2.フレデリックの幸せ
公国は、旧帝国の血を引く民がドナティエール王国へと移民する手助けを続けてきた。
公国は帝国の再建を存在理由としていたが、また、魔力の強い民を皇国に発見させないことも重大なことだと考えていた。
ガリエル皇国に、大規模魔法を獲得させたくなかったのだ。
大規模魔法は口伝である。使い手は適性のある者を弟子に取り、訓練のプロセスを経て伝授を行う。素養のある者なら伝授にそれほど時間はかからない。ガリエルが使い手を発見する前に王国へと避難させたかった。
ルースカリエ帝国は侵略戦を放棄して長かったから、大規模魔法もそれほど多くの種類は伝わっていない。
皇弟妃が伝えたエクスプロージョン。これには制御してくれる複数の補助者が必要な組み合わせ魔法ペネトレーションが付属している。
ウイレムの師が伝えたディフェンス、補助者が必要なドーム。これは防御魔法だ。
帆船に乗って航行を助ける風使いが受け継ぐブロー。中位魔法で使い手は多いが、他の使い手との組み合わせで真価を発揮する。
ベニステラ公王家に伝えられてきた、重量軽減系列の魔法と、複数の高位補助者を必要とするフロート。
カエリステスの貴族家に伝わり、現在は皇王妃が使い手となっている、癒し系魔法の最上位である魔力分与と、動きがないために魔法を掛けたままで保持できる、結界魔法も地味ながら重大な魔法だ。
500年前には、劫火を生み出す、地面を隆起させる、大雨を降らせるなどの大規模魔法もあったという記録が残っている。しかし、劫火で焼き尽くした森や、地面を隆起させて家屋を全壊させた都市を手に入れても、国土を拡げたことにならない。次第に使い手がいなくなり、伝授が途絶えてしまった。
フィリップスとフレデリックには、魔晶具についての高度な知識があった。今使われている簡単な魔晶石と魔晶具ではなく、複雑な魔法陣を必要とする魔晶具があれば、より多くの移民をより早く王国へ移動させることができるだろう。
生粋のガリエルの人口は少なく、旧帝国の城塞都市は少数のガリエル民が旧帝国民を強圧的に支配していたから、これを嫌って都市から逃げる民は多かった。
フィリップスの意を受けて、フレデリックがフィエール領のウイレムを頼ることになった。
長い旅路を逆にたどって馬蹄湾に、そこからラフィエール城を訪れたフレデリックには信じられない幸せが待っていた。
「ミリアム」
「お久しぶりね、フレデリック」
フレデリックは、なぜここにミリアムがいるかを問うのも忘れ、ただ茫然と妻の顔を見詰めていた。自分では涙が頬を伝っていることがわからず、歩み寄って抱き寄せたいのに、足は一歩も前に出なかった。
ミリアムのスカートの裾にすがって、よだれで顔を汚した赤ん坊が立ち上がった。
「あら、たっち上手ね、フレデリカ」
そう言いながら、ミリアムは赤ん坊を抱きあげ、腰のベルトに挟んだ布をとってよだれをぬぐってやった。
「はい、あなたの娘よ」
そう言って手渡そうとしたが、フレデリックは麻痺の魔法をかけられたように動くことができなかった。
一晩呆然として夜明けを迎え、フレデリックは猛然と働き始めた。
ウイレムに願って作ってほしい魔晶具の用途を説明し、エイプリルに細かいアドバイスを求めた。その頃には、エイプリルが抱いているフレデリカより小さな赤ん坊に少し触ることができるようになっていた。
息つく暇も惜しく、妻と娘をひとかたまりにして抱きしめ、馬で王都へ発った。
フレデリックのあまりに心ここにあらずというようすを心配して、侯爵家から世話役と多めの護衛騎士がつけられた。
王都では、マール家にも寄らずカッサンドラ公の邸宅に駆け込んで、涙を流していることに気が付かないまま、
「義父上、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
と、ほとんど訳のわからないお礼を言って、そのまま王城へと飛び出そうとしたところを押さえつけるように座らされた。
いきなり謁見を求めてまとまりのない上申をしようとしても受け付けられるはずもなかった。
実家、マール公爵家から迎えが来て、マール公、カッサンドラ公とともに文書を練りあげて提出すると、すぐに謁見の許可が出た。
相手が変わりながら、何度も同じ説明を繰り返し、必要な手配を求める作業が一段落すると、今度は猛然と妻と娘に会いたくなった。
カンデラ公が船でリバーアンまで送ろうと言ってくれる。
フレデリックは、周囲に労られているうちに次第に落ち着き、突然現れた自分の娘について考える余裕ができたようだった。
ミリアムは、妊娠を知ってすぐにエイプリルを頼った。フレデリックがいるところまで妊婦の身で行くことはできないし、乳幼児を連れて行ける距離でもない。とすれば、この先も長い間一緒に住むことはできないのだから、公国に近く、しかもミリアムが知る限りもっとも安全な場所にいるのがいい。
もともと契約を結んで1年を共に過ごした仲だ。ミリアムの願いはすぐに容れられ、ラフィエール城の筆頭侍女として迎えられた。そこで侍女やペイジに王都流の礼儀作法を仕込みながら、エイプリル、エル、マリエとともに暮らしている。
自分の娘が、エイプリルの息子、エルの娘、マリエの息子と一緒に育っていることを改めて教えられた。もしミリアムがそのまま王都で出産したなら、フレデリックの事情があるから娘の世界ははるかに狭かっただろう。フレデリックはミリアムの選択に感謝した。




