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17.過去/偽

どうも。結局1月中の更新ができませんでした。

今回は何も進展はないように見えるかもしれませんが、それでも進展はあるんです! 意味がわからないならそのままでOKですw

今回もやや長めになっています。

 ――その日は確か、今と同じような暑い夏だった。

 私は独り、公園で夕方ごろになるまでずっと遊んでいた。

 確か砂遊びをしていて、私の服のすそは汚れてて、それでも独りで孤独に遊んでいた。周りでは楽しそうに私と同じぐらいの年の子が複数人で遊んでいる。それでも、その輪に加わろうとはしなかったし、その子たちが私を誘うこともなかった。

 私は典型的にクラスになじむことができない子だったんだ。誰かと話しても、正直に物事を言い過ぎてその子を傷つけ、何度か問題になったこともある。私は不器用だったんだ。

 適当に砂遊びを切り上げて、服についていた砂を軽く払ってから、私は家に帰ることにした。

 家に帰れば、おかえりなさい、という母の温かい声が聞こえて、続けて父の声も聞こえて、私はそれに応える。服が汚れているのを見て、少し怒られたっけ。でも、怒られている間も母はどこまでも温かさに満ちていた。

 父はこのころ、大手の取引先との商談を失敗してしまい会社をリストラされてしまい、次の仕事先を見つけるためになにやら雑誌のようなものを広げたり、手元には常に電話の子機を持っていた。

 母は一人働いて、なんとか今の家計を支えていた。それでもいってくれた、おかえりなさい、という暖かい一言にはやはりというべきか、疲れが少し見えた。小学校低学年ながら私はそれを察していた。

 それでも――幸せ。そのときはそれが少し厳しいけど、別になんら変わりはないものだったと思っていたけど、今ならそれが幸せだったんだとちゃんとわかる。家こそが私が孤独でない場所。落ち着ける場所だったんだ。

 そこまでは普通だったんだ。そう、そのときはまだ。

 私は自室へと戻って学校で出た宿題を終わらすために机に向かっていた。小学校の宿題なんてものは基礎中の基礎。できないほうがおかしいぐらいの簡単な宿題はたった十分で終わってしまった。

 それが私の日常。楽しく過ごしてきた日々。

 だから、いつもどおりにもうそろそろできるはずの夕飯を食べるために食卓へ向かった。

 今日のご飯はなんなんだろう? そんなことを考えながら部屋に入る直前、声が聞こえてきた。

 何かを言い争うような声。テレビの音ではない。そう、それは間違いなく母と父の声。二人はなにやらもめているようで、私はその空間に入ることを躊躇した。きっと私が入ったら邪魔になるだろう。その判断は賢明だったに違いない。だから、そのまま自室へと戻って、また時間が経ってからくればよかったんだ。

 だっていうのに、私はドアの前に立って、その言い争いに耳を傾けてしまった。

 話の内容はさすがにその頃の私には完全に理解することはできなかったが、それでも何を話しているかはわかった。

 簡潔に言えば、父がなかなか仕事先を見つけれないことに対する母の愚痴から始まったようだった。母は一方的に父になにかをいいつけ、父もそれに言い返す。

 怒声。罵声。奇声。

 私は―――意を決して部屋の中に入った。


 ―――――――。


 すると、さっきまでやっていた言い争いが突如としておさまり、親は私を見て少し固まっている。

 母は私を見て、涙を流して「ごめんね」と一言謝ってくれた。父も続いて謝ってくれた。いいながら私を抱きしめた。その抱擁は優しく、温かかくて……私はそれだけで幸せだった。

