「ドラゴンは……殺す!」
新庄がオアシスの防衛体制について説明していたその頃、隣国では転移者を嵌めた貴族が大声をあげていた。
「殺す! 殺してやる!!
醜い蜥蜴ごとき、一匹残らず殺してやる!!」
大声で騒いでいる貴族の手元には、一枚の手紙。
そこには彼の妻たちが全員殺されていたという報告が書かれていた。
彼は妻を人質に取られ、国を裏切り、転移者を罠にかけたのだ。
あの事件は国に多大な損害を与えており、ただの既得権益の保持程度で起こしていい規模の破壊工作ではなかった。
やれば敵対派閥と武力衝突までいきかねず、国を割るような挑発行為だった。そして民衆からも支持を失うので、小さな利益のために行っていい事ではない。
つまり利害関係が見えていて、損得勘定が出来る人間なら、まずやらない愚行なのだ。
それでも彼が動いたのは、愛する妻たちを拐われたからだった。
実行犯は龍人である。
事件はドラゴンの手の者が転移者をどうにかするために打った一手であった。
転移者を殺せれば最高、殺せなくとも国と距離をとらせられる。
どんな展開になってもドラゴンの利益になる。
夫は妻を守るもの。
それがこの辺りでは常識であり、彼も常識人だった。いや、普通よりも家族への愛情が深い人間だったのだ。
だからこそ、この悪魔のような計画を実行してしまった。
ギリギリまで妻を救うべく動いていたが、課せられた時間の制約があったため、実行せざるを得なかった。
それが人道にもとる行いであると理解していても、彼は妻を助けたい一心で悪行に手を染めた。
そこまでしても、妻たちは殺された。
故に、彼の理性は復讐に侵され、狂い出す。
「ドラゴンなどという悪魔を殺すためなら、この身がどうなろうと構わん! 金も権力も、欲しいならくれてやる!
殺せ! ドラゴンを殺せ!!」
彼にはまだ、息子や娘がいた。
だが、その声はもう届く事なく、むなしく消えていく。
狂った彼は事件の真相を語り、ドラゴンを殺すどころか、一族郎党まとめて処刑される事となった。
だが。
「ドラゴンは……殺す!」
その狂気は、誰にも知られないまま、新たな魔王を産み出していた。




