24.ある日の風景
どうも、またまた前回の更新から時間が経ってしまいました。こんなペースじゃいけませんね。
もうそろそろ夏休みに入ろうとしているので、そこでは少しは更新スペースがあがるはず・・・・。
ということで、今回の話は・・・・「あれ? いつからこんな小説になったの?」っていう感じです。別段読み飛ばしてもらってもかまわないかも。
それではどうぞ。
外はすっかり暗くなって、いつの間にやら日は沈んでしまっていた。
鼻歌まじりに何かを炒める音が聞こえてきて、食欲をそそるような匂いが居間には広がっていた。
「そういえば魅奈の作る料理って始めてかもしれないな」
「あら、そうなの? あれだけできる子だから、何回か親の代わりに作ったことがあるものかと思っていたけれど」
それもそうなんだが、意外や意外。本当に俺は魅奈の手料理を食べたことがない。
今回のように親が二人揃って家をあける、ということは初めてだ。母さんは風邪をひいたことがないぐらいに元気だし、それで代わりに魅奈、ということもなかったからな。
「案外なんでもできるけど、実は料理がダメ! みたいな感じだったりな」
そんなことは今朝の朝食を考えれば、そんな奴ではないということがすぐわかるが。
「そんなことより、今後についてだけど」
と、魅奈の料理がどうとかいう話ではないということを思い出して本題に戻る。
本題、というのはムタンのいう無意識下の防衛についてわかったから今後の活動について、だ。
「今までどおりで構わないわね?」
…まあ、結局は無意識のうちに俺が行っているような行動だから今後に変わりはないわけだ。
「ああ。今までどおり、夜の行動には気をつけたほうがいい、ってことぐらいだな。昼には襲ってこないわけだろ?」
「さあ、どうかしらね。少なくとも何か行動を起こす、という確立は少ないとは思うけれど、用心するに越したことはないと思うわ」
いまいちそのムタンの行動時間がよくわからないんだよな……。はっきりと夜だけだというのなら昼は安心して行動ができるのにな。
「そうだな。まあ、もしもムタンに襲われるようなことがあったら連絡なりなんなりいれるさ。人の多いところにいけば行動も起こしづらくなるだろうし」
それこそ、適当な人の型を奪い取って通り魔なりなんなりなって俺を襲えばすみそうな話だが、どうもムタンは陰で俺を殺したいらしい。物騒な話だ、ほんとに。
「もうそろそろできるよー。コップとか用意しておいてー」
「あいよー」
立ち上がって俺は食器棚のほうへと向かって適当にコップを三個取り出す。
「手伝うわ」
続いて立花がやってきて、俺に何がどこにあるのかを聞きながら目当ての食器を人数分取り出していった。
「お兄ちゃん、大皿とって」
あいよ、と答えて大きな平たい皿を取り出して机の上におく。魅奈は火を止めて、炒めていたものをその大きな皿の上に盛っていった。その皿の上に盛られたのはシンプルな野菜炒めだった。
「次、底の深い皿」
それに応じて次は食器棚から底の深い大き目の皿を取り出す。先ほどと同じように机の上におくと、なにやら煮込んでいたらしい鍋の中身をその中に盛っていく。鍋の中から流しだされるようにして出てきたのはジャガイモ、にんじん、肉……。
「肉じゃが、ね」
俺より早くその正体に気づいた立花がそうつぶやいた。
鍋の中が全部出され、皿の中を見ると確かにそこには肉じゃががあった。
「とりあえず定番っぽいの作ってみましたー」
どうやらおかずはその二品らしく、後は茶碗に炊飯器にて炊いていた米をついで――今夜の飯は出来上がりだ。
「どう? とりあえず見た目はいいでしょ?」
「そうだな。とりあえず、見た目はうまそうだ」
魅奈のやつはいつの間にこういう食事を作れるようになっていたのだろうか。母さんの作る料理を手伝っていたときにでも教わったのか。それともみようみまねでやったのだろうか。なんにせよ、肉じゃがも野菜炒めもどちらもうまそうにできていた。
