22.意味ある行動
どうも。少しオーバーしてしまいましたが、やっとこさ更新できました!
今回の題名は、「いろいろと行動をしている」というのが今回の話。どんな些細なところにでも、もしかしたら重大な伏線が隠されている――かもしれないですよ?
それでは、今回は少し長めですけどどうぞ。
午前中にはろくな番組なんてやっていない。やっているのは少し明るいニュース番組ぐらいだろうか。
たまには世間体を知るのもいいかな、なんて半ばはぶてていた俺はまともなニュース番組を見ることにした。ちょうどひとつのニュースが終わったようで、次のニュースに移るところだった。
『あの事件から十年。未だに家族を全員殺したと思われる当時十五歳の次男、玖嶋風翔-クシマカザト-は、手掛かりもつかめず鋭意捜索中。警察の捜査部は“これだけ時間が経っていると、見つけ出すのはさらに困難になってくるだろう”との見解を述べています』
十年前の事件ね。俺がまだ園児だったころの事件か。未だに逃げ延びているというその玖嶋風翔という青年に感心しつつも、そんな凶悪な人物が捕まっていない、ということに少し恐怖する。
さらにニュースを見続けていると、その事件は十年前に小此木市――つまり、今俺が住んでいる町で起こったという。発表された区を見てみると、どうやらこの付近ではないようだが、まさか自分の住んでいる町でそんな物騒な事件が起きていたとは……。
思わず鳥肌を立てて、俺はしばらくの間ニュースを見続けていた。
だが、どうやら重大なニュースはそれっきりだったらしく、後は高い木に登った猫を助けるために救助隊が出動したとか、猿が町に現れだして地域区民に迷惑をかけている、だとかいう、地域的なニュースしかやっていなかった。
チャンネルを変えてみるものの、やっぱり面白そうな番組はやっていない。
ふと時計を見ると、時間はすでに十一時を回ろうとしている。
「案外、時間はつぶせたかな」
実のところ、俺がテレビを見始めてから三十分ぐらいしてから洗濯物はたたみ終わっていた。どうやら立花は明後日の自分の番がくるときに十分にできるように、魅奈にいろいろと家にことについて教わっている。とはいっても、この説明も九時ごろには終わってしまい、二人は今、昼飯と夕飯をつくるにあたって足りない材料を買いにいったきりだ。
よって、家には俺一人が残っている。
そこへブルルルル、と暇をしていた俺に携帯がバイブレーションで着信かメールがきたことを知らせる。
机の上においていた携帯をとって確認すると、またしても優からの着信だった。通話ボタンを押して応答する。
「もしもし」
『もしもし、恭史。まず最初に言っておくよ。……ごめん』
……いきなり空気が重くなった。悪ふざけでもなんでもない真剣みの帯びた優の謝罪の言葉。根がまじめなやつではあるから、些細なことでも責任感をよく感じてはいるから、こういうことは案外よくあることなのだが。
「なんのことだよ」
『さっき、女性の後をつけてる、って電話したでしょ?』
「あ、ああ。そういえばそうだったな」
『それで、途中で逃げられちゃったんだ。これでもしも恭史の身に何かあったら、って思うと……謝るしかなくて!』
「気にするなって。たかだか夢だろ? ありがと、お前の気持ちはうれしいよ」
このままじゃ、また立花が優と偶然にも出会わないとも限らない。そう考えた俺は――
「――優。お前、今から俺の家にこれるか? 少し話がある」
話さなければいけないとは思っていたし、このまま先延ばしにしても面倒なだけだ。俺は事の事情を進展させることにした。
…
ほどなくして優が家にやってきた。立花と魅奈はまだ帰ってきてはいない。いつごろ買い物に出かけたか、なんてことは覚えてはいないが、結構長い間行ってると思う。
「話ってなに? 恭史」
俺の前で出された麦茶を一口飲んで聞いてくる優。
「あー、話ってのはお前が後ををつけてたっていう女性のことなんだ。それってどんな女性なんだ?」
あくまで優の前提は夢で見た、ということだ。だからあえて知らないふりをして聞いてみることにした。
「うーん、とりあえず髪の毛が長くてポニーテール。少しだけ凛々しい感じの女の人だったよ」
なるほどな。やっぱりポニーテールは目立つよな、あの長さで。
「それで、今日であった女性が偶然にも特徴が一致してたってわけか」
「そういうこと。あんなに長い髪の毛で、しかもポニーテールなんて人そうそういないと思うからね。だから後をつけたんだけど、最後には走って逃げられちゃった」
そりゃストーカーまがいのことをしてたに等しいんだからな。それがもしも立花じゃなかったとしても全力で逃げるか、全力で警察に駆け込んでるところだぞ。
「そうか、そりゃ残念だったな」
話がひと段落したところで、玄関のほうで音がした。どうやら魅奈と立花がやっと帰ってきたようだ。
「ただいまー」
「おかえり」
