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18.合わない気持ち 解らない気持ち

少し遅れてしまいましたが、一応予定通り(?)更新できました!

今回も少し長めですが、これからもこれぐらいの長さになると思います。

今回は主に魅奈・立花の話になります。とかなんとかいって、これといった進展はありませんが・・・。

それではどうぞ。

 気づけば七月も残すところ一日。

 つまり今日は三十日だ。

 ラジオ体操からの帰りがけ、電柱に貼ってあるお知らせの紙を見て俺は立ち止まっていた。

 「どうしたの?」

 「いや、もうそろそろ夏祭りの時期か、と思ってさ」

 電柱に貼ってある紙には、ついさっきラジオ体操を行った公園である夏祭りについての紙があった。

 「夏祭り……ね」

 「ああ。なになに? 八月の二日開催予定。雨天中止、か。今日が三十日だから明々後日だな」

 「そうね。あそこの公園、案外大きいから意外と規模は大きいの?」

 「そうだな。そこら辺の祭りなんかよりはでかいかもな」

 何せ、商店街の人たちまで集まるほどだ。商店街は商店街で、また別に夏祭りはやるらしいのだが、公園での祭りとは別物らしい。

 熱量もすごく、夏で一番みんなが活き活きとしているときかもしれない。

 「貴方はいくの?」

 「ああ、もちろん。というか、毎年行ってるな。あっ、立花もいくよな?」

 「…そうね、考えておくわ」

 「考えておくって……」

 立花は先に歩いていってしまい、俺はその背中を見つめる。

 その背中はどこか元気がないように見えてしまい、俺は自分が何か悪いことをいったのだろうか、と俺は反省する。しかし、そのときにその反省点がわかることはなかった。

 「そういえば立花」

 ただ、その背中を見るのが嫌で、俺は用もないのに呼び止める。立花は立ち止まり、顔だけこちらに向けてくれた。

 「えっと……」

 言い出したからには何かをいわなければいけない。だが、もちろんそんなことは考えておらずに…。

 「そうだ! いまさらだけどさ、携帯のメアドとか交換しておかないか?」

 ――なんて、どこかのナンパ男のようなことしか思いつかなかった。

 「メアド……?」

 とかなんとか思っていたが、案外くらいついたようだ。

 「メアドってなに?」

 …違う方向に。

 「なにって、メールアドレスのことだよ」

 「メールアドレス……メアド……なるほどね」

 俺が説明してやると、立花はうなずきながら納得したようだ。にしても、メアドの意味を知らないって、最近のおじいちゃん、おばあちゃんじゃあるまいし

 「そう、メアド。ほら、離れているときにすぐ連絡できないだろ?」

 「基本的に、貴方があまり私から離れない、というのが原則なのだけれどね」

 確かに。それをいわれればそういう話だ。例えメアドなんて交換しあって、それでピンチになったときに連絡できる可能性なんてゼロに等しいだろう。生憎と、俺には綻びなるものが視えるわけでもないから、どこにムタンがいるかどうかなんてわかるはずもない。

 だが、ここで折れる俺ではない!

 「そりゃそうだけど、知っといて損はないだろ? お互い」

 「……そうね。でも――」

 そこで立花の口は止まり、そのまま黙ってしまう。

 でも――でも、なんのだろうか。そんなことは考えればさすがの俺でもわかる答えだ。

 いくら決意を固めても、やはりどこかに躊躇いがある――失うことに。

 「…なんでもないわ。そうね、お互い知っておいて損のないことだものね」

 少し微笑みながら立花はいう。その返答には、その些細な迷いをふりきったようにも聞こえた。

 「んじゃ、帰ったらよろしくな」

 「ええ」

 俺が隣にくるまで、立花は待っていてくれた。その行くまでに見た立花の後ろ姿はさっきまで元気がないように見えた後ろ姿とは違って、いつもどおりの立花だった。


 …


 帰って早速、俺は自分の部屋にある携帯を取りにいく。立花は常に携帯を持っているらしく、そのまま俺の部屋へとついてきた。

 携帯をとって赤外線で立花に俺のメアドを送るために設定をする。

 「よし、んじゃ赤外線で送るから、受信してくれよな」

 「了解したわ。待っとけばいいのかしら?」

 言いながら取り出した立花の携帯は、なんだか女子らしからぬブラック。ストラップのようなものは一切つけておらず、まさに買ったときの状態のように綺麗だった。

 「ああ、そのまま待機してくれればいい」

 おまけに、最初に貼ってある保護シールのようなものまでまだついている。あれは買ったらすぐに剥ぐものじゃないのだろうか。というか、自然に使っていても剥げるような気がするんだが、どうやってここまで綺麗に保ってるんだ、こいつは。

 ……と、思うだけで口にはしない。

 「受信できたか?」

 「ええ。三枝恭史、これでいいのよね?」

 一言「おう」といって頷く。

 「えっと、私も赤外線で送ればいいのかしら…?」

 「ああ、よろしく頼む」

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 ん? なんだ、全然送られてこないぞ……?