「そうね。野菜炒めも脂っこくなさそうだし、肉じゃがも具を煮込みすぎている、という感じでもなさそうだわ。ジャガイモもいい感じにやわらかそう」
「ふふーん。まあまあ、見た目はいいからさ、早く食べてみよ! ちゃんと味付けできてるか不安だし」
重要なところは確かにそこだ。見た目はよくてもまずい、なんてケースはよくある話だしな。逆に、見た目が悪くても味はいい、ということもよくある話…らしい。ゲテモノはうまいって相場が決まっているらしいし。
俺と立花と魅奈、それぞれが席に座る。
「それじゃいただきます」
「頂きます」
「どうぞー!」
俺と立花。まずは一口目、お互いに野菜炒め。
適当な量を箸でとり、口に運ぶ。魅奈は少し緊迫した面持ちで俺と立花を見比べるようにして見ている。
「おっ……うまい」
「美味しいわね」
「やった!」
魅奈は小さくガッツポーズをとって喜ぶ。
「見た目どおり脂っこくもないし、いい感じに野菜がシャキシャキとしていていいわ。味のほうは私としてはちょうどいい味付けよ」
「そうだな。ただ、俺はもうちょっと味付けが濃くってもよかったかも」
味付けに関しては個人的な範囲なので、そんなに言う必要はないが少しだけそんなことをいってみる。今のままでも充分うまいが、もうちょっと味が濃くても……というのは、きっと将来的に高血圧につながるのだろうな、きっと。
「さて、次は肉じゃがだな」
よく聞くのだが、肉じゃがは簡単そうに見えて奥が深い料理なのだとか。よくある話ではあるから、どこまで奥が深いのかは俺にはぜんぜんわからないが。
肉じゃがの核となるジャガイモをとって口に運ぶ。続いて、立花もジャガイモだけを取って口に運んでいった。
先ほどと同じように緊迫した表情で俺と立花を見る。
「んっ、これもうまい」
「ジャガイモもちゃんと煮えていて芯まで火が通っている。だけど、少しだけ堅いかしらね。でも、初めてとしては上出来だと思うわ」
少しだけ欠点を指摘しつつも立花は続いて肉、にんじんと食べていく。
俺は別に堅いだとかは思わないが、充分にうまい。肉もにんじんも味が染みていておいしいし、俺として文句はない。
「やっぱりもうちょっと煮たほうがよかったのかぁ。いまいちわからなかったんだよね。でも、味付けとかは問題なかったみたいでよかった」
また小さくガッツポーズをして魅奈は自分でやっと食事を食べ始めた。自分でも味見をしたのは初めてなのか、味に納得したようでうんうんと頷いている。
今は今でいいが、明日には俺がこのクオリティの食事を出さなければいけないという、義務ではないはずなのに義務のようなものがとってついたと思うと正直困ってしまう。
明日はどうしようか、なんて考えたってどうしようもないことを考えつつも、うまい料理をぱくぱくと俺は口に運んでいった。最悪、チャーハンがいいところだろうな。
飯を食べて、食器を魅奈が片付けている。立花も食べ終わってそれを手伝う、というので魅奈と一緒に食器洗いをしているようだ。
俺はといえば、昼間と同じように一人でソファに座ってテレビを見ていた。何か面白い番組はやっていないものかとチャンネルをかえてみるが、面白そうなものは一切やっていない。バラエティ番組も最近は面白いと感じなくなってきたしな。あの仕組まれてる感が嫌になってきたというかやらされてる感がアホらしく見えるようになってきた感じか。芸人たちはそういうのが本職なのだから、とやかくいうことなんてできないのだが。
「随分と暇そうにしてるわね。何かすることはないの?」
食器洗いが終わったらしい立花が俺の横に座りながら聞いてきた。
「…………ない、な」
そりゃ考えればいくらでもやるべきことはあるだろうが、今はそんな気分ではない…と逃げてみる。
「お兄ちゃん、まだ夏休みの宿題ぜんぜんやってないでしょ? それやりなよ。立花さんもいるし、すぐに終わっちゃうんじゃないの?」
逃避していたことを食器洗いを終えて俺の隣にやってきた魅奈に指摘されて少しため息をついてしまう。
「一応少しはやった。っていうか、立花教えてくれるのか?」
