったまま俺の後に続いてベランダから家の中に入る。俺は顔を上に向けて鼻血が流れ出ないようにするので必死だ。

 ティッシュ箱はどこへ置いたっけかな……。

 「はい、ティッシュ」

 ティッシュ箱を探していると立花が親切にもティッシュ箱を差し出してくれた。礼を言ってティッシュを一枚とる。

 「本当はティッシュを鼻につめるのはあまりよくないのだけど……まあ、大丈夫よね」

 「そんぐらい平気だって」

 「でも、あまり奥につめこまないほうがいいわよ。抜くときにまた傷をつけてしまうかもしれないわ」

 頷いて俺は軽くティッシュを鼻につめる。ちなみに鼻血が出ていたのは左のほうだけで、右のほうはぜんぜん異常はない。

 「なんかごめん」

 「いえ、気にしなくていいわ。今日はもう休んで頂戴。あくまでこれは身を守る上での一つでしかないからね。あまりあってほしくはないけど、もしも次にムタンに襲われる様なことがあったら、情けなく果てるより少しは抵抗を試みなさい」

 「ああ、わかってる」

 少し鼻づまり声になりながらも、俺は頷いた。

 例え勝てない相手にさっきまでやっていたことをやるのだとしても、前よりかは抵抗できるはずだ。

 俺にはムタンは見えないし、綻びの再構築もできない。だからといって立花にいつまでも守られるというのは俺としてもあまり気持ちが良くない。いや、感謝はしてるんだけどな。

 ただ、半分は俺自身のことなんだから、自分の身は自分で少しでも守りたいんだ。俺は固くその意思を固めることにした。

 「何を考えてるのかは知らないけれど、ティッシュ詰め替えたほうがいいんじゃないの? もう真っ赤よ」

 「ん? どれどれ……って、うわ、こりゃすげぇな」

 自分の身は自分で。まずは体調管理からだな、こりゃ。


 ◇


 美樹ちゃんの家についたのはあんなことがあってから五分ぐらいでついた。騒ぎがあったからちょうどいいぐらいの時間帯について、結論だけいうなら結果オーライかな。

 「――ってなことがあったんだよ。怖いよねー、美樹ちゃん」

 なんてことの顛末を宿題をやり始めてから一時間ぐりしてから話していた。

 「へぇ。でもそれってさ、もしかして運命の出会いってやつじゃないの?」

 「まっさか~。そんなわけないじゃん」

 あははは、と二人で笑って宿題に目を戻す。

 ちなみに美樹ちゃんは中学校に入ってからの友達。実は宿題がはかどらないから手伝って、ということで呼ばれた。美樹ちゃんだってそこまで成績は悪くないはずだけど、どうも一人だとやる気がでないらしい。

 「でもさ、その男の人ってキザな人だね。ミナっちみたいなかわいい女の子が感謝してるっていうのにたいした反応もしないでさー」

 「別にそういうのは気にしてないよ。助けてくれただけで充分だって」

 「ミナっちがいいんならいいんだけどさ。あー…でも見てみたいな、その白馬の王子様」

 メルヘンチックなことをいいながら手をあわせて目をきらきらとさせる。美樹ちゃんは乙女な女の子なのだ。

 「もー、そんなことより宿題やろ、ほらほら」

 「はーい」

 そうやって再び宿題に取り掛かる。ちなみに今やってるのは数学の課題だ。

 「なんか最近変わったことあった?」

 宿題をやりながら美樹ちゃんが聞いてくる。

 変わったことか……正直いっぱいありすぎて困っちゃうな。

 「うーん……お父さんとお母さんが旅行にいっちゃったこととか」

 「えーっ! それじゃ今お兄さんと二人っきりなわけ?」

 そうであってほしかったんだけどな…。

 「いいや。実は居候の人が夏休み始まったときぐらいからきてて」

 「えーーっ! 居候の人!? なにそれ、女? 男?」

 「女」

 「えーーーっ! 女!? ということは……ミナっち、ライバル出現じゃない!」

 次第にリアクションを大きくしていく美樹ちゃんがそんなことをいってきた。

 「ら、ライバルって、何の話?」

 思わずうろたえてしまう。

 「何の話って、そりゃ愛しのお兄ちゃんをうばわれてしまうかもしれないって話よ!」

 「い、愛しのって、そんなんじゃないよ!」

 すると美樹ちゃんは「ふーん」と信じてなさそうな目であたしを見ながら言った。

 「どうしてそう思うの?」

 「どうしてって、もしかしてミナっち自分では無意識のうちにいってる?」

 よくわからないことをいわれて、あたしは少し考える。何を無意識のうちにいってるっていうんだろう。

 その様子を見て、美樹ちゃんは深くため息をついてから話し始めた。

 「こりゃ重症だねー。そりゃミナっちはそこそこイケてるとは思うよ? といっても、わたしからすればいいとこ中の中ってところだけどね。つまり、普通っていう感じかな」

 そんなことをいわれて、少しだけムッとしてしまう。それが顔に出ていたのか美樹ちゃんは仕切りなおすようにして咳払いを一つする。

 「んっ、こほん。…ミナっちってさ、結構お兄さんのこと話してるんだよ?」

 「えっ? あたしが?」

 「そう。例えば、昨日お兄ちゃんが寝坊した、とか、お兄ちゃんがジュース買ってくれた、だとか。なんていうか、しょうもないことばっかりのような気がするけど、それをうれしそうによく話してたよ? ワタシらの前とかでは」