 だけど、そこから変わった。母は私から離れて、ごめんね、と謝りながら一歩下がって、また、ごめんね、と謝りながらキッチンのほうへ一歩下がる。

 そして、三回目のごめんねを言って、一歩下がったとき――母は母ではなくなった。

 キッチンにおいてあった包丁を後ろ手にとって父さんに襲い掛かって、包丁を深く、えぐるようにして心臓のある位置に刺した。

 私は何が何かわからなくなって、父の胸から、口から噴出す血を見て失禁してその場に座り込んでしまった。

 そのまま何回か母は父をめったざしにしたのちに、狂喜に満ちた笑顔で自分の首に包丁を刺して自殺した。

 ……わけがわからないままに起こった殺人と自殺は、わけもわからないままに終わって、残ったのは死体二つと私一人。――そして、“ひとつ”。

 見えるはずのないものが視えて、視えてしまったものは私を笑っていた。いや、正確にはわからなかった。ただ、笑われているような気がした。

 “それ”に形はなくて、なんて表現すればいいのかわからない。私は……ただただ、それに対して、悲しみより先に、嘆くより先に、子供にしては異常なほどの、殺意を“それ”に抱いた。

 窓が割れる音がしても、私は見えるはずのない“それ”を睨みつけていた。

 窓を割ってやってきたのは少年で、年は若くてだいたい中学生ぐらいの人だったような気がする。

 そして、その少年は銃をかまわず撃った。すると、さっきまであったはずの、私が睨んでいた“それ”はどこかへ消えてしまった。

 大丈夫か? と問われて、私はもちろん大丈夫なはずがないのに、首を縦にふっていた。

 少年は少しそれに安心したようで、さっきの奴を追うためなのか、すぐに走り出す。……が、すぐに立ち止まって私のところへ戻ってきた。

 少年は聞いてもいないのに、少し悩んだあとに自分の名前はフォーカスだといった。顔立ちは明らかに日本人で、外国人ではないってことは一目瞭然だったが、私は別に気にしなかった。

 私も続いて、自分の名前を言う。

 その後、しばらくの間フォーカスは私と一緒にいてくれた。その間にいろいろと私に教えてくれた。型無き綻び、ムタンのこと。綻びの再構築のこと。そして、その綻びのことや型のこと。

 どれだけ頭はよくても、やっぱり私は子供だったのだろう。そんな話をあっさりと信じていた。もちろん、少しは疑いはあったけど、自分でも綻びの再構築が使えるようになってからは疑いの余地なんてどこにもなかった。

 普通、ムタンの存在は見えない。だけど、私はそれを少なからず視た。そのことをフォーカスに話したら「だったらお前にも綻びが視えるはずだ」なんてことをいったんだ。

 綻びというのは簡単に言えば、そのモノの欠点。同時にモノの真実だという。そのモノの真実を視れるからこそ、綻びの再構築という力を用いてモノの情報を変更できる。これがフォーカスに教えてもらったことだ。

 フォーカス自身も、綻びの再構築を使えるようになった理由はなぜかわからないらしい。ただ、フォーカスも私と似たような境遇だったらしい。そのときに視えるようになったのだという。なんともいい加減な話だけど、私もそうなってしまったんだから信じるしかない。

 そうやって一週間ぐらい、私とフォーカスはホームレスのように、あまり人目につかないところで生活していた。その間、フォーカスはまるで家族のようで、私が独りじゃないことを感じさせた。母と父のことは警察にはいったが、私自身はその場に残っていない。けど、きっと警察は死体を見つけてその後は何かしてくれるだろう。そう信じて。


 ある日の朝。私はごつごつとした地面から頭を上げて隣で寝ていたはずのフォーカスがいないことに気づいて慌てる。

 フォーカスのいた場所には一枚のメモ用紙がのようなものが置いてあって、それを見て私は驚いた。

 メモ用紙には、少し汚い字で『ごめん。これからは一人で過ごしてくれ』と、それだけ書いてあった。

 私はまた、独りぼっちになったんだと理解して、しばらくそこから動けなかった。

 家族を失い、次は私を助けてくれた人がいなくなって……あけくれて、とぼとぼと町を歩いていたときだった。聞き覚えのある声がして、その声のする方を見た。

 そこには一人の男性がいて、私を見てなぜか驚いているようだった。

 その男性には見覚えがあって、少し考えたらすぐに思い出せた。それは阿槻梅規。父とは仲がよかったらしい、元執事ということが印象的で私の頭の中にも残っていた。

 男性は慌てて私を自分の家へと連れて帰り、「大丈夫だったかい?」などと質問をしてきて、すぐに誰かに電話をしようとして受話器をとったのを見て私は、警察だけは呼ばないように頼んだ。なぜ頼んだのかはわからない。ただ、呼んでほしくなかった。

