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16.私絡み

少し時間はたちましたがあげました。

ちなみに題名は「私絡み」。「シガラミ」と読みます。

今回は長めですが、どうぞ。

※2010.2/28 文章の微修正

 夏休み四日目。

 いろいろありすぎて、なんだか日数がすぐに経っているような気がする。

 しかしまあ、これはこれで飽きないから別に良しとしている自分がいる。やっぱり狂ってるんだろうな、俺って。

 「………………」

 昨夜のことを思い出してみる。

 少しだけウキウキしているのが隠し切れないで、俺の口元は自然とにやけていた。

 死にかけていたっていうのに、のんきなもんだ。

 「って、バカか。俺は」

 まるで死ぬのが楽しみになってるみたいじゃねえか。

 頬をぱんぱんと叩いて、ついでにそんな考えを振り払うかのように頭をふる。


 して、洗面台の前にいた俺は顔を洗って自分の顔を鏡で確認する。

 昨日、立花に礼をいってから話は終わってしまった。そのまま立花は風呂に入った後に就寝。俺も風呂に入ろうと思ったが、なにしろ立花が入った後ということもあって何か入りづらく、なにかと疲れていたからすぐにでも寝てしまいたい気分だった。

 立花が部屋を出て行ってからしばらくして電気を消して、冷房もつけないままに寝てしまった。

 おかげで、今朝は寝汗をかいていて気持ち悪かった。今もまだ着替えていないから少し気持ち悪い。

 ちなみに、今朝は立花や魅奈に叩き起こされたりはせずに自力で起きた。

 「今日は平和でありますように、っと」

 軽く伸びをしつつ祈って、俺は居間のほうへと向かった。

 居間の食卓には、昨日俺が寝ている間に帰ってきたらしい父さんと母さん。そして魅奈と立花が既に食事を食べていた。

 「おはよう」

 言って、自分の席――ではなくて、ダンボール箱の上に座って朝食を食べる。

 っていうか、パイプ椅子とかないのだろうか。まだそっちのほうがうれしい。

 『一昨日の夜、小此木市の市内にてビルが倒壊する事故が――』

 テレビでは昨日の夜もやっていたニュースが流れている。だが、これは本当のことではない。本当にビル倒壊があったのは三日前のことだ。

 「一昨日の夜って、何かすごい音したかな? ビル倒壊ってぐらいだから聞こえると思ったんだけどなー」

 「んっ、父さんは聞いたぞ? 結構な音だったけど、倒壊したところまではみなかったな」

 嘘の情報は何も知らない人たちにとって真実となってしまう。

 父さんは音を一昨日聞いたというし。

 これも、集合的事実の型にムタンが入って、その真実を変えたからだろう。

 ……待てよ? その集合的事実には俺たちの見た結論なんかもいきついているはずだ。だというなら、そこを変えられたなら俺や立花も今ニュースで流れている嘘を真実と間違えるはずでは……?

 「どうしたの? お兄ちゃん。さっきから全然食べてないじゃん」

 「…えっ? あ、ああ。ちょっと考え事してた」

 ふーん、と適当に頷いて納得した魅奈はそのまま食事に戻る。

 まあ、俺だけで考えてもしょうがないし、後で立花と一緒に考えることにしよう。俺は目の前の食事を食べるべく箸を手に取った。


 …


 「わからないわ」

 俺の疑問を一蹴する解答が立花から返ってきた。

 「いや、わからないって…」

 「私にもさっぱりよ。ただ、その本当の事実を私たちが知っている、ということだけでもいいんじゃないの? この事故に関して何か変わったとしても、何も支障はでないでしょうしね」

 「そりゃそうだけど…。そういうもんなのか?」

 「そういうものよ」

 まあ確かに、この事故の事実が一日や二日違っただけで何か大きな支障をきたすわけでもないしな。

 俺はとりあえずそれでよしとして、布団の上にある携帯に目をやる。

 携帯はメールもなにもきていたいない様子で、今日はどうしようかと一人悩む。

 「貴方、今日は用事ないのかしら?」

 「ああ。何もないな」

 「だったら、少し付き合ってくれるかしら?」

 「? ああ、わかった」

 その了承の言葉を合図に立花は立ち上がって後ろの壁にたてかけられていた刀の入った袋を手に取る。

 「それじゃいきましょうか」

 「今すぐにか?」

 「ええ、今すぐに」

 有無をいわせないといった感じで立花は先に部屋をでていってしまった。

 俺はといえば…まだ着替えてもないし寝癖も直していないから、慌てて準備をすることにした。


 ◇


 私が彼の部屋を出てから、彼は準備をするためなのかばたばたとし始めた。

 普通なら、起きて朝食を食べたらすぐに着替えるものじゃないのだろうか?

