「そうして世界中で事故が起きているわけだ。こんな事をするぐらいなら、我々に石炭を売っていた方がよほど儲かっただろうな」
火力発電の情報は、一気に世界中へと拡散された。
本来、これは技術を盗み出した一国が独占するべき情報のようにも見える。
しかし、この技術は未完成であり、完成していない。
盗み出した国は、自国のみでの研究開発をするよりも、複数の国が合同で研究を行う方が現実的であると判断した。
電車の運営は資金が潤沢であったが、普通の国はそこまで金や資材を投資できないのだ。
すでに蒸気機関車や電車という大きな差を付けられている国々は、少しでも早く差を縮める事を選んだのである。
関わる人間が多くなると、その中にいる不心得者が中途半端な手段で情報の売却を行い、更に火力発電の情報が広まる。
自分たちが苦労して得たものであるならともかく、不正な手段で手に入れた情報の扱いなどこんなものだ。
最初の情報流出から1年も経つ頃には、資材の持ち出しのみの国などもあったが、多くの国が火力発電に関わっていた。
「そうして世界中で事故が起きているわけだ。
こんな事をするぐらいなら、我々に石炭を売っていた方がよほど儲かっただろうな」
「蒸気機関車、こんな形で動かせなくなるとはねぇ」
「仕方あるまい。この国には石炭鉱山が少なすぎる。トロッコを駆使して掘り進めても、これまでのような運行をするのに十分な量を確保できん。
隣国も同様で、石炭の供給量が回復するまで、蒸気機関車は無期限運休だ」
この騒動で一番影響を受けたのは、王都と隣国を繋ぐ蒸気機関車だ。
砂漠の国の石炭産出量はたかが知れていて、そこまで埋蔵量が多くない。
だから周辺国家から石炭を輸入していたのだが、世界各地で火力発電の研究が行われるようになったため、石炭の輸入が完全に止まったのである。
新庄が供給する事も考えたが、ロンとシドニーはそれを止め、隣国との協議で蒸気機関車の無期限運休を“勝ち取った”。
これで二人が何をしたかったのかと言うと、国内の電車網の整備である。
これまでは隣国を繋ぐ形で運行されていた蒸気機関車であったが、これは国を跨ぐ共同事業であったがために自国の都合で止めることができなかった。
しかし、石炭の輸入ができなくなった事で大義名分ができたので、これ幸いと蒸気機関車を止める事に成功した。
あとは国内限定になってしまうが、電車網を整備して、クリーンな交通手段を普及させようという訳である。
「けど、農業改革や工業改革も中途半端な国は、それが上手くいきつつある国に搾取される構造もでき始めたよな」
「そんなものだろう? 植民地支配など、どこでもやっているだろうに」
なお、複数の国が協力して一つの研究チームを作り上げる構造ができているが、実態は一つの強国が周囲の弱国から石炭や鉄などの資源を奪いながら研究をするスタイルがほとんどになっている。
最初こそは同じような立場であったが、実験の失敗で国土にダメージを負ったり研究者を失った国が出ると、パワーバランスが変わってしまう。
被害が出たのだからと取り分を大きくできたのであればよかったが、そうやって被害を受けた国は他の国に搾取される構造が出来上がってしまったケースが多い。
そこからは身内意識を失い互いに国家の威信をかけて暗闘し、どこか一国が総取りの形を取るようになる。
勝利しているのは、転移者たちが残していった農業革命や工業革命に成功した国がほとんどである。
協調路線の利を捨てるなど馬鹿馬鹿しいと言ってしまえばそれまでだが、やっている者たちは本気でそういう事に力を入れているのだ。
一時的な利益のために、足の引っ張り合いをする。
それが最終的に国の衰退を招くなどとは思わない。良かれと思って動いている。
足の引っ張り合いの結果がどのような結果を招くか、分かっていなかった。
ロンや新庄はよその国の事だけに、呆れた顔でその報告を聞いていた。
他人事でしかないと思っていたそれが、自分たちに関わる何かになるとは思わなかった。
普通はそのはずなのだが……いくつかの国が神罰で消えたという話が出回り、顔色を変える事になる。




