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14.手渡し

前の更新からかなり時間があいてしまいました。どうもすみません。

今回のは今までのより長めの話になっています。

これからは更新スペース一週間に一回。最低でも二週間に一回、というのを目指してがんばりたいと思っています。

それではどうぞ!

 巳乃宮の頼みを迂闊にも引き受けてしまった俺。

 今、俺の両手には大量のビニール袋と紙袋が引っさげられている。中身は服でもなければ特段女性が目を惹くようなものでもない。

 「いやー、悪いね! ほんと! やっぱりうちも女の子だからさ!」

 あははは、と笑いながら背中をばんばんと叩いてくる。

 俺はそれで少しバランスを崩しそうになるのを耐えて袋の中身を見る。

 そこにあるのは大量の食品類。肉、魚、野菜問わずにとにかく食品類が入っている。

 「お前もいいように扱ってくれるもんだな。買い物の荷物持ちなんて……」

 ――そう、巳乃宮からの頼みごととは荷物持ちだった。

 巳乃宮の家は自営業、飲食店を経営しており、そのためには大量の食料なんかが必要、らしい。

 まあ飲食店なのだからそれは納得できるが、こういう買い物っていうのは大体配送便みたいなもので済ませるものじゃないのだろうか? いや、これは小学校低学年ぐらいのときに人気だったドラマを見たときの知識の話なのだが。

 「荷物持ちに関しては恭史だけじゃないじゃん? ほら、後ろにもう一人……」

 そういいながらゆっくりと巳乃宮は後ろを振り向く。

 そこには俺よりかは持っている荷物の数は少ないものの、それなりに重量のありそうなビニール袋をひっさげている女子、立花竜仔がいる。

 「ねえ、なんで着いてきてるわけ? 立花さん」

 「さあな、ははっ」

 乾いた笑いをひとつして俺も後ろをゆっくりと振り向いてみる。

 「何か用かしら?」

 「…いや、なんでもない。それより、荷物重たそうだな。少し持とうか?」

 「いえ、大丈夫よ。このぐらいならね」

 そうか、と一言いって俺は前を向く。


 さて、なぜ立花がついてきたか。

 そんなのは言うまでもなく、俺の安全のためだ。

 ムタンが昨日、一昨日襲ってきたこともある。しかも立花のいう行動時間帯外で、だ。

 用心するのにこしたことはない、ということで立花もついてくることになった。

 巳乃宮はそれを聞いたとき、少しだけ渋ったようだが結果としてはついてくることとなった。

 「で、これからお前の家までこれをもっていくわけか?」

 「うーん、まあそういうことになるね。私も思った以上に買うことになっちゃったし」

 「こういう飲食店とかの食料調達みたいなのって、だいたい宅配とかじゃないのか?」

 「そうだね。大体は家-ウチ-もそうなんだけど、たまにこうやって商店街の野菜とか買うの。こういうところって意外と値引きが効いたりするからね。そこら辺駆使してるんじゃない?」