 私はといえば、先に外に出て玄関先で彼を待っている。

 刀の入った布袋を背負って、ムタンがいつ出てきてもいいように用意はしてある。

 昨日や一昨日のようなことにはもう二度とさせたくない。運良く彼が死ななかったのも、ムタンが遊んでいるのか、それとも何か企みがあってのことなのか。

 そんな考えてもわからないことを考えるが、やっぱりわからない。

 ――無意識下の防衛。

 彼が聞いたというムタンのつぶやいていた言葉。これには必ず意味がある。それはきっと重要なことだ。これさえ解ればきっとムタンを殺す方法が見つかるかもしれない。


 実のところをいえば、ムタンを殺す、なんてことはいっていてもその方法はわかっていなかった。

 ただ、ムタンは完全な存在。綻びのない存在だ。だったら、詐欺師には詐欺師で、というような感覚で、完全には完全を、と思って武器である刀を一時的に綻びをなくしてムタンを殺そうとしていた。

 だが、その攻撃が今まであたったことなんて一度もない。いつも避けられてばかりだ。でも、避けるということは、それが危険だと認識していることに他ならない。

 ならばムタンはきっと、その攻撃があたれば傷を負う――それは、結果的には殺せる、ということ。

 フォーカスもきっとそのはずだ。フォーカスもまた武器の綻びをなくしてムタンに攻撃することで、ムタンに傷を与えようとしている。

 フォーカスの武器は確か銃。種類まではわからないが、よく見るノーマルな銃だったはずだ。少なくとも、子供の頃に見たのはそうだった。

 子供の頃……私が、家族を失った頃。

 「……お父さん、お母さん」

 私にとって家族というのは、ただあるだけで暖かい存在。同時に、ただあるだけで悲しい存在。

 あんな、どこにでもあるような存在を見るたびに、私は悲しい。だけどそんな悲しんでもいられない。だから――家族のことは忘れようとしている。でも、それではムタンを殺す意味がなくなってしまう。私がムタンを殺す理由は家族を殺されたことに対する復讐のようなものだ。

 あの時、私をあざ笑っていたムタンを殺してやりたい。子供心にそう思ったのを今でも覚えている。悲しむより先に、嘆くより先に、ムタンにたいする殺意が沸いた。

 「すまん、遅れた!」

 玄関の扉が開く音がして、寝癖を直して服を着替えていた彼が出てきた。

 「…それじゃ、いきましょうか」

 いいながら私は先に進んで、彼はそれを追いかける。どうやら靴がはききれていなかったようで、少し歩きづらくなっていたらしい。だけど、私はそんなのを無視して先に歩いていった。


