「――いや、殺すのは後にしよう。一旦生かしておいて、新庄に恩を売るか」
田中が国に戻ると、そこはすでに廃墟しかない、亡国であった。
空から見れば、都市のあった場所はどこも完全に瓦礫の山になり、生きた人の姿が見られない。鳥獣に食い荒らされた死体が転がっているだけである。
小さな村落は人がいるようだが、村も粗方焼かれていたようで、かなりの被害が出ているようだった。襲われると思ったのだろう。田中の乗るドラゴンを見ると一目散に逃げ出してしまう。
田中は一ヶ月に満たない間しか国を空けていない。
たったそれだけの時間で国が滅ぼされるとは考えていなかった。
何より、田中は足に使ったドラゴン以外を置いて国を出たのだ。
戦力的に、何かあるとは思えなかったのだが。
「貴生川さん……」
「田中、しばらく見ないうちに正気に戻ったようだな。
殺しやすくなってくれて嬉しいぞ」
それが可能な存在に心当たりがあった。
ドラゴンの王であった貴生川である。
彼ならば、ドラゴンを助けだしてこれだけの事をやってのけるだろう。
ドラゴンを助け出せば戦力も補充されるため、国を一つ地図から消し去るぐらい、難しくない。
貴生川は人の姿をとり、神聖田中帝国の帝都で田中を待ち受けていた。
そうして田中の姿を確認すると凶悪な笑みを浮かべる。
貴生川は田中が精神操作から抜け出した事を理解していたが、それでも許すつもりはなく、ここで殺してやろうと考えていたのだ。
「新庄が言った通りだな、何者かに操られていた。だから凶行に走った。
だが、それで罪が無くなるとは思うなよ」
貴生川は分かっている。
田中はただの人形で、それを操っていた存在が一番悪いと。
ただ、それでも操られていた人形が憎いのは変わらず、田中さえ居なければと考えてしまう。
多くの配下が死に、ゾンビとなって死すら汚されたのだ。
冷静な判断でないと分かっていても、理性で田中を見逃すなど出来ない。
一方、田中は貴生川を見て安堵した。
これで一つの決着がつくと。
そして、神聖田中帝国の者たちを巻き込み、悪い事をしてしまったと後悔する。
死者の数が多すぎて感覚が麻痺しているが、そうやって心が麻痺している事に感謝する。
「貴生川さん。俺は操られていた。だから、操っていた何者かを倒さないといけない。
悪かったと思っているさ。けど、ここで捕まったり、殺されたりする気は、無い」
そうして逃げて生き延びると、貴生川に宣言する。
本音を言えば、ここで殺されてしまいたい気持ちはある。
死んでも構わないとうそぶく自分もいる。
だけど、新庄に約束をしたのだから、簡単には死んでやらない。
そうやって生き足掻くと決めている。
自分はここで死ぬと思っていた。
だが、最期の瞬間まで生き延びるために全力を尽くし、そして殺されるべきだと、矛盾したような決意を抱いている。
死地に向かうとは、命を惜しまず、だが命を大切にする心境だ。生き足掻き、命を散らす事で自分の中の何かが守られる。
他の誰かから見れば無駄死にだが、その死に自分だけの価値を与える。
平和な日本にいる時には、田中本人ですら共感し難い考えだった。
田中は簡単に死ぬわけにはいかないと、逃げの姿勢を見せた。
殿が無ければ追い付かれると分かっていても、ドラゴンを駆り空へと逃げる。
「逃がすわけが無かろう」
「それでも、それでもと言い続けるっ!」
近くに他のドラゴンがいないので、追い掛ける貴生川は余裕をもって田中に追い付いた。
田中は魔法で牽制するが、魔法の実力は貴生川の方が圧倒的に上。牽制にしては力不足だ。
「≪雷電≫。落ちろ」
貴生川は雷の魔法で田中の乗るドラゴンを気絶させて落とした。
死なないように、ドラゴンには落下速度軽減の魔法も使う。
落ちる途中で田中は蹴り飛ばされたが、自力で墜落死を免れる。
落ちた場所は森だったので、田中は木々に身を隠して逃げようとしたが、それも叶わない。
「≪大爆発≫。忘れるな。大魔王からは逃げられないのだ」
空から森ごと吹き飛ばされ、木の葉のように天を舞う。まるでゴミのようだ。
実際、ドラゴンを支配していない田中など、貴生川にとってはゴミなのだろうが。
田中の全身の骨が折れ、肋骨は内臓を傷付けている。
口から血を流し、意識が朦朧としている。
そのまま放置するだけで田中は死ぬようなダメージを負った。
そんな死に体の田中を見て、貴生川は何か思い付いたような顔をする。
「――いや、殺すのは後にしよう。一旦生かしておいて、新庄に恩を売るか」
瀕死まで追い込んだ事で少し気が晴れた貴生川は、思い付きで田中を殺さないと心変わりした。
あとでやはり殺してしまおうと考える程度に恨みは晴れていないが、それより打算が働く程度の落ち着きを取り戻したのだ。
こうして、田中は命拾いした。
死んでないと、ただそれだけの状態で。