 「それってお前の店が少し危ないってことじゃ、っていたっ!」

 「はいそこまでー! 人の経営事情に首つっこまない!」

 頭にごちんと一発ゲンコツをくらった。女子とはいえ意外と強かった破壊力。たんこぶできそうだ。

 「ま、うちまできたらお茶の一杯ぐらい出してあげるよ! その飲食代ってことで!」

 そういって巳乃宮は上機嫌になったのか、ルンルン気分で前を歩いていく。

 ちなみに巳乃宮自身は荷物を何一つ持っていない。いくら今やっている行動が飲食代としてもこれはあまりにも理不尽すぎる。

 「お前も少しは持てよ、荷物」

 「ふんふふーん♪」

 聞いちゃいねえ。

 どうやら一人で上機嫌になっているようなので、俺は少し歩く速度を落として立花の横に行く。

 立花は顔に苦の表情を一つ浮かべずに荷物を持っている。

 「もしかして、綻びの再構築とか使ってないよな?」

 「……さあ」

 なんなんだ、今の間は。

 「それで、今から彼女の家に行くのかしら?」

 立花は前にいる巳乃宮を見ながら言う。

 「そうだな。流れ的にそうなるみたいだ。今荷物を持っている代償として、何か食わせてくれるらしいぞ」

 「どういうことかしら?」

 「あいつの家、飲食店なんだよ。つまり自営業。俺も行ったことないからよく知らないけどな」

 店の名前も聞いたことがない。ついでに飲食店といっても喫茶店とかの類なのか、それとも個人営業の店なのかさえ知らない。

 「つまり、彼女のことは学校でのことしか知らない、ってことかしら?」

 「そういうことだな。って、何か関係あるのか?」

 「いいえ、全然ないわ。皆無よ」

 そこまで否定することもないだろうけど……。

 と、不意に俺の持っていた荷物が軽くなった。

 俺は立花を見るが、立花は今までと変わらない表情で俺の横を歩いているだけだった。

 「あんがと」

 立花は何も答えなかったが、俺は軽くなった荷物を振り回す勢いで走り出した。

 「あり? さっきまで重そうだったのにどしたのいきなり?」

 「力がみなぎってきたんだよ!」

 巳乃宮が聞いてきたことに対して、わけのわからんことをいって俺はそのまま走っていって――いきなり荷物が重くなって転げそうになりながらもなんとか体制を保ち、無様な歩き方になった。

 「力がみなぎってきたんじゃなかったの……?」

 「いや、一時的なもののことを忘れてた」

 後ろを振り向くと、やはり今までと変わらない顔で歩いている立花がいた。

 見事にだまされたようだ、俺は。さっきの俺の感謝の言葉を返せ。

 結局、それ以降荷物が軽くなることはなく、巳乃宮の家まで重たい荷物を運ぶこととなった。


 …


 「はいとうちゃーーーく!」

 「やっとかよ……」

 巳乃宮の家についたのはちょうど正午に差し掛かったころだった。

 大量の荷物によって俺の肩は半壊気味。立花のほうは顔色一つ変えていない様子で、もちろんのように巳乃宮は元気一杯だ。なんだか俺だけ疲れているって理不尽なような気がする。

 「飲食店パオチャオ……?」

 「少しネーミングセンスに欠けるわね」

 「あはは、それはうちも思うところなんだけどね」

 子までもが疑うネーミングな目の前にある店、飲食店パオチャオは普通より少しでかいぐらい二階建ての一軒家の一階を営業用に改装した、という感じの店だった。

 「ま、とにかく入ってよ! 疲れたでしょ? 恭史も立花さんも」

 「そうね。私はともかく彼が疲れてるわね。男だっていうのにだらしないわ」

 「ほんとだね。女子の立花さんはあんなにピンピンしてるのにだらしないよ、恭史」

 立花は何か綻びの再構築とかでもして楽をしてたんだろうし、それ以上にお前は何もしていないだろ。やっぱり理不尽だ。

 不満を抱きながらも巳乃宮の後に続いて、やっとのこと中に入る。

 「いらっしゃい! って、風音か。おかえり!」

 「ただいま。ちゃんとお客さんも連れてきたよ、父ちゃん」

 中に入ると、少し大柄な男性が元気よく挨拶をしてくれた。

 「どうもです」

 「お邪魔します」

 「ん、いらっしゃい! 珍しいな、風音がうちに友達呼ぶなんて」

 「いや、荷物をもたされったぶっ!?」

 「そりゃうちもたまには友達呼ぶって。あはははは!」

 ストレートがとんできた。今、俺の頭に左か右かは知らんがストレートが!