 ◇


 靴を履き終えるのを待ってくれずにいってしまった立花を追いかけて、炎天下の下へと出る。

 やっぱり昼と夜とでは暑さが段違いだ。雲は点々とあるぐらいで太陽を隠してはくれない。冬場は恋しい太陽が憎くてたまらないというものだ。

 「そういえば、どこにいくんだ?」

 「昨夜、貴方を襲った彼女の家よ」

 俺を襲った…? ということは……。

 「巳乃宮の家? なんでまた」

 「一つ確かめたいことがあるの」

 俺は首をかしげるが、それ以上のことは何も言わずに俺はただ立花の後についていった。

 形式的に俺が立花の後ろについていく形になっているのだが、目の前では立花の背負っている長い布袋が目につく。仮にもあの中には刀が入っている。

 俺が一度あの刀を持ったとき、それなりの重量があったような気がする。

 「なあ、それ重くないのか?」

 「ええ。私だってこれを武器に戦ってるのよ? 今重いだなんていってられないしね」

 「まあ、そうだよな」

 あれを自在に扱える程度の筋力はある、ということか。どれぐらい使い続けているのかはわからないが、それでも数年は使っているだろう。

 そう考えると、その刀をいつから使い始めたのかが気になって俺は立花に質問をしてみる。

 「その刀、いつから使ってるんだ?」

 「…そうね。だいたい中学二年のころからだったと思うわ。それまでは無謀にもナイフでムタンを殺そう、だなんて思ってたわ。今考えたら本当に莫迦な話よね」

 ため息をついて過去の自分を莫迦だという立花。

 「でも、いきなり刀使おうったって無理な話だろ。俺はナイフでも悪くはないと思うけどな」

 用はどれだけ使いこなせるかの問題だ。最強だけど使いこなせない武器は、ただの最弱の武器へと成り下がるだけだ。

 「でも実際、私にとって刀のほうが使いやすかったわ。少しだけ父から剣術を習っていたからかもしれないわね」

 「へえ。それじゃ、その刀ってお前の父さんのものなのか?」

 「そういうことになるわ」

 つまり、今使っている刀は父の形見でもある、ということか。

 これ以上つっこめば、たぶん墓穴をほることになると思った俺は、それ以上は聞かないことにした。

 そのまま歩き続けて、信号のところまできてふと思う。

 「そういえば、巳乃宮の家わかるのか?」

 とかなんとかいう俺も、昨日一回いっただけだからほとんど覚えてはない。商店街から少し離れたところにある、ということぐらいか。

 「もちろんよ。じゃないと行こうなんていいださないわ」

 「…ごもっとも」

 信号が赤になっていたわけでもないから、そのまま横断歩道を渡り商店街へと向かう。

 一昨日はこの横断歩道の信号機にムタンがいたという。しかし、立花も何も反応を示さずに渡るということは、少なくともムタンがここらへんにいる、ということはないようだ。

 「巳乃宮に何の用事なんだ? やっぱり昨日のことに関してなのか?」

 「ええ。昨日貴方を襲った彼女には聞きたいことがいろいろあるわ」

 「……なあ、その“昨日貴方を襲った彼女”っていうのやめないか? っていうか呼ぶの面倒だろ」

 「………………」

 立花は何も答えない。なんとなく聞こえてはいるんだろうけど、意図的に無視された気がする。

 別にそんな重要なことでもないからいいんだが、いつまでもそんな長い呼び方だとこちらとしてもなにか気がかりだ。

 「……名前を呼ぶとね、距離が縮まる気がするの」

 無視していたと思っていた立花が発した言葉。

 距離が縮まる? 名前を呼ぶだけで?

 「距離が縮まったら、私はきっと貴方に少しでも親近感が沸いてしまう。そうなれば、失ったときの傷が深くなるだけなのよ」

 つまりそれは、失うことでの痛みをもう味わいたくない、ということだろう。

 立花はそれを体験してきた。家族の死によって。あるいは、ムタンによる殺害によって。

 だからか。今まで俺のことをずっと『貴方』としかいわなかったり、魅奈や巳乃宮を『彼女』としか呼ばなかったのは。

 「だから私は極力、人の名はいわないようにしてるの。勝手に作られた親近感が勝手に壊されて、悲しむのは嫌ですもの」

 だが、それはどうなんだろう。

 人の名を呼ぶことは当たり前のことだ。それによって、やっと“それ”があることが確立される。ただあるだけでは存在的に無いに等しい。そしてそれはいつか忘れ去られて、名前もつけられないままに生涯を終えるだろう。

 そのために名前がある。その存在を認めるために。

 それを呼ばない、ということは立花の中では元からそれは無かったことになる。

 それこそ――悲しい。

 「立花。それはわかるけど、それじゃ俺をなんのために守ってるんだ?」

 「なんのためって、それはムタンから守るために」

 「だったら、失わないようにすればいいだけだろ? そのために守ってんだから」

俺はなんのために守られているのか。元から無いものを守る理由なんてないはずだ。

 立花は失うのが怖いから名は呼ばないという。だが、そんなのは根本的に問題を解決すればいいだけの話。失わなければいいんだ。

 「失うのが怖いのはわかるけど、だからってそのことばかり考えてても仕方がないしな。案外、そういうことはどうにでもなるもんだし」

 言って、歩いていると立花は立ち止まってしまった。

 「……そんなこと、わかってるわよ」

 下を見てうつむき加減にいう立花には、そのとき怒りという感情は混ざっていなかった。

ただ、虚ろな感じ。

 「わかってるけど、怖いものは怖いのよ」

 「だったら、自信をもったらどうなんだよ」

 「っ!」

 「こう…さ、自信もってくれないと、守られてる側としても不安になるしさ。なんかどっかの教師みたいでうるさいようだけど、絶対に守る! っていうような気持ちぐらいはもっててくれよ。な?」

