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5.朝駆け

 夜明け間近の白い光がラフィエール城の姿を浮かび上がらせる頃、用務扉からペイジがひとり飛び出し、厩に向かって走った。

「朝駆け、次姫さま、朝駆けでございます」

 リンゴのように頬を染めた少年が、厩の入り口で息を切らしたまま年かさのペイジに告げた。

「お付きは4人だな」

「はい、エルザさま、コーエンさま、キャメロンさま、ラドクリフさまです」

「承知したとお伝えせよ。あとな、エルザさまとお呼びしないようにせよ、エルさまとな」

「はっ」


 馬たちを朝の運動に引き出し、馬房の清掃を始めようとしていた厩務員とペイジ達は、エイプリルの乗馬、濃いグレイのハイランドリリーと、4人の護衛のために栗毛馬の馬装を整えはじめた。

 待つほどもなく、3人の男性騎士が早足で現れて馬装をチェックする。あとからエルに先導されてエイプリルが来た。背後には短毛の大きな犬が2頭従っている。体重は並みの男性より重いかもしれない。

「おはよう、今日もいい天気ね」

 エイプリルが厩務員たちに声をかける。厩務員とペイジは、凛々しい乗馬服姿の姫に心を躍らせながら直立している。代表して、ハイランドリリーの手綱を持つ筆頭厩務員が答える。

「おはようございます、姫君」

 続いてエルがはっきりとした口調で予定を告げる。

「コックニー湖まで行きます。朝食までに帰ります」

「承りました」


 エイプリルがハイランドリリーの横に立った時には、すでにエルが左右の手のひらを組んで待っていた。エイプリルはエルの組んだ手に軽く左足を預けると蹴った右足を振り上げ、上げられたエルの手の力を借りて騎乗した。すぐにエルが手綱を受け取って渡す。

 ハイランドリリーのたてがみを撫でで、何やら話しかけるうちに、4人の姫付きの騎士たちが乗馬し、一行は城の裏手、騎馬門から出ていった。


 犬たちは、シューネ(雪丸)がエイプリルの横を、グリンデ(緑丸)が列の最後尾を走る。よく訓練された戦闘犬で、エイプリルをチームリーダーで格上、コーエンとエルをサブリーダーで同格程度には認識しているが、ラドクリフとキャメロンは完全に目下扱いだ。

 この4人、5頭、そして2匹がエイプリルの護衛チームで、任務に出るときは従卒4名、遊撃を任されるので連絡と補給・輸送の従卒見習いが2人ついて1小隊となる。通称は姫隊だ。



 朝の光の中、最初は麦畑と果樹園の中を抜ける道を並足で進んだ。作業する領民たちは、姫を認めると帽子や被り物をとって頭を下げる。年少の者の中には、手を振る者もある。

 エイプリルの朝駆けはありふれた光景だ。敬意を受け取り、時に手を振り返しながら進む。


 村を迂回して、林を抜ける馬道に出た。先導するコーエンが姫を振り返り、頷きを得ると、馬の歩調が変わった。馬はギャロップを踏み始め、やがて速度を上げて障害となる倒木を飛び越しながら早駆けを楽しんだ。馬道の倒木は常に放置されている。戦時を想定した訓練のためでもあり、敵方の侵攻があるときその速度を落とすためでもある。


 エイプリルの頬が桃色に染まり、麦穂色の三つ編みが跳ね上がる。深い緑の瞳が興奮のために魔力を帯びて薄く金色を帯びる。先導のコーエンの蹄跡を追い、踏み切る場所を間違えないよう馬をリードする。後ろ足が楽に踏みきれるよう、重心に気を配る。ハイランドリリーも走る喜びに満たされている。