 梅規は最初渋ったけど、必死に懇願する私を見て承諾して、まず一週間前、家で何があったのかを優しく聞いてきた。

 私は最後にみた、あのムタンという存在のこととフォーカスのことだけ抜いて、起こったことを話して、梅規は頷いた。

「これから、おじさんと一緒に暮らそう。これでもおじさんは元執事なんだから」

 得意げに胸を張りながら言って、それが少しおかしかったけれど、私は独りぼっちじゃなくなったんだ、と理解した。

 ついさっき独りぼっちに戻ったはずだった。けど、たった今独りぼっちじゃなくなった。それだけが私の希望となって、その後ずっと梅規と過ごすことになった。梅規は未婚で、私と梅規とでの二人だけでの生活となった。それでも、梅規という存在は温かく、まるで家族のようだった。


 私はフォーカスから聞いた情報を元に私はきっとムタンと戦わなければいけない、と使命感のようなものを覚えて父から少しは習っていた剣道を自分の武器にしようと、梅規に頼んで剣道を習わせてもらった。

 小学生の間はとにかくそれに励んだ。それでも学校の成績は落ちることはさせずに、まさに文武両道。何年間もムタンとは会っていないが、それでもあの時に抱いた殺意は忘れなかった。

中学生になってから、私の家にあった父の刀をもって、独学でできる範囲内で剣術を学ぶ。

 そうして小学生から何年間もムタンを倒す、いや、そんな生ぬるいものではなく、殺すということだけを胸に過ごしてきた――ある日。

 私はあの時の気配を感じた。あの時――家族を失ったとき原因、ムタンの気配。

 数年ぶりのその気配は、やっと復讐ができる、という感覚とともに殺意を覚えさせた。すぐさま刀の持って外へ出た。気配を追って走って、走って…。

 たどり着いた先にはしらない女性が一人と男性が一人いた。

 女性はなぜかへらへらと笑っているように見えて、男性はその女性に銃をつきつけている。私はすぐに近くの電柱の影に隠れて様子を見る。

 二人ともただにらみ合っているようで、女性は撃てといわんばかりにへらへらとしている。私は二人の綻びを視る。あのどちらかがムタンであることはわかっている。綻びの無いほうがムタンだ。

 綻びの形は、簡単に言えばノイズのような場所だ。それが無いのがムタン。

 ……視ればすぐにムタンがどちらであるかはわかった。最初は男性のほうかと思ったが女性のほうのようだ。

 男性が銃をつきつけているということは、あの女性に何かをされた……いや、違う。

 私は…それに見覚えがある。どこか男性の面影にはどこか見覚えがある。そして銃。あの時、私が見たのと同じ銃。


 もしかして――フォーカス?


 一瞬、私はそう思って少しだけ喜んだ。

 小学生のころ、メモ用紙一枚だけ置いてどこかへいってしまったフォーカス。それが今、目の前にいる。喜ばずにはいられなかった。

 だから――


 ――――。


 …その女性を撃つまでは喜べていた。

 発砲音は聞こえず、ただ女性の頭が打ち抜かれたようで街灯にぼんやりと照らされて血が頭から出るのがわかった。当然、その女性の型に入っていたムタンはすぐに出ていって、どこかへ飛ぶように去っていった。