 「立花……?」

 「何かしら」

 「早いところ赤外線で送ってくれるとうれしいんだけど」

 「………………」

 なぜか立花はうつむいて、携帯にくらいつくようにして画面を見ている。何か一生懸命やっているようだが。

 おまけに黙っている。なんだ、もしかして立花――

 「――赤外線のやり方、わからないのか?」

 「…………悪いかしら?」

 少し不機嫌になってしまったようだ。なんだろう、本来なら当たり前にできることができないのが悔しいのだろうか?

 「いや、別に悪いってことはないけど、珍しいなって。今時いるもんなんだな。だったら俺が」

 「いいわよ。貴方にできて私にできないことなんてないわ」

 変な意地を張り始めて、立花は携帯とにらめっこをし始める。というか、それは俺を軽くバカにしてるのか。

 今までの立花を見ていると、今目の前で携帯に苦戦している立花がなぜかおかしくなってきてしまって、笑うまではいかないが、口元が緩んでしまう。

 「これ…かしら?」

 やっと赤外線通信までたどり着いたのか、少し悩みながら携帯を見ている。立花の携帯はそう古くもないし、大抵はわかりやすくついているものだと思うのだが。

 「送るわよ」

 「おう、こい」

 立花がピッとボタンを押して俺のほうに送られてくる。送られてきた名前には、ただ『たちばな』と書いてあるだけで、俺はそれを登録する。

 「よし、交換完了」

 「携帯っていうものは苦手だわ。慣れないもの」

 慣れない、というのはきっと今までの立花の傾向から考えると、あまり活用することがなかったからだろう。

 もしかすると、立花の携帯に入っている電話番号は家の、あるいは阿槻さんの電話番号ぐらいなのかもしれない。そして、たった今俺の電話番号、そしてメールアドレスが追加された。

 ……なんだろう。そう考えるとあまり喜べないのだろうけど、少しうれしい。立花に、少しだけ認められたような気がして。

 「目覚めよお兄ちゃん!」

 ばたん、と音をさせて、ついでに何か封印されていたものでも目覚めさせるかのような台詞をいいながらドアは蹴破るようにして開かれた。さっきまでのいい雰囲気が台無しじゃないか。……勝手に俺がいい雰囲気だと思い込んでいるだけだが。

 「って、あれ? お兄ちゃんもう起きてるじゃん。それに、立花さんもいないと思ったら」

 本来なら俺の眠りを妨げるためにやってきた朝の悪魔――妹である魅奈は歩いてきて、二人でなにしてたの? という感じの目で俺を見てきた。

 「二人とも携帯なんて持っちゃってどうしたの?」

 「ああ、メアドとか交換してなかったから、しておこうかと思ってさっきやったんだ」

 ふーん、と一人頷きながらしばらく思案した後に、ぽんっと何かひらめいたようにして手の平を叩く。

 「それじゃ、あたしにも立花さんのアドレス教えてよ!」

 言って、魅奈は自分の部屋に携帯を取りにいく。

 何をひらめいたかと思えば、そんなことか。

 俺はその程度にしか思っていなかったが、立花にしてみれば予想外の展開だったようで、少しだけ目を見開いている。

 「とりあえずあたしのを送るから、立花さんは受信してね」

 「え、ええ」

 立花を押し切るようにして魅奈は赤外線通信により自分の電話番号とメールアドレスを立花に送信する。立花はしばらく、自分の携帯に送られてきた『三枝魅奈』という名前を見つめ続けていたが、やがて決定キーを押してそれを登録した。

