「あとは場数を熟せば、何となく分かってくるから、自分で頑張ってみてね」
「――だいたい、こんなところかな。
基本は“自分がその提案を拒否するとしたら、どんな理由があるか”を考えることだよ。事前に何パターンか考えておくだけでスムーズになるから。やっておいて損は無い。相手の立場になって考えてみようって奴さ。
あとは場数を熟せば、何となく分かってくるから、自分で頑張ってみてね」
糸瀬はまともな交渉スキルを持っていなかった。
ギフト能力とは関係ない世界の話だし、こちらではギフト能力を背景とした物理的交渉で話をまとめられることが多かったため、成長の機会が無かったようである。
人間、何かを得ると何かを失うということだろう。
新庄は自分も昔と比べれば、何か変わっているのだろうと思ったが、それを比較してくれる同僚は、異世界行きを拒んで昇天している。
一瞬だけ娘の顔が頭に浮かんだが、新庄はすぐにそれを振り払う。
アレが比較できるのは、きっと離婚する前の自分なのだろうと、そんなことを考えてしまったからだ。
新庄に交渉の基礎を教わった糸瀬は、先程までと違って、不思議と落ち着いていた。
ドラゴンが憎いというのは変わらないし、殺してやりたい気持ちは消えていない。
だが「じゃあ、どうやってそこまでの道筋を整えるか」を考える事に意識が向いていて、自分の思う通りにいかない現状の問題の理由が分かってきたからだ。
糸瀬は、今は何をするべきか。
新庄が行った誘導により、彼女の進む先は、連合に参加する国に向く。
利害関係の調整が上手くいかず、できていない支援をできるようにするため、物理的交渉を行い、泥を被ろうと決めた。
仲間たちの敵討ちがしたい。
そのために自由な立場を捨てて連合を作ったのだ。
その連合が沈むと分かる泥舟では、新しい仲間は得られない。もっとちゃんとした組織にしないと駄目だった。
そうやって連合が正しく機能すれば、きっと敵討ちも上手くいくと考えた。
「ご迷惑をかけたのに色々と教えていただき、ありがとうございます。
自分のやるべき事が分かりました」
「役に立てたのなら良かったよ。簡単な事じゃないんだから、時間をかけて確実にやるといいよ」
「はい!」
実際にそこまで上手くいく事はあまり無いのだが、それでも現状よりは状況が改善されるだろう。
糸瀬の新庄に対する感情は、酒を飲んでいたときと違い、かなり良くなった。今では尊敬の視線と笑顔を向けている。
それを見て、新庄は意識の誘導が上手くいったと内心では胸を撫で下ろす。
糸瀬と本格的に敵対し、武力衝突する未来は避けられたのだ。
新庄はついでにオズワルドのフォーン商会への紹介状を渡し、装備購入を勧めておいた。モンスターと戦うのだから、連合は武具を売る相手として悪くない。
問題は生産数だが……これは、新しい鉱床を見付けるまで安心できない。
新庄は変わらず、鉱石素材探しの穴掘りを続けることになるのだった。




