「あの人は一緒にいる娘さんを一人前にするまで、砂漠を出ない」
カレーはカレーライスではなく、ナンで食べるタイプだったが、それでも荻たちは満足そうだ。
他にも新庄謹製の料理を手に入れ、支払った金額がここで稼いだ額を大きく上回っても、それでも嬉しそうにしている。
新庄は料理の賞味期限に意識が向いたが、時間停止機能付きのアイテムボックスのようなギフト能力を持っているのだろうと、特に詮索はしなかった。
わざわざ相手のギフト能力という強みを探ることもない。下手に啄けば、敵対もあり得る。
余計なことは聞かないのがマナーなのだ。
荻たちとはなんだかんだ言いつつ、年齢差を感じてはいたが、楽しく話ができて、新庄は会って良かったとご機嫌になる。
日本人の男同士でしかできないような会話もできたので、ガス抜きになったのだ。
シドニーをはじめ、この町の人間は取引相手という意識が強い。どうしても、腹を割ったような会話は望めないのだ。
娘のような加倉井にはできないような会話は楽しかった。
新庄は久しぶりにプライベートを満喫できたのである。
一方、荻たちも予想以上に多く得るものがあったので、全員機嫌が良かった。
ただ、少しだけ疑問が残る。
「なぁ。あの新庄さん。俺らの仲間に引き込んだ方がよくね? あの人も楽しそうに見えたし、一緒の方が金もかかんねーしさ」
それは、荻が新庄の説得をしなかった事だ。
荻の仲間たちは、なぜ、荻は新庄を説得しなかったのだろうと不思議そうにしていた。
「あの人は、説得できないからだ。金とか、何か説得材料があればよかったんだけどな。今は、無理」
仲間の疑問に、荻は手をヒラヒラさせて「無理」と言い切る。
「あの人は一緒にいる娘さんを一人前にするまで、砂漠を出ない。で、その娘さんは大の男嫌いだから、俺らと一緒にはいられない。だから説得はするだけ無駄だ。そっちが最優先なんだよ。
まー、その娘さんとは血が繋がってないし、実の娘の代用品かもしれんが、ありゃあ、テコでも動かねーかなー」
荻は加倉井の事を話す新庄の様子から、大体の事情を察した。
荻の目には、新庄が別れた妻についていった娘の事を気にしていて、だからこそ加倉井を大切にしているように見えた。
子供を一人、育て上げる。
一度は叶わないと思った夢に手が届くところにいて、だから「今度こそは」と必死になっているように見えた。
この想像が正しいかどうか、確信が持てるほど新庄の事を知っていないけれど、それでも荻はおおよそ当たっているだろうなと考える。
「ふーん。じゃあさぁ、そのうち俺らのところに来るかもってことか? 何年先かは分かんねぇけど」
「ああ。無理なのは、しばらくの間だけだろ。その娘もギフトは貰ったんだし、そのうち自活できるようになるんじゃねーの?」
荻の説明に仲間たちは、それぐらいなら待てばいいかと納得した。
特に考えるのが面倒な者は、「荻に任せておけばいい」と、頭を使おうともしていない。
こうして新庄と他の転移者、その一組目との邂逅は、平穏に終わるのだった。