「戦っている所を、見せてもらう事はできるのです?」
新庄は倒した蠍の死骸から、素材になりそうな物を確認する。
大して硬さの無い甲殻は、今の所はただのゴミだ。
肉の方も、倒し方が拙かったせいで蠍の毒が全身に回って食べることができない。しかも、下手な所に廃棄すれば、廃棄した場所が毒で汚染されるほど強い毒だ。
毒そのものの抽出は、一応可能だった。クラフト素材として扱えば、肉はロストするが、毒が手に入った。
手に入った毒は、あらかじめ作っておいたガラスの瓶に保管される。
そして何より、新庄が喜んだのは「魔石」である。
モンスターの体の中には魔力を帯びた結石のようなもの、魔石が存在したのである。
「エンチャント素材が手に入るとはツイているな。まぁ、こんな小さな魔石一個じゃあ、効果の弱いものしか付けられないけど」
ゲームの『マジッククラフト』では、モンスターを倒してレベルを上げ、上げたレベルを消費してエンチャントを行う。
しかし現実にはゲームのようにレベルなど存在しない。その代替として、エンチャントにはモンスターの体内にある魔石を使うようになっていた。
小さな弱い魔石で出来る事などたかが知れているが、それでも安全な魔石の入手手段が見つかり、新庄は浮かれている。
なお、ゲームとの差異として、エンチャントの効果は一時的なものになっている。
この世界にアニメなどフィクションでよくある「何百年も続く魔法」などというものは無く、魔法の効果は時間経過で失われるものばかりだ。
使わなければ消費されない、などという都合の良いものではなかった。
日本の物で例えるなら、電池に近い。開封されなくとも、何年かしたら使い物にならなくなるのである。
その日の夕食で、顔を合わせた加倉井に、新庄はモンスターの話をしておいた。
「――というわけで、毒にさえ注意すれば美味しいモンスターだったわけだ。
いずれ加倉井もモンスターと戦わないといけないだろう? 遠距離への攻撃手段があって、自分の中で勝ち筋が見つかるのなら、挑戦してみるのもアリじゃないかな」
白い蠍のモンスターは、毒持ちなので命の危険はある。
しかし防御力が低く、新庄がほぼ最弱の魔法で簡単に倒せたことから、序盤の経験値稼ぎ、戦闘に慣れるための訓練相手としては悪くない。
この世界に来た経緯を考えれば、新庄の提案は良い話だろう。
「戦っている所を、見せてもらう事はできるのです?」
「それぐらいは構わない。試してみるのも良いだろうね。
ただ、出入り口は毎回塞ごうと思っているんだ。下手な所で繁殖されては堪らないからね。面倒だとは思うけど、そこだけは譲れないかな」
「すぐに逃げるときは? 逃げ道が無いのは危険じゃないのですか?」
「それよりも、見ていないときにこちら側に入り込まれるよりはマシだと思うよ。寝ている時に襲われるのは困るからね」
新庄の提案に、加倉井は即答を避けた。
モンスターとはいずれ戦わねばならないし、その為の訓練を積んでいたが、相手の情報が少ない中で戦うのは、やはり怖かったのだ。
実際の戦闘で相手の情報が丸裸というシチュエーションはまずありえないのだが、“絶対に失敗したくない”という考えからか、情報を集められるだけ集めて確実に勝とうとする。
その為に、新庄を都合の良い様に使うという手段を取ってでも。
新庄はそんな加倉井の思考を分かっていたが、会社の新人教育で見かける問題児と比べればまだマシだと軽く流し、最低限の譲れない部分だけを守り切る。
仕事でもそうだが、手を抜くために危険を背負う真似はしない様に、ルールを明確にする。
そうやって言い含めても「自分ルール」で会社のルールを破る新人は多くいるのだが……。
加倉井は、この話し合いの場では新庄の言葉に素直に頷く。
新庄は内心で、勝手な事をして余計なリスクを生み出さないか、注意することにした。