「負けイベント後に新しい力に目覚めただけだが、主人公っぽくていいな。 ふぅ、やれやれだぜ」
貴生川の中で、強キャラの一人に大魔王がいた。だからギフト能力を手に入れる時に大魔王をベースにしたのだ。
その貴生川が魔王化したのは皮肉以外の何物でもない。
一部の魔法は漫画でも使っていないが、おそらく使えるだろうという考えがあったので、ベースになるゲームの魔法は大体使える。
例外は極大消滅魔法や破邪の魔法、回復魔法である。そこも貴生川の記憶とイメージに引きずられていた。
「数百年の研鑽の果て。人と大魔王の力の差を味わえ」
貴生川が指先に火を出した。
両手の指、10本全てにとても小さな火の玉が生まれたのだ。
それは四方八方に飛び出すと、田中を狙い軌道を変える。
「両手!? 片手の5発じゃないのかよ!」
全方位攻撃を回避するのは至難の技だ。
田中は当然のようにドラゴンを盾にして魔法を受けさせる。
そこに竜騎士になりたいと語った男の誇りはなく、愛の欠片も感じない。
歪んだ感情はドラゴンを支配する事を至上とするので、ドラゴンが自分に奉仕する姿に満足を覚える。
次々に死んでいくドラゴン。
ついでに入り口を崩され塞がれる田中の退路。
追い詰めたはずが追い詰められ、焦る田中。
「切り札は、最後まで隠しておくものだ」
遠距離から魔法を撃つだけで、田中は殺せる。
貴生川は勝利を確信してニヤリと笑う。
ここからの立て直しは大変だが、生きていればなんとでもなる。
新庄の手を借りるのも、不本意ではあるが、有効な手段だろう。田中は新庄らと組んだことで送り込まれた人員なので、損害賠償を求める権利があるはずだ。
貴生川はそんな事を考えていたが、様子がおかしかった。
田中がまだ生きている。
もう死んでいてもいいはずなのに、まだ死んでいない。
「切り札は先に見せるな、見せるならもう1つ奥の手を持て」
「はっ。必勝の陣を破られ、苦し紛れの言葉遊びか? 情けない。それとも、この状況を打破する術が有るとでも?」
田中はドラゴンの死体に対し、もう一度、ギフト能力を使う。
ただの支配能力ではなく、ゾンビ支配の能力として。
ドラゴンゾンビもドラゴンなのだと、己の認識を塗り替えたのだ。
同時に、“条件を満たした”田中は魔王に堕ちる。
「負けイベント後に新しい力に目覚めただけだが、主人公っぽくていいな。
ふぅ、やれやれだぜ」
殺しても死なない、ドラゴンゾンビの軍団。
魔王となった田中は、今の自分なら貴生川に届くという確信を得る。
絶対に勝てるとは言い切れないが、絶対に勝てない先ほどまでとは違う。
なぜか、それが分かった。
「甘く見るなよ、小僧。
超魔ゾンビでも作ると思えば、その程度か。まとめて薙ぎ払ってくれるわ!!」
貴生川が吠える。
まだ使っていない奥の手をいくつも持つ貴生川は、盤面をひっくり返されても不利になったと考えていない。
勝機は十分。多少のパワーアップに押されるはずがないと、冷静に状況を分析する。
この戦いに決着が着くには、ドラゴンの大使が森に帰って来るのを待つ必要があった。