 ワタシら、というのはきっと友達のことをいっているのだろう。

 あたしは美樹ちゃんに言われて、少し思い返す。……確かにお兄ちゃんの話はよく話していたような気がしてきた。

 「あんなにうれしそうに話してたら、お兄さんのことが好きだ、ってことぐらいわかるよ。あっ、でも近親相姦とかはダメだかんね? そんな犯罪者一歩手前ぐらいの友達なんてわたしゃいらないよ」

 怖い怖い、とかいいながら自分の身を抱く。

 だが、あたしはそうもしていられなかった。というか自分でもわかるぐらいに顔が真っ赤に違いない。

 そんな……いつの間にあたしってばお兄ちゃんの話ばっかりするようになったんだろう。

 別に後悔することじゃない。でも、ただ単に恥ずかしかった。

 「まっ、そういうことだからさ。でも、別にワタシはおかしくないと思うよ? お兄さんが好きだっていいじゃない。それにミナっちぐらい真面目だったら、近親相姦なんてしないだろうしね」

 「うぅ……。もう、美樹ちゃんのイジワルー」

 あははは、と笑って美樹ちゃんは立ち上がってCDプレーヤーの電源を入れる。

 「音楽でも聴いて、前向きになろっか! その女の人に負けないぐらいにアタックだ! ミナっち!」

 「別にそこまでブラコンじゃないよ、もう」

 あはは、と笑いながら美樹ちゃんは再生ボタンを押す。するとCDプレーヤーのスピーカーから明るめな曲が流れてきた。

 「そういえばさ、明日公園でお祭りあんじゃん? あれ、今年もお兄さんといくの?」

 「へっ? あ、いや…知ってたの?」

 「うん、知ってた。というか、ワタシだってサヨっちとかスズっちと一緒にいくんだから見かけてもおかしくないでしょ?」

 「あー……そりゃそうだよね、あはは」

 ちなみに美樹ちゃんは誰にでも「っち」とつけたがる傾向があるのか知らないけど、本当の名前は小夜。で、もう一人のスズっちというのも同様に、本当の名前は美鈴。どっちもあたしの友達だ。

 「で、どうなの?」

 「うー…なんだかもう知られちゃったらお兄ちゃんと一緒にいくのも恥ずかしくなっちゃうな」

 「毎年『お祭りお兄ちゃんといくから、ごめん』って真剣に断ってたのに今更なにいってるのさ。おかしな子だね、ミナっちは」

 再びうろたえてしまう。そういえば毎年そんなことをいって断ってたな……。今思い返すと、なんて自分勝手なこといってるんだろ、あたしって。

 でも、だからといってここでお兄ちゃんを立花さんと二人きりでいかせるのは……。

 「それじゃ、美樹ちゃんたちも一緒にくる?」

 「へっ?」

 今度は美樹ちゃんがうろたえる番だった。

 「行っていいの? 一緒に?」

 「うん。なんだか今までみたいにこそこそとしてるよりかはいいかな、って」

 何をどうやったって、今までの自分はあまりいい印象はない感じだったとは思うから今更という感じではあるけど。でも、あたしとしてはなんだかこっちのほうがすっきりした。お兄ちゃんもそっちのほうがもしかしたら安心するかもしれないし。

 今まではあたしが無理いってお兄ちゃんと一緒にいってたようなものだし。

 「よっしゃ! それじゃサヨっちとスズっちも呼ばなきゃね! いつもと違うミナっちを楽しもうとしようじゃないかー」

 俄然やる気がでてきた、という感じの美樹ちゃんはうきうきとしているのか、なんだか音楽のリズムにのって踊っているようにも見えた。

 「あっ、一つ聞き忘れてた。その女の人の名前は?」


 ◇


 「立花」

 鼻血も止まったころ、料理本を読んでいた立花を俺は呼ぶ。

 「何かしら?」

 本から目を離さずに応える。

 「いや、今晩の飯は何がいいかな、って」

 「私が決めてもいいのかしら?」

 「ああ、別にかまわない。でも、あんまり難しいのは勘弁な」

 なんとなくだが、オムライス、オムレツとかってのはなんだか結果が見えているようで嫌だ。きっと具が玉子から無残にも出ているに違いない。

 「そうね……なら、夏らしく素麺-ソウメン-なんてどうかしら。私が提案するのはこれ一つのみよ」

 立花は言い終えると、私の役目は終わった、という感じで本を読み続ける。

 「そうめんか」

 なるほどね。確かに夏らしい食べ物だ。後は……天ぷらとかでもやってみるか?

