「結婚ってね、本当に、一度逃すと、ズルズルと尾を引くの」
神谷はどこか、加倉井と新庄をくっつけようとしているようだった。
だが加倉井は新庄の恋人を願う時期を過ぎてしまったので、そうなりたいとは考えていない。いくら押し付けられても困るだけだ。
新庄の事は好きなのだが、もう男と女ではなく、人として、家族としての好きになっている。
親兄弟に恋愛感情を抱かないように、新庄との関係はもう親子だ。
それに、何より新庄の感情も問題だ。
加倉井がその気になっても、新庄に受け入れる気持ちが無い。
若い加倉井にはまだ勢いがあるが、40を過ぎた新庄は守りに入っている。男女の関係を進める事が難しいのだ。
「それに、新庄さんは既婚者です。浮気はしないと、そう言っていましたよ」
「あの人、既婚者だったの!?」
「あと、アタシと同い年の子供がいるから無理って」
「子供まで……。いえ、年齢を考えるとそれが普通なのよね」
また、加倉井は新庄が離婚している事を知らないため、自分の入り込む隙間が無いと思っていた。
新庄には愛する人がいるのだと、そう考えていたからこそ、諦めていたのだ。
ただ、神谷は新庄が既婚者だったと聞いて、心底驚いていた。
社会人だった神谷の目には、新庄は独身者のように見えたのだ。なんとなく雰囲気で離婚している事を察していたので、既婚者とは考えていなかった。
加倉井には良い相手と結婚してほしかった神谷は、そうやって残念そうに落ち込むのだった。
「そういえば、どうして神谷さんはそこまで新庄さんとお付き合いをするように勧めるのです?」
新庄が結婚していて加倉井が付き合う余地がないと考えた神谷に、加倉井は結婚を勧める理由が気になって、聞いてみた。
「結婚は、できる時にするべきだからよ。
新庄さんの年齢を考えると、あまりゆっくりはできないわ。加倉井さんに気持ちがあるのなら、早めに付き合わないと間に合わないもの」
すると神谷は、気落ちしたまま、とつとつと語り出した。
「結婚ってね、本当に、一度逃すと、ズルズルと尾を引くの。私はそれで失敗したから。
加倉井さんには同じ過ちを犯してほしくないの」
神谷は、自分が自立するために頑張ってきた。
その反面、異性関係は残念で、ロクにお付き合いをしてこなかった。
結果として行き遅れ、未婚のまま、この年になった。
子供がほしくないわけではない。
いい人がいなかったわけでもない。
ただ、神谷は結婚をできなかった。それだけである。
まだ若い加倉井には、神谷の気持ちが分からない。
恋人がおらず結婚の気配すら無いことに焦る気持ちなど、あと10年先の話なのだ。
言われた加倉井は、どこか釈然としない、そんな気持ちになった。