「いいえ、教えてあげないわ。自分でやりなさい」
厳しい一言だった。そりゃ自分でやるのが一番自分のためになるんだろうけど…少しぐらいは教えてあげようという気持ちがほしかったものだ。
魅奈はまだ中学生だし、塾にもなにもいってないから高校の範囲なんてわかるわけがないし。
「ほら、生活方針にだって『夏休みの課題教科習慣!』って作ってるんだから。がんばらないと」
軽くいってはくれるが、もちろん中学と高校の課題では難しさが多少なりとも違う。魅奈は高校にいってもなんなく、あるいは今より少してこずる程度で課題をこなすのだろうが、中学のころから少し不真面目な傾向に走りつつある俺にとって、夏休みの課題というのは不可能の塊のようなもので……。
「わかったわかった。がんばるがんばる。明日からな」
「絶対だよ? ついでに、明日はお兄ちゃんが家事とか食事の当番なんだから、そっちのほうも怠らないでね」
お風呂に入ってくるから、といって魅奈は風呂場のほうへといった。
後に残った俺と立花はソファに座ったままテレビを見ていた。見ている番組は結局のところバラエティ番組。
『いやー、最近俺、彼女がほしいなーと思ってるんですよ』
『ほう。なんでまたいきなり?』
『いやね、この二十五年間、ぜんぜん彼女ができたことがないんですよ。そこでね、お前に少し彼女ができたときの練習みたいなのを手伝ってもらおうと思ってさ』
『はいはい、わかったわかった。それじゃ協力するよ。具体的になにをすれば?』
まあ、よくあるコントだな。この後にボケのほうが散々にボケまくって、そこにツッコミ役の人が『いや、ちゃうやろ!?』とか『そこは○○だろ!』みたいなツッコミをいれるんだろうな。
案の定、俺の予想は的中した。まさに思い描いていたとおりのコントが展開されたのだ。
『ごめーん、タカシ。待った?』
『ああ、待った待った。お前、ふざけんなよ? おいコラァ!?』
『いやいやいや、まてまてまて! キレすぎだろ? よくあるけど、ここは「いや、ぜんぜん」とか嘘をつくのが普通だろ。彼女怖がって帰るよ! それか、その後のデートきまずいよ!』
テレビの向こうでは観客が笑っているが、残念なことにそれを見ていると視聴者は笑えていなかった。
ついさっき風呂に入りに行った魅奈でもいれば、少しは笑いがあるんだろうが……気まずすぎる。
ちらりと立花を見てみたが、顔はぜんぜん笑っていない。むしろ、苛立ちを感じているような気がする。
「なあ、立花。面白いか?」
沈黙に耐えられなかった俺が適当に切り出してみる。いや、面白くなさそうなのは一目瞭然なのだが。
「そうね。面白いわね」
微塵も面白くなさそうな顔で立花はいった。
「そうか。……ど」
「それより、貴方に一つ聞きたいことがあるのだけど」
どこが? と尋ねようとしたときに立花が話題をふってきた。
「なんだ?」
「貴方がビルの下敷きになりそうだった日。つまり、ビルがムタンによって自壊されたときのことなんだけど―――本当にその日にビルは“壊れたの?”」
「はい?」
思わず首をかしげてしまった。
「私と貴方があったその日。本当にビルは“その日に壊れた”のかどうかを聞いてるの」
「その日にって……そりゃ、そうだよ。確かにあの日にビルは倒れた」
質問の意図が掴めずに、とりあえずそのまま正直に答える。
夏休み初日。確かにあの日、俺は義に呼ばれたカラオケに行く途中でビルの倒壊によって、ビルの下敷きにされかけた。その代償といってはなんだが、愛用の自転車がつぶされたのだ。
「そうよね……。わかったわ」
そういって、立花はソファから立ち上がって居間を出て行ってしまった。
『もうええわ!』
コントがちょうど終わったようで、俺は一人でほかにすることもないとテレビを見続けていた。少しも笑えないと思っていた番組だったが、新人芸人のコントで不覚(?)にも笑ってしまった。いや、別に恥ずかしいことではないんだけどな。
◇
魅奈ちゃんの部屋には戻らずに少し外に出ていた。場所は玄関口の前。夏の涼しい夜風が頬をなでた。