 「それじゃ今度は立花さんよろしくね」

 こくりと頷き、立花はさっきとはちがって、すらすらと赤外線通信によって自分の情報を魅奈の携帯に送信した。

 「立花……なんだっけ?」

 「竜子よ。“竜”の“子”って書いて竜子」

 「ありがとー、立花さん。これで三枝家と立花家の関係は深まったね、お兄ちゃん!」

 「えっ? そ、そうだな」

 突然ふられて、適当に返答する。声はハキハキとしているが、なぜか魅奈の目はジト目である。なんだ、俺は何かしたっていうのか。

 「まあ、とにかく起きてるなら朝食、食べよ。今日はお兄ちゃんを起こせなくて残念だな……。せっかく立花さんからあの布団剥ぎのやり方のコツを教わったのに」

 立花、いつの間にお前はそんなことを教えていたんだ。

 あれを魅奈までもが習得したら、それこそ俺の安眠の時間はなくなる。ましてや、今日の俺は寝てないんだぞ? お願いだから勘弁してくれ。

 魅奈は、最後に「早めに降りてきてね」と言って部屋を出て行った。

 俺は正直眠りたかったが、どうもそういうわけにはいかなさそうだったから、しぶしぶ立ち上がる。

 「飯食おうぜ。で、食ったら俺は寝る」

 今度こそ夢の中へいってやるんだ。今の俺は夢の中へいってみたいと思っている、いや、本気で。

 俺が朝飯を食べに行こうと促したのが聞こえなかったのか、立花は座ったまま動かない。閉じられた携帯をずっと見つめているようだ。

 「立花?」

 「…なにかしら?」

 「いや、飯を食おうぜ、って」

「わかってるわよ」

 そういって立花は立ち上がり、先に俺の部屋をでていった。わかってるなら早く反応してほしいところだ。

 携帯を見つめて、何を考えていたのだろう、なんてことを少し考えてみる。が、他人の思考がわかるわけもないし、ともっともな結論にいきあたって俺は考えるのをやめ、部屋をあとにした。


 ◇


 朝から何をしていたのだろう? そんな疑問がずっと朝食を食べている間にあたしの頭の中で渦巻いていた。

 なんだかお兄ちゃんは寝てないのか、やつれているように見えたし、服装もなぜか寝巻きじゃなくて二人とも普段着だった。

 あんな早朝からメアドを交換するために起きるなんてことはありえないだろうしな……。

 「むー…………」

 いつもより眠そうにしているお兄ちゃんを見てみる。

 「なんだ、魅奈。俺の顔に何かついてるのか?」

 「いや、別に」

 「?」

 そんなベターな言葉で返してくるお兄ちゃんもお兄ちゃんだ。朝から立花さんと二人きりで部屋にいたなんて。

 あたしが立花さんにメアドを教えてもらったのは、ただの、本当にただの思いつきだった。

 ただ、お兄ちゃんだけがメアドを知っていることをなんだか許せなかった……だけ、だと思う。

 ちらりと立花さんを見てみるけど、いつもと変わらない感じで朝食を食べている。ちなみにお父さんとお母さんは朝から仕事。よって、今食卓には私とお兄ちゃんと立花さんだけだ。

 あたしの前には立花さん。横にはお父さんとお母さんがいないからちゃんとした椅子に座っているお兄ちゃんが。

 ……よし、ここは一つ本人に聞いてみよう。

 「立花さん、朝からお兄ちゃんの部屋で何してたの?」

 「見たと思うけど、メールアドレスを交換してたのよ」

 「それだけのために朝早く起きたの?」

 それだったら、まるで私に隠れてコソコソと交換しあってるみたいじゃない……。

 「いいえ。その前にラジオ体操にいってきたのよ」

 「ラジオ体操?」

 あー……そういえば近くの公園で毎年恒例のラジオ体操がやっていたっけな。

 あたしも小学生のときはよく行ってたな。朝は弱いほうじゃないから、案外楽にいけて楽しかった覚えがある。

 「ラジオ体操をするためだけに早起きしたの? お兄ちゃんもつれて?」

 「そういうことね。貴女の……えっと、魅奈ちゃん、でいいかしら?」

 「へっ? 別にいいけど……?」

 突然あたしのことをどう呼べばいいか聞かれたものだから、あたしは戸惑いながら応える。

 そういえば、立花さんは今まであたしのことを名前で呼んでくれたことはなかったっけ。

 「魅奈ちゃんのお兄さんは放っておくと、どうも堕落した生活をおくってしまうみたいだし。せめて私がいる間だけでもきちんとした生活をさせることにしたの。ラジオ体操っていうのは、ある意味では一日の始まりですもの」

