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23.些細な勘違い 単純な解答

本当にすいません! 一ヶ月ぶりぐらいの更新ですかね・・・?

別にいろいろとあったわけではありませんが、とにかく遅れてすいませんでした。

今回は少し話が進展、というかナゾ解明! ですかね。

それではどうぞ。

 暑い日差しの中。棒が風を切る音と身体を打つ鈍い音が響く。

 一方的にやられてるだけの人は、必死に防ごうと棒を振るうけど、一発目を防げるだけでその次の攻撃は防げていない。

 そんな情けないその人は――あたしのお兄ちゃんだ。

 その場にお腹を抱え込みながら倒れこむ。もう何度目だろう?

 「お兄ちゃん、もうあきらめたら?」

 そんな情けない兄にあたしはそう薦めるけど、お兄ちゃんは一向にやめようとしない。実際、こうやって言うのも何度目だろうか。そのたびにお兄ちゃんは首をふってやめようとしない。

 だけど、お兄ちゃんのその姿勢は正直カッコイイ。気がかりなのは……立花さんに一方的にやられてる、っていうことだった。

 「ほら、立ちなさい。せめて二発目を防げるようにはしてほしいわ」

 そういって立花さんは何度となく戻った定位置にいって木の棒を構える。

 あたしはそれを見て立ち上がるお兄ちゃんに、なんとか次は防げるように、と心の中で願う。

 ちなみに、あたしはなんでお兄ちゃんと立花さんがこんなことをしているのかがわからない。後で立花さんかお兄ちゃんに聞けばわかるのだろうけど、今あたしが考えられるのは、軟弱者のお兄ちゃんを鍛えるため、だと思う。

 「簡単にいってくれるなよ。だいたい、これだけやってたらまぐれでも一発ぐらい防げるもんだろ」

 確かに、それはいわれてみればそうだった。

 少なくとも二十回ぐらいはやったと思うけど、一発目は防げるものの二発目は絶対に防げていない。

 「お前、故意的に俺がガードしないところを狙ってきてるだろ?」

 「そう思うかしら?」

 表情を何一つ変えずに問い返す立花さん。つまり、お兄ちゃんの動きを先読みしてガードしないところをついている、っていうことなのかな。

 だったとしたら、お兄ちゃんがいくら防ごうとしても立花さんはお兄ちゃんの虚をつくことができる。つまり、このままじゃ二発目の攻撃はほとんどの確立で防げない。

 お兄ちゃんは立花さんの問いにこくりとうなずく。

 「…そう思うなら、先読みされないように努力をしなさい」

 それがアドバイスとでもいうように立花さんは言う。それともうひとつ、と続ける。

 「頭より身体で動きなさい」

 そういって立花さんは地面を蹴った。

 頭より身体で――あたしはなんとなく、その意味がわかっていた。

 お兄ちゃんに教えようかとも思ったけど、きっと言っちゃいけないのかもしれない。直感的に、あれはお兄ちゃんのためにいった言葉であると。あたしはそこに介入する余地はないと感じた。

 それはもしかしたら、お兄ちゃんと立花さん、二人だけの世界をあたしはただただ見るだけしかできないのかと――少しだけ嫉妬していた。

 思えば、最初からあたしはただ見てただけだった。お兄ちゃんに何度か呼びかけたけど、やめようとはしない。それはあたしの勘違いなのかもしれない。だけど、そんな勘違いはあたしに勘違いをさせたのかもしれない。

 二人だけの世界―――。

 それは勘違いなのかな……? あたしはそんなことを自分に心の中で聞いていた。


 ◇


 右か左。

 これを見極めるのは案外楽になってきた。確かによく見れば、立花の動きがどちらにブレるかはわかる。あるいは、足元を見ればどちらの方向に地面を蹴ったかで判断できる。短時間ではあるが、それぐらいは見極められるぐらいにはなった。

 しかし、問題は二発目だった。

 ちなみに、二発目は大きく分けて右か左か上の三方向から来る。それがわかっていながらも、右かと思って右に構えれば左に入る。逆に今度は左かと思って構えれば上から。

 正直なところ、絶対に俺の身体には青あざができているだろうし、動くのも少し辛い。加減はしているのだろうが、それでも結構な攻撃力を持つ立花の一撃。木の棒がそこまでの攻撃力を持ち合わせているとは思わなかったぜ。

 そんな俺に立花が言ってくれたのは、頭より身体で動け、ということだった。

 頭より身体で動けって……どういうことだよ?

