「我ながら、よく頑張ったよ。これで引退したっていいじゃないか」
新庄は以前、ドラゴンとの戦争を想定してオアシスの防備を固めていた。
一部は結たちにも知らされていたが、新庄は彼女らの反応から、全てを明かさずに済ませていた。
「ここは悪の秘密結社の本部かなにかだったですか?」
「戦隊ヒーローの秘密基地じゃないかな?
それか、何かよく分からない事を研究してる、スーパーロボットを持ってる研究所」
その機能を見せられた結は、信じられないものを見る目で新庄を見た。
結のそんな反応も仕方がないかと、新庄は苦笑いで応えている。反省した様子は無い。
「ほら、ロボットもののお約束の一つで、プールが割れて、中からロボットが出てくるのがあってだね。これはそれを再現してみた結果なんだよ」
「それだと逆なのです。なんで、オアシスが地下に隠れるのです?」
「それはもう、頑張った結果だよ」
「驚くぐらい、会話が噛み合わないのですよ……」
新庄の用意した仕掛けの一つ。
オアシスを囲う二重の壁の内側、半径3kmのエリアを、地下に隠す昇降装置。
大掛かりすぎる、壮大な仕掛けは、結の常識を根底から覆してしまった。
「さすがに、深く掘られれば気が付かれるだろうけどね。壁も撤去すれば、そこまでする人はいないんじゃないかな?」
「目印が何もない砂漠だし、確かにそうなんですけど。どんだけ無茶をするのですか。普通、思い付かないのですよ」
オアシスと周辺を地下に移し、そこで生活できる環境を整える。
言葉にすると簡単な事に思われるかもしれないが、実行するとしたら大変な労力が求められる。
太陽光、換気、水の循環。ゲームであれば考えなくてもいい事まで考えないといけない。
人だけでなく動物まで含めた生態系をどうやって完結させるか。本当にそれが可能なのか?
新庄はあれから十年近く検証を行い、問題ないように整えていた。地下で動物を飼い、問題が起きていない事を確認していた。
そうやって理論上、百年でも二百年でも人が生きていけるシステムを組み上げていたのだ。
「まぁ、地下通路を封鎖する訳じゃないから、外に遊びに行くのも簡単だからね。ずっと地下に二人きりとは言わないよ。
他所の国の連中の目さえ誤魔化せられればいいんだからね」
ニコニコと、今後について説明する新庄。
今後は国からの依頼を受けなかったり、今までやってきた事業から手を引いたりしないといけないが、そこまで生活スタイルを変えるつもりはなさそうだ。
煩わしい人の目を振り切ったと思えば、また表に出るのも悪くはないと、そんな事を言う。
ある意味、これは引退するいい機会だと新庄は考え始めている。
柵があって人の世界と関わり続けていたが、紡いだ人の縁は鎖となって新庄を縛り始めていた。
周囲の圧力は、それを捨ててしまう、都合のいい理由と考えられる。
無責任の誹りは受けるだろうが、居る事で周囲に迷惑をかけ始めているのなら、居なくなる方が良いではないかと胸を張ってもおかしくない。
「この世界には定年退職の概念が無いからね。
一度は若返ったとはいえ、それを考えなければもう六十前なんだ。我ながら、よく頑張ったよ。これで引退したっていいじゃないか」
新庄の周囲の人間で言えば、オズワルドだって引退している。
なら、自分がそれに続いても良いじゃないかと新庄は考える。
自分に頼らなくても世界は回るのだ。
小さな問題はあるが、大きな問題は無い。
それに、自分のような存在はイレギュラー。恩恵を受けた誰かは運が良く、被害に遭った連中は運が悪かったと、それだけの話である。
それから新庄は引退宣言をすると、自分のやってきたものを他の誰かに押し付けていく。引き留めようという声もあったが、それが叶うことはなかった。
『青の氷』の件があるのでしばらくは連絡できたが、一年も経つ頃にはその連絡も途絶える。
こうして新庄と結は表舞台から姿を消し、時々どこかに姿を見せる、本当に居たかどうかも分からない、物語で語られるだけの人物となった。




