1.始まりは唐突に
次から更新速度が遅くなるかもです。
8/16 ルビがおかしかったので、修正しました。
世の中の学生たちはまさに夏休みシーズン。
大人たちはそれを恨めしそうに見るが、そういうあんたたちにだって、こういう休みはあったはずさ。恨まれる覚えはない、と堂々と闊歩する。
その一人でもある俺、三枝恭史-サエグサキョウジ-。今年、晴れて義務教育というものから解放され、自ら教育という地獄へと落ちていった学生の一人である。
中学校までが義務教育、といっても、流れ的に高校までいくもんなんだから、俺はもう高校も義務教育の一環だと思っている。
何も好きで高校に入ったわけじゃない。ただ、将来というものを考えるとなると、高卒というものはあったほうが得だし、中卒で何か夢中になれるような夢中人でもなかったわけだから高校に入ったまでだ。
そんな俺は、今中学校からの友達である榎本義-エノモトタダシ-の誘いを受け、カラオケへと向かう途中である。
もちろんというかなんというか、自転車で目的地へ向かっているわけだが……。
「暑い」
そう、夏休みシーズン。つまりは夏真っ盛り。
温暖化が進んでいる証拠なのか、それとも太陽が無駄な働きをしているためなのかわからないが、地上にいる生物たちを熱中症にしようと太陽の光をさんさんと浴びせている。
だから、暑い、とただ一言いうことしかできない。これ以上的確な感想はないだろう。
目的地までは約二十分ぐらいの距離。かれこれ五分ぐらいしか外に出ていないのに、汗は出る一方だ。
これからはタオル常備を心がけなければ。
信号機が青になる。ちなみに、さっきまでは信号機が青になるのを待っていた。
俺は自転車のペダルをまたこぎ始める。――と。
ドゴオオォォオオオオオオオン!!
信号機をわたり終えたところにあったビルがいきなり爆発した!
ビルはそう大きいものではないが、確実にさきほどの爆発により倒壊しようとしている。
「なんなんだよ!?」
思わずそう言って、いつの間にか俺の周りから人が消えていることに気づく。
再び前に目をやると、ビルはこちら側に倒れてきていた。
「って、うおわあぁああああ!!」
自転車の方向を変える時間も間に合わないと思った俺は自転車を捨て、走って逃げた。
三秒ぐらい後に、元俺のいた場所にはビルが見事に倒れてきていた。あのままぼーっとしていたら俺はあのビルにつぶされていただろう。
胸はばくんばくんとなっていたが、なぜか同時に愉しいような気持ちが芽生えていた。
それがなんなのかがいまいちわからず、俺は力が抜けてその場に座り込んでしまった。
はっきりいって意味がわからない。ただ単にカラオケにいこうとしていたら、ビルが爆発して倒れてきた、なんて漫画的で下手な嘘のようなことが起きてるんだ。
俺は中学入学祝いで買ってもらった自転車がつぶされたことを悔やみながらも、自分の命が確かに助かったことに安心していた。
…
その後、十五分ぐらいかけてカラオケ店へ徒歩で行った。
さすがにビルが倒れる音と爆音は義たちにも聞こえていたらしく、俺はそれを目の前で見た、ということで少しだけ質問責めをくらった。
もちろん、外で話してたら暑いからとりあえず中に入ってから、ということにしたが。
「で、ちびったのか?」
義の第一質問。
「ちびるか、アホ!」
「それじゃもらしたか」
義の第二質問。
「なんでレベルが上がってんだよ!」
「そっか、大きいほうか」
もう、知らん。こういうのは無視するに限る。
「にしても大変だったね、恭史」
やさしく声をかけてくれたのは、これまた中学のときからの付き合いである手辻優-テツジユウ-。
見た目が少し女の子っぽいところから、女子からはゆうちゃんと呼ばれていることもあった。
当の本人は、そう呼ばれて嫌がっているわけでもうれしがっているわけでもなかったようだ。
もちろん、男子郡は普通に優と呼ぶことにしているが。
「ほんとだよ。でも、貴重な体験だったね、あれは」
「あー、俺ももう少し遅れていけばなー! 恭史がもらしたかどうか確認できたのに!」
「お前は黙っとけ」
一発頭にげんこつを義にかます。
ちなみに、俺含めるこの三人がいつものメンバーで、現在も同じ高校で仲良くやっている。
もちろん、これ以外に友達がいないわけではないが、この二人以外と遊ぶことはあまりないかもしれない。