魅奈が元気よく、買い物袋を持って居間に入ってくる。
「お邪魔してま」
「ただいま」
続いて立花が同じく買い物袋を持って居間に入ってきた。
そのとき、優が止まった。まるでカラオケ店で最初に再構築をくらったときのように止まった。
「きょ、きょ、恭史!」
「なんだ? そんなに慌てて」
わなわなと立花のことを指差しながら優は震える声で言う。
「ぼ、ぼぼ、僕が後をつけてた、じょ、じょじょじょじょ女性が!」
立花は指をさされていることが不快なのか、少し顔をしかめている……ように見える。やがて俺を一瞥すると、とりあえず手に持っていた荷物を机の上に置く。
「えっ? お前が後をつけてた女性って立花のことだったのか?」
白々しく聞いてみる。かなり演技は下手に自分でも思えたが、どうやら気が動転しているらしい優にはそんなのわからないらしい。ただただ聞かれたことに対してぶんぶんと首を縦にふっているだけだった。
「な、なななんで恭史の家にこの人が!?」
「あー、そういえばお前には教えてなかったな。実は訳あってこの人と今一緒に住んでるんだよ。いやー、ごめんごめん、知らせてなかった俺が悪かった。ははははは」
もう棒読みもいいところだったが、それでも気づかない優。自分でもわかるほどの棒読みにさえ気づかないっていうことは、かなり気が動転しているんだろう。
ごく簡単に説明した優が後をつけていた女性、立花が俺の家にいる理由について意外とあっさり納得してくれた優は深呼吸を二回してその場に正座する。
「さっきは後なんかつけててすいませんでした! あと、いきなり指とかさしちゃってごめんなさい!」
思いっきり土下座の体勢で優は謝罪をした。つい最近にも、謝罪ではなかったが似たような光景を見たような気がするな。あの時はただそいつが哀れなだけだったような気がするが。
「……気にしてないから、安心して」
しばらく間があいてから立花はそういった。優はそれでも土下座の体勢をやめずにしばらくいたが、やがてゆっくりと起き上がって「ありがとうございます」と一言いって、この件は無事一件落着となった。いい話なのやらよくない話なのやら。どちらかというと、それまでのストーリーを考えて後者なんだろうな。
その後、優は自分を見つめなおすだとかなんとかいって家に帰っていった。自分を見つめなおすって瞑想とかでも本気で始める気だろうか。それよりなにより、優が直すべきは純粋すぎるところだろう。
「お兄ちゃん、なんだったの?」
口を挟めず一人だけ横のほうでその流れを見ていた魅奈が買い物袋から買ってきたものを出しながら聞いてきた。
「あいつの早とちりだよ」
簡単にそう答えて、とりあえず一件落着したことに俺は安堵の息を吐く。魅奈も「ふーん」と自分から聞いてきたにもかかわらず生返事を返しながら、まだ買い物袋から買ってきたものを出している。
「さて! お昼作らなきゃね!」
買ってきたものを出し終えて、手際よく冷蔵庫に収め終えたらしい魅奈は意気込んで腕まくりをする。時刻は十一時三十分をまわっていたし、飯時にはちょうどいい時間帯だろう。
「今日のお昼は――」
ドン! と机の上に置かれた食品を見る。それは――カップラーメンだった。紛れもなく、カップラーメン。ちなみに味は醤油が三つだった。
「って、料理はなるべく手作りじゃなかったのかよ!?」
早速これから三日間の生活方針が崩されたことに思わずつっこんでしまう。
「やだなー、カップラーメンでも普通のカップラーメンじゃないんだよ?」
「どういうことだよ?」
ふっふっふ、と自身ありげに笑いながら、まあ待っててよ、といって台所のほうへといってしまった。それを見送っていると立花がぽんと肩を叩く。
「安心しなさい」
と、よくわからないことをいってそのまま俺の手をとる。いや、何に対して安心すればいいんだよ。
「少し付き合ってほしいことがあるの」
そういって俺は立花に手を引かれ、台所を後にすることとなった。台所にいる魅奈を最後に見たが、何も言わずに黙々とカップラーメンを作っていた。
有無をいわさずに連れて行かれたのは外だった。そのまま家にある物置ぐらいしかない庭へと連れて行かれる。居間からいけるのだからそこからいけばよかったのに、なんだって遠回りをしたんだろうか。
「はい、これ持って」
そういって渡されたのは結構前にブラシのところが壊れて棒だけとなっていた風呂を掃除するためのブラシ棒。日陰にあったから少し冷たくて気持ちがいい。
続いて立花はそこらへんに落ちていた太めの木の棒を拾う。…いや、あれは木の棒じゃなくて何かに使う棒か? 洗濯物とかを干すときに使ってたやつなのかもしれないが、すでにところどころが腐っていて、とても複数の洗濯物をつるせそうなものではなかった。
「なにやるってんだよ? チャンバラでもするのか」
「そうね、そう捉えてくれてもいいわ」
「へっ?」