 フォーカスはといえば…銃を向けたままの姿勢で止まっていた。そしてそれを静かに下げる。まるで、元からその結果を知っていたかのように。

 「フォーカス!」

 気づけば私は電柱の影から出て名を叫んでいた。

 「……何しに来たんだよ」

 「なんで撃ったの?」

 「ムタンがいたからだ」

 「嘘よっ! 絶対に知ってた! 撃ってもムタンは殺せないってわかってたはずよっ! なのになんで」

 「うっせぇんだよ!」

 私はフォーカスの怒鳴り声に言葉をつまらせる。私が助けられたときにみた、少しでも優しかった少年の面影は微塵も感じない。

 「躊躇-チュウチョ-してたらムタンなんて殺せやしねえ! 躊躇うこと自体が甘いんだよ。それをいきなり横入りして、偉そうに口叩いてんじゃねえ! あいつは俺の仇だ。お前の仇じゃねえ。どうやらお前もムタンを殺すために、その背中に背負ってる何かで殺しにきたんだろうけどな、お前はただの邪魔だ! 俺の邪魔するんじゃねえよっ!!」

 怒鳴り声が響いて、後の残るのはその残響と沈黙だけ。私は何も言い返すことができない。ただ……純粋に怖かった。

 「……っていっても、お前はムタンを追うんだろうな。あの時のお前の殺意に満ちた瞳は、目標を達成するまでは絶対に諦めない意志があった。けどな、もう一度だけいっておく。あれは俺の仇だ。お前の仇じゃない。お前は邪魔をするんじゃねえ」

 そういい残してフォーカスは銃を胸元に収めてからどこかへ去っていってしまった。

 あれは私を助けてくれたフォーカスではない。別人になってしまったような彼を、銃であの無関係な女性を躊躇いなく撃った彼を、私はずっと許せそうになかった。


 ◆/◇


 いつの間にか昔のことを思い出していた。

 横では彼の妹さんが寝ている。

 「……魅奈、ちゃん」

 …やっぱり呼び慣れない。今までずっと人の名前を呼ぶことを避けてきた。それだけで、距離が縮むような気がしていたから。それだけで、失ったときの悲しさが芽生えるような気がしていたから。


 ――失うのが怖いのはわかるけど、だからってそのことばかり考えてても仕方がないしな。案外、そういうことはどうにでもなるもんだし。


 彼はそういってくれた。

 確かに、そのことばかり考えていても仕方が無い。前には進めない。

 失うのが怖いというのなら、失わなければいい。簡単な話だ。だけど、それができれば苦労はしないというもの。私は今まで何人も失ってきた。故に失うことが怖くなっていたんだ。

 ……だけど、失わなければいい。そのために彼を守っている。失わないために。

 「…そうよ。私は守るわ。そう、決めた」

 一人つぶやいて、私も目をつむって寝ることにした。今は夜。静寂の時間だ。


 ◇


 今は夜。静寂の時間だ。

 …だっていうのに、眠れないのは何故だろうか。人間、静か過ぎると本能的に警戒心が芽生えて、逆に落ち着けないそうだが、ちゃんとクーラーは効かせてその駆動音が静かではあるが鳴り続けている。

 冷えすぎているわけでもないし、だからといって暑いわけでもない。もとより、夏の夜というのは涼しいものだ。

 「なんだってんだよ。ったく」

 家に帰ってからは何もしてないに等しかった。

 ムタンがなにやら動きを見せる気配もないし、結局のところ、無意識下の防衛についてはさっぱりだ。

 まったくもって進歩はない。そのまま一日を過ごした。

 …いや、進歩はあった。

 立花が名前を呼んでくれるようになったことだ。

 まだ少し慣れてないみたいで、少しぎこちないような気がするが。

 立花が名前を呼ばない理由をいってくれるまでは、きっと俺は名前を呼んでくれるよういわなかったかもしれない。

 別に俺自身のことを“貴方”と呼ばれることになんの違和感もなかったし疑問もなかった。だが、確かによく思い出せば、立花は一度たりとも俺の名前を、そしてもちろん、魅奈の名前や義たちの名前を呼んだことはなかった。

 なぜか口元がにやけてしまう。きっとうれしいのかもしれない。

 だけど、今はそんなことより……。

 「眠らせてくれよ、本当に」

 睡魔というのはこういうときには襲ってきてくれない。寝たいときに寝れないまま、目をつむっても三十分ぐらいは眠れない。きてほしくないときに睡魔はきて、きてほしくないときに睡魔はこない。まったくもって勝手の効かないものだ。

