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19.複雑心境

大変お待たせいたしました! 約一ヶ月ぶりの更新になってしまいました。

続きを待っていてくれてる人がいたら本当にすいませんでした。

ということで、今回は主に魅奈のお話。少しいつもより長めですがごゆるりと読んでください。

 蝉が鳴いている。ミンミンと。その鳴き声もいつもはうるさく感じるはずなのに、今日に至っては心地よい音となっていた。

 人間は同じような音が続く安堵感を抱く、とかなんとか聞いたことがあるが、まさに今の俺はそれに当てはまるんだろう。

 「心地……いいな……」

 床に倒れこんで目を閉じる。飽きることなく蝉の鳴き声が響く。それはまるで俺の頭に癒しの波を送っているようで、俺の意識はだんだんと夢の中へ――

 「――――起きろーーーーー!」

 ……連れて行ってはくれなかった。

 耳元でささやかれることなく、大声でいわれた俺の耳はしばらくの間モノラル音声のような音しか聞き取れないようになっている。もちろん一時的なものだが。

 「あのな、耳元で大声出すな」

 「だってお兄ちゃんがさっきから何度も寝そうになるからじゃん! 一気に目を覚ましたほうが効果的だと思っただけだよーだ」

 渋々と手伝い始めてからかれこれ二時間。もうそろそろ俺の意識もどれだけ起きようとしていてもとんでしまいそうだ。事実、何度もさっきからとんでいる。

 だがそれをさせまいと俺の眠れない元凶である魅奈は俺が眠ろうとするたびに起こしてくる。もちろんというべきか、俺が手伝っているというのは名目上だけで、意識が度々とびそうになってる俺に思考能力などほとんどない。あれだ、授業中に意識が虚ろだと字が綺麗になってしまう、みたいな。…あれ、なんか違うかな。綺麗に? ああ、違う。美しく? そうだ、うつくしく……。

 「くかー……」

 「寝るなー!」

 「ごぶっ!?」

 魅奈の拳が俺の腹に食い込む!

 「いってえな!?」

 「てっけんせいさい!」

 ぐっと拳を作ってガッツポーズ。案外深く入った魅奈の拳によって、一気に俺の目は覚醒した。もって二十分ぐらいかもしれないが。

 「いい加減寝させてくれ。寝た後だったらいくらでも手伝ってやるからさ」

 「ダメダメ。あたしのやる気がそがれちゃうでしょ」

 「そんな勝手な……。大体お前、わからないところってあるのか? 俺より成績はいいだろ」

 「そりゃ全然わからないってところはないけど、一人じゃ合ってるかどうか不安だもん。答えを見るのはなんだか負けた気がするし」

 そんなくだらない意地はすぐに捨てやがれってんだ。

 俺はガンガンに答えを写していたぞ。懐かしき時代だ。

 どちらにせよ、俺に確認をとるだけ無駄だと魅奈はわかっているはずだ。

 どうしたものか、と時計を確認してみる。時刻はまだ午前十時を回ったところだ。まったく、昼時だったらなんとか話をはぐらかせたというのに。

 ……ん? 待てよ。昼時?