冗談交じりにいったつもりだったのだが……。
「正確には稽古よ」
「稽古?」
再び自分の持ったブラシのないただのスチール製の棒と、立花の持っている洗濯物を使うのに使っていたらしき木の棒を見る。少し思案して――
「――ああ、剣の稽古か」
「そういうことね。正確には刀、といってほしいところだけど、まあいいわ。最近はとんとやってなかったから少し鈍ってるかもしれないし、慣らしておこうかと思ってね。とりあえず私は基本何もしないから、貴方から私に攻撃をしかけてくれればいいわ。私はそれを受け流すから」
なるほど。実際に立花が刀を振るったところを見たことがない。たびたび、俺が気を失っていたりするときにふるっていたのかもしれないが。
「俺が攻撃をしかければいいのか。えっと……本気でやっていいのか?」
「もちろんよ。殺す気でかかってきなさい」
スチール棒で殺すってなんだか迫力にかけるな。そんなことよりも、女子相手に本気で殴りかかるような真似をする、というのは気がひけてしまう。
もちろん、俺より数倍、いや、もしかしたら数十倍強いかもしれない立花が相手なのだから、本気でかからなければ逆にダメなのかもしれないが。
「それじゃ――いくぞ!」
うおおお、という掛け声とともにスチール棒を振り上げて思いっきり立花にふりかかる!
コキンッ、というスチールと木がぶつかる音がした。が、俺の攻撃はまるで流されるようにして立花とは違う軌道にそれ、そして――俺の腹に強烈な一撃が入った。
「ごふっ!?」
吹っ飛ぶ、まではいかなかったが少しだけ浮いたような感じがしたことに驚きつつも、腹を押さえながら後ろへと数歩後退する。
「ちょ、お前、何もしないんじゃなかったのかよ……?」
すると立花は、まるで刀についた血でも払うかのように力強く木の棒を片手でふる。
「基本何もしない、ということだけよ。襲い掛かってくれば正当防衛として受け流すわ」
それ、受け流してない。反撃じゃねえか。
「貴方もたった一撃でそんなにへばってちゃ、これから生きていくうえで苦しいわよ?」
「あのな、俺が生きていくうえでこんな暴力沙汰がしょっちゅうあるっていうのかよ。俺はまず平和的解決を試みるぞ」
はぁ、とため息をひとつついて立花は再び木の棒を構える。どうやら平和的解決というのはできないようだ。元より稽古、もとい練習なのだから平和的解決もなにもあったもんじゃないのだが。
痛みもひいてきたことだし、と俺も再びスチール棒を構える。今度はこうはいかない、と慎重に立花との距離を縮めていく。
それに、巳乃宮にムタンが乗り移っていたときに食らった回し蹴りよりかは数段劣る強さだ。あれに比べれば今の一撃なんて比じゃない。
「うおらっ!」
縦に大きく振り上げて再び俺は立花に向かって攻撃をしかける。もちろんそれは止められるのではなく受け流されてしまう。だがこれは予測できたこと。ならばと俺はさらに攻撃を加えようと横に思いっきりなぎ払うようにして力を入れる!
「甘いわね」
どこぞのバトル漫画のような台詞を一言いって、横から加えられた攻撃を木の棒で受け止め、そのままスチール棒を弾くようにして押し出すと、そのまま俺の腹にまた攻撃を加えた。
身体が宙に浮くような浮遊感。いや、事実浮いているのかもしれない。
さらに立花は俺の背後に回って横腹に攻撃を加え、俺の身体は誰かに思いっきり押されたようにして横に数センチ飛んで倒れた。
「っつぅ……いってぇ」
左腕で腹を抱えこむようにして立ち上がろうとするが、腹の痛みによって力をうまい具合にいれられずにその場に右腕を着いて俺は息を荒くしていた。立花は余裕そうに悠々と立っている。結構すばやい動きをしたはずなのに、髪の毛は乱れることもなく息も乱れていない。あまりの実力の差に俺は愕然とする。
「それでも男? たった一発や二発でへばるなんて」
「お前の一発一発が重いんだよ」
「…これでも手加減してるほうなんだけど。少なくとも本気でやるときの五分の一ぐらいじゃないかしら」
五分の一……。ということは本気でやりあったら、さっきの五倍の強さで俺の腹は強打されいたわけだ。そう考えると確実に俺は数発で死ぬことになるだろう。
「それに、貴方の攻撃はとても見易い。見切り易い、といったほうがいいかしら。先が読めてしまうのよ」
それはつまり、俺が単純な攻撃しかしない、ということだろうか。
確かにこうやって真面目に稽古だなんてやったことはない。剣道だって竹刀とかはもったこともあるが、もちろんそんなのただの遊びでぶんぶんと振り回していただけだ。
それっぽいことをやった、というのなら小学生のときにやっていたチャンバラごっこぐらいなもんだろう。
「ほら、きなさい。こんなものでも準備運動にはなるから」
「準備運動って……」
そういわれても仕方がないぐらいに俺が弱いのだから何も言い返せないのが少々悔しい。だが悔しがってる暇があるなら――やってやる!