「ふぅ……」
息をついて考えをまとめる。
さきほど彼にした質問は、もしかしたら今考えていることに対して何かヒントがあるかもしれない、と思ったからだ。当事者である彼なら間違いはないだろう、と。
私が今考えていること――それは、ビル倒壊についての事実の真偽について。
私自身は七月二十五日にビルがムタンによって壊されるのを見た。そして、そのときに次のターゲットが彼、三枝恭史ということが判断できた。
彼も確実に七月二十五日にそのビルの倒壊を見たのだ。
だがしかし、テレビのニュースで放送された事実は私たちが見た日より一日後の七月二十六日。
集合的事実をムタンが書き換えたことによって変わる事柄なんてない。あのビルの倒壊によって死んだ人もいない。むしろ、彼は最後の一人だったのだ。
無意識下の防衛の次に浮かぶ疑問点。これが重要か重要でないのかはわからない。ただ、何かがひっかかっているだけだった。
「一人で考えても仕方ないわね」
もっともなことだった。無意識下の防衛だって私一人では解決できなかった問題だった。もしも今回考えていることもその類のものであるのなら、一人で考えたってしょうがないだろう。
私は一つ深呼吸をして、家の中に再び入っていった。
◇
「さて、と……大方の食材はあるし。この『百円でできるお手軽おかずクッキング!』があれば無敵だぜ! はっはっは!」
……これが、追い詰められた者のテンションなのだろうか。
俺はキッチンにおいてあった料理本を見つけ、それを元に冷蔵庫の中の食材などを確認。できそうなものを本の中から選んで、明日の献立を一通り考えた。
それで、早速一品作れそうなものを作ってみよう、と自分の腕を確かめるのもかねて“じゃこチャーハン”とかいうのを作ることにしてみた。
まずはじゃこをフライパンで炒めて取り出し、ネギを小口切りにする。
次にフライパンにごま油を大さじ一杯熱し、ご飯を強火で炒める。ちなみにうちは電化である。ご飯は今日のあまりを少し使わせてもらった。
ぱらぱらになってきたらじゃこと和風の顆粒-カリュウ-だしとやらを小さじ三杯いれてさらに炒める。
後はしょうゆを小さじ三杯ほどいれて炒めたあとに、日を止めてネギを加える。後はよく混ぜて器に盛れば完成だ。
完成――のはずだった。見た目はよくできている、と自分でも自負できる。だが、一口食べてみたら、ぜんぜん味が思ったのと違うのだ。なんというか……苦い。
なぜだと思って作る手順を改めて確認してみたが、それに間違いはない。
そこで、ちょうど風呂から上がってきた魅奈に一口食べてもらうことに。魅奈も俺ががんばろうとしている姿勢をみてのことか、少しうれしそうに一口食べたのだがうれしそうな顔はどこへやら。しかめっ面になってしまった。
魅奈が料理の手順と食材を確認。そこでわかったことがあった。それは…俺がそもそも食材を間違えていたことだった。
一つ。本に書いてあった和風顆粒だし、というのと間違えてコーヒーの粉を入れていたこと。いや、確かになんだかパッケージの部分が洋風だなとは思ってたよ。
それともう一つ。ごま油ではなくサラダ油を使っていた、ということ。正直、そこらへんの違いはぜんぜん気にしなかった。油なんて全部同じものだと思っていたんだ。
……なんなんだ。この漫画か何かに出てきそうなドジっ子設定。ましてや、男である俺がドジっ子だなんて誰が認めようか。全世界の全人類が全否定するに違いない。
結局、それ一品を作って食材を間違えるという凡ミスのようなことをしてから自信喪失していた。
今は部屋でその料理本を片手にベッドに身を投げ出している状態だ。
「やればできるやればできるやればできるやればできるやればできる……」
さっきから三分間ぐらいはずっといっている。何を食事ぐらいでこんなに怖気づいているのか、といえばそうなのだが。はじめてやった、という魅奈のあのできばえのよさを前にして何か失敗しちゃいけないという義務のようなものが生まれてしまったから、こんなに気を重くしているのだ。