 「そっか! その手があった!」

 「何かよからぬことでもたくらんでるの? お兄ちゃん」

 ジト目で見られてうっかり口に出してしまった自分を心の中で叱咤する。

 「い、いやいや。何もよからぬことなんてたくらんでない! あれだ、昼飯がインスタント食品ってのは、なんか負けた気がすると思わないか?」

 「全然しないよ。なに言ってるの、お兄ちゃん」

 なんだよ!? さっき答えみたら負けた気がする、とかなんとかニートみたいに働いたら負けた気がする、みたいな発言したのお前だろ。

 とはいっても、よくよく考えてみれば、明らかに俺の発言がおかしかったのはいうまでもない。

 「とにかくだな、たまには外食にしようと思う!」

 「外食?」

 「そうだ。外食だ。今回は俺がおごってやろう。場所は最近見つけたとっておきの場所がある。そこでいいだろ」

 少々痛い出費となるかもしれないが、勉強から逃れられるためなら、そして俺の睡眠時間確保につながる道になるのならばそれぐらいの代償はかわいいものだ。

 「うーん、そういうことならいいけど。でも、とっておきの場所って?」

 よっしゃ! くいついた! 俺は心の中でガッツポーズを取る。

 「それはいってからのお楽しみだ」

 別にもったいぶることなんてこれっぽっちもないのだが、少しびっくりさせてやろうといういたずら心で俺はそれを隠した。

 魅奈は「まあ、いっか」と勉強道具をしまい始める。どうやら行くことにしたようだ。

 俺もやっとのことで勉強から解放される、と思って安堵の息を吐く。眠ることはできずに、たちがるのもやっとな身体に力を入れて俺も自室へ戻ることにした。

 「あっ、お兄ちゃん。一つ聞きたいことがあるんだけど」

 「ん、なんだ?」

 「――立花さんはどうするの?」


 ◇


 聞かなければよかった、と後悔したのはもちろんお兄ちゃんにそれを聞いた後だ。

 お兄ちゃんは眠さのあまりなのか、立花さんまで連れて行くことは忘れていたらしい。

 思い出して、そそくさとお兄ちゃんは立花さんを呼びに行ったのが運の尽きだった。

 あたしがお兄ちゃんのきっと勉強から逃れるために提案したと思うこの外食に付き合うことにしたのは、もちろんお兄ちゃんと二人になれると思ったから。

 もちろん、立花さんがいるんだからそんなことにはならないだろうな、って思ってた。だけど、いわなければ二人になれたんだ……。

 何で聞いたんだろ? あたし。

 夏休みに入ってから一度だって曇ったことのない青空に太陽が浮かんでいて、それに焼かれるようにしてあたしと立花さんはお兄ちゃんの後に続いて歩いていた。

 お兄ちゃんのいっていた“とっておきの場所”というのが気になるけど、案外こういうのは大したことがないから過度な期待はしないようにしよう、とあたしは決め込んでいた。

 「お兄ちゃーん、まだ着かないの~?」

 歩き始めて十分ぐらいだけど、それでもこの暑さでは体力もすぐに減っていってしまう。

 「商店街のほうだから、もうちょっとだな」

 そういうお兄ちゃんも汗を結構な量かいていて、さすがに暑さで目も覚めてきたらしい。

 立花さんはといえば……全然汗をかいていない。

 「立花さん、暑くないの?」

 「いえ、暑いわよ。私、あまり汗をかかないみたいなの」

 「そ、そうなんだ…」

 それにしてもかかなさすぎかと……。

 ちゃんと水分はとっているはずだし、汗をかかないっていうのは特異な体質なのかな?

 あたしもお兄ちゃんほどではないけど、それなりに汗をかいている。あたしだって女の子だ。あまり汗はかきたくない。一応自分の服が汗でべとべとになっていないかを確認する。