 「トイレいこ」

 そんなにいきたいわけではないが、このままずっとベッドで寝転がっているというのも暇だし、何より少しでも動いたほうが眠れると思ったからだ。…トイレにいくという行為だけで眠気が襲ってくるわけではないが。

 掛け布団をどけて、ベッドから立ち上がる。自室から出ると、クーラーの効いていないためか、むっとした空気が身体を包み込む。

 階段を下りて、トイレに入って用を済ますとそのまま階段を上って自室へ入る。

 ……逆に眠気が覚めてしまった。バカか、俺は。

 どうも眠れそうに無いのは、きっと頭とか身体を動かしていないからかもしれない。そうなれば……と、机の上においてある夏休みの課題が目につく。

 頭を働かせればきっと眠れる。まあ、なんともアホらしい考えだが何もしないよりかはいいだろう、と課題を手に取る。

 手に取ったのは英語の課題。一番苦手とする科目だが、難しいからこそ眠気が襲ってくるかもしれない。

 「よっしゃ! やるぜっ!」

 ガッツポーズを決めて課題を開き、参考程度に教科書を開いて、いざ尋常に――!


 …


 「なうぜあーふぁーすとふーとすとあずえぶりうぇれ……じゃなくてえぶりうぇあー?」

 いきなりつまづいてしまった。

 問題は簡単に日本語に訳せ、という問題。

 ちなみに問題文は『Now there are fast-food stores everywhere.』だ。えぶりうぇれって……。

 「えっと、ナウ、だから『今』だろ? で、次がこれだから…待てよ。まずエブリウェアーってなんなんだ?」

 つまづくばかり。そして眠気は襲ってくるどころか逆に覚めてゆく。逆効果しかないじゃないか、ほんとつくづくバカだ、俺は。

 「エブリウェアーはこの文章の場合『いたるところに』って意味か。ということは、『今、いたるところにファーストフード店』。いや、『ファーストフード店がある』か! 答えは……おおっ! あってる。解けた!」

 まだまだ一問目。しかも難易度は全然高くない。俺、大学いけるのだろうか…?

 ふと時計を見てみると、時刻は既に深夜の三時に指しかかろうとしている。

 「俺、頑張ったよな」

 一問しか。いや、俺としては一問“も”解けたんだ! 筆記用具と課題をほっぽりだして、電気を消して今度こそ俺は寝るためにベッドに入って目をつむる。

 だがまあ、結局眠れず……仕方なく朝まで課題に立ち向かっていたのだった。


 …


 徹夜で勉強した成果(?)はあったのか、なんと英語の課題が半分ぐらい終わってしまった。

 人間やればできるものだな、と改めて実感する……が、今更になって眠気が襲ってくる。外は明るくなり始めていて、時間は朝の五時。

 さすがにこの時間帯には誰も起きないようで、家の中は至って静かだ。

 やがて静寂の時間は終わる……つまり、俺の睡眠時間がなくなってゆく。

 「ああ……眠い」

 大きく欠伸をしてから、ベッドに入って目をつむる。

 「夢の中へ、夢の中へ、いってみたいと思いません…か……」

 次第に意識が薄れてきて、さすがに俺の脳も眠ろうしているようだ。慣れない課題をやってしまってお疲れ様なことだ。


 ……パンパンパパンパンパンパン、パーンパーンパパパンパンパンパパパパパパパパンパンパンパーン。


 意識も薄れてきた頃、なにやら聞き覚えのある音楽が聞こえてきた。

 懐かしいような懐かしくないような……毎年毎年この時期になると聞くような早朝のメロディー。

 こんこん、とドアを叩く音がして、俺の眠りは妨げられた。だが、ここは寝たふりをするに限るだろう。

 「入るわよ」

 そういって入ってきたのはどうやら立花のようで。

 「起きてる?」

 「………………」

 嫌だ。起きていても俺は寝ている。そうだ、俺を寝かせてくれ。

 俺はわざとらしく寝返りをうってみせる。いや、これは案外かなりの眠気が混じっているから真に近づいてるんじゃないのか? なんて自分を心の中でほめる。

 「そう、寝てるの」

 そう! 俺は寝ている! 寝かせてもらうぞ、とりあえず昼までは。

 立花は去っていくと思いきや、なぜか足音が近づいてくる。だがしかし、ここで目を開けたら実は起きているということがばれてしまう。だから俺は目を閉じたまま、音だけで気配を察知する。