 「おー、確かに」

 うんうんと頷いてあたしは納得する。確かにお兄ちゃんの生活は立花さんがくるまでは怠けていたと思う。立花さんが来てから……つまりは、夏休みが始まってからはそれも直ってきたけど。……ついでにいえば、それはあたしのやることが一つ減ってしまった、ということだけれど。

 「余計なお世話だよ、ったく。……あっ、そういえば、魅奈も今年の祭りいくよな?」

 「お祭り? あの公園であるやつのこと?」

 うんうんと頷きながらご飯を口の中に入れる。

 お祭りか。確かに毎年行ってる。あそこの公園でやるお祭りは規模がそれなりに大きいから、毎年飽きることがない。催し物も面白いものがあるし。

 「うーん、そうだなー。たぶん行くと思うけど、お兄ちゃんはどうするの?」

 「ああ、俺もいく。で、立花も一緒に行くと思うんだ」

 「―――――――」

 また立花さん、か。

 最近お兄ちゃんは何かと立花さんを連れて行く。そりゃ、立花さんも居候の身だし、放っていくわけにもいかないけど。

 「へ、へえー。別にいいんじゃないかな? あたしはどっちでもいいよ」

 「そっか。まあ、毎年俺とお前だけじゃ飽きるだろ? お前も友達と行けばいいのに、なんでか知らないけど呼ばないしさ。そりゃ、今年こそ友達を呼んでいけばいいんだけど……まあ、何より、いくときは立花と一緒によろしく。な?」

 「う、うん……」

 渋々頷いてあたしはそれを了承した。


 毎年お兄ちゃんとお祭りにいくのはあたしの楽しみだ。

 お兄ちゃんはなんだかんだいって奢ってくれたりするし。けれど、それが理由じゃない。

 あたしは――お兄ちゃんと一緒の時間を過ごしたいんだ。

 だから毎年、お兄ちゃんの後ろについていくようにしてあたしはいた。ずっと、あたしが園児のときから。

 その後ろ姿は頼りなさそうに見えた。けど、本当は何より頼りがいのある後ろ姿。それに憧れて、ずっと……。

 ――だというのに、立花さんが入ってきたことによって、今それが崩れかけている。お兄ちゃんといれる時間がなくなっていっている。

 最近、お兄ちゃんはどこに行くにも立花さんがついていたりする。どんどん、離れていってるんだ、あたしの憧れは。

 それが正直、許せない。だけど、反抗することもできない。反抗したところでどうなる話ではないし、それによってお兄ちゃんと一緒にいれても罪悪感なんてものが芽生えてしまうだろう。

 お兄ちゃんと本気で二人でいたいなら、そんな覚悟ぐらいもっておかなければいけないのに、なんて半端な気持ちをあたしは持ってるんだろう。

 ――お兄ちゃんと二人きりでいたい……? いや、違う、あたしは――あたしのお兄ちゃんが誰かに取られるのが、怖いだけなのかもしれない。

 だから、あたしから見れば立花さんはただの邪魔者なのかもしれない。


 「お兄ちゃん、今日は夏休みの宿題手伝って!」

 ――だから、そのための防衛策をはっておこう。前向きに考えればいいんだ!


 ◇


 「お兄ちゃん、今日は夏休みの宿題手伝って!」

 しばらくの間黙り込んでいたかと思えば、唐突に魅奈はそんなことをいってきた。

 「手伝う? 俺が?」

 「うんうん。わからないところがあるんだ」

 「いや、そういうことは明らかに俺より立花に頼んだほうが」

 「………………」

 なぜだ。なぜ魅奈に睨まれてるんだ、俺。

 「…いや、そのさ。俺、昨日は寝てないから今日はぐっすり寝たいんだけど……」

 「だいじょーぶだって! 勉強してたら眠気も吹っ飛んじゃうから!」

 それはまったくもって逆じゃなかろうか。勉強してて眠気が吹っ飛ぶって始めて聞いたぞ、俺は。

 「何が大丈夫なんだよ? だいたい、俺に聞くだけ無駄だってわかってるだろ、お前」

 「ソンナコトナイヨ。シンヨウシテルヨー」

 明らかに棒読みだ。

 魅奈の宿題を手伝う、か。いや、でも実際本当に眠たい。今ベッドにいけばすぐに寝れるだろう。どこかの小学校五年生もびっくりなぐらいに早く寝てやるさ。

 しかも魅奈の中学校の課題はいろいろと面倒だ。というのも、俺と魅奈は同じ中学校だったから言えることである。つまり、いまや卒業した俺からすれば経験済みの課題だ。通っていた中学校の教訓には“怠けぬ豊かな生活を送る”というのがある。それを校長先生が律儀にも守ってくれているせいか、一番学生たちが怠けそうなこの夏休みという時期に大量の宿題を出してくるのだ。

