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第1話 サリア城下の花まつり 1.エイプリルはゴシップが好き

 フィエール辺境伯家の二番目の姫、エイプリルは、私室で専属侍女兼護衛騎士のエルと一緒に、トルソーに着せ掛けた紺のマントの裾部分に、金糸で刺繍をほどこしていた。婚約者である王国第三王子のために、嫁入り道具のひとつとして準備を進めている。


 最初はハンカチやクッション、アスコットタイへの第三王子紋章の刺繍から始めた刺繍も、次第に大きなものになり、今はマントだ。もっとも、大部分は母と母付き侍女たちの作品で、エイプリルが刺しているのは、失敗しても全然問題ない、小さな部分ではあった。


 結構真面目に刺していたふたりの耳に、ノックの音が届いた。ノックは三度。ペイジのノックだ。

 ペイジは、辺境伯の領地から選ばれ、将来辺境伯の騎士となるため、8歳くらいから貴族家に仕える少年たちを指す。城内でお使いや馬の世話、また騎士の身近で武器、防具、衣服などの手入れ、他に読み書き、計算、礼儀作法などを教えられながら下積み生活を送る。

 今ノックをしたペイジは、今日の辺境伯の執務室付き当番で、エイプリルを呼びに来たのだった。


 エルが椅子から立ちドアに向かう。

「用向きを述べなさい」

次姫つぐひめさまにお館さまよりメッセージでございます」

 エルはドアを開け、ペイジを中に入れた。

「お館さまのお言葉をお伝えいたします」

「よろしい」

「朝の用件は片付いた。来てよろしい。

 以上でございます」


 エルは、書き物机に準備されていた紙の束をペイジに渡し、立ち上がったエイプリルの室内履きを革靴に履き替えさせ、衣服と髪を軽く整えた。

 ペイジは、身支度をしている姫を見ないよう、直立して視線を固定している。

「準備整いましてございます」


「ペイジ、名は何というのです?」

 姫君に直接話しかけられたペイジは一瞬固まった。

「次姫さま、もったいのうございます」

「そなたがよく勤めていることは皆が知っています。名を聞きましょう」

「はっ、ロイとお覚えくだされば幸いです」

「ロイか、サウスハイランド領からでしたね。騎士レイコックの身内ですか」

「ありがたき思し召しです。騎士レイコックは、従兄でございます」

「レイコックのような、立派な騎士におなりなさい」

「は、お心にかなうよう勤めます」


 ロイは、ドアから退出し、ドア脇で姫を待ち、紙の束を胸の前に持って姫の後を歩いた。ロイが名を尋ねられて直答を許される身になったので、エルは付き従わない。ドアの前でエイプリルを見送ると、室内のかたづけにかかる。



「エイプリル、サリア城下に行っていたのだったね」

「はい、父上、花まつりにて見聞を広めてまいりました」

「そう」

 父伯爵が思わず零したため息が少々重めだったのはやむを得ない。どこの貴族の娘、しかも正妻の子で、王子と婚約が調っている姫君が小旅行気分でお祭りに行くというのか。全く腹立たしい。


 しかし、伯爵にはこれを強くとがめたり、強制的にやめさせたりすることはできなかった。

 エイプリルはほとんど人質のように王家に嫁がされる身の上だ。今、あとわずかとなった時間を自由に過ごさせることは、この先の長い王子妃としての生涯の代償となりはしないとしても、止めることは姫に対して正当ではない。

 姫は戦姫として育てたのだから。


「こちらが花まつりのレポートにございます」

 ロイがエルから渡された書類を持って進み出、伯爵の示した脇机に置いた。伯爵は手を伸ばしてレポートを手に取り、表紙のスケッチを見た。表紙絵と挿絵は、小間使いのアニーが描いたものだ。いつもながら写実的な絵だった。


 伯爵はレポートを繰りながら、ざっと目を通した。エイプリルの字は非常に読みやすい。

 花まつりのようすが冒頭から簡潔につづられてはいるが、主たる内容は、エイプリルの大好きなもめごとを詳細に書き記したものだ。


 サリア城下、花まつりの夕方、祭りがこれから盛り上がろうとする時刻。

「白い跳ね鹿亭」前で、2人のほろ酔い男が女を巡って言い争いをしている。

 いわく、ネリーは俺の彼女だ、いや、ネリーはお前と別れたはずだ、という類の聞いている分には害がない内容だ。

 見物の通行人が取り巻いて、そうだそうだ、とか、やっちまえとか、合いの手を入れながら見守っている。


 半分ほど読み進んだところで、伯爵の手が止まった。

 伯爵の目は、花を飾った「白い跳ね鹿亭」の入り口前に立っているふたりの男を見ている。

 アニーは絵を描くときに特殊な能力を発揮する。描きたいシーンをまるで写真のシャッターを押したように目に焼き付け、そのまますごいスピードで見たままを描き上げる。


「エイプリル、このシーンを覚えているね」

「はい、父上」

「このシーンの音声記録は残っているかね」

「残っております」

「うむ」


 音声記録は、伯爵家の錬金術師ウイレムが、かわいがっている姫のリクエストに応えて作った録音と再生の魔晶具で実用化された。エイプリルはこれを使って、人の会話を話されたままに保存することができる。


「エイプリル、塔のウイレムに頼んで、この、後ろの」

 と、罵り合いをしているふたりの男の背後、白い跳ね鹿亭の前の男を示した。

「ふたりが、何を話しているか録音できているかどうか確認してもらってくれるか」

「はい、直ちに」


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