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15.非凡に感謝を

やっぱりというか、だいぶ間があいてしまいました。

新年あけてからの更新です。

今年の抱負の中にこの小説を完結させる、というのもいれましたことですし、今年は更新スペースをあげていきたいと思います。

今回は少し長めです。

 呼吸が整って意識が戻ってきたと思えば、今度は腕の出血によって意識がかすれてきた。

 血を止める布のようなものは一切もってないから、ただ傷口を手で押さえるだけ。

 そんな俺のことは視界の隅にすら入ってないのか、前方では男と巳乃宮が戦っている。それも何が起こっているのかよくわからない。

 放たれた二発目の銃弾は、軌道上では確かに巳乃宮に向かっていたはずなのに、気付けば巳乃宮の姿はそこになく、狂ったような笑い声が聞こえたと思えばいつの間にか男の近くにいた。男との距離は数メートルはあったはずだった。それを一瞬で。

 巳乃宮がすばやく回し蹴りをするが、男も人とは思えないほどの速さでそれをかわし銃弾を放つ。しかし、発砲音は全然聞こえない。


 非凡。


 そんな言葉しか思い浮かばないし、そんな言葉しか今俺が見ている光景には当てはまらない。目で追いつけても何が起こっているのかが把握できない。

 頭の中では、早く逃げないと、と思っているのに身体は全然動いてくれない。俺は――それに魅入っていた。

 ありえない光景。今まで信じていなかった光景。漫画でしかない。アニメでしかない。そんな光景に俺は魅入っていた。

 「おいっ! そこのガキ!」

 その声で俺は我に返った。

 「そこにいると邪魔なんだよ! 失せろ!!」

 いいながら男は巳乃宮の攻撃をかわす。

 邪魔……そうだ、俺は邪魔なんだ。早く、早く逃げなきゃ。

 俺はやっと自分の身体が動くようになり、そこから逃げ出そうと立ち上がった。

 が、少しそれは遅かったらしい。

 「逃がさないよ? 恭史」

 さっきまで男と戦っていたはずの巳乃宮が俺の目の前に現れて――腹に回し蹴りをくらった。

 「ぶっぐぅっ!?」

 口から血を吐きながら、俺は蹴り飛ばされた。

 そのまま壁に打ち付けられて倒れこむ。当たった壁には少しヒビが入っていた。

 「――――――」

 もはや、呼吸が、できない。

 せきこめば血反吐が出る。完全に…動けない。

 「まだ引導を渡してないんだから。大人しくしててよ」

 ね? と笑いながらいう巳乃宮は悪魔に見えた。

 そのまま巳乃宮は俺の前からは離れずに俺に背を向けて男のほうを向く。

 「ほら、撃てば?」

 言って、巳乃宮は突然無防備になった。

 男は銃口を巳乃宮に向け、トリガーに指をかけている。

 「撃てばいいじゃない? あなたにとってこの身体なんてどうでもいい。あなたが狙っているのはうちだもん」

 わけのわからないことをいって、巳乃宮は腕を上げる。

 「ああ。俺にとってお前みたいな女の身体なんてどうでもいい。俺が狙ってるのは“中身”だからな」

 「だったら撃っちゃいなよ」

 「………………」

 男は急に黙り込み、ただ巳乃宮を睨むだけとなった。

 沈黙。聞こえるのは冷たい風の音だけ。巳乃宮も何もしゃべろうとはしない。

 「……おい、そこのガキ」

 不意に男に呼ばれて俺は顔だけを動かして男を見る。

 そこには変わらずに銃口を巳乃宮に向け、すぐにでも発砲できるように、とトリガーには指がかけられている。

 「――すまねえ」

 その言葉を聞いて――理解したとき、俺はどこから出たかもわからない力で巳乃宮の身体を横のほうへと押していた。

 それとほぼ同時に、音もなく発砲される銃弾。その銃弾の軌道上には巳乃宮がいた。そう、ついさっきまで。

 銃弾はまっすぐに飛んでゆく。そして、巳乃宮を押したことによって、その後ろにいた俺へと。まっすぐに。

 ぐらりと身体が揺れて、銃弾は俺の左肩へと命中した。

 「ぐぎっ!?」

 痛みのあまり叫ぼうとした。だがもはや叫ぶ体力もなくなってしまった俺は、そのまま無様に倒れこんでしまった。

 こんな、ふざけた結果があるなんて、この場にいる三人には思いつかなかっただろう。そう、俺でさえわからないままに行動していた。俺にもわからない行動が、他者にわかるわけがない。