 答えがわからないまま――再び防げなかった二発目が俺の横腹に入った。

 「あー……さすがに駄目になってきたな」

 へなへなとその場に倒れて天を仰ぐようにして寝転がる。いつものように太陽はさんさんと光を俺たちに浴びせていて、その眩しさに目を細めながら腕で顔をかばうようにして覆う。

 「ギブアップかしら?」

 太陽に重なるようにして立花が立つ。俺はぼんやりと自分の今の状況を考えつつも「ああ」と一言答えた。

 立花はそれを聞いて気の棒をそこらへんに置いてベランダから家の中に入っていった。

 俺はといえば、さっき麦茶を飲みにベランダに座る前になっていたようにしばらくそこで痛みがひくのを待つ。

 結構な具合にやられたな……。鈍い痛みがところどころにあって、動かそうとすればこれまた痛い。さらに、熱い日の下でやっていた分だけあって汗も結構かいている。おかげさまで、服の首襟の部分は汗でびしょびしょだ。

 だっていうのに、ぜんぜん汗をかかない立花はいったいぜんたいどういうことなのだろうか。めっためたにやられた分もあって、何か理不尽だ。

 「お兄ちゃん、大丈夫?」

 ベランダにあるサンダルを履いて魅奈が駆け寄ってきてくれた。

 「ああ。なんとか」

 「立てそう?」

 「立てるには立てるけど、ちょっと厳しいかな」

 情けないものである。身体を起こそうと腹に力をいれるだけで痛みが走る。なんとか腕の力だけで身体を起こそうとするが、腕にもなぜかうまく力が入らない。

 「手伝おうか?」

 「そうだな。頼む」

 魅奈がためらいもせずに汗でびっしょりの俺の頭を持って上半身を起こしてくれる。握っていたスチール棒を置いて、そのまま腕を肩のほうにかける。傷もあってのことか、傍から見れば俺は生き残りの惨敗兵のようだろう。

 「お兄ちゃん、汗くさいよ」

 「しょうがないだろ。あんだけ動いてたんだから」

 実質、俺より立花のほうが動いていたが立花はぜんぜん汗をかいていないから問題はないのだろう。俺はその場で立ち尽くして守りに徹していただけだし……正直なところ、あまり動いていないかもしれない。

 魅奈の助力によってベランダから家の中まで入ってきた俺は、そこでごろりと大の字になって寝転がった。

 「サンキューな、魅奈」

 「どうってことないよ。さてと……汗流してこようかな」

 汗? 魅奈はずっと日陰にいたはずだし、汗なんてかいてないはず……。

 「お兄ちゃんの」

 「嫌味かよ!」

 あははは、となにやら上機嫌に笑いながら魅奈は居間を出て行った。というか、軽く傷つくぞ、さっきの。

 立花はといえば、居間に姿はなくどうやら部屋にいってしまったらしい。

 居間には一人。ただただ大の字になって寝転がっている男子が一人いる、ということだ。

 ミンミンと蝉がせわしく鳴いている。夏のシンボルでもある蝉はどれだけ鳴いても鳴いても鳴き止まない。それがいつの間にか心地のいい催眠音波のようになって俺の瞼はだんだんと閉じていく。

 身体だって休息を必要としているはずさ。少し寝たって文句はいわれないよな。朝だって立花にラジオ体操につれていかれてあまり寝てないし。

 「おやすみ……」

 瞼を完全に閉じて、蝉が絶え間なく鳴き続ける中、俺はそのまま眠りについた。


 「起きなさい」

 肩をぽんぽんと叩かれて目を覚ます。

 どれだけ寝ていたのかは知らないが、外を見てみると先ほどとあまり明るさは変わっていないような気がする。むしろ夏なのだから暗くなりだすのは七時ぐらいからだろうか。それにこの程度でおきるということは浅い眠りだったということか。まあ、昼だしな。