 頭の中で今晩の飯を練りながら俺は考え込む。

 「夏らしい、といえば」

 不意に立花が口を開く。

 「何か足りないと思ったら、風鈴がないわね」

 「あー、そういえば出してなかったな。どっかにしまってあったと思うけど」

 確かにこの夏入ってから、何か足りないとは思っていたが風鈴か。正直、蝉の鳴き声と灼熱の太陽だけが夏の象徴であると風鈴のことをすっかり忘れていた。というか、ここ数年間忘れていたかもしれない。

 言われるとなんだかないのが気になってきて、いったん料理のことを考えるのをやめてベランダにある物置のほうへといって探してみることにする。

 ドアが少しぎちぎちとした感じで開く。

 「錆びてやがんな、これ」

 特に何か特別なことをするとき以外はこの物置から道具を出し入れすることがないもんだから、どうやらドアの桟のところが錆びてしまったらしい。

 開かないことはないからとりあえず開くと、小さいころにいったりしたキャンプ道具の入った箱やらバーベキューセット。ほかにもよくわからないものがたくさんしまってあった。たいていは父さんのものだろう。

 その中から小道具類がしまってある箱を探す。

 「何してるの?」

 「ああ、なんだかいわれたら気になってな」

 「風鈴のことかしら?」

 「ああ。っと確かここらへんにあったはず……」

 ずいぶんと前だが、前に見たときより箱が多くなっているような気がする。それらを順々に外へと出していって箱を探し出す。

 数分かけて箱を出したりして、やがて“小道具”とでかでかとマジックペンで書かれたダンボール箱を見つけ出した。

 「あったあった。確かこの中に……」

 ダンボール箱を開けると、適当に放り込まれたかのような感じでいろいろな小道具が入っていた。いつかの夏が終わってからずっとしまっていただけあって、なんだか埃くさいというかなんというか。がちゃがちゃと物がぶつかり合う音を響かせながら、こりん、と何か鈴のようなものが鳴る音がした。正確には、何かに抑えられていて本来の音を出せなかった風鈴。

 「見っけ、っと」

 幸いにもガラス製でありながら損傷は見られない。

 チリンチリン、とこの猛暑にふさわしい音を響かせる。

 「心休まる音ね」

 「だな。なんでここ数年間忘れてたんだろ」

 チリンチリン――。

 澄み渡るその音は実に心休まる音だ。

 さて、出したのはいいがどこにかけるか…。場所的にはベランダがいいのだろうが……。そう思ってベランダのドア付近を見てみると、何か先の曲がった何かをかけるような鉄製の棒があった。

 「よし、ここにかけるか」

 ちょうど手の届く位置にあるそれに風鈴の糸の部分をひっかけて風鈴をぶら下げる。


 チリンチリン―――。


 風が吹いて、三度目の音を鳴らす。

 「夏、ね」

 「夏、だな」

 何を今さら、と誰もがツッコミたくなるような感想。まあ、この風鈴が今が夏だということを再認識させてくれた、ということでいいだろう。

 「よし、それじゃ今晩の飯の準備でもするかな」

 「あら、もうするの?」

 時刻はまだ昼の四時ぐらい。いささか早いかもしれないが、むしろ俺のような料理の手際が悪いやつにとってはちょうどいいぐらいの時間だろう。そうめんはすぐにできるとしても、問題は天ぷらだ。どうせなら売っているものではなくて自分で作ってみたい。

 油の扱い方がいまいちわからないから、予習程度のことはしておかないとな。

 「ああ。いろいろと予習もかねてな」

 「あら、そう。それじゃその間私は少しだけ外出してるわ」

 「わかった。…って、大丈夫なのか?」

 主に俺が。

 「大丈夫よ。もしも何か危険なことが起きたら携帯に連絡して頂戴」

 「わ、わかった」

 何かがあってからでは遅いと思うのだが……。まあ、暗くなる前に立花が戻ってくればいいのだろうけど。なんていうか、小学生の門限みたいだな。暗くなる前に帰宅って。

 立花は準備をしにいったのか、二階へとあがっていった。ほどなくして立花が降りてくる。

 「それじゃいってくるわ。暗くなる前には戻ってくる」

 わかった、と頷いて立花が後ろ向いたときに何か背負っているのに気づいた。

 何を背負っているのかと聞こうと思ったが、立花は早々と外へと出て行ってしまったらしい。玄関のドアが閉まる音が聞こえた。なんだかやけに長かったような気がするが、まあ帰ってきてから聞くとしよう。覚えてたらな。

 一人にになった俺は一度伸びをしてから、今夜の飯を作るにあたっての材料が冷蔵庫にあるかどうか。そして、居間のほとんど端っこのほうにあるあまり使われていないデスクトップのパソコンで天ぷらなんかの作り方を学ぶことにした。


物語に緩急がないってのはいけませんね。いつになったら緩急つくだろう、この物語。

毎度毎度がんばっておりますが、なるべく時間を飛ばす、ということはしたくないので地道に流れていく時間を感じていただければ幸いです。では次の更新を待っていてください。

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