 結果としては、俺は巳乃宮が殺されると思って勝手に身体が動いたらしい、ということだけだった。

 「へー、人ってモノは面白いね。まさか自分を殺そうとした相手を助けるなんて思わなかったよ」

 まるでそれが傑作ものだ、とでもいわんばかりに巳乃宮は笑った。

 「……おい、手前-テメエ-」

 男が俺に対して言う。……いや、巳乃宮に対して言う。

 「手前はどんな人間よりゲスな野郎だな。ムタン」

 ムタン……? 誰が? 巳乃宮が?

 ほとんど薄れてきた意識の中、考える。

 そして、答えにたどり着いて、自分がどれだけ鈍感でバカなのかに気づく。

 メールを見たときからあった違和感。あれはきっと、巳乃宮でない誰かがメールをしてきた、ということに対する違和感だったのだろう。

第一、巳乃宮は携帯でのメールでは毎回絵文字とか顔文字を使ってくるじゃないか。

ははっ、ほんと俺はバカだ。

 ただ、それでも、たとえ俺の横で笑ってる巳乃宮がムタンだとしても、それは巳乃宮という人の身体に他ならない。ムタンはその身体をただ操っているに過ぎなくて、傷つくのは巳乃宮自身なのだ。

 それが嫌で俺は巳乃宮を守ったんだろう。なんだか無性にそのことが誇らしくなってきた。今にも死にそうだってのに、俺は狂ってる。もうどうにでもなればいい。

 「あっはははは! まあいいや。もうそろそろ面倒なことになってきちゃいそうだし、今日はこれで終わりね」

 そういって巳乃宮は手をひらひらとさせた。

 「っ! 待ちやがれ!!」

 「嫌だよ。うちだって面倒なことは本当に嫌いだし。何事もスマートに! ね? 大丈夫、特別にこの身体は無くさないであげるからさ。じゃーねー」

 陽気な別れの挨拶とともに、巳乃宮は人形の糸が切られたかのように俺の横に倒れた。

 「クソったれ!!」

 男の最後の怒声を最後に俺の意識は遠のいていった。


 ◇


 外に出てから十分はたった。

 食事を先に食べた後に、用事があるといって私は彼の部屋に置いていた刀を持って三枝家を後にした。

 そして、私が三枝家を出てから十分。つまり、それは彼が家を出てから十分、いや、それ以上に時間が経ったということ。しかもこの時間帯に。

 妹さんから事前にどこにいったのかは聞いていた。場所は――商店街。

 「……っ」

 商店街の南入り口のところまできて、数メートル前に発見した。

 彼を背負った、フォーカスを。

 フォーカスもこちらを見つけたようで、なにやら笑って彼を近くの電柱に下ろしてどこかへいってしまった。

 すぐに駆け寄って私は彼の状態を確認する。遠目からではわからないが、腕には出血の痕。服にも血の痕がついている。それも結構な量だ。

 ここまで血痕があれば通行人にバレそうなものなのだけど……。

 「……今回は、感謝するわ」

 とりあえず人目につく前に綻びの再構築で一時的に血痕を消す。同時に、傷口の治癒力を上げた。

 ここまでフォーカスが彼を運んできて血痕がバレなかった理由――それはとても単純。

 フォーカスも私と同じような人間。そして、同じように綻びの再構築が使える。だったら、今私がしたことと同じことをすればいいだけのこと。

 まさか、フォーカスが彼を助けてくれるとは思わなかった。いや、助けたかどうかはわからない。

 フォーカスにとって彼はどうでもいいはず。それでも、今は感謝をすることしかできなかった。

 私は背負っていた刀の入った袋を代わりに彼に背負わせて彼を背負う。

そのまま、なにやら視線を感じることを無視して急ぎ足に三枝家へと引き返した。

 帰るころには彼の傷は治っているだろう。問題は血痕をどうするか、ということだけだが、そんなことは帰って彼が目を覚ましたときにでも考えればいいだろう。


 ◇


 目を開けたら、まぶしい光が飛び込んできて、それに顔をしかめる。

 「俺……死んだのか?」