 「明るいところで寝てても疲れなんて取れないわよ」

 再びかけられた声に瞼をこすりながら見てみると、声と口調からしてわかってはいたが立花がいた。

 「んっ、んん……なんだ。何か用か?」

 「何か用って、私が親切心で貴方を起こしてあげたんじゃないの。それに、私が起こさなくてもいずれ魅奈ちゃんが見つけて起こすでしょ」

 確かに。それはそうだ。魅奈のことだから文字通り、叩き起こされるかもしれない。そう思ったら、立花に起こされたことは行幸というべきなのだろうか。

 「そりゃありがとな」

 うーんと伸びをして、ついでに首を軽くひねって骨を鳴らす。

 「もう大丈夫みたいね」

 「ん? なんのことだ?」

 「貴方、さっき私と稽古をしたことぐらいは覚えてるわよね?」

 ああ、そりゃ覚えてるとも。だからこうして疲弊しきった俺は床に大の字になって寝てしまって……。

 「あれ? 痛みがない……?」

 いまさらながら気づく。伸びをしたときに気づきそうなものだったのだが、あのときはぜんぜん痛みなんて感じなかった。

 「貴方が寝ているときに少し再構築を使わせてもらったわ。前にも貴方の腕の傷を治したことがあるでしょ。それの応用みたいなものよ」

 腕の傷、というのはあのときフォーカスとかいうやつが撃った銃弾が俺の腕に当たったときのか。

 あの痛みは夢でも幻でもなかった。本来ならそのまま何日間も傷口はふさがらないのかもしれないが、たった数十分で立花の再構築によって傷は完治した。

 そんなことをやってのけられるのなら、内部の痛みだって再構築によって治せるのだろう。便利なもんだな、ほんと。

 「そりゃ、重ねてありがとう」

 「たいしたことはないわ。それに、あれは私がやったんだもの。手加減してるとはいえ、傷つけてしまった。その報いだと思って頂戴」

 そのわりには俺が苦しんでいても結構バコスカとやってくれたような気がするが、まあ治ったんだし、と俺はそのことをとがめることはしなかった。

 「魅奈はどうしたんだ?」

 「今は部屋にいると思うわ。あらかたの家事は済んでいるし、暇をもてあましてるってところでしょうね」

 なるほどな。見たところ、立花も何か用があるわけじゃなさそうだし。今、三枝家には三人もの暇人がいる、ということだろう。少なくとも俺は暇だ。無論、夏休みの宿題なんてのは抜いての話だが。

 さて、これからどうするかな……。

 よくよく考えれば、まだまだ夏休みは六日目。夏休みという長期休暇が始まってから一週間も経っていない。

 六日目にして暇になりだしている俺は、これから二十数日はあろう休暇をどうすごせ、というのだろうか。

 誰かと遊ぼう、と思っても俺は一応立花に保護対象として守られている立場。その守られている理由は俺がムタンなんてわけのわからない敵に狙われているからだ。うかつに一人で出歩いていれば、確実に俺は殺されてしまうかもしれない。そう考えると、のんびりと遊んでいる暇なんてないのだが、今のところ結構のんびりとした生活を送っている。

 そりゃ、一度は本当に命を失いかけたといっても、なんだかありえないことが起きすぎてそういう感覚が鈍っている。

 だがしかし、ムタンが主に行動を起こすのは夜らしい。そうなると、昼という時間帯ぐらいなら出歩くのでも遊ぶのでも問題はないだろう。前回に一度だけ昼に行動しているムタンにでくわしたことがあるが、ただ見るだけで何もしてはこなかった。

 ……まあ、そんなことは今考えたってしょうがない。少なくとも今は安全なのだろうから、のんびりと過ごすのが一番だろう。

 「よし、ちょっと魅奈のところいってくる。起こしてくれてありがとな。あと、傷のほうも」

 改めて立花にそういって、俺は魅奈の部屋へと向かった。


 ◇


 部屋に戻ってから何もしてない。ただベッドの上に寝転がってぼーっとしていただけだ。

 寝るわけでもない。部屋の電気も外が明るいからつけてない。ただただ、ずっと部屋の天井をみつめてるだけだった。

 「なにしてるんだろ、あたし」

 本当に、何してるのか自分でもわからない。

 あたしはお兄ちゃんを家の中に入れてから、結局汗を流すだなんていっただけで流してなんかいない。確かにお兄ちゃんは結構な量の汗をかいてたからあたしにもついたけど、別に嫌な感じはしなかった。

 「お兄ちゃんの……汗」

 適当に服で拭いちゃったけど、あたしは手についていたお兄ちゃんの汗の残り香をかぐようにと自分の手のひらをにおってみる。

 もちろん、お兄ちゃんの汗のにおいなんてもうしない。するのはあたしの手のひらのにおいだけ。

 「だよね………って! あたしなにしてるの!?」

 我に返ってあたしは自分の頬をぱんぱんと叩く。あぁ……こういうのを変態っていうのかな?