 「はっはっは! まあゆっくりしてってな! ついでにうちのもんでも食ってけや!」

 「どうもありがとうございます」

 気前がいい巳乃宮の父さんに感謝しながら俺は巳乃宮に荷物を渡す。いや、もとより食べるつもりではあったのだが。一応、巳乃宮の約束として。

 「まあそこらへんに座っててよ。すぐに食べ物出すからさ」

 渡された荷物をなんの苦もなく持って、ついでに立花のもっていた荷物も持つ。

 俺、荷物もたなくてよかったんじゃないだろうか……?

 巳乃宮に言われたとおり、俺と立花は適当にテーブル席に座ることにする。

 今はちょうど昼時だというのに、店内にはほかに客らしき客は見当たらない。

 「店の名前からすると、中華系なのかしらね?」

 不意に立花がそんなことを聞いてきた。

 「さあな。でもパオチャオっていかにも中華っぽいし、そうなんじゃないのか? 立花は中華系苦手なのか?」

 「いえ、むしろいけるほうよ。ただ麻婆豆腐だけは駄目ね」

 ん、それは意外な話だ。というか、立花は何も嫌いな食べ物はない、というイメージがどことなくあった。

 「辛いし、なにより私にとっては麻婆と豆腐がミスマッチな気がするの」

 「根本的否定をするんだな」

 麻婆豆腐ってのは、麻婆と豆腐が合わさって初めてできるものだというのに、そこを否定されては麻婆豆腐も困るだろうに。

 「はい、お水ね」

 いつの間に来たのか、巳乃宮が水の入ったコップを二つ持ってやってきていた。

 俺と立花、それぞれの前にコップを置くと「ちょっと待っててね」といって厨房のほうにまた戻っていってしまった。

 厨房のほうからはいかにも中華料理作ってますよ、というような匂いと音が聞こえてくる。やはり中華系の料理を作っているようだ。


 待つこと数分。

 少し騒がしかった厨房が静かになり、巳乃宮が厨房のほうから出てくる。

 「はいはい、お待たせ! 当店パオチャオの目玉商品! 炒飯-チャーハン-と青椒肉絲-チンジャオロース-だよ!」

 手に持っていた三つの皿を手際よくテーブルの上に並べると、巳乃宮は俺の隣の席に座る。

 「目玉商品か。そりゃ期待だな」

 「いや、目玉商品じゃないけどね」

 「違うのかよ!?」

 「うん、家-ウチ-に目玉商品、なんて呼べるものはないと思うな。全部均等な美味さ!」

 それは飲食店としてどうなのだろうか? そりゃ全部不味い、っていうのよりかはいいが。

 「それじゃ、いただきます」

 「いただきます」

 俺の合掌に続いて立花も合掌をし、レンゲを手にとって炒飯を一口食べる。

 見た目は普通の炒飯。よく店なんかで出るような丸っこい形をしている。ぱさぱさしすぎずねっとりしすぎずな、なるほど店に出せるような炒飯だ。

 「んっ! うまい!」

 炒飯を一口食べて口をついた言葉はこれだった。

 正直いって、そこらへんの店のより美味い。

 巳乃宮はその感想を聞いて満足げな顔をしている。俺はといえば、その美味さ故か荷物を持ってくるのにたまった疲労感故なのか、がつがつと炒飯を食べる。

