7.事件の結末
7.事件の結末
「メリーアン」
「はい」
「ちと聞きづらいし、そなたも言いづらいであろうがの、聞かねばならぬことがある」
「はい」
「下の姫の閨教育はどこまで進んでおる」
「お館さま?」
「うむ、父親としてはのぉ、知りとうもないことだがの」
「サリアの媚薬についてはそなたもよく知るところであろう」
「はい、サリア夫人の心配りがお館さまの支えになりましたでしょう」
「そのことではない」
「はい」
「主犯のジョーイについて、証拠は下の姫が提出した」
「え?なんと?」
「姫の例の社会見学とやらが、ジョーイの罪を裏付けた」
「まさか、エイプリル」
「さすがに指揮官である、目配りができておる」
「はあ」
伯爵夫人は、エイプリルのレポートがジョーイの捕縛と未売の媚薬の確保につながり、芋蔓式にすべての売人が挙げられた話を信じがたい気持ちで聞いた。
「そういう次第で、姫にはこの度の結末を説明せねばならんのだがのぉ。
俺には媚薬とその薬効をどう説明してよいかわからぬ」
伯爵夫人は、まじめな顔を保とうとして失敗した。
「お館さま、ほほほ、男親でおわしますねぇ」
「まあなぁ、わかるか」
「はあ、わかるような、わからぬような」
「わからぬか」
「どうでございましょうねぇ、ほほほ」
しばらくののち、伯爵夫人は心を決めて夫に説明した。
「エイプリルは、閨について座学を終えております。
すでに16歳、あと半年ほどで王都へ行きます。なぜ身を守らなければならないか知らねばなりません」
「男の閨教育は実技がつきものだが、女はどうなのだ」
「実技はできかねます」
「そうよの、そうであろうとも」
「わたくしの時は、戦場に出る前に出産経験のある年かさの侍女が詳細に語ってくれました」
「うむ、そうか」
「エイプリルにはエルがおりますゆえ」
「エルが?」
「お館さま、エルは結婚しております」
「エルが?相手は誰だ」
「エルの安全のために、夫の名も既婚であることも伏せております。ただ、城内の者でございます」
「そうか、そうか。うむ、それでよい。それを聞いて安心した」
城内使用人や奉公人の管理権限は伯爵夫人にある。
使用人は城下町や領内の村から募って衣食住と給与で報いるが、奉公人は、縁者である子爵家、男爵家、郷士から城に上がり、伯爵家で教育する。
ペイジから従卒に、やがて騎士を目指す男子は、自領に戻って領主や騎士になることもあるし、伯爵家の騎士として残ることもある。
小間使いから侍女になる女子は、伯爵家で釣り合う結婚相手を世話するのが普通だ。夫を喪えば、ふたたび城に上がって奉公する道もある。
だから、伯爵以上の上位貴族に、子爵・男爵の下位貴族から正妻を迎えることは非常に難しい。管理する相手が、給与で扱える使用人だけではなく、古くは「家人」と呼ばれる奉公人なのだから。このようなデリケートな仕事をこなすには、子どもの時から「支配者側」にいて、その心得を幾多の失敗と母からの教えとともに心に刻み付けていなくては務まらない。
フィエール伯爵夫人メリーアンは、カリス侯爵家の正妻の娘、伝統に従い戦姫として戦場に出た姫だった。