 「ほら、見えてきたぞー」

 お兄ちゃんの言葉に顔を上げて、指差す方向を見る。

 「飲食店パオチャオ……?」

 指差す方向には、そんな店があった。


 ◇


 「あら、どこに連れて行ってくれるかと思えばここだったのね」

 「ああ。いいだろ? ここの飯は案外うまいし」

 「そうね。お金ももしかしたらかからないかもしれないしね」

 「……そんなことは微塵も考えてなかったぞ」

 いや、少しは期待してたりしていたんだが。

 おっちゃんももしかしたら、今度は俺の妹がきたとかなんとかでまけてくれるかと。それは都合が良すぎるか、さすがに。

 「ここがとっておきの場所?」

 店をじろじろと見ながら魅奈が聞いてくる。

 「ああ、とっておきの場所だ。名づけて、飲食店パオチャオ!」

 「そんなの見ればわかるよ」

 なんだってんだ、ノリが悪いな。いや、眠さの波が今ハイテンションなほうに働いているから、俺がおかしいのか。

 とりあえず中に入ることにして、俺たちはのれんをくぐりドアを開ける。

 「らっしゃい!」

 がらがらがら、というドアの開かれる音と共に威勢良く聞こえてきたのは巳乃宮のおっちゃんの声だった。

 「おっ! 恭史くんじゃねえか! いやいや、またきてくれたのかい」

 「はい、ちゃんと連れもいますよ」

 そういって、俺の後に続いて入ってきた立花と魅奈を迎え入れる。

 「こりゃありがたいね。立花さんに……えっと、そちらのおじょうちゃんは?」

 「うちの妹で、魅奈っていいます」

 応えると、おっちゃんは仰天したように目を見開いて大きく、快活に笑った。

 「うちに来るのは初めてだね。よろしく、魅奈ちゃん」

 「よ、よろしくお願いします」

 おっちゃんの対応に少し戸惑っているのか、魅奈は恐る恐るといった感じで、おっちゃんの差し伸ばした手を握り返して握手をした。

 とりあえず挨拶をし終えたところで、俺たちは適当なテーブル席に座る。俺の隣に魅奈が座って、向かい側に一人立花が座る。

店内には、前来たときと変わらず客は一人もいない。さっきまで客が来ていた気配もない。ついでにいえば、これから来る気配もなんとなくない。

 「それじゃ、ご注文は何にしましょうか?」

 「んっと、俺はとりあえず前の炒飯で」

 「私も炒飯でいいわ」

 「えっと、あたしは……」

 魅奈は置いてあったらしいメニューを見ながら悩んでいる。いや、本当にメニューなんてあったんだ。

 「そ、それじゃ、あたしも炒飯で!」

 まあ、結局のところそこに落ち着くんだろうな。

 俺も後々メニューを見てみたが、品数が多いわけでもないし、なんだかたまに変なのあるし。なんだよ、ラー油って。なんだかスペースが開いているのは仕様なのか、それとも元は何か文字があったのか。どちらにせよ、こんな怪しいものを単品で、しかも四八○円で買うのはどうかと……。

 「ねえ、お兄ちゃん。この店の何がとっておきなの?」

 「何って、そりゃ――」

 「ただいまー」

 そのとっておきの理由。それが今、堂々と店の玄関口から入ってきた。

 客ではない。そう、そいつは――

 「おっ! 恭史に立花さんに魅奈ちゃんまで! いらっしゃーい」

 いうまでもない。巳乃宮風音だ。っていうか、堂々と入ってくるなよ。俺たち以外の客がいたらどうするんだ。

 そして、それが“とっておき”の理由。俺と立花からしてみれば、別段とっておきでもなんでもないのだが、初見の魅奈には新鮮であり、ある意味では“とっておき”だろう。

 「おう、おかえり!」

 「えっ? 『おかえり』って、ここ巳乃宮さんの家!?」

 「その通りだ」

 「そういえば魅奈ちゃんには教えてなかったっけ。うちが飲食店だって」

 「いえ、聞いたことはありましたけど、まさかこことは」

 そっかそっか、と笑いながら巳乃宮は荷物を俺たちの座っている席の近くに置いて空いている席――必然的に立花の隣――に座った。服装が制服なのを見たところ、どうやら部活から帰ってきたところのようだ。

 「今日は部活、昼までだったのか」

 「うん。珍しいことに顧問の先生が途中で体調崩しちゃってさ。そのまま部員だけで続けても良かったんだけど、なんだか先生が今日は帰れー、とかいうから」

 吹奏楽部の顧問。音楽の授業の時も、その先生が授業をするわけではないから顔ぐらいしか覚えていないが、確か風邪や体調を全く崩さないことで学校内ではそれなりに知られている女性教師だ。あだ名は確か……アっちゃんだったか。なんでも風邪や体調を崩さないことからアイアンマン。この最初の『ア』だけをとって、女性教師にちなんでアっちゃん。いやいや、略しすぎだろと誰もが最初思うのはおかしなことではない。