 こんこん。

 部屋の扉が軽くノックされる。

 「魅奈、ちょっといいか?」

 続いて聞こえてきたのはお兄ちゃんの声。あたしはなぜだかベッドから身体をとっさに起こして、軽く手で髪の毛を整える。

 「い、いいよー」

 あたしがそう返事をすると、お兄ちゃんは扉を開けて顔だけ出す。

 「今、暇か?」

 「う、うん。暇だけど。どうしたの?」

 「いやー、俺も暇だから何か一緒にしないか、って思ってさ」

 お兄ちゃんの漠然としすぎた理由にあたしは少し呆れてしまった。けど、家事もあらかた終わってしまって、あたしも暇をしていたところだ。

 ずっとベッドに寝転がってぼーっとしているよりかはいいんじゃないか、と思ってあたしはその誘いを受けることにした。

 あたしの部屋にお兄ちゃんを入れるのは少しだけ嫌だった、というより小恥ずかしかったから、お兄ちゃんの部屋にいくことにする。

 「で、具体的にはなにをするの?」

 「んー……わからん」

 言いだしっぺがわからないんじゃあたしだってどうすればいいのかわからない。実際、トランプとかオセロがうちにはあるぐらいで、そこまで遊ぶものは揃ってない。

 「そういえばお兄ちゃん。身体、もう大丈夫なの?」

 思い出してあたしは聞いてみる。あれだけ立花さんに滅多打ちにされてたんだから、すぐに動けるとは思えないし。なにより、部屋がある二階まであがってくるのも一苦労のはずだと思う。

 「ああ、少し寝たら直った。ははは」

 「少し寝たらって……ありえないでしょ」

 どことなくわざとらしく笑うお兄ちゃんを疑いの目で見ると、お兄ちゃんは目をそらす。それが嘘をついているのか、それとも少し困って目をそらしたのかはあたしにはわからなかった。というか、嘘っていうのもなんの嘘なのかもいまいちわからないし、困っているにしろ、何に困っているのかがあたしにはぜんぜん検討がつかない。

 「……えいっ!」

 「いたっ!」

 だから、試しに立花さんに散々打たれたはずの横腹をチョップしてみた。

 「いきなりなにすんだよ!?」

 「いやー、本当に治ってるのかなって」

 「治ってるって言ってるだろ。とりあえず、痛みはもうない」

 そこまで痛がってる様子はないし、どうやら本当に治ったみたい。にわかには信じられない話だけど……。

 「あっ、そうだ。お兄ちゃん」

 「なんだ?」

 「ジャンケンしよ!」

 突然のあたしの提案にお兄ちゃんは少し考えて「わかった」といってくれた。

 些細なことだけど、こういうときにはこういうのがいいんだ。家にいたってすることはないし。

 「それじゃいくよー」

 「おう」

 最初はグー、から始まって、じゃんけんほい、であたしが出したのはチョキ。お兄ちゃんが出したのは…パーだった。

 「やったー、あたしの勝ちー!」

 「負けちまったー。……で、どうするってんだ?」

 家にいてもすることはない。だったらすることは外にあることだけ。

 「アイス買ってきて、お兄ちゃん」

 こういうときはこういうのがいいんだ。あたしはそう思う。


 ◇


 突然のジャンケン。それによって決まった罰ゲーム(?)は炎天下の中、外に出てアイスを買いにいく、というものだった。

 さらに条件はつけられ、俺の金で、ということだった。

 そんなことをするのなら、なぜ立花と買い物にいったときにそういうアイス、ついでにいうならジュースとか買ってこなかったんだ。

 「マジでいかなきゃいけないか?」

 「うん。ちゃんとおいしそうなアイス買ってきてね」

 「せめて味ぐらいは決めてくれ」

 魅奈はしばらくうーんと悩み続けてから、ストロベリー味と答えた。はてさて、財布の中に金はあっただろうか……いや、さすがにアイス買うぐらいの金はあるか。

 というか、なんでジャンケンで負けただけでそんな使いパシリまがいのことをしなければならないのだろうか。しかも罰ゲームも何もわからないままに負けたジャンケンで、だ。

 しかし、家にいたってすることはない。もちろん夏休みの宿題は除く。

 家でごろごろとするよりかは、有意義なのかもしれない。そう俺は考えることにした。

 「よし、それじゃいってくる。何買ってきても文句いうんじゃねえぞ」

 「わかったわかった。それじゃいってらっしゃーい」

 本当にわかってるのかね、ほんと。

 まあそのときはそのときだ。どうにでもなればいいさ。

 机の上から財布を取って部屋を後にする。一階に下りると、なにやら庭のほうから何かが空を切る音が聞こえた。

 居間のほうにとりあえずいくと立花の姿がない。さらに庭のほうを覗くと、そこでは立花が木刀を持って素振りをしていた。

 暑い日差しが射す中、やはり汗一つかかずに淡々と木刀をふる。そのたびにブンと空を切るような鈍い音が聞こえる。

 「なんだ、まだ稽古してたのか」

 「ええ。とりあえず素振り一○○回はしておかないとね」

 素振り一○○回。聞いてみればなんだか簡単そうな気がするが、実は結構厳しいらしい。これは剣道部のやつから聞いた話だが、ただただ振るだけではもちろんダメ。ちゃんとした構えで、そして綺麗に、ブレがなく力強く振る。しかし、力みすぎてもダメ、らしい。かえって疲れるんだとか。

