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チャイルドシート

「あたしは瀬見内せみうちまゆか。この子は妹のまゆむ」

「よ……よろしく……」

 瀬見内姉妹はゆうとたちに頭を下げた。謝られたうえ自己紹介もされたのだ。実害があったわけではないためゆうとは許すことにした。


「俺は甲木ゆうと。こっちは妹のゆうの」

「爆ヨロ」

 なにが爆なのかは不明だが、これで互いの挨拶は済んだ。


「ゆうのちゃんっていうんだ。すっごいかわいいね!」

「そぉか?」

「そうよ。わからないの?」

 隣の芝生は青く見えるものだ。ゆうとはゆうのを見慣れているせいか、それほどとは思っていない。

 逆にまゆかもまゆむを見慣れているせいで評価が低い。


「まあいいや。それでゆうの──」

「ねえきみたち、前回見かけなかったから初参戦でしょ?」

 どうでもよさげな話を切り、ゆうのに話しかけようとしたらまゆかが話を続けてきた。

「そうだけど」

「じゃさじゃあさ、あたしがルールとかおしえたげる!」

「別にいらないよ」

 ゆうのがぶっきらぼうに答える。ゆうとたちは別になにかを知りたいわけでもなく、ただ目的である蛍院みまりを探したいのだ。それに色々詳しく知ってしまうと、ただでさえ有利なのが更に余裕ができてしまう。今回ばかりは完全にゼロの状態で挑むつもりでいる。


 だがまゆかはゆうのが先ほどのことでまだ怒っているのだと思っており、なんとかして謝罪の意を受け止めてもらおうとしている。

「じゃあなにか知りたいことない? この大会のことなら教えられるよ」

「んー……じゃあ蛍院って子はどこにいるの?」

「あー、みまりちゃんかぁ……みまりちゃんはいないよ」

 驚愕の事実にゆうととゆうのの目が見開かれた。


「ど、どういうことだ! 俺たち……じゃねえや。こいつはそいつに喧嘩吹っ掛けられたんだぞ」

「えー、みまりちゃんに挑まれたの? それはご愁傷様で」

「そういうのはいいから、理由を!」


 興奮するゆうとをなだめつつ、まゆかは大会ルールの一部を抜粋した。



「────つまり、幼女番付に記載された子はこの予選会をパスして全国大会からなのか」

「そういうこと。なかにはBYSに慣れたいって理由で予選に出る子もいるけど、みまりちゃんは別格だから来ないと思うよ」

「別格?」

「そう、別格。あの子の砂場のお城(サンドキャッスル)はBYSをきちんと理解している証明でもあるんだよ。東幼の魔女名は伊達じゃないんだから」


「なるほどな。でも上にまだふたりいるんだろ?」

「元々は5番だったんだけどね。ただ1番と3番の子が10歳になっちゃったから……」

「ふたつ繰り上がったのか。それでもまだ上がいることには変わらないだろ」

「それが違うんだよ」


 情報通なのかそこらへんの事情に詳しいまゆかがゆうとたちに詳しく教えた。


 前回の大会で、みまりはほぼ無敵の強さを備えていた。だがひとつだけ欠点があり、そこを突ける人物がひとりだけいたのだ。それが前回優勝者。みまりは準々決勝で彼女と当たってしまったため、そこで敗退を余儀なくされたというわけだ。


「なるほど、トーナメント次第では2番になっていたかもしれないわけか」

「そういうこと。だけど今回はその子もいないし、みまりちゃんだって更に強くなっているだろうから、下手したら誰も止められないよ」


 今回は是が非でも1番を狙うだろう。そうなると本気の戦いになると予想される。

 だからといってゆうととゆうのはこれといって気にしていない。相手が誰でどんなだとしても結局ゆうのが勝ってしまうのだから。幼女と少女の差は大きすぎる。


『開始時刻になりました。選手のみんなは集まってください』


 そのときアナウンスが流れ、奥のドアが開放された。ゆうのは他の幼女たちとともにそちらへ向かう。

「じゃああたしら保護者も移動だよ」

「どこいくんだ?」

「あそこのHOGOSHAって書いてあるドアの向こうだよ。そこはバーチャル施設になってて……」

「体験コーナーか!」

「そ、そうだね……ちょ、ちょっと!」

 ワクワクが止まらないゆうとは、まゆかをおいてさっさと行ってしまった。




「おおお……」

 ゆうとは意図せず声が出てしまう。

 そこにはゲームセンターにある大型筐体のようなものが階段状に並んでいた。1段に10台並び、それが10段。計100台もの設備が設置してある。

 扉が閉じているものが使用中であるだろうと思い、開いているものへ乗り込み、戸惑う。

 これはどうすればいいのだろうかと。



「えっと、この4点ハーネスを……」

 使い方がわからなかったため、結局まゆかに教えてもらいつつシートに座りハーネスを付ける。


「それでこれを被って」

「うわ、これ真っ暗だ」

「こうしないと目が開いてたらものが二重に見えちゃうんだよ」


 フルフェイスのヘルメットのようなものを被るのだが、目の前が真っ暗になる。

 目は脳と直結しているため、これを切り離して別のものを見せることができない。そして瞼は無意識でも勝手に開いてしまう。だから脳に直接信号を送るとしても視覚は遮らないといけないのだ。