 商店街もまだ少し先にあり、住宅街からも少し抜けたこの道には俺と立花しかいない。二人しかいないこの場所では、やけに沈黙の時間が長く感じられた。

 しかし、それも数秒の間の話だったんだろう。やがて立花は顔をあげる。

 「……そうね。なんだか、貴方に説教されるなんて思わなかったわ」

 「説教って、そんなに俺怒ってたか?」

 「違うわよ。説教っていうのは文字通り『説き教える』ということよ。だから、貴方に何か教えられるなんて思わなかった」

 立花は背負っている布袋を背負いなおして歩き出す。

 「わかったわ。私は貴方を絶対に守る。そして、絶対にムタンを殺すわ。…ええ、努力するわ」

 「お、おう! まあ、そんぐらいの意気込みでよろしくな。ははっ」

 「でも、一つだけいわせてもらいたいわ」

 再び立ち止まって立花は俺のほうへ振り向き、言った。

 「貴方の名前だけは言わないわ」

 「……へっ?」

 あれ? さっきの話、理解してます?

 「わかった? 三枝くん」

 「―――わかった」

 ああ、ただの言葉遊びをされただけか、とわかって俺は少し笑ってしまう。

 先に歩いてゆく立花を追いかけて、それでも少しだけ口元がにやけてしまってる自分がいた。

 ただ、まあ立花だって名を呼んでいる人はいる。梅規さんに、フォーカスという男。フォーカスという名は偽名だというが、仮にもそれはその存在を認めているということ。梅規さんはきっと、立花にとって唯一の家族のような存在だったのかもしれない。

 呼ばない、といってはいたがやっぱり呼んでいる。

 なるほど、立花っていう人間はきっと不器用なんだろう、と俺は心の中で思っていた。


 …


 「いらっしゃい! っと、恭史くんに立花さんか」

 店に着いてドアを開けると巳乃宮のおっちゃんの元気のいい声が出迎えてくれた。

 「どうも。風音さんいますか?」

 「あー、風音なら今日は部活動でよ。今はいないんだわ。すまねえな、わざわざきてもらったってのに。何か一つ食ってくか? もちろんタダで!」

 「いいんですかっ!?」

 親指をぐっと立ててOKサイン。

 俺はためらうことなくそれに乗った。立花もまんざらでもない感じでそれに便乗することに。

 店の中には昨日来たときと同じように客は一人もいない。時間帯の問題もあるが経営側としては厳しいだろう。

 適当な席に座ってすぐにおっちゃんがお冷を二つほど持ってきて、それぞれの前に置く。

 「注文はなんにするよ?」

 聞かれてメニューに目を通すが、タダ飯なのにあまりこったものを作ってもらうのは何か申し訳ないような気がして炒飯を頼む。

 立花も同じように炒飯を頼んで、おっちゃんは厨房のほうへとひっこんでいった。

 「まさか、またタダ飯食えるとは思わなかったな」

 厨房のほうからはたぶん米をいためているであろう音が聞こえてきて、ほのかに炒飯の香りが漂ってくる。

 朝飯は食べたばかりだが、それでもまだ炒飯ぐらいなら入るだろう。

 「巳乃宮いないみたいだけど、どうするんだ? 次は学校までいくか?」

 「いえ、別に本人から聞かなくても大丈夫よ」

 「? そうなのか?」

 「ええ。私が知りたいのは昨夜の彼女…巳乃宮さんの様子だから」

 どうやら決心はしたものの、少し呼びにくいものらしい。それでも、昨日貴方を襲った彼女、というよりかは大分ましだ。

 数分してから炒飯がもってこられる。その個数はなぜか三つ。

 まさか、一個サービスとか……!