 「そっか。何かの前触れかもな」

 「かもねー。あはははははは。――そういえば、今日はなんでうちにきてんの?」

 「なんでって、飯を食いにきたんだろうが。それ以外何があるっていうんだよ?」

 「それもそうだね。うち、一応飲食店だし」

 一応って……。

 「いやー、でもお客さんを連れてきてくれるのは助かるよ。しかも今度は魅奈ちゃんも連れてきてくれちゃって!」

 「どうってことないって」

 俺も勉強なんてものを昼間っからやってるよりかは楽だしな。

 「今度は、ってお兄ちゃん。前もきたことあるの?」

 「ああ、前は立花と一緒にきたんだ。ほら、巳乃宮が家にきたとき」

 「へー。そうなんだ」

 ついでにいえば、前に事情聴取っぽいことをしたときに一回きたから、今回で合計三回目だ。

 巳乃宮は着替えてくるとかいって二階にある部屋のほうへといってしまった。

ほどなくして、私服姿の巳乃宮が戻ってくると同時に炒飯が四人前と頼んでもない青椒肉絲-チンジャオロース-一皿が運ばれてきた。

青椒肉絲はおっちゃんからのおまけだそうだ。そして、炒飯残り一人前は巳乃宮の昼飯らしい。

 「「「「いただきます」」」」

 四人声をそろえて合掌。おっちゃんは満足気にそれを見届けた後、厨房の方へ戻っていった。

 これで三度目のここ、パオチャオの炒飯だが相変わらず美味い。正直いって、うちの母親がつくるのなんて目じゃない。

 「わあー、おいしいね! 炒飯」

 魅奈も思わずその美味さに感動したようだ。青椒肉絲のほうも、もちろんというべきなのか美味い。

 巳乃宮はぱくぱくもぐもぐと食べていて、立花は静かに食事中。魅奈はその一口一口を賞味するようにして食べている。

 俺はといえば、今になって眠気が再び襲ってきたようで、レンゲで炒飯をすくうも、ぼろぼろと皿に落ちていって、口に運ばれる炒飯の量は少なくなっていた。

 「ん? なんか恭史、眠そうだね?」

 「彼、眠ってないそうよ。部屋に入ったときの痕跡を見ると、どうやら夏休みの課題を徹夜でしていたようだけど」

 「夏休みの課題? ありゃ、うちはもう終わったけどね、あれ」

 「え!? 巳乃宮さん、終わったんですか!?」

 「うんうん。ああいうのは始まって三日以内に片付けるのがうちのポリシーさ! はっはっは!」

 眠らないように努力をしてみるが、瞼が自然と閉じてゆく。その中、なにやら三人で話しているようだが、その話の内容は俺の脳内に留められずにすぐに流されてゆく。

 「あたしなんてまだ全然……。お兄ちゃんに手伝ってもらったけど、全く役にたたなくって」

 「そりゃ、恭史の学力じゃ魅奈ちゃんに勉強教えることは不可能かもね。ほら、いわないっけ? 人にモノゴトを教えるときは、その人の三倍は理解していないといけないって」

 「そういえば聞いたことあります、それ。たぶんお兄ちゃんはあたしの三分の一倍ですね」

 「そうかもね。あははははは!」

 何か失礼なことをいわれたような気がするが、どことなくそれを否定できないような気もする。どちらにせよ、眠たさのあまり反論する気さえ起こらなくなってきた。

 「立花さんは夏休みの課題ってすぐに終わらせるほうですか?」

 「そうね……。私も始まってすぐに終わらせるタイプね。面倒ごとを後にもっていくのは面倒ですもの」

 「ですよねー! あっ、そういえば立花さんの高校ってどこ」

 ガタン!