 「立花さんはどう? おいしい?」

 「ええ。おいしいわよ。少なくともチェーン店なんかの炒飯よりおいしいわ」

 それを聞いて巳乃宮はうんうんと満足げにうなずく。

 続いて青椒肉絲のほうも食べてみるが、これも当然というべきなのか美味い。

 食は進み、すぐに炒飯はなくなり、青椒肉絲も俺と立花によってすぐになくなってしまった。

 「いやー、うまかった! ごちそうさま!」

 「お粗末様でした」

 「おいしく食べてもらえたみたいでよかったよかった」

 いいながら、巳乃宮は皿を片付ける。

 「炒飯とか青椒肉絲、お前が作ったのか?」

 「まさか。全部父ちゃんが作ったんだよ。私はお皿とか水用意しただけ。うちも作れるけど、やっぱり父ちゃんには敵わないし」

 そっか、と一言いって俺は改めて店内を見回す。やっぱりそこには空席ばかり、つまり俺たち意外の客は一人もいない。

 「なんでこんなに美味いのに客がいないんだろうな?」

 「そうね。今はお昼時なのに私たちしかお客がいないなんて」

 これに関しては立花も同じ感想を抱いていたようだ。

 「いやね、家-ウチ-って父ちゃんとうちだけで経営してるんだ。それで店のある場所もあんまり人通りの多いところじゃないし。商店街のほうに行けばある程度食べる場所もあるしさ。こっちにはお客が回ってこないんだよ。一日にお客が良く来る日でも二十人ぐらいかな? よくこれで経営してられるなって思っちゃうよ。あははははは!」

 元気に笑い飛ばす巳乃宮だが、実際笑い話ではないだろう。

 確かにこの店がある位置は少し商店街から離れている。店の周りに家らしき家があるものの、てんてんとあるぐらいだ。その家の住人たちが決まってこの店にくる、という確率も高いとはいえないだろうしな。

 だとしたら、この店は結構赤字なのかもしれない。まあ、これは余計な詮索か。

 「って、お前の母さんは何もしていないのか?」

 「あー……えっと、母ちゃんは二年前に癌-ガン-で亡くなっちゃってさ」

 「あっ……」

 どうやら俺は立花のとき同様、またいらぬことを聞いたらしい。

 立花はといえば、額に手を当てて小さく溜息をついている。

 「いや、別にいいんだけどね。それに、そんなところで落ち込んでちゃ、さすがに店なんてやってられないし。うちも、もちろん父ちゃんも、ね」

 そういって巳乃宮は歯をだして笑う。

 「いや、でも、ごめん」

 「だから気にしない気にしない! はいはい、おかわりはいる? もちろん御代はもらうよ?」

 なんだかんだで、クラスの委員長か。いや、この場合関係ないのだろうが後ろ向きな委員長より前向きな委員長のほうがいいだろう。そう考えたら、やっぱり巳乃宮は巳乃宮なのだ。

 「御代もらうならいいよ。金も持ってきてないしな」

 しんみり返しても駄目だろう。巳乃宮が笑ってるんだから、俺もなるべく元気に返事を返す。無責任な俺のせめてもの償い、というやつだろうか。そこまで深刻なものでもないっちゃないのだが。

