「これから、どうやって生きていけばいいのでしょう……」
理解者の現れない生活に、美子は疲れ果てていた。
努力をする手は空を藻搔くばかりで、何かを掴む実感がない。
何をすればいいのか、何が正しいのかも分からなくなったところで、成し遂げるための力、ギフト能力すら失った。
「はぁ。どうすれば良かったというのかしら?」
女だからと差別される事は、美子にとって我慢ならない事だ。
「女は家で大人しくしていればいい」
「嫁は子供を産んで一人前」
「女が出しゃばるな」
「女のくせに」
そうやって馬鹿にされ、決めつけられ、一方的に相手の都合を押し付けられるような生き方など、出来はしないのだ。
それが「神谷美子」の生き様なのだ。
30年、そうやって生きてきた自分を今更曲げるのであれば、死んだ方がマシなのである。
「そう言って、本当に死ぬような我の通し方をするとは思ってもみませんでしたけどね」
日本で「死んだ方がマシ」といった人間のどれだけが、本当に命をかけて我を通そうとしただろうか?
美子自身、「死んだ方がマシ」と言いながらも、本当に死ぬつもりなど無かった。
だが、ギフト能力という常人の埒外の能力を与えられたことで調子に乗ってしまった のだろう。自分で思った以上に意地を通そうとしてしまった。
芯となる能力を失った今、今の美子はただの凡人である。
普通の人間よりは多少優秀でも、彼女の能力は凡才の域を出ない。
なお、彼女の選んだギフトは『記憶能力の向上』『魔法に関する基礎知識』『全体的な能力向上』の3つである。
能力のベースアップに魔法と成長のブーストを狙ったのだ。
自力で学んだ魔法に関する技術はある。
しかしギフトで底上げされた魔力が無くなり、最大魔力がほとんどなく使える魔法がほぼ封じられた状態で、技術にどれだけの意味があるのだろうか?
モンスターを倒せばギフト能力は回復するらしいが、そのベースとなる戦闘能力がすでに無かった。
戦う事もできず、人に魔法を教える事も出来なくなったため、明るい未来など描けるはずもない。
美子の心は折れてしまった。
美子は色々とやってきたため、貯蓄があまりない。
農業革命や工業革命、それを広める長い旅路と仲間探し。啓蒙活動にお金を使い過ぎたのだ。偉い人に会うには実績だけでなく賄賂なども求められたし、身なりを整える必要もあった。
“女性の権利が認められる社会の実現”などと、一個人で出来る事でもないのに、足掻いていれば出費も増える。
お金を稼ぐ時間が減り、支出ばかりが増大した。
それが結果に繋がったのなら救いはあるが、散々な結果の前には乾いた笑いすら出て来ない。
「これから、どうやって生きていけばいいのでしょう……」
30の女が一人、大した力も持たずに旅をする。
定住できそうな場所は無いのに、路銀は心許なく行き倒れになる可能性が高い。
せめて寒い国より暑い国の方がマシだろうと、冬になる前に南下して凍え死ぬのだけは回避しようと足掻く。
泥水をすすり、食べられる木の実などを食べ、ギリギリの生活をしながら旅をする。
そうして彼女は、彼女が最も忌避する、男尊女卑の傾向が強い砂漠の国へと足を踏み入れた。