 しばらく走り馬の息が乱れると、馬を歩かせる。馬の息が整うのを待って、また走る。

 馬も人も、そして犬も満足したころ、一行は馬道を外れ、道のない場所を背の高い草や低灌木をすり抜けながらコックニー湖を目指す。

 姫隊は奇襲を担当するから、道のないところを選んで馬とともに行くのも訓練の内だ。


 エルは、エイプリルが生まれてまもなく、まだ5歳の時からの忠臣だ。

 エルの母は、カリア侯爵家次女メリーアンの侍女兼護衛騎士を務め、戦場にも侍女として付き従った。姫の身に手を触れることができるのは女性だけだから、戦時でも姫に仕える女性騎士は欠かせない。仕える姫の結婚を見とどけ、夫である郷士ラドクリフのもとに帰郷して、長女エルザ、長男マイケルを成した。


 伯爵夫人メリーアンが長女ローズ、長男ジャルダンを得、最後に次女エイプリルを得た後、体調がすぐれない時期を迎えた。その頃、エルの母も3番目の子を産んで半年ほど。乳の出もよく、メリーアンが父カリア侯爵にエルを強く願ったため、再び侍女となりエイプリルの乳母を務めることとなった。

 カリア侯爵は孫の為だと笑って許したが、伯爵家は侯爵家に礼を尽くし、郷士ラドクリフを家族ごともらい受け、城下に家、そして城下町警備の職を与えた。


 瞳の色がエイプリルに似た緑だったことがエルザという名の娘の未来を定めた。伯爵家から、母が務めた侍女兼護衛騎士の役目を習い、エイプリルの一番身近に仕えるよう要請されたのだった。

 エイプリルが育つのを待つ間、エルは体術とともに暗器と薬の訓練を積んだ。現在エイプリルは16歳、エルは21歳、ふたりの背はほぼ同じ、わずかにエイプリルが低い。髪を小さく結い、布で髷を包み込んで目立たぬようにしているが、常に麦穂色に染めている。髪を下ろして伏せている眼を上げ、動作を変えればふたりを見分けるのは難しい。


 騎士ラドクリフはエルの弟で、20歳。名はマイケル。一族の特徴を引き継ぎ、茶色の髪と目、ずんぐりとした体形だ。守りを得意として盾を巧みに使う。姉に口裏をとられないよう、できるだけ姉の前でしゃべらないようにしているうちに、すっかり無口になってしまった。


 騎士キャメロンは、エルとラドクリフの従兄に当たる、22歳。名はファビアン。森人であった祖母の血が強く出て、緑がかったグレイの髪に薄い緑色の瞳だ。4人のうちで一番背が高く、すらりとしたしなやかな肢体をしている。完全な武闘派で、近接戦の名手だ。朗らかに笑いながら囲みを突破するさまはまさに鬼神。短めの2刀で攻防一体の流れるような技を見せる。


 騎士コーエンは、本来エイプリルの夫となるべく伯爵が姫の守護騎士として選んだ男で、22歳。名はエリス。伯爵の実弟が治めるホーシュビー領から出仕し、ペイジから城に勤めている。くすんだ金髪を背の半ばまで伸ばして紐で縛っている。青みがかったグレイの目をしているが、魔力が余ってくると深いブルーに色づく。

 格闘も剣技も冴えている上に美丈夫で、伯爵としてはふたりを娶せ、長男が伯爵家を継いだ時のサポートにするつもりで育ててきた。妻になるべき姫を第三王子の婚約者に据えられたコーエンの心裡こころうちは、誰も知らない。コーエンは決して語らないが、その忠誠が姫への一生奉公であることは、コーエンにとって確固たるものだ。


 この4人は、平時にも戦時にも常にエイプリルの傍らにあり、貴族の姫であるがゆえに強いられる孤独を受け止める「姫の騎士」であり、「マイ・レイディ(吾が姫)」と呼びかけることができるのも、今のところこの4人に限定されている。


My ladyは、わが女主人。マイ・レディと表記するかどうか非常に悩みました。

結局マイ・レイディと表記することに決めたのは、とある9話構成の星間戦争映画で、貴族令嬢である侍女が、仕える女王に駆け寄って話しかける印象的なシーンで、「オオ、マイ・レイディ、アー・ユー・オール・ライト?」とはっきり発音しているためです。ああ、本当はレイディと発音するのだな、という感動が今も尾を引いていて、どうしてもレイディと言わせたかったのです。

違和感ある方、すいません。


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