「普通のドラゴンには勝ったが、その後に戦ったドラゴンの王が強敵で勝てなかった、ね」
隣国の転移者集団。
現在加倉井が身を寄せている所に、新庄は手紙を出した。
出した相手は転移者集団の中でも冒険者チームを束ねている九重という男だった。
「ドラゴンと戦いたい奴がいたら、か」
手紙の内容は、おおよそ二つの質問である。
ドラゴンと戦うことになるのだが、敵の索敵を逃れるための装備を持っていないかというのと、戦いたい人間はいないかという質問だ。
彼らの中には隠密系のギフト能力者がいる。
能力者だけでなく周辺の仲間ごと存在感を消し、モンスターに近付き不意打ちを可能にするという、万能系の隠密能力だ。
便利ではあるが、クールタイムが長く、頻繁に使えないギフト能力だった。
そういった能力者がいるため、隠密系統の装備品の開発はしていなかった。
必要性が薄かったというのもそうだし、国から睨まれそうだったので、作ろうとしていなかったのだ。
その為、新庄の要求に応える事はできないと、そちらは早々に見切りをつけた。
だが、ドラゴンと戦うための戦力については、用意できる。
九重もそうだが、ドラゴンには恨みがあり、それが未だに燻っている仲間はそれなりにいる。
ドラゴンに仲間を殺され数年が経ったが、平和だった生活を壊したドラゴンへの恨みは消えていないし、またいつドラゴンが襲って来るとも限らないので、攻めて来られる前に倒してしまいたいという恐怖心もあった。
ドラゴンを殺し尽くすまで安心できないと、トラウマになっている者もいた。
新庄はドラゴンと交戦しているというので、ドラゴンと戦い、生き残るだけの実力はあるのだろう。
それだけ強い転移者が引率してくれるというなら、参戦しようという気にもなる。
「普通のドラゴンには勝ったが、その後に戦ったドラゴンの王が強敵で勝てなかった、ね」
なるのだが、そんな新庄が「一人で戦うのは無謀」とまで言う、ドラゴンの王の存在がネックになる。
九重はドラゴンに恨みがあり、殺してやりたいと思っているが、だからと言って無謀な戦いに挑み死にたいわけではない。
戦い、勝利したいのだ。
とにかくドラゴンと戦えればいいという訳ではなかった。
新庄は道中の安全を確保するために地下で休息を取っていたというが、その地下も絶対に安心できる訳ではなく、ドラゴンは穴掘りも得意でそこを襲われる危険性があるらしい。
であれば、九重としては軽々しく参戦を決めてしまうわけにもいかない。
残念ながら、コンディションを整えられなければ、いかに強い戦士を擁しようと実力を発揮できず倒されて終わりだ。
現段階では、参戦のリスクが高すぎる。何らかの、安全な休憩手段の確保が必要になる。
そうやってある程度の見通しが立っているなら、参戦したいと思うのだが、今はその時ではない。
「安全な休憩手段についてはこちらでも考えるが、現段階では合流するメリットが弱いな」
九重は新庄との共闘は“まだ”しない方向で考えをまとめる。
可能性はあるが、機が熟していない。
自分たちだけでも戦力が足りていない、準備ができていないのは確かだ。
そういう意味では、新庄との合流は魅力的な提案に見えてしまう。
が、他の誰かと組むと、自分たちだけの都合で動けなくなるデメリットがある。新庄に対し一定の配慮が必要になるのだ。
特に今回の提案は新庄が主導しているので、主導権は新庄が持つことになる。
そうなると、多少新庄の提案が無謀でも、ドラゴンと戦う時は付き合わざるを得なくなる。
新庄がこちらの都合に合わせてくれるならば問題無いのだが、一方的にこちらの都合を押し付けるのは悪手でしかなく、別行動をした方がマシという判断を下した九重。
そういった内容を手紙にしたため、返事を出した。
新庄からの手紙は、仲間に余計な事をされない様に、その内容を伏せておいた。
新庄からは「できる範囲でのみの共闘、協力関係の構築をしたい」と返事があったが、その出来る範囲のすり合わせはすぐには実現しない。
新庄一人でもできるだろう準備をしているので、まずはそれが実現してから話し合う場を設けたいと、返事には書かれていた。
新庄の側から時間を置くように提案があったのだ。
ドラゴンの肉で作ったという、ジャーキーを添えて。
「こういう搦め手で来るか……」
ドラゴン肉は、理由は不明だが、とにかく美味い。
それを餌に誘いをかけてきたのだと、九重は思った。
ジャーキーは美味いが、それを一人で食いきるわけにはいかない。
そんな事をすれば、身内で戦争が始まってしまう。
そしてジャーキーを分配すれば、新庄の話を自分で止めておくことができなくなるし、そうなった後は仲間の統制が難しくなる。
なんだかんだ言って、この日本人集団はまとまりに欠ける部分がある。
最低限の常識はあるし、時には集団を優先する場面もあるが、基本的にはお上を嫌う習性があるのだ。
リーダーの意見を聞かない個人主義者が多かったりする。国に所属せず、ひっそり地味で自由なスローライフを。
ギフトを貰って異世界に来るような転移者は、そういった人間が多めだったのだ。
九重はリーダーだが、強権を振るえるほどの権力を持ち合わせていなかった。
「意見をまとめるのは……無理だろうな」
こうなると、九重にできることは無い。
自然の流れに任せるだけだ。
美味しいはずのドラゴンジャーキーは、妙にしょっぱかった。




