21.三日間の指針
結局また更新に間があいてしまいました! 本当にすいません!
今回は長さ的にはいつもと同じぐらいです。(若干少ないかも)
もう、なんだかかなりフラグ的な話になってますが、そう確信してくれても構いません。それではどうぞ。
俺の睡眠時間を奪ったのは、飯の時間を知らせる魅奈の呼び声だった。
まだまだ眠たかったが、さすがに飯時に寝るのは少々失礼だと思い、重たい体をもちあげて軽く伸びをしてから一階に下りた。
「いただきまーす」
立花はどうやら風呂に入ったあとらしく、服装が少々異なっていた。パジャマ姿ではなく普段着のようだ。とはいっても、それは俺と立花が初めて会ったときの服装に似ていた。違うのはワイシャツではなく普通のTシャツだったというところだ。少しだけ胸のところが強調されてしまっていて目がいってしまうが、邪念を振り払って俺はもはや定位置になりつつある即席のダンボールの椅子に座って飯を食べ始める。
なんだか馴染んできたな、このダンボール椅子。……悲しすぎる。
「あっ、そうそう。お父さんとお母さん、明日から三日間ほど家にいないから」
「……はい?」
突然すぎる母の言葉に少しつまる。なに? 明日から三日間ほど家にいない?
「えぇっ!? そうなの!?」
俺より先にリアクションを起こしたのは魅奈だった。
「ええ。まあ、お父さんは接待旅行みたいなもので、お客さんを相手に旅行をしてくるんだけどね。お母さんは学生との時のお友達と旅行♪」
……なんだ、その理由は。
父さんのほうは接待旅行だというし、仕事の一環なのだから別にいいが、母よ。あんたは完全に遊びじゃねえか。
「んな突然すぎるぞ」
「いやー、前々からそういう計画はしてたのよ? だけどなかなか予定が合わなくてね。で、やっとお友達の都合が取れたから。少しタイミングが悪くて、お父さんもいない形になっちゃったけど、恭史も魅奈もしっかりしてるし大丈夫でしょ。それに立花さんもしっかりしてるし、お母さんは安心よ」
ちゃっかりしちゃってんな、おい。少しかいかぶりすぎって感じだ。
明日から三日間ってことは……ちょうど祭りのある日までいないってことか。
「その間の生活はどうすりゃいいんだよ?」
「もちろん、ちゃんとお金は置いていくわよ。それでやりくりしてちょうだい」
当然のことといえば当然か。これで金を置いていかなかったら酷い。
「そういえば、明々後日には祭りがあったろ? そのお金も今回限りあげるから、楽しんできなさい」
父さんが気前よくそんなことをいってくれた。
ということは、明々後日の祭りは俺の金銭状況だとか気にせず使えるってことか! バイトとかしてない俺にとってそれはうれしいことこの上ない。もちろん、それは父さんが出してくれる金額次第なのだが。
「そういうことで、明日から三日間。三人でがんばってちょうだいね」
お金は後で引き出しにでもいれおくわ、とつけたして母さんは食事に戻った。
魅奈は親が家にいない、という状況に対して喜んでいるのか、どことなく瞳が輝いているような気がする。立花は表情を変えずに静かに食事を続けていた。立花にとっては、どうでもいいようなことに近いから当然の反応だが。
さて、明日から三日間…。俺はどうしたものか、と悩みながら箸でおかずを取った。
◇
明日から三日間お父さんとお母さんがいない。
それは何を抜いても楽しいことだ。親がいるからって別に縛られてると思ったことはあまりないけど、やっぱり解放感あふれるものだとあたしは思う。
これがお兄ちゃんと二人でならもうちょっと楽しいのかもしれないけど、そこはもう我慢することにした。
あたしは明日からの三日間に何をしようかと考えながら自室へ戻った。お兄ちゃんはお風呂に入っていて、立花さんはといえば――実はあたしの右斜め前にいたりする。お兄ちゃんと入れ替わりでお風呂からあがったのだ。
今は長い髪を櫛-クシ-ですいている。あたしなんかより断然長いのにとても綺麗な髪の毛。少しだけうらやましいな……。
「どうかしたの?」
その長い髪に見惚れていたらしい。あたしは立花さんに言われて、自分がずっと立花さんを見ていたことに気づく。
「いや、なんでもないんです。ただ髪の毛が綺麗だなー、って」
「そうかしら」
自分の手で髪の毛を取って自分で確認する。だけど、わからない、といった感じで立花さんはまた櫛で髪をすきはじめた。
「魅奈ちゃんだって綺麗じゃないの。そんなに変わらないと思うわ」