 机に何かが打ち付けられる音。その元凶は俺である。眠たさのあまり、頭を支えることができなくなってしまった。

 「いっててててて……」

 「恭史、眠気覚ましあげようか?」

 「ん、あるんだったら頼む……さすがに人の家で寝るのはなんだしな」

 「わかった。……ふふっ。少し待っててね」

 何か怪しい笑い声が聞こえたような気がしたが、それさえも気にならない。というか考える気にもなれない。

 なにやらかたかたと何かを取ったりする音が聞こえた後に、巳乃宮はその眠気覚ましとやらを俺によこしてくれた。どうやら何か飲み物のようだ。

 「どうぞ! ぐびぐびっと!」

 「ああ……」

 「ぷっ……! ぷぷぷぷっ!」

 いったい何を笑ってるんだ、巳乃宮は。

 とりあえずいわれたとおり、一気にぐびぐびっと――

 「―――げっふぉっ!? か、から! 辛い!」

 「ぷっははははははは! 大成功! やったね、魅奈ちゃん、立花さん」

 俺が必死で水を探しているというのに、巳乃宮は魅奈と立花とハイタッチをしている。

 「おまっ! 何しやがった!?」

 「何って、水に七味を適量混ぜただけだよ」

 適量……という感じではないほど、何か赤いものが普通の水に浮いている。

 「これの何が適量なんだよ!? 致死量だろ!」

 「大丈夫大丈夫。そこは立花先生のご指導の下入れたから。あ、ちなみに水を用意したのは魅奈ちゃん。七味を入れたのがうち。指導してくれたのが立花さんね」

 これで共犯とでもいいたいのか、こいつは!

 余りのコップもなかったので、俺は魅奈のお冷の入ったコップを奪い取ってぐびぐびと飲む。さらに舌に焼きつくようにしてついた、あの辛い味を口直しのために炒飯を口の中へとかきこむ。

 「まあ、これで眠気も覚めたし。貴方にとってはいいんじゃないの?」

 「何がいいもんか! だいたい、立花もちゃっかり指導するなよ。絶対に限界点まで七味いれさせたろ?」

 「…………さあ?」

 なんなんだ、さっきの間は。こいつは何かと間があるぞ、こういうときに。

 未だに舌がひりひりする。本当に死ぬかと思った……。

 「ごめんごめん。その代わり、恭史のぶんはうちが払うからさ」

 「えっ? まじでか!」

 「まじまじ。でも、立花さんと魅奈ちゃんの分はちゃんと払ってもらうからね?」

 それはもちろんのことだ。でも、一人分の飯代が浮いた、というのがうれしくて、俺はさっきの七味事件をすっかりと忘れ去ってしまった。

 「単純ね」

 何か立花がぼそりといったような気がしたが、それも気にすることはなかった。

 「ところでお兄ちゃん。あたしのお冷、どうしてくれるの?」

 魅奈にいわれて気づく。さっきは無意識のうちに魅奈のお冷を奪い取っていた。

 「どうしてくれるの、って別に問題ないだろ。もう一個もらえばいいだけだろ」

 「お兄ちゃんはあたしと間接キスしたんだよ!?」

 「はい!? 何が間接キスだよ。っていうか、兄妹-キョウダイ-なんだからんなこと気にするなよ」

 間接キスって、お年頃の女子じゃない……いや、お年頃の女子か。でも、たかだかそれぐらいのことで騒ぐこともないだろうに。

 魅奈も俺にいわれて、なんだか萎縮したように何も言わなくなってしまった。

 「恭史~、魅奈ちゃんだってそういうことを気にするお年頃なんだから。もうちょっと気の利いた言葉とかないの? 例えば『ご、ごめん。今度から気をつけるよ』とかいいながら頬を赤らめる、とかさ!」