 「そっか。んじゃがんばれよ。俺は少しでかけてくるから」

 「どこにでかけるのかしら?」

 素振りを一旦やめて、立花が聞いてきた。

 「コンビニだよ。罰ゲームみたいなもんかな。あっ、いっておくけど買うのは魅奈の分だけだからな。それ以上は俺の財布に金銭的危機が訪れる」

 少しだけ間をおいてから「わかったわ」と一言いって立花は再び素振りを始めた。なんだろう、さっきの間には何かしら意味があるような……思い違いか?

 「んじゃいってくる」

 最後に一言いって俺は玄関口のほうへと向かう。少しだけだが、木刀が空を切る音が強くなったような気がするが…これは勘違いだろうか?


 靴を履いて外に出ると、蝉の鳴き声が聞こえる。

 コンビニまではそんなにかからないが、やっぱりこうも暑い日に外出するというのは立っているだけでも体力が消費されていく。

 今更ではあるが、あのビルの倒壊のときに俺の代わり…というわけでもないが、下敷きになってしまった自転車が恋しくなってきた。だが、ないものはないのだから歩いていくしかないと俺は歩き始めた。

 「そういえば、まだ自転車のこと話してなかったな」

 不意に思い出して、今度一応いっておこうと決める。

 だが、よくよく考えれば自転車なんてでかいものがなくなった、というのに何も問われなかったことのほうが変な話だ。とはいっても、さらによく思い出してみれば俺と家族とのビル倒壊の日時は異なっている。

 そう考えると、説明しようと思えば思うほどさらに厄介なことになるだけではないだろうか?

 「…まっ、いっか。どうにでもなれ」

 じわりと額のほうに滲み出してきた汗を服の裾でぬぐいながら、俺は自転車の件について考えるのはやめることにした。


 …


 「ありがとうございましたー」

 夏だからだろうか? クーラーが効いているというのに店員は少し気だるげな声であいさつをするのが自動ドアが閉まる際に聞こえてきた。

 外からやってきた俺からすればコンビニの中のクーラーが効いた涼しい環境はまさに天国のようなものだったのだが。

 コンビニについて財布をいざ開いてみれば、小銭が三○○円程度しかなかったが、とりあえず魅奈のいっていたストロベリー味のアイスを適当に選んで帰ることにした。それ以上の支払いは俺の赤字経済を意味する。…とはいっても、一応親が管理する俺の銀行口座にはお年玉だとかでもらったお金が少し余っていたりする。いざとなればそれを引き出すまでだ。

 「さてと……」

 問題はここからだ。考えづらい話ではあるが、早めに帰らなければこの暑さだ。アイスは少なからずとも溶けてしまうことだろう。

 ならば事は急ぐべし、だ。

 軽く準備運動をして息を整える。こんな暑い外より、家でクーラーなり扇風機なりで涼んでいたほうがマシだからな。

 ちなみに、走るのはそんなに早いほうではない。クラスでも中の下、ぐらいだろうか。昔から運動というのは苦手だったしな。

 「よっしゃ、いくか」

 自分に始まりの合図をつけるようにしていってから、俺はその場から走り出した。


 …


 「あっ、恭史」

 走り出してから一五秒ぐらい。思いがけず、巳乃宮とでくわした。両手にはなにやら水がてんてんと霜のようについているビニール袋を持っている。

 「そんなに急いじゃってどうしたの?」

 「よう、巳乃宮。急いでる理由は……あれだ、速達の用事がな」

 なんだか妹に使いパシらされている、なんてことをいったら笑われそうだったから、内容としては間違っていない嘘をいってみる。

 「そういうお前も、何してんだ? 手にもってんのは……氷?」

 見ると巳乃宮が持っているビニール袋にはでかい氷の塊が入っていた。ビニール袋についている水の正体はどうやら氷のせいらしい。

 「うちは店のほうで使う氷をね。…まあ、ほとんどは家庭用としてなくなっちゃうんだけどね」

 何気にそれは店の経営が危ういことを示しているようにも聞こえる。というか、事実やばいと思うが。いっそのこと店をやめて巳乃宮と親父さんで過ごしていけばいいと思うのだが……そこは俺がいうべきことではないだろう。