「うおおおお!」
「お兄ちゃーん、立花さーん、ご飯できたよー」
俺がやる気を出したときに、平和な食事を知らせる一声。
スチール棒をふりあげ立花に攻撃をしかけようとしている場面は、見かたによっては俺が立花を襲おうとしているようにも見える。
「……お兄ちゃん、何してるの?」
怪訝な顔をして聞いてくる魅奈。
「…………チャンバラだ」
なにはともあれ、立花もそこらへんに木の棒を置いてベランダから家の中に入っていく。俺は何も言えずにその場にスチール棒を置いて、そそくさと同じくベランダのほうから家の中に入っていくのだった。
一応誤解されないように事の顛末を話したら魅奈も納得してくれた。
「それじゃ立花さんって強いんですね!」
まあ、そういうことになるよな。
例え立花が俺の何十倍も強かったとしても、男が女に負ける、というのは一般的に見て情けない話だ。別に男尊女卑を思想としているわけではないが、それでも、だ。
「小さい頃から剣道とかやってたんですか?」
「そうね。自己防衛手段として小学生の間は習っていたわ。後は独学でいろいろと学んだぐらいかしら」
自己防衛手段、か。それは実に的を射ているのかもしれない。ただ一つ付け加えることがあるのなら、ほかの誰かを守るために、というのが入ることになる。
「お兄ちゃんなんて何一つ習い事してなかったよね。塾とかもいってなかったし。中学のときも部活なんて入ってなかったでしょ」
「そういえばそうだな」
おかげさまというべきなのか、今の俺は成績もそんなによくないし、運動も何かが突飛-トッピ-してうまいわけでもない。中学のときに部活に入っていなかったのは、ただ面倒だな、と思っていたのもある。入っても続かなさそう、というのが正直なところだ。
「お兄ちゃんももうちょっと何かやっておけばよかったのに」
困ったもんだねー、なんてのんきに言ってるこいつはといえば、実は塾にもいっていた。小学生のときにだけ通っていたが、それのおかげで今のところ成績は俺が中学のときより優秀なもんだ。たぶんこの調子でいけば高校でも俺より勝るに違いない。部活は俺と同じく入ってはいない。そのため、今のような夏休みという長期休暇に入れば、家で俺とごろごろしているか、親がいなければ家事をそつなくこなす奴だ。少なくとも、というか俺より大分できた妹だ。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。それより――カップラーメンじゃなかったっけ?」
閑話休題。
俺と立花は魅奈に飯ができた、と聞いて家の中に戻ったのだ。で、思い出せば今日の昼飯はカップラーメンだったな、と思っていたのだが――目の前にあるのは普通のラーメン屋に出てきそうな器に入った麺に、その上にトッピングされているメンマにナルト、ネギにチャーシューと本格的なラーメンが出来上がっていた。色は見たところ醤油味。
「とりあえず食べようよ」
魅奈がそう促すもんだから、質問の答えはとりあえず保留して合掌をしてラーメンを食べることとなった。
一口、ずずずっと麺を食べる。
「ん、うまい」
カップラーメンだとばかり思っていたからなのか、この本格派なラーメンは少なからずうまいと思えた。
何かひと手間くわえたのかと思ったが、どうもそういう感じではない。
「そうでしょ! いやー、すごいものですね」
そういって魅奈が見たのは立花。「そうね」と一言だけ答えて黙々とラーメンを食べている。
魅奈も少しだけ上機嫌になってラーメンを食べ始めた。
約十分後。ラーメンを汁もろとも完食。家でこういう本格的なラーメンを食べたのは初めてかもしれない。メンマもうまかったし、何よりチャーシューがうまかった。
「そういえば、結局カップラーメンはどうしたんだ?」
だが、一つだけ気になることがあれば、俺と立花が外に出る前に手にしていたカップラーメンのことだ。まさにあれを作る、という感じだったのに、カップラーメンはぜんぜんでてこなかった。
「何いってるの? ついさっき食べたじゃん?」
魅奈はそういうが、目の前にある空っぽになった容器を見れば、確かにそれはカップラーメンではない。まずカップに入ってない時点でカップラーメンではなくラーメンだ。
「実はね、これ立花さんのアイデアなんだよ」
「どういうことだ?」