 「一緒に食べていいかい? ちょっと朝飯抜いとってな」

 サービスとかではなかったようだ。

 おっちゃんは俺と立花のぶんを置いて、俺の隣に座って合掌をしてから炒飯を食べ始める。

 俺たちも合掌をしてから食べ初めて、改めてここの炒飯の美味さを実感する。

 「いやー、ハッハッ! 我ながらに美味い! さすがだ!」

 …当人が自分で絶賛するぐらい美味いんだ。うん、保障はできるはずだ。

 「あの、おじさん。少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 立花が炒飯を食べる手を止めて話を切り出す。どうやら本題に入るようだ。

 「おお、いいとも!」

 「それでは。昨夜、娘さんは何をしていましたか?」

 「昨夜? うーん、なんか用事があるとかなんとかで出かけていったのは覚えてるな」

 用事、というのはきっと俺に引導を渡すだのなんだのと、俺を殺しにいくことだろう。あれはムタンなりのジョークなのか。それにしても性質の悪いジョークだ。

 「で、その後……あっ! そうそう! なんか知らん男が風音背負ってやってきたんだよ!」

 「男……?」

 「ああ! 風音を置いて何もいわずにどっかにいっちまったよ。あの後風音にいろいろ聞いてみたけど、なにもおぼえてないみてえでよ」

 立花は顎に手をそえて探偵が考えるときのようなポーズをしている。

 きっと、その男っていうのはフォーカスのことなんだろうが、あの荒っぽい性格の中にそんな優しさがあるのだろうか?

 「その男はどんな人でしたか?」

 「うーん、少し柄の悪そうな兄ちゃんだったっていうことは覚えてるな」

 「…そうですか。わかりました。ありがとうございました」

 立花はお礼をいって、そのまま炒飯を食べ始めた。

 おっちゃんは「いえいえ」と言いながら、がつがつと自分で作った炒飯を食べ始める。俺は二人が話している間も炒飯を食べていたので、既に食べ終わってしまった。

 「ごちそうさまです」

 「おお、もう食い終わったのか?」

 「はい。おっちゃんの作る炒飯、美味いですよ!」

 「おっほっほー! そうかそうか! 全然客がこねえもんだから、もしかしたら不味いのかもって思ってたけど、そうじゃなかったのか」

 よかったよかった、と安心して気分がよくなったのか、さっき以上にがつがつと食べ始める。度合い的に言えば、『がつがつ』が『がづがづ』になった、みたいな。……いや、わからねえな、これ。