 「んじゃ、もうそろそろ帰るわ。今日はうまい飯ありがとな」

 一段落ついたところで、俺は席を立つ。同時に立花も席を立って巳乃宮に御礼を言う。

 それと同時に店の玄関が、がらがらがら、と開き一人客が入ってくる。

 「んじゃまたね。また今度きなよ!」

 おう、と一言返すと巳乃宮は頷いて接客に入る。

 「ごちそうさまでしたー!」

 最後に一言いって、俺と立花は店を後にした。

 「案外おいしかったわね」

 「そうだな。今度は義とかもつれてきてみるかな」

 「それより、貴方」

 「ん?」

 「無神経なところ、直したほうがいいわよ。いつか痛い目をみることになるわ」

 しばらくの間、立花の言った意味がわからなかったが、数秒考えてなんとなくわかった。

 たぶん、巳乃宮の母親のことについてだろう。

 確かに、あのとき立花は小さく溜息をついていたし、俺も無神経だったとは思う。

 「ああ。気をつける」

 と、ちゃんとした結論に至ったというのに軽く返事をする俺。

 立花はそれを別にとがめるわけでもなく、そう、と一言いっただけだった。


 ◇


 彼はどこまでも無神経なようだ。

 別に私がそれで困るわけではないけれど、それでも目に余るものがある。

 女性に対する免疫がないわけではないのだろうけど。


 …いえ、そんなことはどうでもいい。

 ――無意識下の防衛。

 ムタンがいったというその言葉。フォーカスも知らないようだった。

 私は今日、ずっとそのことばかりを考えていた。

 さすがに食事をしていたときだけは、少し休みも含めて考えてはいなかったけど、それ以外の時間はそれを考えることに費やした。

 だけれど全然わからない。やはり無意識は無意識。人間の無意識なんてわからない。

 無意識というのはある意味常識……。

 「貴方にとって常識的なことってなに?」

 「はい?」

 あまりにも唐突すぎる質問に、難しい顔で応える彼の顔を見たのは何度目だろうか。

 「つまりは、無意識的に思っていること」

 「無意識的に……? いや、そんなのいわれてもな。無意識的ってことは意識してないってことなんだろ? そんなもの俺もわからねえよ」

 当然といえば当然の答えだった。だから厄介なのだ。

 「そうね…。例えば、常に自分は死なない、と思ってるとか」

 「んー…。そりゃ常に思ってるだろうけどな」

 その後、いくつか質問をしたものの、これといった解答は返ってこなかった。

 ……もしも、彼がムタンに乗っ取られなかった理由と私やフォーカスが乗っ取られない理由が同じならば…?

 つまりそれはこの三人の共通点を見つけること。

 共通点……一体なに?

 答えは結局出ないまま、私は彼の家へと戻っていった。


 ◇


 家に帰って、魅奈に巳乃宮の店の話をした後に俺は部屋に戻って夏休みの課題に立ち向かっていた。

 が、開始五分ぐらいで俺の頭がオーバーヒートしそうになったので、頭を冷やすためにクーラーを心地よい程度に効かせて寝た。つまりは、堕落だ。

 そして、さっきまで午後二時ぐらいだったはずなのに、いつの間にか時間は午後八時となっていた。

 寝癖をつかせながら目を覚まし、ベッドからむくりと起き上がって部屋の状況確認。

 別になにも異常はなく、当たり前のように何も起こってない。

 机の上にはやろうとした夏休みの課題が広げられているだけで、消しカス一つなければシャーペンで文字を書いた形跡すらない。

 ここまで自分がやろうとしてやらなかったのか、と思うと呆れてしまう。

 そして、机の上には夏休みの課題と、もう一つ俺の携帯が置かれていた。メールがきている、というサインのライトがぴこぴこと光っている。

 ベッドから降りて、のそのそと携帯を手にとってメールを確認すると、巳乃宮からのメールが来ていた。


 『件名:

  本文:今日はありがとう。あと、渡したいものがあるからちょっと商店街のほうまできてくれない?』


 ちなみに、巳乃宮のメアドは高校が始まって一週間後ぐらいに入手、というか交換した。まだあんまり馴染めずにいたころに女子からメアド交換しよ、ということをいわれてハイテンションになったものだが、今となってはあの時ハイテンションになっていた自分を少し殴ってやりたい。

 それにしても、渡したいもの、というのはなんだろうか?

 何か忘れてきたわけでもないから、忘れ物の類ではないのだろうが。

 改めてメールを見て、メールが来た時間を確認。それはついさっき来たものということがわかって、俺は、『わかった。今すぐいく』、と返信してから部屋を出て洗面所へといった。