あたしを一瞥して立花さんはそんなことをいう。ほとんど無表情でいうものだから、それがお世辞なのか本当なのかが見極めにくい。
「そんなことないですよ。もしそうだったとしても、その長い髪をそんな綺麗にしてるのってすごいと思います」
あたしの言ってることは本当。お世辞なんかじゃない。
「………………そう」
しばらくの間があいた後、立花さんは一言だけそう言った。
話が一段落したところで、部屋のドアがこんこんとノックされる。
「魅奈、風呂入っていいぞ」
ドア越しにお兄ちゃんの声が聞こえてあたしは返事をしてから部屋をあとにした。
あたしも髪を伸ばしたらお兄ちゃんに見てもらえるようになるかな、なんてくだらないことを考えながら。
◇
魅奈ちゃんが部屋を出て行ってからも、私は髪を自前の櫛ですいていた。
髪の毛のことを褒められたのは初めてのことだった。魅奈ちゃんの言ったことはお世辞ではないと思う。もちろん、私がいったこともお世辞ではない。本心からそういっただけだった。
長い髪ともなると、やはりそれだけの時間はかかる。髪を洗うシャンプーも普通の人に比べたら多く使うから、自前のものを持ってきている。
そんなに髪の毛にこだわっているわけではない。髪は女の命、ということもよくあるけれど、私にはその感覚がよくわからない。実際のところ、邪魔だと思うときもある。
それでも、私が髪の毛を切らない理由は―――
「………………」
今は……思い出したくない。
私は櫛を持っている手を止めて、しばらくの間かたまっていた。
でも、一つだけいえることがあった。だから私はそれを呟く。自分に対して。
「――未練がましい」
呟いて、私はまた髪を梳き始めた。
…
次の日の朝。父さんと母さんは予告どおり三泊四日の旅行――父さんは少し違うが――に行ってしまった。
例のごとく、家に残ったのは俺と魅奈と立花の三人。
母さんが旅行に行ってる間の生活費としてくれた金額は一万円。余計なものを買わなければ十分な金額だ。いざとなったら俺の財布と相談してやるまでの話。
そして、父さんが残していった祭り用の代金は五千円。これを三人でわけるとしても結構贅沢ができるかもしれない。太っ腹だぜ、親父。
「とはいっても……」
扇風機の前で涼みながらごろりと寝転がる。立花は昨日と同じように俺をラジオ体操に引っ張っていった後に、散歩だとかいってそのままどこかへいってしまった。魅奈は朝が早い、といっても起きるのはたいてい七時ぐらい。今はまだ六時五十分。もう少しの間は起きないだろう。
身体を起き上がらせて無機質に回り続けている扇風機を見つめる。
「アーーーーーーー」
扇風機に向かって意味もなく言う。つくづく暇人だな、俺って。
ブルルルルルッ。
「ん?」
机の上に置いといた携帯がバイブレーションで着信かメールがきたことを知らせる。こんな朝早くから誰からかと思えば、ここ最近あってなかった優からの着信だった。携帯を開いて通話ボタンを押す。
「もしもし。なんだ?」
『あ、恭史? なんだか今日は声がはっきりしてるね。珍しく早起きしたの?』
「まあな。で、用件はなんだ?」
『うん、ちょっと聞きたいことがあってね。聞いてくれる?』
聞きたいことか。はて、俺より成績は優秀な優が何か俺に聞くようなことがあっただろうか?
「ああ、とりあえず聞くよ」
ありがとう、と優は感謝の言葉をいうと、しばらく間を置いて話始めた。
『ついさっきね、夏休みの初日にいったカラオケで出会った……というか、僕と義が夢の中で見たっていう女性によく似た女性さっき見たんだけど、どう思う?』
……そういえば、義はよく会っているから立花のことを知っていたが、優とはまったく連絡をとっていなかったためか何も話していなかった。しかし、ここで普通に教えると優が、やっぱり前のは夢じゃなかったのかもしれない、という疑問をいだくかもしれない。
となれば、もう少し優の話を聞いてからにしよう。
「どう思う、って聞かれても、俺はその女性を見たわけじゃないんだからわからねえよ」
『そうだよね。でも、もしかしたらあの夢は恭史の身に何か起きる前兆かもしれないって僕は思ってるんだ。だから今、その女性の後をつけてるんだ』
「…………はい?」
『だから、もしかしたらその女性が恭史のことを狙っているかもしれないから、それを調べるために少し後をつけてるの』
な、なんてことしてんだ、あいつは!