 「いわねえよ! っつか、なんで頬赤らめる必要があるんだよ!?」

 巳乃宮はため息をついて「わかってないな~」とかいいながら炒飯をもぐもぐと食べる。

 魅奈もなんだかむすっとしたような表情で炒飯をもぐもぐと食べている。

 先ほどから顔色も変えずに、ただ黙々と食べているのは立花だけだ。いや、ちょこちょこ何かいっているが、一言二言ぐらいなものだ。

 会話の糸口も見つからなかったし、話すようなことも差しあたってなかったし。静かに食事をしようと炒飯を一口。

 「辛いな……」

 忘れていたが、未だに口の中はひりひりしていて、ろくに炒飯の味も青椒肉絲の味もわからなかった。


 …


 「ごちそうさまでした」

 「またきてねー!」

 食事を食べ終わって俺と魅奈と立花は店を後にした。

 「おいしかったね。まさか風音さんの家だとは思わなかったけど」

 静かに食事をしよう、と思って一分ぐらいしてから巳乃宮が話し始めて、そこからはなるがままにみんな話していた

 とはいっても、立花は話を振られない限り話してはいなかったが。

 魅奈も調子を取り戻して、今では美味い飯も食べて仲が良い巳乃宮とも楽しく過ごせて元気な様子。

 「それで、この後どうするの? そのまま家に帰るのかしら?」

 「俺はそれでもいいけど。魅奈はどうする?」

 「うーん……せっかく外に出たんだし、少し散歩でもしていこうかな」

 「そっか、だったら俺たちも」

 「いや、お兄ちゃんたちは先に帰ってていいよ」

 「えっ?」

 つまり、魅奈は一人で散歩をしたい、ということだろうか? だったら俺と立花はおとなしく帰るしかないが。

 「それじゃあたしは適当にぶらぶらして帰るから。できたら帰ったら冷たい飲み物が待っていてくれるとうれしいかな」

 それじゃ、といってそのまま家とは反対方向に歩いていく。

 「待て。家に帰っても飲み物は麦茶ぐらいしかない。…ということで、ほらっ」

 呼び止めて立ち止まった魅奈に俺は金を渡す。三百円と少ないが、ジュースぐらいは買えるだろう。ちなみにその金は今日の昼飯代で俺のういた分だ。

 「それで適当にジュースとか買って帰れ。飯代ついでのおごりな」

 「あ、ありがとう」

 もらった三百円をポケットの中に入れて魅奈は今度こそ家とは反対方向に歩いていった。

 「それじゃ、俺たちは帰るか」

 「ええ、そうね」

 俺と立花は炎天下の下、家に帰ることにした。


 ◇


 また立花さんとお兄ちゃんを二人にさせてしまった、と気づいたのはあれから数分してからだった。あたしはそれを後悔したけど、わざわざ戻っていくのもおかしな話。それに、今のあたしは一人になりたかったんだ。

 いく当てもなく、ただぶらぶらと歩き回っているだけ。足が進むままに、道があったらそのままその道を進んでいるだけだった。

 暑いせいなのか、それともあたしの気分がおかしいのかはわからないけど、ぼんやりとあたしは考えていた。

 立花さんとお兄ちゃんのことを。

 世界中のどこかに親離れができない子供がいるように、あたしはなかなか兄離れができないようでいた。

 ずっとお兄ちゃんの背中を見てきた。何よりも頼りがいのあるその後姿を、ずっとあたしは追い続けてきた。何度か、家族じゃなければよかったのに、と思ったこともあったけど、そんなのはもうどうにもならない話だからしょうがない。

 「魅奈の“魅”は“魅力”の“魅”、か」

 子供のころ、あたしが泣き虫だったころにお兄ちゃんから教えてもらった。

 あのときのことは今でも忘れない。公園で遊んでいたら、幼稚園のいじめっ子にその日の朝にお母さんに結ってもらったおさげのことを馬鹿にされたときだった。

 あたしは馬鹿にされたことに対して怒る前に泣いてしまったのだ。それに追い討ちをかけるようにいじめっ子はあたしのおさげをいじって遊び始めた。子供っていうのは、こういうときに純粋だから時にひどいことをするものだ。