 立花は静かに食べて、俺は一人お冷を飲んで食べ終わるのを待つ。

 「ごっそさん!!」

 あっという間に炒飯を平らげたおっちゃんは爪楊枝を一本とってから、食器を持って厨房のほうへ戻っていった。

 「もう質問はいいのか?」

 「ええ。後は本人に聞いてみるわ」

 っていうことは、結局この後学校にいくことになるのか。

 この時期の部活動ってのは朝から夕までやることは多いしたぶんいるだろう。

 店内はクーラーも効いていて涼しいし、お冷の冷たさがこれまた身体を冷やしてくれるもんだから心地よいが、きっと外に出れば太陽に焼かれるような思いだろう。

 「ごちそうさま」

 静かに食べ終え、レンゲを置いて合掌するのを合図に俺は立ち上がる。

 立花も口をテーブルにおいてある紙のティッシュのようなもので拭いて立ち上がる。

 「ごちそうさまです! また今度来ます」

 「おお! あんがとな! 今度はお客さん連れてきてくれや。ハッハッハッハッハ!」

 愉快な笑い声を後ろに俺と立花は店を後にする。

 予想通り、夏の日差しは飽くことなく地上を熱し続けている。今コンクリートに触ればそれなりに暑いだろう。

 「それじゃ行きましょうか」

 なんとなく行き先がわかっていた俺は適当に返事をして、立花の後をついていくことにする。

 歩き続けて数分。たった数分なのに早くも汗が頭のほうからたらりと垂れてきて頬を伝う。相変わらず立花は涼しげな顔をしている。

 「なあ、前も聞いたかもしれないけど、暑くないのか?」

 「いいえ。暑いわよ」

 ………………。

 言葉とは裏腹にとても涼しげな顔。何が暑いっていうんだ。暑さのせいかなぜか少しいらっときてしまった。

 「本当は暑くないだろ?」

 「いいえ。暑いわ。とても」

 「汗とか全然かいてねえじゃねえか」

 「女性がそうそう簡単に汗なんてかいてられないわよ」

 「…何か、インチキしてないか?」

 「……さあ」

 駄目だ。なんか前回もこんなことを聞いてこんな感じで終わったような気がする。っていうか、これじゃただ無限ループするだけだ。

 夏休み初日に決めたはずなのに、今まで一回も持って出歩いていないタオルを思い出して、少し俺は悔やんでいた。


 …


 「みのちゃん? ちょっと待っててね」

 汗をだらだらと流すこと約十分。

 もはや制服だとかどうでもよくなって校内に私服のまま入り、俺と立花は吹奏楽部の部室へと赴いていた。

 たった今、外でラッパの練習をしていた女生徒に巳乃宮を呼んで来てもらっている最中だ。みのちゃん、というのはきっと巳乃宮のあだ名だろう。

 ちなみに、うちの吹奏楽部は部員の九割は女子。残り一割程度が男子の女系部活である。

 しかも、案外かわいい子が吹奏楽部に入って、それ目当てに入る男子も結構いるらしいのだが、その大半は元はといえば女子目当て。楽器なんてどうでもいいらしく、すぐに退部させられるらしい。

 その中でも、楽器に元から興味があって入った男子。そして、そのハーレムをなんとしてでも維持しようと頑張る、ある意味男らしい男子たちがこの吹奏楽部に留まっている。その生き残りが決するのはちょうど夏休み前までらしく、今残っているのはこれからも残るであろう選ばれた男子だ。

 巳乃宮は元より楽器が好きらしく、迷わず吹奏楽部に入ったのだとか。

 「おー、恭史に立花さん。どしたの?」

 吹奏楽部の使っている音楽室からラッパを持って巳乃宮が出てきた。さっきまでいた女子は戻ってこないし、きっと交代がてら呼ばれたのだろう。

 「ああ、俺は用事ないんだけど、立花が聞き、っていたっ!」

 突然立花に足を踏まれて言葉が途切れた。

 「何すんだよ!?」

 「少し待っててね」

 巳乃宮にそういって、俺を少し離れた場所に連れて行く。

 「私が聞いたんじゃ不自然でしょ? 貴方が聞きなさいよ。それもさりげなく」

 「んなっ! いきなりいわれたってなんの用意もしてねえぞ!? だいたい、立花が聞きたいことがあるっていいだしたんだろ?」

 「それとこれとは別の問題よ。私より貴方のほうが…巳乃宮さんと付き合いが長いでしょ?」

 少し巳乃宮の名前を出すときにつまったのは、慣れないせいなのか。それともやはりどこかで迷っているのか。よくよく聞いていれば俺の名前も言ってはいない。…って、まあ俺としか話してないんだから別に普通なのだが。

 「わかった。俺がやればいいんだろ」

 こくり、と無言で頷いて俺と立花は巳乃宮の前へ戻っていく。

 「どしたの…? 本当に」

 「いや、なんでもない。ところで巳乃宮。昨日のあの番組、おもしろかったよな!」

 「? なんの番組のこと?」

 「ほら、昨日の夜にあった特番だって」

 「うーん……ごめん、なんだか昨日の記憶が曖昧でさ。あんまり覚えてないんだよね、あはは」

 恥ずかしげに笑って巳乃宮は答える。

 それもそのはずだ。その間、お前はムタンにのっとられてたんだからな。

 「昨日のことを覚えてない? なんだ、寝てたのか?」

 「いやいや、違うよ。っていうか、乙女の私生活に首をつっこんでくるなんて、どういうことかな? きょ・う・じ・くん?」

 顔は笑っているが、巳乃宮はどうやら少し怒ったようで……。って、こういうことになるなら立花のほうがよかったんじゃないのか!? おい!