「さて、恭史の体験談はどうでもいいから、歌おうぜ!」
「お前から聞いてきたんだろうが……」
「ごほん! えー、本日は夏休み記念ということで、私、榎本義主催のカラオケパーティを開こうと思います! そう! 今ここに、私の宣言を持って開始させていただきましょう! ……夏休み記念カラオケパーティ、開始します!!」
マイク越しに大きな声でいうもんだから、最後のほうにキーンという音が入って俺と優は耳をふさぐ。
「ずいぶん派手にやるね、義」
「当ったり前じゃねえか! 高校一年の夏休みは今年しかないんだぞ!?」
それを言っていたら、毎年高校二年のどうたらこうたらとか、今年の夏のなんたらかんたらとかいってキリがないような気がするが、それはあえて口に出さない。
「それじゃなんか曲入れようぜ。開会宣言だけ大げさにやって、内容がしけたらつまらないしな。B級映画じゃあるまいし」
「マイナーな例え方だな、恭史も。ま、歌うか! よし、ジャンジャンいれろ! キビキビいれろ!」
いちいちマイク越しにいってうるさい義。ま、こいつがうるさいのは今に始まったことではないし、別にいいけどな。
俺は目の前に置かれた機械で自分の歌う曲を探すことにする。
「失礼します」
俺が曲を探そうとしていると、なにやらドアから店員らしき女性がやってきた。
「あれ? 何か頼んだっけ?」
「俺はなんも頼んでねえぞ」
「僕も頼んでないよ?」
となればなんなんだろう、今ドアのところにいる女性は。
よく見れば、この店の制服らしきものも着ていない。
「三枝恭史さんはいらっしゃいますか?」
女性は尋ねて、俺が手を上げる。
「俺ですけど、なんでしょうか?」
そういうと、女性は俺の上げた手をとって、強引に引っ張って部屋から出て……。
「って、おい! なにすんだよ!?」
「ついてきなさい」
「ふざけんな! なんで、この……!」
まるで女性とは思えない力で俺の手をつかんでいる。どうもがこうと解ける気がしない。
っていうか、なんなんだよこの急展開!
「義! 優! ちょっと手伝え!」
「お、おう!」
「ちょっと、恭史を離して下さい!」
義が俺の手をつかみ、優が女性の前に立ちはだかる。といっても、身長は女性のほうが上で、迫力負けはしているが。
「恭史を離して下さい」
「それはできないわ。私は恭史くんに用があるの。そこをどいて頂戴」
「いやです」
優が男らしい。俺のためにしてくれてると思ったら少し感動してきた。
「……邪魔よ。貴方たちに構ってられないの」
そういうと、優が停止したように動かなくなった。髪の毛一本、瞬きさえしない。
まるで石のように固まっている。
「貴方も、私のモノを盗ろうとしないで」
そういって、次に俺の手をつかんで引っ張っていた義を睨んだ。すると、義の俺を引っ張ろうとする力がとたんになくなり、同時に義は優と同じように石のように停止した。
「な、なんなんだよ……?」
「さあ、貴方もこうされたくなかったら大人しくついてきなさい。……まあ、停止してでも連れて行くけどね」
……わけがわからない。なんなんだ? なんでこの女性、いや、女が睨んだだけで二人とも固まってんだ? 動けよ、おい。
「動けよ、二人とも!」
「後でちゃんと解いてあげるわよ。だからついてきなさい」
「ふざけんな! お前、こいつらに何したんだよ!?」
「それは今の貴方が知るところじゃないわ」
そういって本当の女とは思えない力で俺を引きずるようにして連れて行く。
俺はもがいてみたが、びくともしない女の力に俺はとうとうあきらめた。
店を出る途中、何人か人に出会ったがみんな時間が停止したかのように動いていない。
動いているのは俺と目の前の女だけ。
心にあるのは恐怖だけだった。だが、同時におかしな感情が入り混じっている。
――愉しさ。
おかしい。自分でもおかしいとは思っている。だけど、恐怖の中に少しだけ入り混じっているこの“愉しい”と思う感情は確かにある。
とうとう自分が狂いだしたのかと思った。いや、素直に自分が狂っていると認めたい。
こんな状況の中で愉しいだなんて思える、正常じゃない自分が嫌だから。
女は悠然と、何事もないかのように歩いている。なんだ、俺はただカラオケにきただけなのに、なぜこんなことになっている?