 そこにお兄ちゃんがあたしを迎えに来てくれたときにお兄ちゃんがそのいじめっ子たちを追い払ってくれたんだ。

 あたしはすぐにお兄ちゃんに泣きながらすがって、おお泣きしながらお兄ちゃんに慰められていた。

 このときに、あたしの名前の由来をお兄ちゃんが教えてくれたんだ。そして、あたしにこういってくれた。

 『そんなみりょくある魅奈のことは、おにいちゃん絶対に守るからな! さっきみたいにいじめっ子がきてもだいじょうぶだからな!』

 あたしが「ほんとうに?」と聞くのに大して、お兄ちゃんは迷いもなく、もちろん、といってくれた。

 それがものすごくうれしくて――泣くことなんて忘れて、あたしは笑っていた。

 ……だけど、時間がたてばその思いは劣化していくし、いつかお兄ちゃんもあたしのことなんて気にかけなくなる。

それでもお兄ちゃんはあたしを守ってくれる。

そう信じ続けてきた。

 でも、立花さんがきてからあたしとお兄ちゃんのいる時間は減っている。この数日だけでもわかるぐらいに。今までそんなにべっとりとくっつくようにしてお兄ちゃんと一緒にいたわけではないが、少なくとも朝にお兄ちゃんを起こすのはあたしの習慣のようなものだったし、なにより、それが楽しみだった。

 立花さんがきてからは、あたしが起こす前に立花さんが起こしてしまうし、どこにでるときだってほとんど立花さんと一緒。そんな立花さんに、正直のところ嫉妬していた。

 やっぱりあたしはお兄ちゃんのことが―――

 「魅奈ちゃーん!」

 誰かに呼ばれてきょろきょろとあたりを見ると、誰かがあたしに対して手を振っている。男の人のようだけど……。

 「……あっ、榎本さん」

 「どうも!」

 こちらに歩いてきて気軽に挨拶をしてきたのは、お兄ちゃんの友達の榎本義さんだ。

 「どったの? こんなところで一人」

 「いえ、ただの散歩というかなんというか」

 「散歩って、こんなとこまで?」

 いわれてあたしは周りの景色を確認する。今あたしがいる場所は家から家から直線距離でも三キロぐらいは離れている場所だ。商店街より人気は少なく、車もあまり通らない。一回だけ友達と探検気分で来たことがあった場所だ。

確かに家からの散歩にしては遠い場所であることをいまさらながらあたしは気づいた。

 「まっ、いいけどね。まだ散歩続けるの?」

 「うーん……いや、さすがにもうそろそろ帰ろうかな…」

 「それじゃオレと一緒に帰らない? いや、ナンパとかじゃないぞ? オレはどちらかというと年上のほうが好みだからな! それにさすがに友達の妹に手を出すほどオレだって悪じゃないぜ」