得意げな顔をして魅奈は後ろの台所から空けられたカップラーメンの容器を見せる。中身は何も入ってない。麺も火薬も粉末スープも入っていない。強いていうなら、火薬や粉末スープが中に入ってない空っぽの状態の袋、もといゴミだけが入っている。
「単純なことよ。カップラーメンの容器を変えただけのこと」
同じく食べ終えていた立花が一人合掌をしながら言う。
「容器を変えた?」
「そう。カップラーメンの中身を、カップの中じゃなくて別の容器の中に移し変えただけのことよ。そこにチャーシューやネギ、メンマみたいなラーメンに入ってそうな具を入れれば、あっという間にみてくれだけは普通のお店で出るようなラーメンになるってことよ。視覚的な効果を利用したものよ」
ああ、なるほど。
つまり、容器が違うものだから、いつも食っているようなカップラーメンとは違う味に思えた、ということだけのことか。
さらにカモフラージュとしてそれっぽい具財を入れることで、元の正体を知らなかった俺は普通の本格的なラーメンと勘違いしていた、というわけだ。
「そういう違いを味わえたのはお兄ちゃんだけなんだけどね。あたしと立花さんは元から知ってたわけだし」
俺はだまされていた、というに等しいということだろう。
だけど、確かにチャーシューなんかが入っているあたり味は違ったし、少なくとも普通にカップラーメンを食べていてもちゃんとした具財があれば味は変わったんじゃないか、と思えてくる。
「一本とられたな」
「本当はちゃんとした食事にしようと思ったんだけど、立花さんが手軽に作れる食事があるって教えてくれたの。それで聞いてみたらこれだったんだけど、確かに手料理であることに変わりはないよね?」
「屁理屈に近いけどな。まあ、ちゃんとした手料理なんじゃないか? 結構うまかったし、これは俺のときも流用させてもらうかな」
明日は俺が食事を作らなければいけない日だ。こんな簡単かつうまい料理を作れる、というのなら俺が明日実践してやろうじゃないか。
「ダメだよ、お兄ちゃん」
「むっ、なんでだよ?」
「だって、もうネタを知っちゃってるわけでしょ?」
……確かに。よくよく考えれば、今回のコレはネタを知らなかったからうまい、と思えたものであって、しかもそれは俺一人のものだ。立花と魅奈はそのことを知っていたわけだし、味はいつもとあまり変わらなかったのだろう。
ということは……結局自分で何か作らなきゃいけないっていうことか。
一筋見えたはずの希望の光が雨雲によって隠されるようにして、俺の希望は失われてしまった。
ひとまずごちそうさまの合掌をしてた後のことは魅奈がやるということで、俺と立花は手持ち無沙汰となった。
「さて、続きをやりましょうか」
「なんの?」
「稽古の続きよ」
……手持ち無沙汰にはなっていなかったようだ。
今度は庭口のドアから庭に出て、そこで先ほど置いていったスチール棒を俺が、木の棒を立花が再び手に取る。
「今度は私からいかせてもらうわ。貴方は反撃まではしなくていい。ただ受け止めて頂戴。……反撃できる余裕があるならしてもいいけどね」
両手で木の棒を持って構える。その気迫は俺が攻撃をしかけるときとはぜんぜん違っていた。なんというか…下手したら殺られる。それぐらいの気迫。
「なあ立花。もしかして本気でくるつもりか……?」
「三分の一ぐらいのの力を出させてもらうわ」
……これは、本気で守り抜かなければ、どうやら俺は瀕死状態になるか、最悪の場合死んでしまうようだ。五分の一であれだったんだからな。
「いや、さっきぐらいの強さで」
「いくわよ」
「えっ? いや、ちょ、まっ!」
俺の言葉をききいれることもなく、そこまで広くない庭を駆ける。唐突のことすぎて何がなんだかわからなくなる。ただ肉眼で立花の動きを捉えられないことはない。というか、肉眼で捉えられないほどの速さでやられたら、それこそ並外れた強さというか、俺なんかが敵う相手ではない。
木の棒を持って突進するかのようにくる立花をよく見て……。
「へっ?」
瞬間、俺の前にいたはずの立花の姿がなくなった――と思ったら腹に強烈な一撃が入る。木の棒はそこまで太いわけではない。何かの太さに例えるというのなら二○○ページぐらいの本の厚みぐらいの太さ。いや、この例えはわかりづらいか?
