「田中さんの事なんだけど。たぶん、あの田中さんが一昨日、ここに来たのです。それで、新庄さんと話がしたいからって、手紙を預かっ
久しぶりに懐かしい顔と話をしたが、彼らの考え方などの変化は新庄にとって、懐かしいものだった。
別の村で避難施設を作りながら、その時の会話を思い出す。
「やっぱ、金が足りねーんすよ。
確かに今のままでも村は回るし、ちょっとずつ余裕も出来てますけどね。
けど、何かあれば一発でご破算になりかねない綱渡りで、どっかで賭けに出ねーと、いずれ詰むんじゃねーかって状況で。
そんなだから、ドラゴンをボーナスに稼いでおきたいんすけど、死んだら意味も無いし」
立場を得た事で、物の見方が変わっていく。
村長になった荻は、村の未来を最初に考えるようになっていた。
以前の荻たちは、自分と仲間のために戦っていて、残る余裕を周囲に振る舞うようなタイプだった。
ゆとりがある事で、落ち着いた雰囲気であったのだ。
しかし、村長になって守る者が増え、余裕が無くなり、少し危険な冗談を言っていた。
視野が広く高く、遠くを見渡し先を予測できるようになっていたが、足元が疎かになる兆候があった。
これが会社なら、昇進した直後の人が陥りやすい罠である。
そんな時は周囲がフォローして、ゆとりを作ればなんとかなる様に見えるけれど、問題の本質はそうじゃない。
上を目指し、もっともっとと突き進んでいるから余裕が無くなるのだ。
それは悪い事ではないが、前のめり過ぎるのだ。
慌てすぎ、焦りすぎたままでは、余裕やゆとりが出来ても、浮いたリソースを上を目指す為に全投入して使い果たす。
高校野球で体を壊すまで練習する球児と変わらない。
新庄は荻たちがどこかで躓く未来を予測して、転ばないように手を出すのを控え、転んだ後で起き上がれるように手をさしのべるプランを用意しようと考える。
その前に、田中とドラゴンの問題をどうにかする必要があったが。それはそれと、新庄は平行して予定を組むのだった。
そうやって、ドラゴンの大群と戦う用意をしていた新庄は、砂漠の国の各地に地下避難施設を作り終え、オアシスに帰ってきた。
全てが終わる頃には三ヶ月ほど時間が経っていて、加倉井と会うのも久しぶりといった有り様だ。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「ただいま」と言って、返事が返ってくる。
その幸せを噛み締めつつ、新庄は家に入った。
「今から何か摘まむものを用意するよ」
時間は昼を少し過ぎた辺り。
夕飯には早いが、おやつの時間だと言って、新庄は飲み物と軽食を用意する。
加倉井はそれに甘えつつ、二人はテーブルを囲んだ。
「新庄さん」
「ん? 何かな?」
互いの近況を確かめあったあと、加倉井はどこか言いにくそうに話を切り出した。
「田中さんの事なんだけど。
たぶん、あの田中さんが一昨日、ここに来たのです。それで、新庄さんと話がしたいからって、手紙を預かっていて……」
そう言って、一通の手紙を取り出す。
新庄の思わぬ形で、状況が動こうとしていた。