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18.卒業式まで1週間

 この年度の講義をすべて終え、退寮式の日となった。

 上位貴族の姫君たちは、お互いの部屋を訪ねて挨拶とこの先の友誼を願いながら、記念品と称した高価な品々を交換し合った。

 学友であったことがどこでどのように有利に働くかわからない。お互いに打算と計算が行き交い、印象に残る記念品の準備に怠りはなかった。


 エイプリルも退寮の挨拶を無事終え、午後には王都の屋敷に向かった。

 竜騎士団での見習い期間を終えた、コーエン、キャメロン、ラドクリフが軽馬車とともに迎えに来た。軽馬車がエイプリルとエルを乗せて、石畳の市街地を行く。


 フィエール家の王都屋敷に着いてエイプリルはじっと考え込んでいた。



 エイプリルの本来の姿は戦姫だ。

 愛らしい外見をしているが、冷徹な観察力を備えた指揮官であり、確かな戦闘力も持っている。

 幼少時からペイジに交じって武術を習ってきた。父は武闘派、母は戦姫、女性であるから戦えない、などということは誰も考えない家筋だ。

 さらに、賢者ウイレムの直弟子で、大規模魔法が使えないことがわかってからは、魔力のコントロールに集中して正確で鋭い操作を身に着けた。ピンポイントで効果を出すなら、エイプリルに勝る使い手はウイレムくらいしかいない。

 マクニール子爵が着ているジャケットのボタンを弾き飛ばしたのはわずか7歳の時、誰にも何が起こったかわからなかった。

 潔く自己申告して、こってり叱られた。いまならそんな正直なことは決してしない。


 また、エイプリルには稀有な才能があった。それは、偵察スカウトあるいはレンジャーという戦時にはことさら重用される能力だ。観察力に非常に優れ、身軽で、地形と状況を読み、起こりうる事態に対応するために複数の準備をしておく。指揮権を持つ者が偵察能力を兼ね備えたらどうなるか。エイプリルのような遊撃隊指揮官ができあがる。


 エイプリルは、この1年の出来事を全体として俯瞰しながら、この先のことをじっと考えていた。

 何が起こるだろうか、どんな準備をしておくのがいいだろうか。

 それは、半年先に第三王子妃となる貴族の姫として自分の人生を考える姿というよりも、部下の命を預かって戦いに挑もうとする指揮官の思考だった。


 参加する駒たちはどうしているか。

 第三王子と側近候補二人は、新しい執務室で修行させられている。そして、基礎知識の習得という修行に飽きて、時々元乳母のサマビル侯爵家の母子、そしてアリエスとお茶を楽しんでいる。サマビル侯爵家は、伝統的な貴族家の運営方針から少し外れていはしないか。フィリップスは好んでその家を度々訪れている、側近ふたりを連れて。

 マール公爵家とライフェルド侯爵家は王都貴族、現在側近候補のふたりは、王城に部屋を与えられている。

 侍女候補の令嬢たちは、3人とも王都にいる。エイプリルが王家との婚姻式に臨むのは半年後だから、今はまだフィエール家との仮契約しかない。

 マリエはカリス家の王都邸にいるが、明日からはフィエール邸に来るだろう。

 自分の騎士は全員王都邸にいる。ハイランドリリーも手元にいる。


 何が起こるか、何を手配しておけばいいのか。

 アリエス・ロシュフィールドの役割、エステル・ラ・サマビルの思惑、フィリップスの本音。

 エイプリルの頭の中には、樹形図の分岐点を無理なく抑えるための準備が徐々に形作られていった。



 明け方、エイプリルは指示書を書き始めた。

 1通はコーエンに持たせて、マクニール子爵に。

 2通はラドクリフに持たせて、ジガ城を経由してラフィエール城に。

 そして、キャメロンを呼び寄せ、口頭で指示を出す。


 ラドクリフとキャメロンは、その場からすぐに旅立った。自分の仕える姫が指示を出しそうなことに気が付かない騎士たちではない。昨夜からじりじりと朝を待っていた。

 コーエンは、王城に部屋を与えられているマクニール子爵宛ての手紙を託されたので、竜騎士団の制服を着て隊舎の門から王城に入った。


 昼前にマクニール子爵が王都邸に駆けつけてきた。

「エイプリル、これはどういうことだ」

「兄上、落ち着いてください」

「これを見て落ち着けと?」

「慌てても仕方ありませんわ」

「おまえねぇ」

「すでにキャメロンが向かっております」

「それほど自信があるのか」

「そうですね。まず間違いないかと」

「そうか。おまえが言うならな、そうなのだろうね。

 カンデラ公と姉上には?」

「少し間に合わないかもしれません。ですので、キャメロンの手際次第です。

 間に合えばお知らせしますが、遅れるようですと直接カンデラ公邸にお連れします」

「うーん。

 いいだろう。おまえの言う通りなら大惨事だよ。

 わたしがこちらから人を出して、街道沿いに宿を手配しながら追わせよう。出会ったところでわたしからの手紙を渡すようにしよう」

「兄上、ありがとうございます。

 貴族籍簿の確認をお願いできますよね。改竄されているはずです」

「ああ、改竄したものは死刑にしてくれる」

「それはそうでしょう?反逆ですもの」


 エイプリルは、兄ジャルダンを引き留めてお茶を飲みながらマリエの来訪を待った。

「兄上、マリーとはいつから?」

「あ、まあ、いろいろ」

「はあ、いろいろですか。マリーに言いつけてあげるわ」

「え?何を言いつけるって?」

「サフィール子爵令嬢。カミラさま。モリーさま」

「え?エイプリル?」

「たしかモリーさまを取り合ったお方は・・・」

「いやわかった、わかったよ。マリーが去年学寮に入って、おまえのことでいろいろ準備の打ち合わせをね。ミリアム、アレクサンドラ、フローラを選ぶときに手伝ったのが縁かな」

「ほほ~、いろいろお聞きしたいことが増えました」

「いや、もう勘弁してくれ」

「どういたしましょうねぇ、ねえ、マリー?」

 扉の方を向いて座っていたエイプリルには、マリエが入室したのが見えていた。

 エルに指示してそっと入らせたのだった。


「兄上、わたくし、帰ります。よろしいですね」

「ジャルダンさま、わたくしもエリーに賛成です」

 ジャルダンは諦めて両手をあげた。

「はぁ、わかったよ」

「本当ですね」

「ああ、さすがに王家も諦めるだろうよ」

「後始末はお願いします」

「はあ、仕方がない、任せなさい」

「兄上もお帰りになりますか?」

「そうだねぇ、できないことはないだろうけどねぇ。マリエはどうしたい?」

「フィエールのお館さまも、メリーアン叔母さまもまだまだお元気です。

 わたくしは王都で構いません」

「そう、ありがたいね。もうすこしこちらで様子を見るよ、それでいい?エイプリル」

「マリーがいいなら」



 次の日、フィエール邸にマリエ、ミリアム、アレクサンドラ、フローラが集められて、卒業の日に起こりうる事態についての可能性、そこで起こらなかったら次はいつか、などについてエイプリルから解説が披露された。

 まさか、と驚いて聞いていた令嬢たちも、最後には説得された。

「エイプリル、必ず起こると思っているのね?」

「そう」

「起こらないかも?」

「殿下の弱点をうまく突いているから。

 それに、王家も多分試していると思う。自力で乗り切れるかどうか」

 エイプリルの口調は、かつて聞いたことがないくらい淡々としていた。令嬢たちはこれが戦姫というものなのかと、学友であった姫、王子妃となって共に生きていくはずだった姫の印象を塗り替えることになった。


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