 「い、いや、深い意味はない。そしてやましい意味もない! ただ昨日何をしていたかってことを聞きたいだけで!」

 「ほーんとーうにー?」

 ぶんぶんと首を縦に懸命に振る。今なら手に持っているラッパでぶん殴られてもなんだかおかしくないような気がする。もちろんそんなことはしないかもしれないが。

 俺の意思が伝わったのか、巳乃宮は一息つくと昨日のことを話し出した。

 「昨日の夜は普通に接客をしてたんだよ。恭史たちが帰ってからちらほらとお客さんがきてね。久しぶりに大変だったのは覚えてるんだけど……どうもその後の記憶が抜け落ちちゃってる感じなの。気づいたら自分の部屋で寝てるし、父ちゃんは心配げな顔でうちの顔色うかがってくるし。もう何がなんだかわからなかったよ。なんでも、知らない若い男の人がうちを背負ってきてくれたらしいんだけど」

 それはきっとフォーカスのことだろう。おっちゃんから聞いた話からでも、それは容易に想像できる。

 「そっか……。不思議なこともあるもんだな、ははっ」

 わざとらしく笑って、巳乃宮も「そうだねー」なんてのん気に言って一緒に笑い出した。

 実際、笑い事ではないんだけどな……。

 「そういえば、何かうちに用事があったんじゃなかったっけ?」

 「ん? あ、そうだな。えっと……なんだったっけかな?」

 またわざとらしく悩むふりをしながら俺は本気で悩む。

 さすがに、昨日何をしていたか聞きに来た、なんて女子に気安く聞くようなことじゃないことを聞きに来た、なんていったら駄目だろう。それはきっと地雷だ。

 となれば……。

 「なんだか、昨日お前をみかけたからさ。それで何してたのかな、って聞こうと思ったんだけど、覚えてないなら仕方ないよな」

 うんうんと一人で頷いて話を勝手に完結させる。

 「そっか。ごめんね、覚えてなくて。まあ、どうせたいしたことじゃないだろうし、よかったかな? あはははは」

 「そうだな。あは、あはははははは」

 端から見れば怪しい二人だ。しかも俺の笑いはきっと引きつっている。

 「それじゃーな! 記憶がない間にもしも行動してたんなら、夢遊病とかじゃなかったらいいなー!」

 「そーだねー! それじゃまーたねー」

 手を大きく振りながら俺はその場を離れていった。立花もなんだか少し呆れ気味に俺の後をついてきた。

 巳乃宮は何も気にせず練習を始めたようで、ラッパの音が鳴り響く。

 「まあ、なんとかかんとか」

 「全然駄目ね」

 ぐさり! と何かがささった。

 「こ、これでも頑張ったんだ……」

 「そうね。でも笑って誤魔化すのは一番最悪だと思うわよ?」

 ぐさぐさっ! と何かがまたささる。

 なんてひどい言葉をいうんだ! だが、否定ができないからそんなことはいえない。

 「でも、知りたいことはわかったからいいわ」

 「そういえば何が知りたかったんだ、立花は」

 「私が知りたかったのは、ムタンが型に入って乗り移るときと離れるときの前後の記憶があるかどうか、ということなのよ。結果なかったわけだけど、さすがにこれで“無意識下の防衛”についてわかることはなさそうね」

 無意識下の防衛。

 それはムタンが一回俺の型を奪い取ろうとしたときにつぶやいた言葉だ。

 「その無意識下の防衛がわかったら何か役に立つのか?」

 「……わからないわ。でも言葉通りそれは防衛手段なんでしょうし、知っておいて損はないと思うの」

 確かにいつ襲ってくるかもわからないのだから、防衛手段を知っていおいて損はない。

 立花には視えるが、俺には影も形も見えない未知の敵だ。頼れるのはそれだけ、といっても過言ではないかもしれない。

 「それじゃ、結局のところ今回は収穫なしってところか?」

 無言でうなずく立花。何か考えているようで、今は話しかけないほうがいいような雰囲気をただよわせている。俺はなるべく教師に見つからないように気を配ることにして、立花の先を率先して歩いた。一応私服で入ってるわけだしな。しかも前科がある。

 俺も役にたてるよう、無意識下の防衛について考えながら学校を後にすることにした。


次の更新は1月末ぐらいなるかと。早くて25日前後です。

「書いている時点で自分は作家だ」

作品は読んだことはありませんが、ある作家さんの言葉です。

いや、誰でもいいそうなことではありますけどねw

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