ともかく、そんな太さの木の棒は、確かに俺の腹にさっき反撃されたときより強い衝撃を与えている。
そのまま立花は抜刀するように俺の背後へと回り込んでいった。追撃はない。
それもそのはず。俺はその場に腹を抱えて倒れているのだから。ここでさらに追撃を加えるというのなら、それはもはや稽古ではない。いじめだ。スパルタだ!
「貴方、大丈夫?」
「大丈夫なわけねえだろ……さっき食ったラーメン吐くかと思ったぞ」
先ほど食べたばかりのラーメンが本当に逆流しそうだった。
「まず相手の動きが見えるようにならないと駄目のようね、貴方は」
「んなこといったって。お前、再構築とか使ってないよな?」
「使うわけないでしょ。…なんにせよ、このままじゃもしもムタンが貴方をまた襲いにきたときに、対処できないわよ。この稽古は私のためでもあり、貴方のためでもあるのだから、もうちょっとしっかりしなさい」
ムタンが襲いにくる。それは、ムタンが巳乃宮に乗り移ったときのことだ。あの並外れた身体能力。それでもって俺を襲いにきた。確かに、もしもムタンが俺にまた襲い掛かろうとすることがあるのならば今のままでは対抗するどころか、自分の身を守ることすらできない。
「わかったら早く立ちなさい。続きをやるわよ」
立花は冷酷にいっているように見えるが、これは俺のためを思ってのことだ。ここでいちいちへばっているわけにはいかない。
腕に力を入れて身体を起こし、スチール棒を構える。
「よし……こい!」
先ほどのように立花が目の前から突然消える、なんてことはムタンを相手にするものだと思ったら普通なんだ。
だが、立花はどれだけ強くても人間、人の子だ。瞬間移動ができるわけじゃないのだから、きっと動きぐらいは見れるはず。
再び立花は距離をとって両手で木の棒を持って構える。
「さっきと同じ動きでいくわ。まずはその動きを捉えて」
「わかった。抜ける方向も同じだよな?」
一応の確認。抜ける方向というのは、立花がさきほど抜刀するようにして斬りぬけた方向のことだ。ちなみにさっきは左側。
「……いえ、そこは右か左、ランダムにさせてもらうわ。その動きが捉えられるようになったらとりあえずは合格ね」
俺はうなずいて、両手でスチール棒を握り締めるようにして持つ。
目の前の敵-タチバナ-に意識を集中させる。
なんの合図もなしに立花は突然こちらにむかって走り出してきた。だが、今度は焦らない。
神経をとがらせるようにして立花をにらむようにしてみる。肝心なのは俺と数センチのところにきてからだ。そこで右側に抜けるか左側に抜けるか。そして、それを俺が防げるかどうかがこの勝負の勝敗だ。
あまり立花との距離が離れていないから、数歩でその距離は縮まるはずだろう。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩――ここだ!
予想通り、立花が前から姿を消す。右か、左か……!
「こっちか!」
そういって俺は右側にスチール棒を構える!
―――結果、俺の予測はハズレ。木の棒ががら空きに等しい俺の左横腹に強烈な一撃を加えた。
斬りぬけて、さらに左横腹に一撃。
あっ……死にそうだ。
もはや何が起こったのかさえわからないままに俺の身体はピザの斜塔のように傾いて、そのまま倒れた。
……なんだったんだろうか、さっきまでの少しシリアスな展開は。いや、勝手に俺がシリアスにしていただけなのだが。
「追撃なんて聞いてねえぞ……」
声をだすのもつらい。なんだか吐血しそうだ、俺。
「貴方が防げなかったからよ。防げなかったらさらに攻撃を加えるから」
聞いてねえよ! もう少し早くいってほしいな、そういうことは。
「それに貴方、半分は運任せで防いだでしょ」
「うっ!」
実のところ、本当に俺は半分、いや、もしかしたら七割がたぐらいは運に任せていたかもしれない。
右か左かで迷っている間にもやられそうだった俺は、必死に防ごうとヤケクソ気味に右側を防いだだけだった。
「お兄ちゃん、ボロ負けだね」
食器を片付け終えたらしい魅奈が気づけばベランダに脚をぶらぶらとさせて、頬杖をつきながら座っていた。
「いつから見てたんだ……」
「立花さんが走り出したところらへんからかな」
つまりそれは、二戦目が始まったときからじゃないか。
「情けないな、お兄ちゃん。そりゃ確かに痛そうだけど……」
「放っておいてくれ」
でも、確かにぜんぜん動きを捉えられていなかったのは事実だ。
右か左かにいったかなんてぜんぜん捉えられていない。捉えることができていたのは走り出して五歩目ぐらいまでだ。
その後、突如として目の前から消えるようにして俺の両サイドのどちら側かを抜けていく立花。そのときの動きがぜんぜんわからないのだ。
「お前、さっきのが始まるときから見てたんだよな?」
「うん、そうだけど?」
俺がわからないというのなら、別の視点で見た人、つまりは第三者である魅奈に聞けばいいということに気づいて俺は魅奈に聞く。
「立花が俺の横を抜けるときに、何か普通に走ってるときとは違う動きがあったか?」
「えっ?」
うーん、としばし考えて数秒間。
「もう一回見ればわかるかも」
「はっ? もう一回って……もう一回やられろ、ってことか?」
「そういうこと。よし、お兄ちゃん! 渇を入れられちゃって!」
そ、そんな! 鬼畜だ!