 あはははは、と快活に笑い飛ばして今度は巳乃宮が俺のビニール袋の中身を覗いてくる。

 「なに? アイス? しかもイチゴ味か……かわいいじゃない、恭史~」

 「違うわ!」

 「えっ? それじゃ誰のアイス? 恭史のじゃないの?」

 数秒の間、巳乃宮は考え出したかと思うと意地の悪い笑みを浮かべる。

 「なーるほーどねー? 魅奈ちゃんにどうせ頼まれたんでしょー?」

 うっ、と言葉に詰まってしまった。なんとも的を射た答えを……。

 「恭史はそういうの断れない性質-タチ-だからねー。でも、優しいことはいいことだと思うよ、うちは。優しすぎるのは問題だけどね。あははははは!」

何かうまいこといった、っといった感じに笑い飛ばした後に、巳乃宮は「じゃーねー」と大きい氷が入っているビニール袋をもっているというのに軽がると手をふって別れの挨拶をしてくれた。

 それに対して、俺は適当に「おう」と答えて、そこから額に浮かびだした汗を服の裾で拭いてから小走りで帰ることにした。

 にしても……俺はこういう頼みごとを断れない性質なのだろうか? そんな自覚はないんだけどな。


 ◇


 家から日本刀と一緒にもってきた木刀を黙々とふりながら、私は未だ解決していない“無意識下の防衛”について考える。

 今まで守ろうとしていた人たちを見ていると、その無意識下の防衛というのは働いていなかったように思える。当の本人にもわからない防衛。

 「…………はぁ」

 素振りをやめて木刀を壁に立てかけてからベランダに座る。汗はかいてないけど、持参のタオルで顔を軽く拭いてから、太陽のある空を見上げる。

 「何よ、無意識下の防衛って」

 このことをフォーカスは知っているのだろうか。もしかしたら、フォーカスはこのことを既に知っているのかもしれない。

 「稽古してたんですか? あっ、だったら飲み物いりますか?」

 二階から降りてきた魅奈ちゃんが私を気遣ってそんなことを聞いてきた。

 「そうね。よろしく頼むわ」

 はいはーい、と冷蔵庫からお茶をとってきてコップにお茶をついでくれる。

 「はい、どうぞ」

 「ありがとう」

 少しだけお茶を飲んでベランダに置いてから、無意識下の防衛について再び考える。

 「あたしが降りてきたときからそうでしたけど、何か悩んでるんですか?」

 「そうね……。少しだけ、ね」

 実際問題、少しだけではないのだけれど、この件には無関係であってほしい彼女にはそれをいうことはできなかった。

 「そうなんですか。なんだったら、あたしが相談に乗りますよ?」

 そういって私の隣に彼女は座る。私は断ろうかと思ったけど、彼女は真剣なようだ。それを断るのも少し気が引けてしまった私は、事実はいわずにその悩み事を彼女にいうことにした。

 「そうね。例えば…誰かが私と貴女のことを催眠術のようなもので私たちを洗脳しようとしているの。その誰かを仮にAとしましょう。そのAは私たちに催眠術をかけて洗脳しようとするんだけど、私たちは無意識のうちにその催眠術から身を守っているの。その無意識のうちに行っている私たちが身を守っているものってなんだと思う?」

 それ以外に何かいい例えは今のところ私には思いつかなかった。別に言う必要なんてなかったのだけど、こういうときはダメもとでもいいからいってみるべきなのだろう。……と、いうことをあのヴァルスとかいった漫画の中であったような気がする。

 普通ならふざけた話だと笑い飛ばすのかもしれないが、彼女は顎に手を当てて真剣に考えはじめてくれた。

 「そうですね……。なんだかよくわからないけど、それってバリアーとかそういうのはアリなんですか?」

 なんとなく、こんな回答が返ってくるのはわかっていた。

 「そうね。アリと考えてくれてもいいわ」

 「それじゃ、いきなり能力が覚醒した! とか……は、ないですよね。あはは…」

 やっぱりこういう回答が返ってくる。それは普通か…。私がそう思っている中、彼女はまだ真剣に考えてくれていた。なんだか申し訳ないと思って、もういいわよ、といおうとしたときに彼女は口を開いた。

 「無意識のうちに、ってことは瞬きだとか息をするだとか、そういう系統の行動のことなんですよね? だったら、あたしと立花さんがそのAさんに対してやっている無意識のうちの行動って催眠術にかからないように無意識のうちに何かしている、ということ。えっと…ここまでは間違いありませんよね?」