 「じゃあ……起きなさい」

 次の瞬間、目を閉じていてもわかるぐらいに俺の身体は宙に浮いた。そしてそのまま床へ激突。

 「ったたた……何すんだよ……!」

 「貴方が狸寝入りなんてするからよ」

 「バレてたのか」

 「ええ、寝返りをうったらへんから」

 どうやら俺の寝返りは全然、真には近づけていなかったようだ。

 「で、なんの用だ? 俺は眠りたいんだが」

 「あら、夏休みでこの時間帯に用事があるといったら一つしかないでしょ?」

 はて? 夏休みでこの時間帯に用事? なにかあっただろうか。乾布摩擦か。いや、それは冬だな、どっちかというと。それじゃランニング。いやいや、これは別に夏休み限定じゃないしな。じゃあ、あれか。シャワーか。朝のシャワーはあまりよくないと聞くが、それでも気持ちいいもんだよな、アレは。……で、結局なんなんだろうか。

 「――ラジオ体操よ」


 かくして、俺は半強制的にラジオ体操へと連れて行かれた。

 先ほどの意識がおぼろげなときに聞こえた曲はどうやらラジオ体操の音楽だったらしい。

 その音が鳴っていた場所は近くの公園。どうやら今日からラジオ体操が始まったらしい。公園につくと小学生が数十人と地域のおじさんおばさんが数人いた。

 毎年、この公園ではこの時期になると夏休み恒例といっても過言ではないラジオ体操が始まる。ここらへんは住宅街であるから、結構な数の人がくるわけだが、公園もそこいらのよりかはでかく、それでも場所が狭くなることはない。

 俺もよく小学生のころは嫌々きてはいたが、今となっては懐かしいものだ。子供たちは首になにやらカードをぶらさげているが、確かあれは一回いくと一個もらえるスタンプカードだったかな? あれが満タンになったときのうれしさは小学生だったからか、結構すごかった。しかもお菓子がもらえたりしたものだからな。

 『両腕をおーきく回してー』

 ラジオにあわせて大きく両手を回す。正直、これで眠気はふっとんでいってしまった。

 立花に無理矢理連れて行かれた、というのもあるが、何より致命的だったのは床に激突したことだな。

 公園には俺や立花のように、高校生にまでなってラジオ体操に参加する物好きはほかにいないらしく、かなり俺達の存在は浮いているような気がする。

 「なあ、立花。なんでまたラジオ体操なんかに参加したんだよ」

 「なんでって、そりゃ夏の恒例行事だからでしょ?」

 「いや、確かにそうかもしれないけど」

 「それに、ラジオ体操っていうのは、準備運動じゃないのよ? あくまでこれは“体操”。体力の向上や健康保持や増進を目的としているの。あながち準備運動みたいなものに感じるかもしれないけど、ちゃんと計算されているのよ。夏休みのみならず、毎日していてもいいぐらいね」

 ほう、そうなのか。俺はてっきり『今日一日を元気よく過ごすための準備運動をしましょう!』程度のこととしか思っていなかった。

 実際、やる運動が運動なものだから、それで体力が上がったりする、といわれても俺はあまり信じられないが。

 『最後に深呼吸。いち…に…さん…し…ご…ろく…しち…はち……』

 最後の運動が終わって小学生たちはぞろぞろと前のほうへ集まってスタンプをもらいにいく。

 「俺も小学生のころは、ああやってたかってたな。ははっ」

 「……そうね」

 そのときの返答に少し間があったことに俺は何も思ってなどいなかった。

 


今回は立花の過去が主の話となっています。『少々早いかな?』とは思いつつもあるんですが、いかがだったでしょうか?

次は2月中旬までに更新予定です。

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