「うっし! 店の前の掃除、行ってこい! それが終わったら仕込み始めるぞ!!」
火野は、惜しい事をしたと思った。
新庄のラーメンは、火野が求めてやまない『醤油』の味がしたからだ。
隠し味、ほんの僅かな味の調整に使われているだけだが、火野の舌は誤魔化せない。
「麹が手に入らんからなぁ」
火野も醤油欲しさに努力している。他の転移者仲間も同じだ。
だが今のところ、成功したという話は聞かない。全滅しているのだ。出来るものは、いつもしょっぱい腐った豆である。
麹を分けて欲しいと言うのは簡単だが、きっと相手も苦労の末に作り上げたはず。
軽々に「くれ」などとは言えない。
いつか自分の力で掴み取るだけだと決意を新たにする。
「それにしても、“新庄さん”ね。
あいつら、砂漠の国の賢者のお仲間か」
新庄の噂は、国を二つ跨いでいる火野の耳にも入っている。
国一つを相手に喧嘩した転移者がいると火野は聞いていた。
似たような事をした火野は、そんな新庄に一方通行の仲間意識を持っていた。
荻たちがラーメンを食べる間に口にした「新庄さん」とは、きっとその新庄なのだろうと当たりを付ける。
国を跨ぐ交易は難しい。
中世におけるインドの胡椒ではないが、小瓶ひとつに金貨が必要になる買い物となりかねない。
そんなものを買おう、料理に使おうなどと考えるほど、火野の経済観念は狂っていない。
砂漠の向こうに、火野の知らないラーメンがあるのだから、食べに行きたいとは思う。
しかし自分がそこまで旅をするとしても、命がけなので、相応の能力と覚悟が求められる。
残念ながら、火野はギフト能力を早々に捨てているので、旅に耐えられない可能性が大きかった。
「こんな事になるなら」と思わなくもないが、モンスターと戦う理由を持たない火野にしてみれば、モンスターと戦うための力を持ち続ける気にならない。
選択した結果に後悔しても、やはり同じ状況になれば、同じ事をするだろうと火野は考える。
「弟子が育って、店を任せられる様にするのが先だな」
色々とゴチャゴチャ考えたが、今の火野は身動きがとれない。
店と暖簾を守るため。何よりも客のためにスープを煮ないといけないからだ。
もし火野が何かするにしても、自分のバックアップができる弟子を育てるのは最低条件だろう。
「店長、おはようございます!」
「うっし! 店の前の掃除、行ってこい! それが終わったら仕込み始めるぞ!!」
「はい!」
幸い、経験の足りない弟子にも、やる気だけはある。
火野はラーメン屋の店主として、弟子の尻を蹴りつつ、様々な事を教えるのだった。




