めげぬ妹
「そこをなんとか。おねげえでごぜえます」
「ええいまとわりつくな」
今度は年貢を取り立てられる農民のようになったゆうのを、ゆうとは振り払おうとする。
「くっ、ぬっ。お前、ほんと見た目以上の力があるな」
だが振り払えない。
ゆうのの骨は細くとも骨密度が高く、そして見た目以上の筋肉もあり、こんな体形だけど運動に関しては学年でも上位に入る。幼女では確実に勝ち目がない。
「どうしてそこまで出場したいんだよ。保護者がOKしなかったからって理由で断念できるだろ」
ゆうとの狙いはこれだった。本人に出場意思があっても親兄弟が許可しなければ出場できないのが規定。
つまりゆうのは逃げたわけではない。単に出られなかっただけである。これならば面子は保てる。
渋々といった感じにゆうとから離れたゆうのは、不満げな顔をした。
「だってこんな面白そうなもの、チャンスがあったら出たいじゃん」
「だよな」
ゆうとだってできるものならやりたい。しかし幼女にしか開放していないのが現実。
30過ぎの大人がキッザ〇アを見るのに近いかもしれない。
とはいえゆうとに幼女時代はなかったのだが。
「……あっ」
「なんの『あっ』だよ」
若干ふてくされ気味のゆうのがスマホをいじっていたところ、なにかに気付いた様子で声を出した。
「安全の配慮についてって項目見てみて」
「あん? どれどれ」
ゆうのが指示した項目をゆうとは読んでみることにした。
「えーっと、脳波に直接受送信することが危険ではないかと思われる保護者の方へ、安全を確認していただくため体験プレイができます……マジか!」
「マジだよお兄ちゃん」
「マジかぁぁぁ」
なんと体験できるというのだ。保護者という立場であれば。保護者という立場であれば。
「おいゆうの。やるからには全力だぞ!」
「もちろん!」
互いに出した手がパァンと快い音を出した。
「とはいえゆうの。もし初戦で蛍院ちゃんと当たったら勝っても次は辞退しろよ」
「うー、わかった」
あくまでもゆうのと蛍院みまりの決着が目的であり、優勝を狙うとかそういうものは考えていない。
とはいえ決勝で当たるというのであれば結果優勝してしまう可能性はある。
「じゃあ登録するか……何歳で入力するんだ?」
「な、7歳で……」
「えっ、なんで?」
「8歳の子に笑われたんだよ! だったら7歳ってことにしとけば面目は保てるかなって」
「お前プライドないの?」
13歳としては面目丸つぶれである。
だけど笑われたことについて、同年齢あるいは年上であったら結局笑われたまま。しかし年下であったならば仕方なしとできる内容だ。正体さえバレなければ。
「よし登録完了。んで、どうするか」
「どうするって?」
「特訓……とか?」
「いらないでしょ」
「だよな」
幼女と喧嘩するための特訓なんてやればやるだけ恥ずかしい。普段通りの日常を送ればいい。
そんなわけで特になにかをするわけでもなく、当日を迎えた。
準備が整ったゆうとは、ゆうなの部屋のドアをノックする。
「おーい、準備できたかー?」
「うん」
「うんじゃねえよ。できたんなら出てこいよ」
部屋からうなり声が聞こえ、出てこない。
「早くしろよ」
しびれを切らしたゆうとはドアを開ける。もう準備できているのだというのだから、ラッキースケベは起こらない。
そしてそこにいたのは、パーカー、フリルの三段ミニスカートに縞ニーソという、幼女オブ幼女の恰好をしたゆうのが凄く恥ずかしそうに立ちつくしていた。
「久々に見たなその恰好。5年くらい前のやつか?」
「う、うっさい!」
成長期だしまだ大きくなるからといって少し大きめのサイズを買っていたのだが、未だ若干ゆるい。それがたまらなく恥ずかしかったのだろう。
「大丈夫だ。俺はそんなゆうのが好きだぞ」
「このロリシスコン!」