そういえば優はよく占いとか風水だとか信じる奴だったっけ。中学のときにゆうちゃんなんて呼ばれていた原因の一つとして、占いを信じて女子からロマンチストだの乙女だのといわれていたことがある。
つまりは、そういう根拠もないことをよく信じるやつなのだ、あいつは。純粋すぎる。
「おまっ! 後をつけてるって、何の根拠もないのに後つけるなよ!?」
『でも、前に見た夢に出てきた女性とよく似てるんだよ。恭史をつれていった女性と』
「だから、そんな根拠のないものを証拠につけるなって!」
何度か説得を試みたが、どうやらやめる気はないらしい。俺のためを思ってやってくれてるのはうれしいが、友達に犯罪者にはなってほしくない!
「わかった。俺のためを思ってくれてるんだよな。ありがとう」
健闘を祈る、と最後に一言付け足して俺は優との会話を終了した。
そして即座に立花へと電話をかける。スリーコールぐらいしてから立花は電話に出る。
「もしもし、立花か?」
『ええ、そうよ。私以外の人が出たらどうするのかしら?』
「……そりゃごもっともだ」
案外あわてていた俺は少しペースを乱されて、それと同時に少し落ち着いてから用件を話す。
『私の後ろについていきている人物がいる?』
「ああ、少し女の子っぽい男がいると思うんだが」
しばらく間があいてから、立花は「ああ」とつぶやく。
『確認したわ。前にどこかで見たことあるわね』
そりゃ立花自身が再構築で止めた奴だしな。さらに言えば、俺を連れて行こうとした立花の前に立ちはだかった奴だ。忘れているというのなら、それは案外ひどい話である。
「とりあえず、そいつはお前をつけている。あっ、いっておくけどそいつは友達だ。間違っても変なことしないでくれよな?」
『わかったわ。でもなんで貴方の友達が私のことをストーキングしているのかしら?』
そういえば立花にはまだ話してなかったな。とりあえず俺は立花に事情を説明する。
『なるほどね。つまりは貴方のために私をストーキングしてると』
「何か言い方に引っかかりを感じるけど、まあそんな感じだ。後で事情は説明しておくつもりだから、今のところはどうにかしてまいてくれないか?」
わかったわ、と了承してくれた立花に、よろしく、と一言つけたして電話を切る。
うまくまいてくれることを祈るかな。
一息ついて時計を見る。もうそろそろ七時だ。
「お兄ちゃんおはよー。今日も早いね」
タイミングでも見計らったかのように魅奈がまぶたをこすりながら居間に入ってきた。いつもは俺が魅奈より後に起きるもんだから寝起きの魅奈というのは新鮮で、我が妹ながら少しかわいいと思ってしまう。
「おはよ。お前も相変わらず早いな」
「お兄ちゃんがいつも遅いの。…そういえば、立花さんは?」
きょろきょろと部屋を見回して、立花がいないことに気づいたのか魅奈はそう聞いてきた。
「今は散歩に行ってる」
さすがにここで先ほどの話を話すわけにもいかないし、とりあえず本当のことを話しておく。
それを聞いてうなずくと、顔を洗ってくると最後に一言いって、魅奈は洗面所へと向かった。
とりあえず俺は立花が無事に優をまいて戻ってくることを祈ろう。俺がこの後、ごろりと寝転がって、目がばっちりさえた魅奈に起こされたのは、もしかしたらいうまでもないかもしれない。
…
立花に電話をいれてから早一時間。
つまり、今はちょうど朝の八時ごろ。いつもの俺ならまだまだ寝ているはずの時間だ。
「ねえ、お兄ちゃん。本当に立花さんは散歩なの?」
「あ、ああ。そのはずなんだが……」
散歩にしては一時間というのは少々長い。もちろん、優をまいてくれているのだろうが、ここまで時間がかかるものなのだろうか。
そうとう優がねばっているか、それとも立花が本当にのんびりしているか、だ。たぶん後者はかなりの確立でありえない。