 その光がまぶしすぎて最初、俺は天国にでもきたのかと思った。でも、次第に目が光に慣れてくるにつれて、その光の正体がただの照明の光だと知って、その考えは吹き飛んだ。

 目を覚ましてゆっくりと起き上がる。

 周りを見てみると、そこは俺の部屋によく似た――というか、俺の部屋だった。

 俺はベッドの上に寝かされていたようだ。

 「…あれ? 俺は確か……」


――うちが渡したいものはね、引導なの。


 思い出した。俺は確か巳乃宮に……いや、ムタンに殺されかけたんだ。

 そこに男が一人やってきて、助かったと思ったら……。

 「あっ! 傷……は?」

 思い出して自分の腕を見てみる……が、そこにはあったはずの傷跡はない。

 逆の腕かと思い見てみるが、そこに傷跡はない。その名残もなにもない。

 そしてもうひとつあるはずの左肩に撃たれた銃弾。そこにも、まるで元から撃たれてなどいなかったかのように傷跡はなかった。

 「どういうことだよ…?」

 さっきまでのことは夢だったのだろうか…? 確かに昼に帰ってから寝ていたから、さっきまでのことがすべて夢だったと仮定できる。でも、あまりにもリアルすぎたあの痛み。そして感覚。夢だったとはとても思えない……。

 頭をそれで悩ませていると、がちゃ、と部屋の扉の開く音がして魅奈が入ってきた。

 「あっ! お兄ちゃん起きたの!?」

 「ん、あ、ああ。今起きた、ってうおわぁ!」

 予想以上の反応に少し戸惑い気味に答える俺に突然魅奈はとびついてきた。

 「はぁ、よかったよかったよかった! 立花さんに背負われて帰ってきたからどうしたのかと思ったよ! 何してたの?」

 「いや、何って。っていうか、その前に離れろ!」

 魅奈をひきはがして、俺は一息つく。

 どうやらさっきまでの出来事は夢ではなかったようだ。

 「もー。心配してあげてるのに。それで、何してたの? 立花さんに聞こうと思ったら、お兄さんに聞きなさい、っていわれちゃってさ」

 何してたの、と聞かれてもバカ正直にさっき起きたことを話しても信じてはくれないだろうしな。

 立花に背負われていた、というのなら都合上、俺は倒れたということになるだろう。

 「ちょっと考え事してたら電柱にぶつかってさ。それで当たり所が悪かったのか知らないけど、少しふらふらしてしばらく歩いてたら倒れた、ってところかな。そこに偶然、立花が現れて助けてくれたってことだな。うん、助かった助かった」

 半分ありえないような話をでっちあげて一人頷く。

 魅奈はさすがに半信半疑といった感じの目で見てくるが、ここは平常心だ、平常心。

 「なんだか嘘っぽいけど、まぁいっか」

 なんとか信じてくれた(?)らしい魅奈は立ち上がって、部屋を出て行く際に「ご飯食べたら?」といって出ていった。

 ……まあ、なにはともあれ誰かを心配させるようなことはなかったようだ。後で立花に話を聞いておかないとな。

 腹が虫が鳴いたのを合図に俺はベッドから立ち上がって部屋を後にし、一階の食卓へと行く。

 机の上には食事が俺のぶんだけ置かれていて、居間のほうには立花と魅奈の姿しかない。

 「父さんと母さんは?」

 「なんか急に仕事が入ったからって、二人とも出て行ったよ?」

 「そっか」

 ……はて、父さんと母さんの仕事はなんだったろうか? なんてことを考えつつも一人久しぶりにダンボール箱ではなく椅子に座る。

 なんだか久しぶりに椅子に座れたような気がする。なんて心地いいんだろうか。

 『それでは次のニュースです』

 なんだ、珍しくニュースを見ているのか。いや、魅奈はなんだか雑誌を読んでいるようで、見ているのは立花のほうのようだ。

 『昨夜、小此木市の市内にてビルが倒壊する事故が起こりました。幸い、そのときにビルにいた人はおらず、死傷者はゼロとなっています。倒壊したビルは小企業が使っていたビルで、そのビルの倒壊を目撃した人の証言によると「何か大きな鈍い音がした後にひとりでに倒れ始めた」と証言しており、現在ビルが倒壊した理由を――』