朝はパンとかでもいいだろうけど、昼から本腰をいれないとな。
「よしっ! 風呂入るか。風呂は命の洗濯ってな」
どこかで聞いたことがあるような台詞をひとつはいて俺は風呂場へと向かった。
風呂場の電気はついておらず、誰も入ってないことを示している。
立花は魅奈の後に入ったし、後は俺だけだからそれは当たり前のことなのだが。
よくよく考えれば、今日は立花の稽古とか魅奈の使いパシりで結構汗はかいているし、今日の風呂は気持ちいいだろうな。
どうせだから、水のシャワーを浴びるのもいいな、と俺はさっきまでの悩みはどこへいったのかというぐらいに、意気揚々と風呂に入ることにした。
…
八月一日。
とうとう、というべきか、それともやっと、というべきなのか。
どちらにしたって、高校生がそんな時間間隔を語るのはまだ早いだろう。なにはともあれ、八月だ。
明日には祭りがある、ということで一応テレビで天気予報を確認したところ、明日は絶好のお洗濯日和。つまり晴天だそうだ。
年に一回のお祭りなんだから、中止になるのは惜しい。それに安堵しながらも俺はとりあえず朝食を作っていた。
「ん、おはよー、お兄ちゃん。なにしてるの?」
起きて来た魅奈が瞼をこすりながら聞いてきた。
ちなみに、俺が魅奈より早く起きている理由は、例のごとく立花にラジオ体操へと連行されていったからだ。その流れでそのまま起きて朝食を作っている、というわけだ。立花はといえば、庭のほうで素振りをしている。今だって空を切る鈍い音が少し聞こえてくる。
「何って、朝食作ってんだよ」
「えっ!? 何作ってるのー?」
興味がわいたらしい魅奈が俺のほうへと近づいてくる。
「へー、味噌汁か。ご飯は昨日の余りがあるし……まあ、昨日みたいな失敗はしないでね」
「わかってら。お前は顔でも洗ってこい」
はーい、と返事をして魅奈は洗面所のほうへといった。
…ちなみに、俺が今作っているのは魅奈がさっき確認したように味噌汁。ちゃんと「だしの源」を入れて味噌をといて、味を調整しながらそれでもって豆腐とか油揚げを適当な大きさに切って味噌汁に投入。試しに一口飲んでみたが、なかなかなうまさだ。さすがに魅奈までとはいかなかったが、これが男の料理ってもんだろう。
後は朝食だから軽食にしようと目玉焼きを人数分作って、ついでにベーコンでもやいておけばいいだろう。
あっという間に和と洋の混ざったよくある朝食の出来上がりだ。
「これぐらいならさすがにできるよな」
さすがにそこまで料理のスキルがないわけではないらしい、ということを確認して食事を盛った皿をテーブルに置く。
「丁度よかったようね」
そういって立花はベランダのほうからタイミングでも見計らったかのように入ってきた。
さっきまで立花は朝の稽古だとかなんとかで素振りをしていたにもかかわらず、息はまったくあがっていない。平然とした顔で立花は椅子へと座った。
魅奈も顔を洗うついでに服を着替えてきたようで、朝食がテーブルの上に並んでいるのを見てから椅子についた。
「ということで、だ。味噌汁はちゃんと味も確認したし大丈夫だと思う」
それぞれが箸を持って、いただきますの合掌。
昨日とは魅奈と俺の立場が反対になって、今度は二人が先に食べるのを待つ番となる。まあ、主な味付けが必要なのは味噌汁ぐらいだったから、たぶん大丈夫だろうが。
「うーん、まあまあかな」
「まあまあね」
バッサリきられた。
「味噌汁にまあまあとかあるのかよ……」
「それは当然のことよ。単純なものほど味の違いがよく出るわ」
「お兄ちゃんよりの味付けだからかな? お母さんとかが作るのはもうちょっと薄めだから。この味噌汁、少し濃いと思うよ?」
なるほど。俺がいいと思う味付けでやったからか。
薄いより濃い味付けのほうが好きだしな。それは確かに味に違いが出てくるかもしれない。
「まっ、昼に期待だね」
なんだかんだいっても、食べれることに変わりはない。立花と魅奈はそれ以上何かいうわけでもなく、もちろん賛辞の言葉がでるわけでもなく黙々と食べ続けていた。