悪い話、最終的手段としては立花が再構築によって優の動きをあの日、俺をカラオケ店からつれだしたときのように止めればいい。
魅奈は朝飯の仕度をしていて、すでに食事もできている。散歩だと思ってすぐに帰ってくると思ったのだろう。さすがに飯も冷めてしまって、今はサランラップによってレンジでチンできる状態にしている。
ちなみに今朝の飯は日本人らしく味噌汁とご飯と目玉焼き。四十分前ぐらいまでは味噌汁のいい香りが漂っていたが、今では湯気さえ出ていない。
「連絡をとってみるか」
そう思って携帯を出して数少ないアドレス帳に登録された人の中から立花を探していると、玄関のほうで音がした。ほどなくして立花が居間のドアを開けて、やっとのこと戻ってきた。
「立花さーん、散歩にいってたんじゃなかったの?」
待ちかねた、という感じで魅奈が立花に問う。
「ええ、そうよ。少しいろいろとあってね」
ちらりと俺は見られて、その“いろいろ”というのが優をまくことだったと悟る。確かに、それ以外にここまで遅くなった理由もあるわけがないのだが。
魅奈はやっと立花が戻ってきたことでレンジで味噌汁やご飯を温め始めた。
「おい、立花」
魅奈には聞こえないように立花を呼ぶ。
「なにかしら?」
「優を――お前がまいてきた奴のことなんだけど、そんなにしつこくついてきたのか?」
「ええ。あの子が本当にストーカーをするようになったら危ないでしょうね。どちらかといえば、探偵向きなのかもしれないわね」
そこまでなのか、優のやつは。俺のことを思ってくれてる、というのはうれしいのだが、やっぱりそこまでやるとこちらとしても気が引けるな。
「最後には走って逃げたわ」
うわ、なんだか想像するとシュールだ。
「走って? 再構築とか使わなかったのか?」
それを聞いて立花はため息をついてから、あのね、と始める。
「再構築っていうのは私自身にも負担がかかるものなの。なんの代償もなしにそんな特別な力は使えないってことよ。それに、綻びを視るっていうのはモノの弱点をむき出しにするようなものなの。その弱点をついてしまえば、モノなんて容易く壊れてしまうことだってある。だから、そんなものを再構築だなんて――たとえ一時的なものであったとしても、あまりしたくはないわ」
つまり、人の弱点が視えるからといってその弱点だけをつくのは卑怯者だ、と立花はいいたいのだろうか。なんにでもそういうものに頼るのは、ただの卑怯だ、と。
「それだけ代償があるっていうんなら、俺を最初に連れ出したときには結構な数の人に再構築を使ってたけど、あれは大丈夫だったのか?」
ざっと思い返しても二十人は絶対に再構築によって止められていた。
「あの時は面倒ごとを起こしたくなかったもの。あそこで惜しんでいたら私は貴方を誘拐したと勘違いされて捕まっていたかもしれないわ。…結局、警察は貴方の友人によって呼ばれてしまったわけだけど、捕まることは無かったし」
それに、と立花は続ける。
「あのときの私は―――きっと焦ってたのよ」
「焦ってた?」
それは、俺がムタンに殺されるかもしれない、という可能性に対して、だろうか。理由としては、それぐらいしか考えられないが。
「貴方が店から出るまで待つのだってよかったのよ。だけど、あのときの私は陰から守る、ということはもうしたくなかったのよ。そうやって今までも保護対象とした人たちは殺されてきたんですもの」
だから――焦っていた。待っていれば、傍観をしていれば、守ろうと決めた人が、殺されるかもしれない。それこそ、何一つ守れずに。
そっか、とそれ以上にそれにたいして何もいえなかった俺はそんな一言しかいえなかった。
「――でも、絶対に外歩くときは自分に何か再構築してるだろ。あれだけの暑さで汗をかかないってのは本当に疑わしいぞ」
「………………とにかく、あの子はちゃんとまいてきたわ。安心しなさい」
うわっ、またはぐらかされた!