 先生から聞いた話、自分たちとしては宿題はもうちょっと減らしてもいいんじゃないか、と思っているそうだが、それを会議なんかでいうと校長に何をいわれるかわかったもんじゃないから、教師は皆、黙っているらしい。

 ……よって、魅奈の夏休み宿題は多いこと間違いなし。しかも、中三ということは俺が教訓に逆らうがごとくに怠けていた時期だ。授業中はほとんど寝ていて、はっきりいって授業内容なんてほとんど覚えていない。

 受験二ヶ月前ぐらいになって必死に勉強しはじめたのはいい思い出である。

 「で、どうするの。お兄ちゃん。もちろん、手伝ってもらうけど」

 「俺に拒否権はないのかよ」

 「もちろん!」

 やってられねえ……。

 俺じゃどちらにせよ教えきれそうにないから、立花に助けを乞おうと目で合図を。

 「頑張ってね」

 って、出て行くなよ!?

 立花はタイミングでも計ったように居間から出て行ってしまった。残されたのは俺と魅奈だけ。

 「はぁ……わかった、手伝う。けど当てにはすんなよ?」

 「ありがとう! お兄ちゃん!」

 やったー、と歓喜する魅奈は準備をしてくるとかなんとかいって自室へ戻っていった。

 「くそ、今日一日眠れそうにないな」

 せめて、魅奈が手伝って、といった課題が英語じゃないことを祈るばかりだった。昨夜、あれだけやったからな。これ以上やってたら、俺の頭がおかしくなりそうだ。

 ……さて、少しでも眠気が覚めるように顔でも洗っておくかな。ついでに目薬とかを用紙しておけば目が疲れたときでも大丈夫だろう。


 ◇


 携帯――私は、もしかしたら初めて他人とメールアドレスの交換をしたかもしれない。

 私の携帯の中に入っていたのは梅規と家の電話番号ぐらい。それ以外は全然なかった。こんなのでは、別に最新の携帯でなくてもよかったのかもしれない、と思うほどに使っていなかった。

 携帯の機種変更をしたのは、単に前の携帯が古すぎて使い物にならなくなってしまったから。

 前の携帯はポケベルのようなものだった。それでも私には十分だったから使っていたのだが、とうとう携帯自体の寿命がきてしまったようで、使えなくなってしまったのだ。

 だから携帯を変えたのだが、今の携帯になったのはたった一年前ぐらいのこと。だから、それなりに新しい、とは思う。携帯も梅規にたまに連絡するのに使うぐらいだから傷つくことなんてなかった。

