「新庄さん、お願いします」
新庄がオアシスの周りを緑化していると、そこに加倉井がやって来た。
「え? オアシスが広がってないです?」
「今は緑を広げているんだよ。たぶん、その影響だと思う」
新庄がオアシスの周りを緑化すると、その分だけオアシスの環境が安定する。
植物の持つ環境安定化作用で気温が下がり、水分の蒸発による水の減少速度が減り、根が水を蓄え保水力が増す。
つまりオアシス周辺でより多くの水が循環するようになるのだ。
そして土を作るときなどに新庄が外部の水を持ち込んでいるので、周辺の水の保有量自体も増える。ため池もあるので、環境はより安定していくだろう。
ギフトにより、地球でも難しい砂漠の緑化がいとも容易く行われている。
オアシスの維持は、このまま新庄が頑張れば問題なかった。
加倉井は非常識な光景を見ても、地球じゃないんだからと心に棚を作り、考えないことにした。
オアシスが維持されること、周辺が緑豊かになることは、加倉井には利益の方が多い。考えなくていい話なのだ。たぶん。
それよりも、加倉井は新庄にひとつの提案を持ちかける。
「砂漠の移動は大変です。ですから地下に道を造って、砂漠の外を目指すのはどうかと思ったです。待ってもらっているけど、ラクダ、期待できないかも、だから。待つだけじゃなくて、動こうと思ったんだけど……砂漠を舐めてました。
砂漠の移動は諦めました。知識もなければ力もないから、無理です。自殺と同じです。できません。
だから、アタシには無理だけど、新庄さん、お願いします。
物資の運搬とか、アタシも手伝うので、考えてもらいたいのです」
加倉井は魔法を覚えると、ラクダ無しの砂漠移動に挑戦していた。
そして、アッサリと挫折した。
砂漠を舐めたら、絶対に死ぬと理解してしまった。
ラクダがいれば、もっとマシにはなるだろう。
だが心の折れた加倉井には、もう砂漠に挑む気概がなかった。ラクダがいても、砂漠の先に進むビジョンが描けなくなっている。
こうなると、加倉井は新庄に寄生するようなやり方しか思い付かない。
モンスター退治を理由にこの世界に来たのに、それをしなかったら……最悪、ギフトを剥奪されるだろう。そうなれば、加倉井はここで死ぬしかなくなる。
死にたくなくて、モンスター退治というリスクを背負ってまで生き延びたことが無駄になる。
それは加倉井にとって、何よりも怖いことだ。
それこそ、新庄という男に頭を下げるぐらい、やってのけるほどに。
提案そのものは、加倉井が新庄に頭を下げて乞う内容であった。
今の力関係を正しく理解してのことである。
加倉井には新庄の協力が必要だが、新庄は加倉井を必要としていない。
加倉井は新庄を頼るしかないのだ。
加倉井に頭を下げられた新庄は、加倉井の発言を思い返し、妥当なところかと判断した。
加倉井は一方的に搾取しようというのではなく、配下になって庇護を求めてきたからだ。ちゃんと働くとも宣言している。
また、加倉井はサバイバル能力こそ新庄に劣るものの、戦闘能力は新庄よりも高い。役立たずではなかった。
協力体制ができれば新庄だって得をするのは間違いない。
戦闘能力が無くとも、人手があるのに越したことなどない。新庄は頼んで済ませたい雑用をいくつも抱えていた。
何よりも、隣人との人間関係は円滑な方が、新庄の精神に優しい。新庄は他人の不幸を嗤う人間ではないのだから。