 私の普通なら不可解な話を真面目にまとめてくれたことに少々の驚きを感じつつも、たてにうなずく。

 「間違いないわ」

 「よかった。えっと、それじゃ催眠術って案外かかろうと思わなきゃかからないものなんですよ。それこそ漫画みたいに拒んでるのに催眠にかかってしまう、なんてことに対しては意味ありませんけど。

 そこで、Aさんはあたしと立花さんに催眠術をかけようとしている。だけどあたしたちはなぜかそれにかからない。ということは、無意識のうちにあたしたちがそれを拒んでいるからなんじゃないですか?」

 「無意識のうちに拒んでいる……」

 拒絶―――。

 今まで私が守ってきた人たちには無意識下の防衛は働かなかった。

 しかし、彼にはその防衛が働いた。それはなぜ? ムタンを拒んでいるから? そしてムタンは私とフォーカスの型も奪い取ろうとはしない。それは、ムタンという存在を拒んでいるから。

私たち三人はムタンを拒絶している。

 ――――――もしかして、そういうこと?

 もしも私の考えがあっているのなら、私はどれだけ単純なことに気づいていなかったんだろうか。

 「正解、ですか?」

 彼女が少し不安げに聞いてくる。私が聞いた内容が、私の悩みの本題に入る前の質問だと思っているのかもしれない。

 「ええ、きっと正解よ。ありがとう」

 「えっ? いや、えっと、どういたしまして……?」

 なるほど。もしも無意識下の防衛というのは“そういう条件”で発生するというのなら、い今まで私が守ろうとしてきた人たちにそれがそれが働かなかったのも、そして、彼にそれが働いたのにも合点がいく。さらにいえば、ムタンが私とフォーカスの型を奪い取ろうとしないことにも合点がいく。

 まだ仮説の段階ではあるが、その答えは限りなく真に近いはずである。

 「もう解決…したんですか?」

 「ええ。解決したわ、貴女のおかげでね。本当にありがとう」

 「あ、いえいえ。お役に立てたようならよかったです」

 いまいち喜びきれていないような顔でそういって、彼女は湯のみに口をつけてお茶を飲んだ。

 ここまで他人に感謝したのは初めてかもしれない。それほどにまで私は今、彼女に感謝をしている。まさか本当にこういう行動が問題の解決につながるなんて思ってなかったけれど。漫画というものに少しだけ好意を感じつつも、私は冷たいお茶を一口飲んだ。


 ◇


 巳乃宮にあってから、しばらくは小走りで帰っていたが暑さにやられて後半歩いて帰ってしまった。とはいっても、アイスのほうにさほど異常はないはずだろう。そりゃ少しは溶けているかもしれないが、それぐらいは許してくれなければこちら困るというものだ。

 「ただいまー」

 「おかえりー、お兄ちゃん」

 魅奈の声が居間のほうから聞こえたから、そのままアイスを届けるのも含めて居間へと向かう。

 「買ってきたぞー」

 「わぁ、ありがとう! それじゃこれはお風呂上りの楽しみにとっておこっと」

 そういって魅奈は俺からビニール袋を半ば奪い取るような形で袋ごと冷凍庫へと入れた。……結局そうするのなら、走る必要なんてなかったんじゃないだろうか、俺。

 「お帰りなさい。帰って早々悪いけど、少し話があるわ」

 俺がただいまと返す間もなく俺は立花に手を引かれて二階へとつれていかれた。

 「おいおい、なんなんだよ?」

 それに答えず、立花は俺の部屋の扉のドアノブに手をかけて開けると、そのまま入っていった。もちろん、手をひかれている俺も続いて部屋へと入る。

 「…で、話ってなに?」

 「重大なことがわかったのよ」

 俺の手を離して、床に座ろうとはせずにベッドの上に座る。俺がベッドに座るとなると立花の隣に座る形になってしまう。それは少し気が引けてしまい、俺は仕方なしに床へと腰を下ろす。

 「重大なこと?」

 「ええ。――無意識下の防衛について、よ」

 「! マジか!」

 こくりと縦にうなずいて立花は話を続ける。

 「あくまで私の仮説だけど、無意識下の防衛はとっても単純なものだったのよ。それに今まで気づけなかったのが恥ずかしいぐらいに、ね」

 とっても単純なもの? それは気づくべきことに気づいていなかった、ということだろうか。

 「無意識下の防衛―――それは、ムタンを“拒絶”することなのよ」

 「――えっ?」

 いまいち意味が掴めず、というか、確かにとても単純なものだったことに思わず聞きかえてしてしまう。

 「だから、ムタンを拒絶することよ。今まで私が守ろうとしてきた人たちには、貴方のように無意識下の防衛が働かなかったわ。それはその人たちがムタンを拒絶していなかったから。しかし、貴方はムタンを無意識のうちに拒絶していた。だから無意識下の防衛が働いたのよ」