 ――そう、私には携帯電話なんていう機械はいらないに等しかったんだ。

 電話をするだけなら公衆電話でも事足りる。けれど、梅規は一応持っておけ、ということで私に携帯電話を与えた。

 もちろん、その携帯こそ私が最初に使っていた携帯。電話することしかできないポケベル。

 そして、新しい携帯になって今まで私には不要だと思っていたメールという機能。

 ついに、というべきなのか、やっと、というべきなのか、その機能は今日から使われることとなった。

 「三枝恭史、三枝魅奈」

 アドレス帳に載った新たな名前を見てつぶやく。

 この文字という情報の媒体にどれほどの意味があるのか。私にはただ、連絡を取る、というだけの手段のためにいる情報のようにしか見えない。そうとしか捉えられない。

 自分でそんなことを考えていて、自分はつまらない人間なんだろうな、と思ってしまう。

 私がため息をして携帯を閉じる。と、部屋のドアが開いて何やら上機嫌な魅奈ちゃんが入ってきた。そのまま机の上や鞄の中から何やら教材を取り出し始める。

 取り出しているのは数学の教科書に、何やら少し厚めの冊子。

 「そういえば、勉強を教えてもらうんだったっけ?」

 「うん! まあ、お兄ちゃんに聞いても仕方ないってことはわかってるんだけどね」

 あはは、と笑いながら数学の課題を中心に教科書やノートを集めていく。

 なんで仕方ないとわかっているのに手伝ってもらうのか。それは――私にはあまり理解できない。

 仕方ない、ということは聞いてもまともに手伝うことはできない、ということ。そんな相手に課題を手伝ってもらう、というのは一人でやるより時間がかかることだろう。

 だけど、なぜか楽しそうにしている彼女を見ていると、そんなことをいおうとは思わなくなる。

 「じゃあ、勉強してくるねー」

 そういって彼女は一階へと降りていった。

 「……わからないものね」

 一人呟いて、私は窓から外を見る。外では太陽の日差しが地面へと降り注がれている。だけど、その光はまだ暑そうには見えない。朝の日差しはむしろ心地がよさそうだ。

 しばらくの間、二人は戻ってこないだろう。私は立ち上がって彼の部屋に置いてある刀をとりにいって、手入れをすることにした。


 刀の手入れは簡単なようでいて難しい。

 もちろん、気をつけなければ手を切ってしまうことだってある。

 しかし、そんなのも何年かやっていれば慣れてしまう。私は手際よく刀の柄や鍔を外して刀身のみにする。

 拭い紙-ヌグイガミ-で古い油をとった後に、打粉-ウチコ-という警察が指紋をとるときにつかうような道具を使って刀身の両面に軽く叩くようにして粉をかけ、もう一度拭い紙で刀身を拭く。

 油塗紙に新しい油をしみこませて二、三回ほど刀身にムラが出ないように、油が塗られていない所がないように油を塗る。

 後は外した柄や鍔をつけて、これで終わり。

 最初は古い油をとったりするときに刃で手を切ったり、新しい油を塗るときに量がわからずに苦戦していたが、今ではそんなミスも犯さない。

 最後に鞘に刀を入れて竹刀袋に収めた。

 「十五分、か」

 手入れにかかった時間を時計で確かめて呟く。私は最初、なれずに四十分ぐらいかかっていたような気がする。

 「さて、と」

 立ち上がって、私は手を洗うために一階へと降りることにした。もちろん、この油は先ほどの手入れでついたものだ。

 刀の手入れをするたびに油が手についてしまう、というのはある意味では難点だ。しかも油というのは石鹸で洗ってもなかなか取れない。

 だから、まずアルコール系のもので大方の油をとった後に、石鹸で洗う、ということを毎回している。これはこれで面倒な作業だけど、手がべたべたとしているよりかはいいだろう。

 「あー、お兄ちゃんまた寝てる! 起きろー!」

 「すまんすまん……」

 「って、また寝てる! もう、ちゃんと手伝ってよー」

 居間のほうでは楽しげな声が聞こえてくる。もっとも、楽しそうなのは魅奈ちゃんだけかもしれないけれど。

 やっぱり、彼に宿題を手伝ってもらう、というのは逆に時間がかかっているようだ。魅奈ちゃんの成績がどれほどのものかは知らないけれど、しっかり者の彼女のことだから少なくとも彼よりかはいいだろう。

 「これはどうやるの?」

 「えっと……関数!? いや、無理。俺は関数無理なんだ」

 ……先が思いやられるような発言。

 それに対して魅奈ちゃんも何かいっているようだが、その声色には決して怒っている、などという感じはない。ただ純粋に、楽しんでいるように聞こえた。

 なぜ……? その疑問は私一人ではわかりそうにはなかった。


 ◇


 ものごとを“個”でしか捉えられなければ、それは酷くつまらないモノ。

 ものごとを“多”で捉えられるのであれば、それは“個”しか捉えられないよりは面白いモノ。

 一つしか可能性が考えられないのならば、ソレは欠陥品であると同時に、二つ以上の可能性を考えられないというソレも欠陥品。

 モノゴトは完全ではなく、不完全。故に、世の中に完璧、完全、という言葉は存在していること自体がおかしい。何を持って完璧なのか。何を持って完全なのか。それは考えるだけ無駄である。その言葉はただの比喩に他ならない。

 考えるべきは―――何が欠けているか。

 欠けているものはナニか。常に、永久に、それを考え続け、求め続ける。

 探すべきソレが見つからなかったとしても、それはおかしなことではない。だからといって、見つかってもおかしなことではない。新たに欠陥が増えるだけ。

 永遠に続くこの連鎖。止めることはできないし、止まることもない。


 ―――――。


 望まれて生まれたモノじゃないとしても、■■は探し続ける。

 さあ、■■に合うモノを探そう。空に輝く発光体のソレは上り始めたばかりだが、ソレが沈んだ後にどう探求するかぐらいは考えられるだろう。今は動くのではなく、観る時間だ。


最後のやつ、誰か判りにくくしたのは仕様です。

次の更新は三月ごろになるかもしれません。今回も少し時間がかかってしまいましたので・・・・。


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