まあ、別にそういうのは気にしないからいいんだが。でも負担をかける、というのだからそれなりに何か理由があるのかもしれない……なんてね。あるはずないか。
話も一段落したところで電子レンジが食品が温まったことを知らせる音がブザー音のように鳴る。それは朝食が始まる合図でもあった。
いただきます、という合掌を三人そろってやって電子レンジによって温まった飯を食べる。目玉焼きに関しては温めたものの、やはりできたてのような味はしない。同様に、米も味噌汁もできたてのようなうまさはない。
「ごめんなさいね、私のせいでせっかくの食事の質が少し落ちてしまったわ」
「いえいえ、気にしないでください立花さん」
なんだかんだいっても、食べれることには違いない。
立花は本当に申し訳なさそうにいっている。そういうことは重んじるタイプなのだろう。この短期間一緒にいただけでも、そういうことはうすうすわかる。
朝だからか、そんなに会話もなく黙々と朝食を食べ終えて食器を片付ける。そこでいわれるでもなく、俺含む三人は元の席へと戻る。
用意されたお茶をずずずっと飲んで一息ついてから俺は大事なことをいうために切り出すことにした。
「えっと、一応この中で一番年上として」
「あれ? 立花さんのほうが一個年上じゃなかったっけ?」
こくりとうなずく立花。
「……えっと、この三枝家の中で一番の年上として、これから三日間の親がいない期間の生活方針を決めようと思う」
「………………」
「………………」
何か見られてる。それも何かじと目で。
「と、とりあえずだ。母さんたちが残していったこの三日間での生活費は一万円。贅沢なんてしなけりゃ十分に過ごせる金額だ。そこで、この一万円をどう使うか、というのを決めたいと思う」
一万円札をひらひらとさせながら説明。よし! なんかビシッと決まったぞ! 俺、密かに心の中でガッツポーズ。
「一万円かー。確かに、ある程度料理の材料とかは冷蔵庫に残ってるし、少し足りないものを買う程度なら十分な金額だね」
「一日三食。それを毎日お弁当で過ごすとして、スーパーとかに売ってるお弁当なら一食あたり三人分で多く見積もっても千円弱。それが三日間続くわけだから、それだけでも一万円でいけるわね」
魅奈と立花は冷静に考察。
実際、俺は一万円を片手にひらひらとさせていただけだし、そこまで詳しくは考察なんかしていなかった。……なんだか、俺って情けないな。
「よし! 食事面ではなんとかなるね。――それじゃ次に、生活面での方針を決めようか」
いって俺を睨むようにして見る魅奈。
立花も無表情に俺を見る。
「な、なんなんだよ?」
「あたしと立花さんはちゃんとした生活を送ってるし安心だもの。問題はお兄ちゃんにあるんだよ?」
それは確かに否定できない。だけど、せっかくの休みだ。この長期休暇、少しぐらいのんびり暮らしたって別にいいんじゃないだろうか。
立花と出会ってからは“のんびり”とした感じはなくなってしまったが。前みたいにムタンが突然俺を殺しにくるかもしれない。今だって狙われてないとはいいきれないんだ。どれだけ日常的な暮らし方をしようと、俺は既に非日常の世界に少なからず足を踏み入れてしまっているのだから。
「そこで! いくつかこの三日間での生活事項を決めたいと思います!」
「生活事項?」
「つまり、規則を決めようってことでしょ?」
ね? と魅奈に促してそれに魅奈はうなずく。
かくして、魅奈がどこからか取り出した紙に、これまたどこからか取り出した鉛筆で書き、発表された生活事項は以下のとおりだ。
一つ、早寝早起きラジオ体操!
一つ、夏休みの課題強化習慣!
一つ、食事・掃除当番は一日置きに変わること。魅奈、恭史、立花の順とする!
一つ、食事はなるべく手料理とする!
一つ、兄(三枝恭史)は何事にも責任をもつこと!