 「お兄ちゃん、ご飯だよー。って、さっきまで寝てたの?」

 「ああ。ちょっとな。寝癖そんなにひどいのか?」

 「自分で確認してみなよ」

 どれほどの寝癖がついているのだろう、と顔を上げて目の前の鏡を見ると、そこにはどこかの超人もびっくりなぐらいな寝癖がついていた。

 朝に起きたときの寝癖よりひどい。

 「相当だな……」

 「だね」

 このまま外に出るわけにもいかないから、俺は髪を全体的にぬらして寝癖を直すことにする。

 「あ、ちょっと出てくるから先に食っといてくれ。母さんとかにも伝えといてな」

 「出てくる、って何処に行くの?」

 「ちょっと商店街のほうまで」

 はーい、と魅奈は応えて居間のほうへと戻っていったようだ。

 それを尻目に見ながら、俺はぬらした髪をバスタオルで大雑把に拭き、ドライヤーで髪を乾かす。

 そのまま俺は家を後にした。


 …


 夜の外気が程よいぐらいに冷たく、昼間の夏の暑さを冷ますかのようだった。

 自転車は先日のビル倒壊にてぶっ壊れてしまったので、徒歩で商店街にいくこととなった。

 「そういえば商店街の何処にいけばいいんだ…?」

 ふと初歩的な疑問が浮かび、俺は携帯を取り出して巳乃宮にメールを送る。


 『件名:

  本文:商店街のどこにいけばいいんだ?』


 数分してから返信が返ってきて


 『件名:Re:

  本文:商店街の南出入り口に来て』


 というようなメールが返ってきた。

 ……ふと、何か巳乃宮のメールに違和感を覚えた。

 一通目のメールは全然気にしなかったが、今思い返すと何処となく違和感があるような気がする。

 メールの内容を見返してみるも、別になんの変哲もない文章がそこにはあるだけ。

 何も違和感を覚えるようなものはない。

 「気のせいか…?」

 最近いろいろあったから、少し敏感になってるのかもしれない。

 俺はその違和感のことを忘れて、商店街の南出入り口のところへと向かった。

 目的地近くまでいくと、出入り口のところにある電柱に背中を預けて待っている巳乃宮の姿が見えた。

 その様子からして少し待たせたのかもしれない、と思った俺は小走りになって巳乃宮に駆け寄る。

 「よっ。少し待たせたか?」

 「あっ、やっと来たね! もー、こんな夜に女の子を一人にさせるなんて恭史も人が悪いな~」

 「お前から呼びつけたんだろうが」

 「そういえばそうだね。あっははははは!」

 笑い飛ばして俺の背中をバンバンと叩く。これが地味に痛い。

 「で、渡したいものってなんだ?」

 「あー、それね。ちょっとここにはないからさ。ついてきてよ」

 ここにはない?

 どういうことか意味もわからず俺は巳乃宮の後についていくことにした。

 商店街から離れて、閑散とした俺の家がある住宅街とは反対側の住宅街を抜ける。巳乃宮についていけばいくほど、俺の家からも、そして、巳乃宮の家からも離れていく。

 「なあ、巳乃宮。どこまでいくんだ?」

 「んー。ここらへんでいっかな?」

 「ここらへんって……」

 巳乃宮が立ち止まり、俺も同時に立ち止まって周囲を確認してみる。

 そこには住宅街があるものの、ほとんどが貸家。とりあえず明かりが灯っている家は一つもない。

 少し開けた道の真ん中、俺と巳乃宮は止まっていた。

 「なにもねえじゃん…。ここにお前の渡したいものがあるのか?」

 「なんていうか、何処でも渡せるものだったんだけどね。あんまり人目についちゃうとうちが困っちゃうし」

 少し照れつつも話す巳乃宮は少しかわいかった……なんて感想はさておいてだ。

 何処でも渡せた、というのはどういうことだ? さらに人目につくと困るもの……?

 「とりあえず、うちが渡したいものはね――」

 「っ!?」

 「――引導なの」

 ――何が起こっている? 俺は今、わけもわからないうちに、巳乃宮に、目の前の同級生に、首を、絞められて……いる?

 その力は女子のものとは思えない。いや、そんなことよりどんどん首を絞める力が強くなってゆく。

 このままじゃ――死ぬ。

 「ぐっぁ……なに、を……!?」

 巳乃宮の手を引き剥がそうとと巳乃宮の手首をつかむが、どれだけ力を入れてもぴくりとも動かない。

 「引導、だよ? つまり成仏するためになるものを渡すんだから、うちってこの辺り優しいよね」

 にこにこと笑いながら巳乃宮は言う。

 片手で俺の首を絞め、もう片方の手は何もせずにぶらりと下がっている。

 「や…め……!」

 なんでだ? なんで、俺は巳乃宮に首を絞められているんだ? 意味がわからない。いみがわからない。イみがわかラなイ。イミガワカラナイ!