改めて味噌汁を一口飲んでみるが、やっぱり俺としてはベストな味付けだった。
…
朝食を食べ終えて魅奈が自分の食器を片付けながら何か思い出したように
「そういえば、今日友達の家に遊びにいってくるから」
といった。適当に「ああ」と返事をして俺も自分の食器を片付けることにした。食器をまとめてどうせだから洗っておいてしまおう、と食器を洗いながら次は昼食のことについて考える。立花は再び素振りのほうへと戻っている。とりあえず朝食までに五十回やったから、残り五十回を済ませるんだとか。
もちろん、昼食は朝食よりグレードアップさせなければいけないわけだが、いかんせん俺にそんな作れる料理のレパートリーはない。
「昼か。お手ごろな料理っていったら……やっぱりチャーハンとかかな」
炊飯器に残っている米はさすがに少なくなってはいたが、そこに冷凍庫に入っている冷や飯でもつけたせば丁度いいぐらいの量にはなるだろう。
「そういえば昨日作ったチャーハン……」
魅奈に試食させた結果、使っていた材料が違っていた、ということが判明して少しだけ俺の料理意欲がそがれてしまった料理。
はっきりいって、間違いの大元である顆粒だしを間違えなければ味はそこそこいけたはずだ。
「よし、昼は決定だな」
とりあえず昨日見ていた料理本を再び引っ張り出して、俺はそれを見ながら食材を今度は間違えないように、と準備をすることにした。
そこへ素振りが終わったらしい立花がベランダのほうから家に入ってきた。
「素振りお疲れさん」
さっきからぶんぶんと木刀が空を切る音が聞こえていた。つまり、それだけ力を入れてふっていた、ということなのだろうが、立花はまったく汗をかいていなかった。
少しだけ乱れていた髪の毛を手で整えながら「どうも」といって立花は木刀を持ったまま居間を出て行ってしまった。
しばらく経ってから戻ってきた立花の手には木刀は握られておらず、代わりにタオルがあった。
「……いるか? タオル」
「いるわよ。気分としてね」
気分なのか…。そりゃ、外だって昼に近づいていって暑くなっていってるから、そのなか素振りを百回もやって汗ひとつかかないっていうのは、なんだか不気味な話だが。
「お昼の準備かしら?」
汗ひとつかいていない額をやわらかそうなタオルで拭きながら立花は台所のほうへきた。
「ああ。実は昨日そのチャーハン作って失敗してさ。リベンジの意味も含めて今度は失敗しないように、と食材確認中だ」
そう、といいながら立花は俺の持っていた料理本を取って静かに本と食材を目だけを動かして交互に見る。
「どこか間違える要素なんてあったのかしら?」
うっ。なんか今、グサリと来た。
「えっと……その和風顆粒だしっていうやつとごま油を間違えて……」
「何と?」
「…………コーヒー粉とサラダ油」
………………。
しばしの沈黙。
「……莫迦ね」
うぐっ!? 今心臓に何か刺さった気分…。そりゃコーヒー粉は認めるけど。
「油は…まあいいわ。そんなにこだわりがないのなら、どの油でもいけるから。でも、顆粒だしとコーヒー粉の間違いはさすがにないわ。莫迦な間違いよ」
そこまでいわれるとさすがに傷つくな。いや、さっきから傷ついてはいるんだが。
「で、でも今度は大丈夫だ。図り間違って結果的に変なモノ食わせるようだったら、そのときはなんとでもいってくれ」
そうさせてもらうわ、と何処となく冷たく言われて肩を落とす。今度は間違えられない。間違えたら……俺の精神状態ボロボロに違いない。
俺はそのまま材料の確認を続けることにした。もちろん、入念に食材を確認することは怠らなかった。
しばらくの間、脳内でイメージクッキングしていると時間は正午になろうとしていた。俺がイメージクッキングをしている間、立花に「ほかに何か料理本はないのかしら?」と聞かれたので、適当にほかにあった料理本を渡してやった。それをずっと読んでいたようだ。明日は立花が担当の日だし、そのときのために何を作るか、というのを考えているのだろうか?