 …んっ? なにかさっきのニュースを聞いてひっかかるところがあった。

 まず、小此木市というのは俺の住んでいる町。つまりここらへんだ。

 そしてつい最近、市内のほうでビル倒壊があったのが、俺がそのビルの下敷きにされそうになったやつのことだろう。

 でも、違う。問題はそこじゃない。問題なのは――

 「箸が進んでないわよ、貴方」

 いわれて顔を上げると、そこにはいつの間にいたのか立花がいた。

 「何か考え事かしら?」

 「ああ。少しな」

 「……後で話したいことがあるわ」

 俺が、わかった、という前に立花はテレビを見るためなのか、ソファーのほうにいってしまった。

 さっきまでやっていたニュースとは一転、どうやら魅奈にチャンネル権がうつったらしくバラエティー番組になって、ニュース独特の静けさはなくなった。

 俺は既に冷めてしまっている料理を温めることもせずに、ラップをとってそのバラエティー番組を見ながら一人で食べ始めた。


 …


 「それで、話ってなんだ?」

 食事を終わらせた俺が部屋に戻ってしばらくしてから立花が入ってきた。

 話す立ち位置は、なぜか俺が床。立花がベッドとおかしくなっている。

 「とりあえず一つ、私から聞きたいことがあるわ。貴方はなぜあんなことになっていたの?」

 あんなこと……というと、やっぱりさっきのことだろうか。

 「なんていうか……巳乃宮に呼ばれたんだよ」

 「あの子に?」

 「ああ。渡したいものがある、ってメールがあって、それで行ったら突然、巳乃宮に襲われたんだ。いや…ムタンに」

 情けない話だ。夜の外出はムタンがいる限り危ない、とわかっていたのにのこのこと出て行ってしまった。

 「なるほどね。合点がいったわ」

 「ん? なんの合点だ?」

 「貴方がフォーカスに運ばれてきた理由よ」

 フォーカスっていうと、前に少しだけ見たあの男のことか。

 「って、俺がフォーカスに運ばれてきたっていうのか?」

 「ええ。血だらけの貴方をわざわざ商店街のほうまで運んでくれたわ。そこを私が拾ったのよ」

 「拾ったって…」

 …なるほど。俺のほうも今、合点がいった。

 「つまり、ムタンと戦っていたのは、そのフォーカスっていう男ってわけか」

 「どうやらそういうことらしいわね」

 ということは、あの男――フォーカスがムタンと対等に戦えていたのは、立花と同じように綻びの再構築が使えるからなのだろうか。

 「そこに気づけなかった私もそうだけど、これからはそういうことには慎重になってほしいものね。危うく、貴方を死なせるところだったわ」

 「ごめん。俺も迂闊だった。これからは気をつけるよ」

 そうして、と一言いって立花は一息つく。

 そういえば俺も一つ聞きたいことがあったんだ。

 「なあ、俺は血だらけだったんだよな? 俺、撃たれて傷があったはずなんだけど」

 「傷なら貴方の治癒力を一時的に上げて治ったわ。服についていた血痕は完全に消すことはできなかいから、あの服は私が預かっとくわ。捨てて、それで後々問題になるのも面倒だしね」

 「そっか。ありがとう。っていうか、治癒力を上げたって、その程度で治るものなのか?」

 「ええ。綻びの再構築で傷を一気に治しても、それは結局一時的なものだからね。ある意味、綻びの再構築の欠点でもあるわ。それで治癒力を上げたのよ。人間の治癒力は元より高いもの。ただ、リスクもあるわ」