 目の前にいるのはほんとうに巳乃宮なのか…? 意識が虚ろになってゆく中、俺は巳乃宮の顔を見る。

 そこにはいつもと違わぬ顔、表情の巳乃宮がいる。違うところなんて――。

 「――っざける…な!!」

 もうそんなことは構わなかった。生死がかかっている。そんな中、自分を殺そうとしている相手に躊躇なんしてられない…!

 俺は最後の力を振り絞って拳を硬くして巳乃宮の顔を殴る!

 がつっ、と確かに自分の拳が肌に当たる感触。これでさすがに手を離す……

 「危ないな。恭史、女の子を殴るなんていけないぞ?」

 確かに俺の拳は肌に当たった。顔、という肌ではなく、掌、という肌に。

 巳乃宮はぶら下げていた手のほうで俺の拳を止めたのだ。その事実を知った瞬間、俺には絶望というものしかみえなくなっていた。

 「それじゃあね、恭史。引導渡してあげたんだから、ちゃんと成仏、してね?」

 おれはここでしぬ。

 いみもわからないままころされて……もう、どうにでも、なれ。


 ――――――。


 聞き取れないほどに小さな音が聞こえた。この虚ろな意識の中、後数秒たらずで無くなる意識の中、聞こえた音。

 風を切るような音で、それが聞こえたと思ったら――腕に激痛が走った。

 「――っ! ぐうあぁああああ!」

 落ちかけていた意識は一気に引き戻される。声さえ出すこともままならなかったはずなのに、激痛のあまり叫んだ。

 それと同時に首を絞められていた感覚がなくなり、俺はその場に倒れこんだ。

 戻った意識と、酸素を求める俺の口は、まるで全力で数分間走ったかのように息を荒くしている。

 朦朧としていた意識が戻り、次第に意識はっきりとして俺は激痛の原因を知った。

 どくどくと流れ出している血。何かに撃ちぬかれたかのような傷が腕にあった。

 それが銃によるものだとわかったのは、その傷を見て数秒後のことで…。

 「あなたにとってはどうでもいいでしょ? この男なんて」

 「ああ、どうでもいい。勘違いするな。俺はお前を殺すために撃ったんだ。生憎とお前が避けたおかげでそいつに当たっちまったけどな」

 誰かの会話が聞こえて、俺は傷口を無駄だとわかっていながら手で押さえながら声のするほうを見た。

 そこには先ほどまで俺の首を絞めていた巳乃宮と、どこかで見たことにあるような男性がいた。

 男性の手には月明かりによって黒光りする銃が握られている。それを見た瞬間、俺の腕に銃弾をぶちこんだ奴はあの男性だと理解する。

 「俺にとってもどうでもいい。お前にとってもどうでもいい。違うのか?」

 「んー、そうだね。別に殺してもいいし殺さなくてもいいんだけど、やっぱりうちが楽しむためには殺したほうが都合いいかな、って思ってさ。あっははははは!」

 腹を抱えて笑う巳乃宮。だが、それはどこか狂ったようだった。

 「で、どうするの?」

 巳乃宮の問いに、男性は銃弾を詰めながら言う。

 「決まってんだろ。殺す」

 男性は躊躇なく銃を撃った。だがその音は聞こえない。まるでサイレンサーでもついているかのように発砲音は聞こえなかった。

 「いいよー。今夜は付き合ってあげる!」


今まで何回かいいましたが、今度こそ、ここから話を進めて生きたいと思います。

今『起承転結』でいうなら『承』の段階であります。

ついでにいうと、夏休みはこの物語ではまだまだ日数があります。

一応まだ三日目です。そこらへんを踏まえたうえでこれからもよろしくお願いします。

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