魅奈もちょうど降りてきたところで、俺はじゃこチャーハンを作ることにした。
事前にちゃんと準備していた材料を再度確認して、早速料理にとりかかることにする。
まあ、今度はコーヒー粉と顆粒だしを間違える、なんてバカげたことにはならないだろうから大丈夫だろう。
ちなみに、和風顆粒だしというのは立花に聞いてみたところによると、どうやら『味の源』のことらしかった。なんでもメーカー品だから本のほうにそのものの名前は出せないらしい。
「おっしゃ、やるぜ!」
服の裾をまくって俺は料理を始めた。
作り方としての手順は間違っていなかったので、用は本当に材料を間違えなければそれなりのものにはなっていた、ということだ。
ならば、と自信を持って作っていく。油のほうはどうやらごま油がないようなので、ここは昨日と同じでサラダ油で代用することにした。
……かくして、十分後。
「よし…我ながらいい出来じゃないのか? これは」
俺としての渾身の一作ができた。途中で本には書いてないものを入れようとしたが、こういうのは素人の浅知恵によって料理がだめになることがある、なんてことをどっかで聞いて事があるような気がする。
一応味見をしたところ、味に問題はなかったし、このままで大丈夫だろう。
「魅奈、立花。できたぞー」
「はーい」
「あら、もうできたの?」
確かに十分ぐらいで作れるとは思わなかったが、それぞれに返事をして立花と魅奈は椅子に座った。
皿に適当にできたじゃこチャーハンを盛り付けて、テーブルの上に出す。
「俺の渾身の一作! じゃこチャーハンだ!」
「あっ、これって昨日失敗してたやつだよね?」
「うっ。そ、そうだが、今回は失敗してないぞ? ちゃんと今回は『味の源』を使ってやったんだ」
ふーん、といじわるそうな目で魅奈が見てくる。
「とにかく食ってみろ。味のほうは大丈夫だから」
事前に机の上においておいたスプーンをそれぞれとって、合掌をする。
「いただきまーす」
「頂きます」
ごくり、と生唾を飲んで俺は二人がチャーハンを食べるのを待つ。やっぱり最初の感想がよくないとご飯もうまく咽喉を通らない…気がする。
スプーンでチャーハンをすくって、魅奈、立花のそれぞれの口にそれが運ばれていく。
数秒間、口の中でもぐもぐとそれを味わって……
「ん、今回のはおいしいよ。昨日とはぜんぜん違うね」
「そうね。ちゃんと食べれる美味しさよ」
後者のほうはなんだか素直にほめてくれてるのか、それとも「そこまで美味くない」といわれているのかよくわからないような解答だったが、一応合格したようだ。
俺はそれに安心して自分の作ったチャーハンを一口食べた。うん、やっぱり我ながら上出来だ。自己満足しつつ、次の晩飯はどうしようか、と少し悩むのだった。
「あれ? これなんて料理小説?」
さほど詳しく書かれていないものの、物語の大半は料理の話。なんですか、これ。自分で書いておきながらなんですか、これ。
なんというか、時間経過のつなぎのような話なので。寛容な心で見ていただいたらうれしいです。
それでは、次の更新までごゆるりとお待ちください。