 聞いてもないことに対して勝手に答えて、勝手に自分の趣味をさらけ出す榎本さん。

 たぶん、話しやすいようにしてくれてるんだろう、とあたしは勝手に解釈することにした。お兄ちゃんがいうには、いつもこんな感じらしいけど。

 あたしはしばらくの間、榎本さんと一緒に帰ろうかどうか悩んだ。

 元はといえば一人になりたくて、散歩なんて名義上でぶらぶらとしてた。だから本当ならまだ一人でいたい。

 どうしようかと迷って――いい考えを思いついた。

 「いいですよ。一緒に帰りましょうか。正直なところ帰り方が少しわからないんで」

 ちなみに、帰り方がわからないのは本当。

「よっしゃ、んじゃ帰ろっか!」

 「はい」


 ……ということで、あたしは榎本さんについていくことにした。

 ちなみに、あたしが思いついたいい考えというのは――

 「最近お兄ちゃんはどうですか?」

 ――お兄ちゃんの友達である榎本さんなら、何かお兄ちゃんについてもうちょっと知ってるかもしれない、と思ったから。つまり情報収集のようなもの。

 単純だけど、案外効果的だとあたしは思う。

 「お兄ちゃん……オレのこと!?」

 「ち、違いますよ。うちの兄のことです」

 ……案外、これは人選ミスっていうやつだったのかもしれない。

 「そ、そうだよな。恭史のことに決まってるよな。ふっ、どちらかというと年上好きの俺が年下に幻想を抱くなんて、今日の不覚だぜ」

 ふっ、と最後にいいながら頭を抱える榎本さん。うん、やっぱり人選ミスだったかも。しかも、“一生の不覚”じゃなくて“今日の不覚”なんですね。

 「うーん、最近恭史がどうっていわれても、特にいうことない……いや、あった! そうだ、立花さんだ! あいつは夏休みに入ってから立花さんと一緒に同居し始めやがった! あいつがどうのこうのじゃない。オレはあいつを恨んでいる」

 「そ、そうですか」

 話がかみ合わない……。どうしたものかと少し考え、この人に何かを求むのはやめようとあきらめかけていたときだった。

 「…まあ、なんだか恭史にしちゃやけに立花さんに気を使ってる感じはあるな。立花さんも、表情には出さないけどなんだか恭史とは楽しそうにやってるみたいだし。強いて言うなら、二人はカップルになる前の友達以上恋人未満ってところの関係なんじゃないのか? あくまでオレから見たら、だけどね」

 榎本さんがまじめに話し出して少しびっくりした。

 「友達以上、恋人未満……」

 「ああ。他人から見れば、少しぎこちない男女一組だね」

 友達以上で、恋人未満。それは、とてもぎこちない関係だと思う。でも、榎本さんのいっていることは、確かに、と思わせることだった。

 「どしたの~? もしかして、立花さんにヤキモチかい?」

 「ち、違いますよ!」

 「あはは! まあ大丈夫さ! この榎本義が立花竜子の心を大怪盗のごとく盗んでいってやるからさ」

 あははは、と少し乾いた笑いをあたしはして、簡単にそうなったらどれだけいいだろう、と思っていた。

 別に榎本さんが立花さんとくっつけない、というわけではないけど、可能性としては低いだろうから。

 「あっ、そういえば魅奈ちゃんは今年の夏祭り行くの?」

 「えっ、あ、行きますけど?」

 「ずばりそこに立花さんは!?」

 「いると思います……けど」

 「よっしゃキターーー! 夏祭りといえば一種の恋の花咲くイベント! ここで立花さんと一気にお近づきになるぜ!」

 なんだか一人で盛り上がり始めてしまった榎本さん。あたしは、正直盛り上がれない。

 ため息をついて、無駄だとわかっていてもお兄ちゃんと二人で夏祭りを楽しめる方法を考える。二人だけで……。

 立花さんさえ――いなければいいんだ。


 ドクンッ


 そう思った瞬間、何かがあたしの中でうずいた。いや――芽生えた。

 ナニか、めばえちゃ、イケない、モノが。


「魅奈ちゃん? どったの?」

 「――えっ?」

 いわれて我に戻ったようにしてハッと顔を上げる。

 「いや、なんだか暗~いオーラみたいなものを出してたからさ。いや、オーラなんて見えないんだけどさ」

 「そ、そうなんですか? あっ、ごめんなさい! 何か気を悪くされたんなら」

 「いやいや、大丈夫大丈夫! 問題ナッシングでモーマンタイよ! 魅奈ちゃんが元の調子に戻ったんなら尚更ね」

 あははは、と楽しそうに笑うのを見て、あたしもなんだか気分が楽になってきた。心の中で榎本さんにあたしは感謝した。そして、他愛もない話をしながらそのまま家へと帰っていくことにした。

 さっき、あたしの中で芽生えたものなんて気にもかけずに。


少しいつもより魅奈が暗いお話でしたが、どうでしたか?

やっぱりなんだか女心っていうのがわからなくて、女性読者がいたら「いやいや、そんなこと思わないって」と思うところも多々あるかもしれませんが、そこは感想orレビューで指摘してくださるとうれしいです。

では、次の更新は4月までに、あるいは4月初旬にはあげたいと思います。

それでは。

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