「ごく普通の商人として商売をしてこい」
オズワルドの元へ調査隊が戻って来た。
今度は全員揃って戻ってきたことに加え、予定よりも数日早い帰還だったので、主人であるオズワルドの機嫌はかなり良い。
オアシスの位置を確かめ、新庄と接触し会話をしてきたと聞き、真剣な顔をしてその報告を聞いた。
「なるほど。ゴーレムを操るのか」
「はい。全身が鉄でできたゴーレムです。あれを単独で倒そうと思ったら、英雄クラスの戦士か、熟練の魔法使いが必要です。
そして、並みの兵士じゃあ壁役にもなりません。部下を率いて戦えと言われても、まず間違いなく全員逃げ出すでしょうね。俺もその時は逃げさせてもらいます。勝てませんから」
調査隊の報告は、当たり前だが嘘や誇張があってはいけない。全て客観性のある真実であるように求められる。
しかし時には主観による判断も求められ、相手が自分の事をよく知っている人間であれば、個人の感覚である事を前置きしたうえで説明した方が喜ばれる。
隊長の報告はオズワルドにとって分かりやすく簡潔にまとめられており、無駄がない。聞きたい事を先んじて説明するので、オズワルドは聞き役に徹し、相槌を打つだけだ。
「ゴーレムが1体だけって事は無いでしょう。もし1体しかいないのであれば、第一陣が50人だったことを考えると、普通に考えて1人や2人、逃げ果せても不思議じゃありません。
それが出来なかったと考えると、もっといると思って良いはずです」
「なるほど、な」
報告を聞き終えたオズワルドは、疲れたように息を吐くと、木製の椅子に体重を預けた。背もたれが軋み、音を立てる。
オズワルドはシドニーの動きと態度から、新庄との敵対を完全に頭の中の選択肢から消していた。
戦っては駄目だと、遅まきながら理解したのだ。
その考えは、調査隊の報告から確信に変わる。
武力衝突だけは、絶対に避けなければいけない事態だ。
動かせる戦力を全力で動員したところで、全滅させられる未来が見える。
砂漠で水は大切だ。
井戸を掘れる新庄は、万金の価値がある。
手に入れられるのであれば、手に入れてしまいたい。
だが、世の中には手に入らないものも多い。
金と人脈でこの町最大の有力者となったオズワルドでも、国や世界という枠組みで見れば、小物に過ぎない。
自分が万能で万民に頭を垂れさせるほど凄い人物であると思うほど、愚かでもない。
己の限界を知り、それを見極めているからこそ、オズワルドはここまで成功してきたのだ。
簡単に退くべきところを間違えるような真似はしない。
戦ってはいけない相手にケンカを売るほど若くは無いのだ。下げたくない頭を下げられてこそ、商人は商人たり得ると理解している。
オズワルドは新庄が交渉に応じた実績を踏まえ、調査隊第二陣を率い結果を出した隊長のクラークに、次の命令を出すことにした。
「砂漠の真ん中では食料の調達も難しかろう。塩なども必要になるだろうな。
魚の干物、乾し野菜、塩漬け肉、後は……穀物の種籾だな。これらを持って、シンジョウと交易を行え。売値は多少、色を付け……いや、適正価格の方が良いな。
多少の値引きは構わんが、もしも相手が大幅な値下げを要求するようであれば、話をまとめなくてもいい。ごく普通の商人として商売をしてこい。
武力を背景とする交渉をされた場合は、諦めて逃げ帰って構わん。ただ、そういった事が無ければ、商売の相互利益で縁を繋ぐことを優先しろ」
オズワルドが考えたのは、一足飛びに特別な存在になる事より、普通の商売相手として顔を繋ぐこと。
新庄の話が出たのはここ1月か2月の話と、つい最近の事で、新庄とシドニーの繫がりは浅いと踏んでの事だ。
どうやって二人の間に縁ができたかは分からないが、今ならばまだ巻き返しができると考えている。
そうしてシドニーよりも仲良くなり、そこからおこぼれを頂戴すればいいと、方針を定める。
こうして調査隊のもたらした情報から新庄への対応を決めたオズワルドだったが、その翌日には青ざめてすべては遅かったのだと理解させられた。
オズワルドの持つ船の一つが消えたと、そのような報告を受けたからである。