立花を見てみると……って、あれ? いない?
さっきまで俺の後ろにいたはずなのに。身体を起こして前を見てみると、なんかもう木の棒を両手で持って構えている立花がいた。
「いや、ちょっと待てよ!?」
「いくわよ」
聞いてねえ! もうヤケクソだ!
まだ収まりきっていない腹の痛みに耐えながら体勢を整え、スチール棒を構える。
それを合図と受け取ったのか、立花が走り始める。さっきと距離はほぼ同じ、五歩目ぐらいまではまだまだ大丈夫。六歩目に入るときが勝負だ。
一、二、三、四、五……くる!
例の如く、立花の姿が俺の前から消える。もちろんというか見えない。見ることができなかった。
俺は今度もあてずっぽうに右側を守る。ちなみにあてずっぽうといっても、さすがに同じところに二度も打ち込みはしないだろう、という考えあってのことだ。
だが、案の定その考えは甘かったらしい。木と俺の身体が勢いよく当たる鈍い音をさせながら、俺の左横腹に三度目の強烈な一撃。さらに後ろに回りこんだ立花が俺の左横腹に一撃をあびせる。本当に胃の中のものが少し逆流しそうだ。――と思った矢先にガードの崩れた俺の右横腹に一撃が加えられた。予想外の三撃目になすすべもなくその場にすぐ倒れ付してしまう。
「な、ん……で……」
なんだかしばらくは立ち上がれそうにない。一発一発が重過ぎますよ、立花さん……。
「おー。お兄ちゃん、わかったよ」
「うぅ…………」
答えることもできない。本当に声を出すのもつらいぞ、今。
「聞いてると思うからいうよ? たぶん立花さんはお兄ちゃんを斬りぬけるときに普通に走ってるときとは違って、なんだか思いっきり地面を蹴ってるみたいなの。その証拠に地面がほかのところよりえぐれてるし」
いわれて顔を少し動かして前の地面を見てみる。確かに、ちょうど立花が俺の前から消える場所の土だけほかのところより深くえぐられていた。とはいっても、その差は数ミリ程度なのだが。
魅奈のいうとおり、立花はきっと俺の前で一気に脚に力を入れてそれまでのスピードとは違う速度で俺の横を走りぬけた、もとい斬りぬけたのだろう。そのときのスピードがプラスされて俺にあれだけのダメージを与えている、と。
攻撃が防げないのは完全に自分のせいなのだろうが、ここはあえて気にしない。
「わかったなら防げるわよね?」
どうやら魅奈のいっていることは正解のようだ。
「ちょ、ちょっと…まて。まだ痛みが残って本調子じゃ…」
「弱音をはかないこと。問答無用でやるわよ?」
なんだよそれ、俺には休む間も与えてくれないってことか?
「ファイトだよ! お兄ちゃん!」
あいつは他人事だと思って元気いっぱいに応援してくれやがって。とてもじゃないけど起き上がれるような状況ではない。
だが、もしもここで俺が立ち上がらずにギブアップを宣言したら、きっと男尊女卑とは真逆の女尊男卑の時が俺の家庭にやってくることになってしまう! ……今でも十分それに近いとは自分でも思うが。
「わかった……けどな、それとこれとは別だろ」
「別じゃないわよ。単に貴方は私が急に早くなることに対応できていなかっただけ。だけど、それがわかったんならちゃんと順応できるはずよ」
俺はもとよりそんなに順応制は高くないぞ……だがやるしかないようだ。
両横腹の痛みに耐えながら身体を起こし、スチール棒を構える。立花は再び同じ定位置に戻り、俺との距離を開く。
「いくわよ」
何度目の「いくわよ」になったのかは痛みのあまり覚えていないが、そんなことはどうでもいい。俺はこくりとうなずき、それを合図に立花が走り出す。
同じく歩幅は五歩。六歩目の動き――スピードが上がるその六歩目に注意すればどちらにいくかぐらいは見分けられるはずだ。
一、二、三、四、五――六。
その瞬間、確かに立花はいつもより力強く地面を蹴っていた。そして動いたほうは……右!
「今度こそ!」
スチール棒を右側に盾にするように構える。
コキンッ!