 俺が無意識のうちにムタンを拒絶していた? 確かに、俺は知らず知らずのうちにムタンを拒絶していたのかもしれないが……。

 「でも、なんで今までの人たちはムタンを拒絶してなかったんだよ?」

 無意識のうちに俺が拒絶しているというのなら、今までの人たちが俺と同様に無意識のうちにムタンを拒絶していてもおかしくはないはずだ。

 「いい? ムタンを拒絶する、という行動には一つだけ大前提があるわ。それが何かわかるかしら?」

 大前提……? しばらく考えてみるが、俺はわからずに正直に首を横のふる。

 「ムタンを拒絶するその大前提。それはね、ムタンという存在を知っておくことなのよ」

 「ムタンの存在を知っておくこと?」

 「そう。その存在を知らずにそれを拒絶することなんてできないでしょ。もちろん、拒絶というもの以外にもそれはいえるわ」

 なるほど。確かにその存在を知らずに何かを思うことなんてできない。尊敬することもできないし、バカにすることもできない。知らないものに何も思えるわけがないんだ。

 「私が守ろうとしてきた人たちはムタンという存在を知らなかった。それは、私が陰からその人たちを守ろうとしてきたからよ。結果、ムタンという未知の存在を知らなかったその人たちはムタンを拒絶することすらできなかった。だけど、今回はいつもと違う行動をとって、私は貴方を身近で守ることにした」

 「つまり、俺はお前からムタンという存在を教えてもらって、それが俺の命を狙っているということを知らせた。それが危険な存在だと知った俺は知らないうちにムタンという存在を拒絶していた。…そういうことか?」

 立花は、そうよ、といって頷き話に一区切りがついたのか、一息する。

 ムタンを拒絶すること。確かに、かなり単純なことだった。むしろ単純すぎて、考えの枠からはずしていたようにさえ思える。

 灯台下暗し、ってのはこういうことをいうのだろうか。

 「それじゃ、俺が常にムタンを拒絶してりゃ俺の型が奪い取られることはない、ってことだよな?」

 もしも立花のその仮説があっているというのなら、俺と同様にムタンの存在を知っている立花。そして、フォーカスとかいう男も無意識下の防衛が働いていることになるのだろう。


 「そういうことよ。まあ、無意識に拒絶をしていた、ということなのだから意識的にする必要はないのかもしれないけれどね」

 「それもそうだな」

 なにはともあれ、これで重要なことが一つわかった。立花にとってもこれはかなり有力な情報になるはずだ。一歩前進、といったところだろう。

 「にしても、よく思いついたな」

 「いえ、私じゃないわ。魅奈ちゃんが、ね」

 「魅奈が? ……って、まさかこのこと話したのか!?」

 「まさか。彼女はこのことに関しては無関係よ。ただ、それと似たような話を例え話としてしただけよ。馬鹿らしい例え話だったけど、彼女、真剣に考えてくれたわ」

 それを聞いて俺は少し安心する。今更ながらではあるが、魅奈にはこんな厄介なことには関わってほしくない。…まあ、案外のんびりとした生活を俺も送っているわけだが、それでも、だ。

 「無意識下の防衛についてわかったのはいいんだけどさ、本当に俺が無意識のうちにやってることってことは、これからの行動に関してはあまり変わりはないわけだよな?」

 「そうね。あまり変わりはない。……けど、これはこれで重要なことがわかったのよ。もしも、というときもあるわ。今回わかったことを肝に銘じておくだけでも、少しは変わるでしょ」

 「うーん…そうだな」

 同意して、俺は一息つく。立花は立ち上がって、話はそれだけ、というかのように部屋から出て行った。部屋に取り残されるような俺はもう一息ついてから床に寝転ぶことにした。

 外は少しだけ暗くなってきていて、時刻は気づけば七時になっていた。

少し長かったとは思いますが、次の更新は・・・・予定すると自分にプレッシャーを与えてしまう割りにはちゃんとしないので、とりあえず6月中、ということだけは書いておきます。

それでは続きは気長に待ってくれるとうれしいです。詳しいことはブログor活動報告にて。

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