 「えっ、あるのか!?」

 確かにそういう話はよくあるが。しかもこの系統のリスクは地味に面倒だったりするパターンが多い様な気がする。

 「そのリスクって……?」

 「寿命が縮んだわ。といっても数日分ぐらいかしらね」

 ほら、やっぱり地味に面倒なのがきた。まあ、今に支障のあるようなリスクじゃなかったことに安心するべきか。これぐらいなら許容範囲といったところか。

 「話を戻すわよ。戻す、といっても貴方がムタンに襲われたことについてではないわ。次の話よ」

 「次の話?」

 「貴方、さっきのニュース見てた?」

 さっきのニュースっていうと、あのビル倒壊がどうとかいうニュースのことだろうか。

 「ああ、見てたぞ」

 「それなら、違和感を感じなかったかしら」

 「違和感?」

 違和感……確かにさっき何か引っかかることがあった。

 俺が下敷きにされそうになったビル倒壊。そしてニュースの内容。

 「気づいてるかもしれないけど、あのニュースの内容は少しおかしかったのよ」

 そう、少しおかしかった。それが違和感の正体。

 「貴方がムタンによるビル自壊でつぶされそうになったのが、一昨日。そして、さっきのニュースでやっていた内容は、ビル倒壊が昨夜起こった、という内容だったわ。意味がわかる?」

 「……ビル倒壊が起こった時間帯が違う」

 違和感の正体。それは単純なことだった。

 本当にビル倒壊があったのは一昨日。だというのに、ニュースは昨夜といった。もしも昨夜、ビルが倒壊したというのなら、倒壊したというビルがあった場所からそう離れていない家からでもその音が聞こえるはずだ。

 だが、聞こえるはずもない。元より昨夜は何も起こっていない。ビル倒壊なんてことは、絶対に。

 「そう。ビル倒壊があった当日にニュースでそのことが流れなかったのがおかしいとは思ってたのよ。きっとこれもムタンの仕業ね。何の考えがあってのことかはわからないけど」

 「ムタンの仕業って、ムタンはそんなこともできるのか!?」

 「ええ。わかりやすく言えば、人の集合的事実という型に入って、その真実を変えればいいだけの話よ」

 「集合的事実?」

 「ええ。ユングは知ってるわね? そのユングが説いた集合的無意識っていうのがあるわ」

 それなら詳しくは知らないが、聞いたことはある。

 確か集合的無意識ってのは簡潔に説明すれば、人類全体が共有している普遍的な心、だったような気がする。

 「集合的事実というのはそれと似たようなものよ。すべての人が共有しているわけではないけど、それを見たり聞いたりしたことでそれを知った人たちの中に生まれるその事実の集合体よ。

 今回の場合は“ビル倒壊”というビルの倒壊を見た人たちによる集合的な事実があって、その型に入って“一昨日にビル倒壊があった”という集合的事実を“昨夜にビル倒壊があった”という嘘に変えればいいだけの話なのよ」

 つまり、それは例えばAさんとBさんとCさんの三人が同時に“Dさんを見た”というときに意識的か無意識的かはわからないが、そのときに三人の中に生まれる“Dさんを見た”という事実が集まる場所のことか。

 「なんとはなしに理解できた。でも、それを変えてどうなるっていうんだ?」

 「さあ。それはさすがにわからないわね。たった一日、事件の事実を遅らせただけで何かが変わるわけでもないと思うんだけどね……」

 事件そのものを消滅させる、というのならば何か有効性があるのかもしれないが、それをたった一日事実を遅らせただけ、というのはわからない。

 それによって変わることといえば…俺以外に、一昨日ビルの下敷きになってしまった人の消滅?

 だけど、あのとき俺以外に残っている人はいなかったような気がする。むしろ、俺が最後の一人だったぐらいだ。残されたのは俺の自転車ぐらいなもので。

 「とにかく、ムタンがそこらへんの真実まで変えれる、っていうことはわかった」

 俺は立ち上がって立花に向き直る。

 そんなややこしい話なんかより、先に終わらせるべきことを忘れていたことに気づいたのだ。

 「なにかしら?」

 「ありがとう」

 「…はい?」

 「だから、家まで送ってくれてありがとう、って。フォーカスってやつが途中まで送ってくれたにせよ、命までは助けてくれなかったからな」

 変なところでまじめになって、俺は立花に礼をした。

 立花は口を少しだけ開けて俺を見ている。

 そしてしばらくしてぽつりと。

 「どういたしまして」

 つぶやくようにしてそう言った。


少しだけ哲学的なことが最後のほうにありますが、『集合的事実』というのはオリジナル(のはず)ですので、少し説明がおかしいですが理解していただければうれしいです。

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