ゆうとは軽くショックを受けた。妹を大事に思うことはシスコンではないし、ましてやゆうとはロリコンでもない。妹との認識の差を初めて知ったようだ。
「そんなことより早く行くぞ。なんのために早起きしたと思ってるんだ」
「ううぅ」
すぐ気を取り直したゆうとはゆうのの手を引き部屋から出る。
こんな姿を近所のひとに見られたくない。だから休日だというのに早く起きて、さっさと行こうとしているのだ。ここでもたついていたら見つかってしまう。
パーカーを目深にかぶりゆうとの後ろに隠れながら駅へ着く。そこから電車で揺られ、やってきたのは赤く三角の建物、東京スイカツリーの地下。
「未だにスカイツリーと間違えて来るひといるらしいよ」
「マジかよ。なんか足りないんじゃねえの? てか地下闘技場とか本当にあるのな」
「違うよ。地下幼戯場だよ」
そう、ここは地下幼戯場。選ばれし幼女とそのHOGOSHA、そしてYLNT協会会員しか入れない聖域。ちなみにゆうとも面白そうだからと、ゆうのの登録の際にYLNTの会員になってみた。
どうせ幼女に触れるつもりもないし、これだけの施設を用意できるだけの協会にいればなにかしらのメリットがあるだろうという考えもある。
そして会場に入りゆうとが驚いたのは、全く怪しさが感じられないことだった。これはHOGOSHA及び幼女に不安を与えないための配慮がなされているからだ。
将を射んとする者はまず馬からなのだろう。馬が安心すれば将も安心する。
「しっかし、見事なまでに……」
「なまでに?」
「いや」
ゆうとは言葉を飲み込んだ。
周囲を見渡すと、どこもかしこも幼女だ。人口の5割が幼女である。
正しくはゆうのがいるため5割未満になってしまうのだが、見た目は一緒だからよしとする。
「ね、ねえ」
突然か細い声をかけられ、ゆうとがそちらを見るとゆうのと同じくらいの背丈の幼女がゆうのの頭を見ていた。
「なぁに?」
「そのフード、かわいい……」
おどおどしつつも勇気を振り絞ったのだろう。ゆうののフードが気に入った様子。
「これはミミズクさんフードだよ」
ゆうのが少し頭を下げて見せる。
「いいなぁ。どこで買ったの?」
「お兄ちゃんに作らせたんだよ」
5年前、ゆうのの中で空前のミミズクブームがやってきた。そのときゆうとに無理やり作らせたのだ。
作ったといっても市販のパーカーのフード部分に羽っぽいのを付けただけなのだが。
それを聞いて幼女はゆうとの顔を羨ましそうに見上げる。同年代のころのゆうのもこんな感じだったなと、ゆうとは微笑ましくその様子を見た。
「ちょっとまゆむー……げっ」
そのとき、ゆうとと同じくらいの年ごろの少女が駆けて来、見つめあうふたりを見てしまった。
「うちの妹になんの用ですか!?」
奪うように幼女を抱きしめ、ゆうとを睨みつける少女。
「誤解だよ! 俺が作ったフードが気に入ったみたいで……」
「そうやって小さい子を誘惑しているの!? ヘンタイ!」
「違う! これだよこれ、こいつ俺の妹! こいつにねだられて作ったの!」
ゆうとはゆうのの後ろから両肩を掴み、突き出すように少女に見せた。
「んー?」
少女はじっくりとゆうのを見回す。ゆうのは少し嫌そうな顔をするが、黙って見られている。
「嘘よ。だってこの子、かわいいじゃん」
「おいコラまてどういう意味だ」
あらぬ誤解をされたうえ、酷い言われようだ。ゆうとは若干苛立つ。
そこでゆうのはゆうとの手を振りほどきつつ抱きつき、少女を睨む。
「私のお兄ちゃんを悪く言うひと、嫌い」
ゆうののひとことで少女はハッとし、申し訳なさそうな顔をした。
「ち、違うの、これは……ごめんね」
「謝る相手違うよ」
「あぅ……う……ごめんなさい」
少女はゆうとに頭を下げた。
これで一応誤解は解けたようだ。