「聖女を奴隷にするなど、外聞が悪いにも程があるからな。ワシは、親切でそれを教えてやるとしよう」
オズワルドは焦っていた。
自分よりも年下だが、やり手の商人であるジュード。
よりにもよって、その男が新庄に接触したからだ。
「糞がっ! ワシが、どれだけあの男に気を遣っていると思っているんだ!
それを、横から掻っ攫おうとするなどと! 盗人が!!」
オズワルドは、最近になって、ようやく新庄に人を任されるという信頼を得た。
任されたのは、年齢は微妙かもしれないが、能力のある女らしい。数字に強い人間であればオズワルドとしても助かるので、相手が望むのであれば、愛人にしてやってもいいとまで考えていた。
この場合の愛人とは、単純に生活保護をするという意味合いである。砂漠のハーレムは、性的なものではなく、未亡人の生活保護としての側面もあった。
そうやって浮かれていたところに、ジュードの話が聞こえてきた。
町では『オアシスの賢者』、そう呼ばれるようになった新庄と商談を結んだという話が。
自分の時はさんざん苦労した。
部下の暴走に始まり、些細なすれ違いから揉めに揉め、頭を下げて商談を取り付けた。
そうやって自分が均した道を、ジュードが駆け抜け美味しいところを持っていった。そんな風に思う。
「だが、奴にも付け入る隙はある」
気に入らない。ムカつく。潰してやりたい。
暗い感情を抱きつつも、オズワルドは策を巡らす。
ジュードが少し前に手に入れた奴隷の母娘。その情報が流れてきたからだ。
「まさか、『聖女』だったとはな」
『聖女』奏と、その母親『聖母』遥 。
ジュードが手に入れた奴隷は、間違いなくこの二人である。
「聖女を奴隷にするなど、外聞が悪いにも程があるからな。ワシは、親切でそれを教えてやるとしよう」
奴隷から解放されれば、聖女は間違いなくオズワルドに感謝するだろう。
奴隷で居続けるなど、普通ならば嫌に決まっている。
そうして聖女の信頼を得た自分は、この町に聖女を留める楔となり、町での立場を今より高めていくのだ。
聖女が町にいれば、町にも利益が出るだろうし、誰もが幸せになる。
唯一、損をするのはジュードだろうが、適正価格で代金を支払えば大損とまではいかないはず。
対外的には、気が付いていなかったミスを、重大問題と大騒ぎになる前に指摘してあげたのだから、むしろ感謝すべき立場になる。
ジュードは渋るだろうが、大義はオズワルドにあるのだから、断れないだろう。
オズワルドは知らない。
二人が、新庄の元妻子であることを。
オズワルドは知らない。
二人が、新庄にとって二度と顔を見たくない存在だと。
それを知っているのは、当事者以外には、ジュード1人である。
知っていれば取らなかった策を、オズワルドは選択した。