以上、五つ。白い紙に書かれた五つの生活事項を俺は見る。
「早寝早起きラジオ体操って……小学生かよ」
「あら、昨日も説明したと思うけどあれはただの準備運動ではないのよ?」
それは確かに昨日聞いた。体力の向上だとか、健康状態を保つためのものだとかなんだったとか言ってたような気がする。
「次は夏休みの課題強化習慣……?」
「そう! どうせお兄ちゃん、何もいわなかったら夏休みの宿題なんてやらないでしょ? だから、それを早く終わらせるための強化習慣だよ」
なるほど。つまり……地獄の習慣だ。
だが、何をいっても魅奈はこの強化習慣をやめようとはしないだろうな。とりあえず三日間だ。それだけを耐えよう。その後のことなんてどうにでもなっちまえばいい。
「三つ目は当番制か。うん、いいんじゃないのか?」
続いて四つ目に食事に関してはなるべく手料理、ということが記されている。問題はそこだ。
俺が料理を作ったことがあるのは学校での家庭科の時間のみ。自分ひとりで作れるものなんていったら……玉子焼きとか目玉焼き? 後はスクランブルエッグとか……? だめだ、どれも朝食程度のものしかない。
「うん、これはあたしもいいと思ったんだ。あたしはある程度作れるけど……立花さんは作れますか?」
「ええ。簡単なものなら作れるわ」
「お兄ちゃんは」
「あー、俺は」
「どうせ玉子焼きとか目玉焼きとか。あっ、後はスクランブルエッグとかしか作れないでしょ」
切られた。ばっさりと切られた。しかも作るものまで断定された。間違ってないのがこれまた俺にでかい傷を……!
「これもお兄ちゃんのこれからのためだから。これを機会に少しは食事のレパートリーを増やすこと」
ああ、なんで俺は妹にこんなに躾けられているんだろうか。兄の威厳もなにもあったもんじゃないな。俺はあきらめて最後の事項に目を通す。
「……おい、なんだこれは」
「何って、そのまんまのことだけど?」
最後の事項は『兄(三枝恭史)は何事にも責任をもつこと!』だ。そりゃ、そのまんまの意味だってことは誰にだってわかる。
「何事にもってのはどういうことだよ」
「うーん、例えば……」
考えていなかったのか、魅奈が何かいい例えがないかと考え始める。
「例えばよ」
――と立花が代弁するかのように会話に参入してきた。
「例えば、魅奈ちゃんが大なり小なり怪我をしたとするわ」
ふむ。
「貴方の責任よ」
「ちょっと待てよ!? お前、何かいい例えとか思いついたんじゃないのかよ! だいたい、怪我をした原因にもよるけど魅奈が怪我をしたのが俺の責任ってのはあまりにもひどすぎるぞ!」
というか理不尽すぎる。なにがどう転じて俺の責任になるっていうんだ、そのケースは。
「――まあ、それは冗談にしても、なにも貴方にすべてを責任転嫁させるわけじゃないと思うわ。そうでしょ?」
言って、魅奈を見る立花。魅奈もいいたいことはそうらしくうんうんと頷く。
「つまり、お兄ちゃんは何をするにしても責任をもって行動するっていうことだよ。もちろん、これはあたしにも立花さんにもいえることだけど、代表として、ね」
なるほど、と合点がいった俺はとりあえず生活事項の書かれた紙を机の上に置く。
おおかたのことは決まった、というところだろうか。とりあえず何かに詰まったらそのときにでも考えればいい。後のことは後のこと、だ。
「後のことはどうにでもなれ、だな」
「ちょっと嫌な感じだけど、まあそうだね。あらかたのことは決まったし……何か意見とかある?」
五秒ぐらいまつが、俺はとうぜんのこと、いいだした魅奈が何か意見があるわけではないし、だからといって立花も何か意見があるわけではない。つまり、これでこの三日間の指針は決まった、ということだ。
「よし! 決まり! これから三日間がんばってくぞー!」
最後は俺がしめようとびしっといってみたはいいが、反応は返ってこず。やっぱり、俺は兄としての威厳がないのだろうか。それとも……人間として?
落胆する俺をよそに魅奈は今日の食事・掃除当番として外に干してあった洗濯物をとりこみにいった。はて、こんな朝早くから取り込める洗濯物ということは、あれはいつから干してあった洗濯物なのだろうか。少なくとも昨日のだろうが、そんなことはどうでもいい。
立花は軽く伸びをしてから立ち上がって、しばらくの間、洗濯物を取り込む魅奈を見てから手伝うつもりなのか魅奈のほうへと歩いていってしまった。
取り残された俺、一人。
「…もう、いいよ」
一人肩を落として、俺は居間にあるテレビをつけるのだった。とりあえずこの三日間、平和に暮らせればいいか。
次の更新時期は、いろいろと学校のほうも落ち着いてきたのもありますし、できればGW内には更新したいです。
それでは次回をのほほんとお待ちください。