 もしこれで目からの情報を抑えてしまうと、なにかのトラブルで失明しかねない。そういった安全対策のため真っ暗にしているのだ。


「こうなるともういたずらされ放題だね」

「やめろよマジで」

「大丈夫。あたしそんな趣味ないし」

「男に触れない女のほうが特殊な趣味だと思うぞ」

「きみがあたしの趣味じゃない」

「ああそう」


 こんなところでロマンスは生まれない。それどころかある意味互いに敵同士みたいなものだ。争うのは妹たちなのだが。


「はい、これでやり方わかったでしょ。あとはこのドア閉じて鍵かけてからやってね」

 ゆうとからメットを引っ剥がしながら少し冷めた声でまゆかはそう言い、自分の筐体へ入り込んだ。


 そしてゆうとはドアを閉じ、教えられたようにやり直しスイッチを入れた。


「おお、少し暗いけどよく見える」

 VR空間が表示され、辺りを見回す。すると顔がある場所に顔写真が貼り付いたデッサン人形のような人が数人周囲にいることがわかる。

 ゆうとは自分の手を見ると、自分もデッサン人形のような姿であることがわかった。


「無事入れたみたいだね。おめでとう」

 声の方向を見ると、そこにはまゆかの顔写真が貼られたデッサン人形がいた。


「なんか雑だな」

「そりゃね、あたしらは全身スキャンしてないから」

 ゆうのたちは全身スキャンをしてから搭乗するから、身長や服装まで全て本人のまま表示される。だが保護者にそこまでする必要はない。


「ちなみに……ごめんっ」

「おぶぅっ」

 ゆうとの脇腹にまゆかの全力の右フックが突き刺さり、声が出る。


「大げさだなぁ。痛くないでしょ」

「お……そういやそうだな」

「これくらいのダメージなら子供でも大丈夫だよね」

「ああ。これなら──」

 これならゆうのが本気出しても問題ないとゆうとは判断した。


 現実であれば脇腹を抑えてうずくまるような威力の攻撃でも、少し強めに押された程度でしかない。これは実際のBYSでも同じだ。


「わかったところであそこのスクリーンに行くよ。観戦できるから」

「ああ、見れるのか。そりゃありがたい」

 VR空間内のあちこちにあるスクリーンのひとつへふたりは向かった。





「うぅ、全身スキャンはちょっと恥ずかしかった……」

 ゆうのはスキャン室から少し顔をしかめつつ出てきた。

 上下左右前後、あらゆる方向からカメラで撮影されたのだ。そばに撮影者がいるわけではなくとも、どこかでこれを見られると思うとなんともいえない気分になる。


「ゆうのちゃんおかえり」

「ただいまただいま」

 先に全身スキャンを終えたまゆむが少しほっとした顔で出迎える。

 人見知りなのだろう。多少でも話をした相手が傍にいると落ち着くようだ。


「それであとはどうするの?」

「次はあっちのチャイルドシートに搭乗して開始を待つの」

 まゆむが指を差したところには、マッサージチェアのようなシートが並んでいた。ふくらはぎまでマッサージできる、全身をホールドするようなやつだ。

 無意識下で反射的に体が動いたとき怪我をしないようにという配慮らしい。


 先ほどスキャンした情報が入っているため、どれでも乗っていいわけではない。ゆうのは「ゆうのちゃん」と書かれているシートに座り、ハーネスの調整をする。


「これでいいかな」

「うん、大丈夫。あとはこれを着けるの」

 まゆむがシートの上にあるバイザーを取り、ゆうのに説明しながら渡す。

 イヤーマフと密閉型ゴーグルが一体になっているようなものだ。装着すると遮音、遮光される。

 まゆむが自分のシートへ向かうのを確認してから装着し、シートへ頭を軽く押し付ける。


『チャイルドシート・スタンバイ』


 真っ暗な目の前へ急にデジタル文字が浮かび、読み上げる音声が聞こえた。

 これから始まるのだと、ゆうのは高鳴る心臓の赴くまま答える。


「OK!」

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