木の棒とスチール棒がぶつかる音。それは確かに俺が立花の攻撃を防いだことを示していた。
だが、その衝撃は意外と大きかった。あれだけの一撃をあびせていた攻撃なのだから、それを防いだとなれば衝撃は大きいに決まっている。
だけど、防げた!
そのことが無性にうれしくて俺は思わず、
「よっ」
ヒュッ、という風を切る音とともに立花は容赦なく二撃目を反対の横腹に加えた。
「う“っ!?」
よって、俺の喜びの叫びは最後までいえないまま、またその場へと倒れふすこととなった。
「油断は禁物よ」
まさにそのとおり。もしかしたら、今日一番の教訓かもしれなかった。
「…まあ、ちゃんと動きが見れるようになったのだから、それだけでも進歩ね。貴方自身が見抜けていたのならもっとよかったのだけれど、そこはこれからがんばりなさい」
どうやらほめられたらしい。でも、確かに自分でも進歩はしたと思う。それが距離的にいって一センチであっても、あるいは五ミリとかそれくらいであっても、少なくとも俺は進歩した、と思う。
「どう? まだやる気はあるかしら?」
立花は木の棒を握る力を少し弱めて、戦いの意思を伺うようにして問う。
はっきりいって、腹の痛みはぜんぜん治まっていない。むしろ、痛みが増しているような気がする。両横腹に食らった強打は結構なダメージを与えている。後で見たら青あざになってそうだ……。
「……すまないが、少し休ませてくれ。その後だったらなんとか…」
ここは一時休戦。というか休憩。
立花はそれを承諾し、木の棒をそこらへんに置いてから手首を少し振ってから魅奈の横のほうへと座る。
俺もドアのほうへ行こうと思ったが、痛みでどうも起き上がれない。しばらくの間はその場に倒れ続けていることになりそうだった。太陽によって熱された土は少々熱かったが、ずっと顔をつけていると気持ちよくなってきた。
「お兄ちゃん、いつまでそこで寝てるの?」
「……痛みがひいたら、な」
とかなんとかいっても、やっぱり日陰のほうがいい。俺は日焼けサロンにきたわけじゃないんだ。何が好きで太陽の光の下で寝転がるものか。
ふと座っている立花を見てみる。実を言うと、俺は汗を少なからずかいているのだが、今までのように立花はぜんぜん汗をかいていない。涼しそうな顔をして、日陰の範囲内であるベランダに座っている。
「あたし飲み物もってきます」
立ち上がって魅奈は飲み物を取りに奥のほうへと消えていった。
「貴方、本当にそんなので大丈夫なの? 肉体を鍛えることで、精神も鍛えられていくものなのよ?」
「そういってもな。元から何か取り柄があるわけでもないし、運動がそんなに得意なわけじゃない。お前との稽古は初めてにしてはハードなんだよ、たぶん」
だいたい、いきなり半分の力を出してあんなに滅多打ちにしてくるやつがいるか。
「そうでもないわよ。そこらへんのスポーツ推薦では入れるような高校での部活なら、これぐらいが普通なぐらいじゃないかしら。私も部活は入ったことがないからわからないけれど」
それにね、と立花は続ける。
「今回のムタンは、貴方に少し固執している。さらにいえば、いつものように貴方の中へ“無意識下の防衛”とかいうので入れないから、違う手段で貴方をのっとろうとしている。その例が巳乃宮さんよ。彼女をのっとって、ムタンは貴方に接触をしようとした。のっとれないなら、対象物を変えればいいだけの話、なのにね」
それはもっともな話だ。
立花の話を聞いた限りでは、ムタンは人を――あいつからいえばモノを殺す、という行為を楽しんでいるただの愉快犯のようなものだ。そんなやつがあっさりと殺せないモノに固執する理由はない。
何か理由があるとすれば、それはもしかしたら「無意識下の防衛」が関係しているのかもしれない。
「結局、無意識下の防衛ってなんなんだろうな」
さあね、と一言いったころに魅奈がお盆にお茶の入ったコップを三つ乗せて戻ってきた。動ける程度には痛みもひいてきたことだしと俺も立ち上がって、お茶を飲むために、あるいは日陰へと移動するためにベランダへと腰を下ろした。
魅奈から受け取ったお茶をぐびっと飲む。炭酸飲料まではいかないが、とてもすっきり爽快だった。
どうでしたでしょうか?
あいえていいますと、今回の話に「これは関係ない」というところはありません。何かしら繋がるかもしれないです。
そこを気づいていただければ書いた側としてもうれしいですし、気づかなければそれはそれでうれしいです。
それでは次の更新予定ですが、近いうちにテストがあるのでまた少し遅くなるかもしれません。
なるべく早く更新するので、ごゆるりとお待ちください。では。