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6.第三王子フィリップス

 あたらしくお茶が運ばれて、姫たちの視線がカンデラ公の美しいマナーにちらちらと向けられた。さすがに王弟閣下、カップを持つ指の角度、組んだ足の先に光る靴、衣服の皺の位置すらも計算されつくしているように見えた。


 しばらく軽い会話を楽しむと、カンデラ公が立ち上がり、庭に出ることのできるフランス窓に近寄った。

 侍従が窓を大きく開く。

「フィリップス、わたしの義妹に庭を見せてあげてくれないかい」

「はい、叔父上」

 殿下は席を立つと、エイプリルに近寄り、肘を軽く曲げた左腕を差し出して、

「レイディ・フィエール、庭の散策へのお誘いをお許しいただけますか?」

 と、ほほえみかけた。

 ローズや熟練の侍女たちから見れば、胡散臭い儀礼スマイルだったが、姫君たちには完璧な王子スマイルに見えた。

 エイプリルは、にこやかに立ち上がり、教え込まれた通りに、婚約者への儀礼上の最初の言葉を述べた。

「殿下、エイプリルとお呼びくださいませ」

「エイプリルと呼ばせてもらうよ、婚約者殿。私をフィリップスと呼ぶことを許そう」

 え?許す?と、一瞬全員が違和感に揺れた。カンデラ公は穏やかに微笑みながら一言口をはさんだ。

「姫、甥が礼儀知らずですまないね。

 フィリップス、わたしの妻の妹は君の婚約者だよ。来年は君の妻だ。許すとは穏やかではないね」

「叔父上、申し訳ありません。エイプリル、失礼を許してくれたまえ。

 フィリップスと呼んでほしい」

「フィリップス殿下、もったいなきことにございます」


 エイプリルは不自然にならないように細心の注意を払ってほほえみを浮かべ、差し出された腕に右手を添えて庭に出た。

 少し離れて、マリエと王子の侍従がついてくる。


 エイプリルとフリップの後から、婚約関係にあるフレデリックとミリアムが庭に出てくる。

 サロンに残った3人のために、カンデラ公がヴァージナル(ピアノのような楽器)を弾き始め、庭園にまでその音が漏れ届いてきた。


 カンデラ家が使っている離宮からは王宮が見える。王子は左手でエイプリルをリードしながら、右手で王宮を指し示し、建物を説明しながらゆっくりと噴水に向かって歩いた。

「王宮の3階、ちょうどあのあたりに私は住んでいる。部屋の窓からこの離宮が見えるよ」

「さようにございますか」

「ダッチェス・カンデラにお子が宿るまでは、叔父上も王宮に住んでおいでで、叔父上には大変かわいがっていただいた。

 もちろん叔母上が王家に入られてからは、叔母上にも親しくしていただいた」

「ありがたい仰せです」

「叔母上の妹君が婚約者に決まって、なかなかお会いすることができなかったが、こうしてお会いできてうれしいよ」

「殿下、もったいなきことにございます」


 噴水にたどり着いた。噴水は人魚が胸に抱えた壺から水があふれるデザインで、白い切り石で丸く囲まれたプール部分には、睡蓮のような大きな葉が水の上に開き、水中には小さな魚が5,6匹ずつ集まって素早く泳いでいた。

 エイプリルが右手を取り戻してプールをにこやかに眺めていると、侍従が近寄ってきて王子に小さな花束を渡した。

「エイプリル、お会いできてうれしい」

 王子の手には、オレンジのバラに白・ピンク・黄色の小花とグリーンをあしらった花束があった。その中からオレンジのバラを1輪抜き取ると、

「この花をあなたに。そして、このバラのように咲き匂う日を待っている」

 と言いながら、侍従に短く切らせたバラをエイプリルの髪に差した。

 王子以外の3人は、思わず固まってしまった。エイプリルは場末の踊り子ではない。髪に生花を飾るなど、もってのほか、姫君の髪を飾るのは宝石と金銀細工だ。これは暗に「野の花」と言われているのだろうか。


 しかし、エイプリルは特に逆らわなかった。べつにこの王子に好かれる予定はないのだ。

「殿下、ありがとうございます。

 これは、殿下との婚約が調いましてから、最初に刺しましたもの。まだ幼い出来ではありますが、殿下を思って作りました最初のものです。どうぞお納めくださいませ」

 エイプリルも準備怠りない。マリエから王子紋を刺したハンカチを受け取り、軽く膝を折りながら差し出した。

 王子は気楽にハンカチを受け取り、

「ありがとう、わたしを思って刺してくれたとは嬉しいよ」

 と言いながら、ハンカチの刺繍を見た。

「これはわたしの紋だね、とても美しくできているね、あなたが13歳の時に作ってくれたのだね」

「さようでございます」

「ありがとう」

 そう言って、王子はハンカチを侍従に渡した。侍従の目は一瞬驚きに見開かれた。


 エイプリルは、カウンター・アクションとして花束をマリエに渡すなどということはせず、きちんと左手に持ち、右手を再び王子に預けてお茶会の席に戻っていった。



「殿下、レイディ・フィエールをいかが思召しましたか」

「フレデリック、あの手を見たか」

「はい?手ですか?」

「あの手だよ。とても女性の手ではなかった。筋張って剣ダコがある」

「それはまあ、戦姫でおわしますから」

「あの手を取って踊るとか、口づけるとか、何の罰ゲームだ」

「殿下、妻になられる方ですが」

「ああ、そうだな」



「エリー、あれ、どうする?」

「そうね、チャンスがあったらとりあえず1回投げ飛ばすわ」

「いいわね、チャンス作る?」

「隙が多すぎるから、必要ないわ。放っておいても自分で掛かりに来るわよ」

「そうねぇ、チャンスがなかったらわたくしがやっておくわ」

「うふふ、よろしくね。殺気は最後の瞬間まで隠すのよ」

「おまかせ!」



「アンドリュー、殿下はエイプリルが気に入らないのね」

「そうだね、困ったね」


 ローズは、エイプリルがお茶の席に帰って来るのを遠くに認めた時、侍女に命じて自分の宝石箱からパールの飾り櫛を持ってこさせた。そして、エイプリルを迎えてソファに座らせると、バラに手をやった。

「あら、エイプリル、こどもの時みたいね」

「姉上、なつかしゅうございます」

「そうねぇ、これをわたくしに譲って?」

「ええ」

 ローズは妹の髪からバラを抜き取り、侍女に渡すと、

「水に差しておいてね」

 と、命じた。そして、パールの飾り櫛を差した。

「はい、これはお礼よ、きれいなバラをありがとう」

 髪に生花を飾った姿などフィエール家の家人けにんに見せるわけにはいかない。

 これだけのバックアップを受けながら、フィリップスは曖昧に微笑むばかりだった。


「あの花束はわたしが準備したのだがねえ。まさかあのように使うとは想像しなかったよ」

「殿下は初めて婚約者に会うのに、花さえ人任せ、髪飾りのひとつのご準備すらなかったのですね」

「フェリ、わたしたちは何か間違えたのかもしれない」


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