ビル倒壊からおかしいことが起こっている。それともこれは偶然の一致なのか? なんというか、考えるのも虚しくなってきて俺はつぶやく。
「もうどうにでもなれだ」
前にいる女に聞こえていたかどうかはわからない。だけど、そんなことはどうでもいいことだ。
顔を上げると、店の出入り口までやってきていた。店の外では普段どおり動いている日常。
……動いている?
「なんで動いてんだ?」
思わずつぶやく。
「なんでって、当たり前じゃない。時間っていうものは、常に動いているものよ」
女がさも当たり前のようにいう。それが当たり前なのだが、だが確かに後ろを振り向けば時間が停止しているような店員がいる。レジに並んでいる客たちがいる。
出入り口の自動ドアが開き、むわっと外の暑い空気が流れ込んでくる。
そして女は出際に指をぱちんと一回鳴らした。
すると、店の中のざわめきが唐突に戻った。そのままドアが閉まり、俺は近くに止められている白い軽自動車の後ろの座席に女に強引に入れられた。続いて女が入り、車のドアが閉められる。
「出して」
運転席にいる人にいったのか、車はそのまま動き出す。
「少し目的地まで長いから寝ててもいいわよ。お腹が減ったんならそこにポテチぐらいならあるし、好きに食べても」
「なんなんだよ!」
女がしゃべっている途中に俺は叫ぶ。
「店の中のやつらはなんで止まってたんだよ!? なんで俺が連れてこられたんだよ!? あんた何者なんだよ!?」
俺は意気込んで言ってみたが、女は小さくあくびをして、俺の怒りを一蹴した。
「あのね? 一気に質問されても答えられないの。それに、今貴方にその質問に答えたとしても信じてくれないでしょうからね」
「そんなの、聞いてみなきゃわかんねえだろが!」
「はぁ……無駄よ。今の貴方、何を言ったって否定しそうだし。今さっき起こった現実を受け入れたくがないために、ね」
俺は何か反論しようとしたが、確かにその通りだ。
頭に血が上ってまともな考えなんてできやしない今の俺が質問したことを女が答えても、きっと俺はそれを信じない。むしろ否定するだろう。今、女が言ったように、今さっき起こった現実を受け入れたくがないために。
「……なんだってんだよ、クソ」
悪態をつくぐらいしかできない自分が少し嫌だった。
だが、よく考えればそんなに不満になることじゃない。確かに俺は今さらわれたかもしれないが、今のところ何か身代金とか死人とかがでたわけじゃない。もしかしたら、この後すぐにことは終わるのかもしれない。……いや、それはないか。
ちらりと横目で女を見てみる。
髪の色は黒くてポニーテール。たぶん長さは腰ぐらいまであるだろう。瞳の色は茶色。たぶん日本人なのだろう。白いシャツのボタンを上から二番目ぐらいまで外している。ズボンは黒くどこか大人びた女だった。
「立花竜仔-タチバナタツコ-よ」
「は?」
「私の名前。これから少し長い付き合いになるかもしれないから教えておくわ」
やはりすぐに終わることはないらしい。
「俺の名前は……って、もう知ってるよな」
「ええ。ちなみに私のことは立花でも竜仔でもどっちでもいいから。呼び捨てで結構よ」
わかった、とだけつぶやき俺は窓の外を見る。なんだかいつの間にか俺の知らない場所へきている。
視線を前に戻すと俺の前に手があった。
「よろしくね」
女、じゃなくて……立花は少しだけ微笑みながら俺に手を差し伸べてきた。その手は確かに女性のものでやわらかそうで綺麗だった。
俺はというと、できればこんなわけのわからないことに関わらず、早く帰りたかった。本当ならいまさら義と優たちとでカラオケで熱唱していたに違いない。
今でも、これから何が起こるのかわからない恐怖に見舞われている。だがしかし――そこには確かに愉しさがある。
「……よろしく」
そういって俺は立花の手を取った。
起こったものは仕方がない。今を逃げる方法を考えるんじゃなくて、今からどうするかということを考えるべきなのだろう。
いつの間にか、俺の虚しさもなくなっていたような気がした。これが俺の望んでいたこと? それはこれから起こることで決めよう。
とうとう狂ってしまったらしい俺。こんな非現実的なことを易々と認めてる自分が嫌だったけど、なぜか愉しかった。
こうやって俺の夏休みは始まった。実に狂った、夏休みが。
内容としては、ここまで本当のプロローグだと思ってください。