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砂漠の国の、引きこもり  作者: 猫の人
男のオアシス、千客万来
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「新庄さんは酒を飲んでハッピー。俺もご相伴に預かってハッピー。みんなで幸せ。ハラショーっすよ!」

 自分が自由を捨てれば人が死なない。

 見ず知らずの誰かではあるが、死なずに済むなら死なない方が良いに決まっている。

 ただ、それ以上に自分の自由が大切だったのだ。



 新庄は自分の自由と他人の命を心の天秤に置き、それが自由の側に大きく傾いているのを自覚して最初は落ち込んだが、それも日本にいた時から変わっていないことを思い出した。


 貧しい国に生まれた子供は、まともな医療を受けられず、産まれてすぐに死ぬことも多い。

 餓死する人だって、日本の何十倍もいるだろう。

 そういった人を救うための募金活動があるが、新庄はほとんどそれを無視してきた。全くした事が無いとは言わないが、その金額はせいぜい一万円かそこらだ。


 もしも命の大切さを、見知らぬ誰かにまで適用するなら、その程度の金額になるはずがない。新庄はそこそこ稼いでいたので、家族に使う分は取り分けるとしても、趣味に使うお小遣いを募金できたのだ。

 誰かが病気で死ぬのを回避する、栄養不足で死ぬのを1日だけ遅らせるために必要な金額は、NPOなどの言葉を信じるなら20円ぐらいである。それにすらお金を出していない。

 目の前の誰かでなければ、自分の手の届く誰かでなければ、命に重さなど無かった。数字でしかないのだろう。実感できないのだ。


 今回、新庄が気分を悪くしているのも、「その引き金を引いたのが自分だから」であって、命が失われることに対してではないとも言える。

 他の誰かが同じ決断をしたとしても「仕方がないよね」で済ませてしまうだろう。





「新庄さん。ここは酒でも飲まねーっすか? みんなで騒いでもいいし、ゆっくり飲むのでもいいし、まー、嫌なことは飲んで忘れた方がいいっすよ」


 新庄が落ち込んでいると、荻がふらりとやって来た。

 彼はオアシスの代表者である新庄の動向に目を向けており、その様子がおかしい事に気が付いていた。


 他の面々は、オアシスが狙われている事を知り、それどころではない。新庄が単独で外に出て敵を退けるとは言われていても、戦争が怖いのだ。他人を気遣う余裕が無かった。



「飲もう、と言っても、酒を作ってるのは新庄さんだけどね。考えても仕方の無いときは、飲んで忘れるのが建設的っすよ。

 無駄に考えるよりも酒を楽しむ方が有意義なのは間違いない!

 新庄さんは酒を飲んでハッピー。俺もご相伴に預かってハッピー。みんなで幸せ。ハラショー(ステキ)っすよ!」

「ふっ、あはは。そんなに飲みたいのか」

「イエス!」


 やるべき事は変わらない。

 それでも悩んでしまっていた新庄は、荻の「飲みたい」発言に笑ってしまう。


 人を死なせる、殺す。

 そこで踏み止まれる事を悪いとは言わない。

 人の死に慣れてはいけない。


 ただ、それでもやると決めたのだから、突き進むのみ。

 迷いも他の何もかも、動くべき時に重石となるような感情は捨てて、全部終わった後に泣いて拾えばいい。

 捨てたものは落ちているのだ。拾えばいいだけなのだ。新庄は迷いを消した。



「乾杯」

「乾杯」

「荻ちゃん――って、ああ! ズルい! 二人だけで酒を飲んでる! 俺の分は!?」


 新庄はお礼というわけではないけれど、荻と酒を飲むことにした。

 だが、乾杯したところで他の仲間にも見付かり、宴会となってしまう。加倉井たちもジュースで参加し、大騒ぎとなった。


 気のいい仲間たちと騒ぐ中、新庄は改めて自分が守るもの、優先すべき事を確認するのだった。

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