3.伯爵閣下の憂鬱
「どうだ、ウイレム」
「お館さまのお考えの通りでよろしいかと」
「そうか
塔に足を運んだ伯爵は、まず答えを確認し、再生された会話を聞いて満足げな様子を見せた。
「姫君は、サリア城下の媚薬の件を知っておいででしたかの」
「それがな、ウイレム、知っていたわけがないのだ」
「そうですか、それではこの酒保商人の顔を知らなかったのですな」
「知るわけあるまい」
伯爵の主城は、このラフィエール城、周囲は直轄地だ。伯爵夫人メリーアン・カリス・ラ・フィエールが城の内向きを取り仕切っている。
伯爵夫人は長女ローズ、長男ジャルダン、次女エイプリルを出産し、これ以上は出産に伴う生命の危険を冒さないほうがいいという判断が出た。
そののち、伯爵領のうち3地点、ラフィエールと南の馬蹄湾を結ぶ中間地点サリア城、西の国境守備の戦略地点ゴッチ砦、北のロズウェル河に面した直轄領リバーアン砦の3地点に役職として夫人が置かれることになった。
夫人の地位は、フィエール伯爵夫人の部下、領地の内向きを取り仕切る。
領主がフィエール伯爵の部下であるのと同じ仕組みである。
サリア城からは城主の妹で未亡人だった女性が出仕した。公式には名前を呼ばれることはなく、領の名をとって単にサリア夫人と呼称される。
重要地点であるサリア城下で、媚薬の被害が言われ始めてからすでに1年ほどにもなる。媚薬は高価なものだし習慣性もあるから、娼婦の仕事や貴婦人の「お勤め」が楽になるようにという目的であれば、管理下での使用に限り黙認される。
問題は、これが城下に住む人々の手が届く場所に出た時だ。習慣性のある高価な薬剤、まして密室で使用されるとなれば、民の経済力はいつの間にか蝕まれる。
伯爵とサリア領主は、地道に情報を集め、酒保商人ジョーイを中心人物と比定していた。酒保商人というのは、戦時に兵站を担う、つまり、軍が自力で移動させても不足する分の食料や武器、薬剤、雑貨などを戦地に供給する商人のことだ。
酒保商人として特化した者は、戦時でないときには稼ぎを他に求めなくてはならない。機動力、薬剤を調達するルート、運送や移動に関する知識やコネ、この人物なら媚薬を入手して売却のルートを作ることができる。だが、同時に、証拠を残すほどマヌケでもない。
「さようにございますか。
では、姫君はなぜあのように嬉し気に、父上はわかっておいで、と話しておられたのでしょうかのぉ」
「そうであったか。嬉しげであったのか」
「めったに見ぬほどのご機嫌よしで」
「うむ、わからぬわ。下の姫の心は、儂にはようわからぬ」
「まず、好いことにせねばなりますまいよ。上つ方であることは、たやすいことにはありませぬ。
部下に心を読まれるようでは務まりませぬ。
姫君のように、父上にさえ読まれぬ心をお持ちであることは、妃となられたのち、姫ご自身を護るのではありませぬかの」
「そうかもしれぬ。
ともあれ、これでジョーイの裏は取れた。サリアに出よう」
「直接指揮を?」
「いや、直接は領主に。ただ、城にいるほうがよいであろう」
酒保商人ジョーイと隣にいた男の会話:
「繋ぎは取れたか」
「薬屋1軒、雑貨屋1軒。どっちも傾いている」
「まずくなったらいつでも消せるだろうな」
「もちろんだ、こっちは命がかかっている」
「もうひとつは酒場、上が宿」
「いいな」
「酒場でさばけるし、泊り客が女を引っ張り込んでりゃちょうどいい」
「なまえは」
「熊とハチミツ亭」
「そりゃいいや、ハニーだよな、確かに」
「マニーさえ払ってくれりゃあ、どうでもいい」
「そういうこった」