プロローグはエピローグ
「お兄ちゃん、いえお兄様。お願いがございます」
甲木ゆうとが学校から帰り、自室のドアを開けるとそこには土下座して待つ妹のゆうの。額はきちんと床に着いている。実に土下座らしい土下座。ナイスドゲザだ。
「……なにこれ、どんなシチュエーション?」
「お話を、お話を聞いて下さいまし」
口調が明らかにおかしい。普段のゆうのはもっとぶっきらぼうである。
訝しそうに妹の姿を見下ろし、ゆうとはひとつため息をつく。
「なにをやらかしたんだ?」
「人聞きの悪い聞き方しないでよ」
土下座している人間が人聞きを気にするのか。
「とりあえず説明してくれ」
「ははぁっ」
妹が家臣になってしまった。もとい妹が平伏しつつ説明を始めた。
「────喧嘩を売られた?」
「うん」
「うんじゃねえよ」
ゆうのは少々、いやなかなか短気で、ぼちぼちキレることがある。
特に容姿のことを言われると、一瞬でキレる。年相応に見られたい年ごろなのだ。
「で、それがどうしたんだよ」
「それがその、相手が……ごにょごにょ」
「ちゃんと聞こえるように言えよ」
少しの沈黙の後、ゆうのはガバッと赤くなった顔を上げた。
「相手は8歳の子なんだよ!」
「ぶふっ」
ゆうとは思わず吹いてしまった。ゆうのがすっごい睨んでいる。
確かに見た目ではそれくらいだし、喧嘩を売られても仕方がない。
だが問題がある。そんな幼女に売られた喧嘩を買ってしまったことだ。
「お前なぁ。もう中学生になったんだし、自分から折れるくらいの度量見せろよ」
「女には引けないときがあるんだよ」
「相手は幼女だぞ。引けよ」
「ううっ」
正論過ぎて言葉に詰まる。小学校低学年と喧嘩をする中学生なんて恥どころではない。
とはいえこの甲木ゆうの、13歳にして身長124センチ、体重ひみつキロという、幼女の風格をまとった少女だった。外観だけならば同程度の勝負になるであろう。
「そんでなんの勝負をするつもりなんだ?」
「ええっと、その……ごにょごにょ」
「だから聞こえるように言えって」
ゆうのは暫しキョロキョロし、顔を真っ赤にして叫んだ。
「PoYに出場して勝負するんだよ!」
「おおっ……ってなんだそれ?」
「……ごにょごにょ」
とても言いづらいことなのだろう。若干呆れ気味のゆうとはスマホを取り出し検索を始めた。
「ないぞ」
「検索系にひっかからないようにしているらしくて、これ……」
URLを直接入力しないと入れないらしく、ゆうのが差し出したカードに記載されたものを入力して該当ページを開く。
PoY────プリンセス・オブ・ヨウジョ。日本一の幼女を決める大会だ。
全日本YLNT協会主催で、10年以上の歴史がある。
彼女たちは幼女の誓いを唱え戦う、現代に生きるモノノフ。
勝者には喜びを、敗者には涙を。余計な邪魔の入らない、彼女たちだけで決着をつける戦いである。
そんな説明を読んだゆうとは、なにか危険な香りを嗅ぎとり少し背中がぞくりとした。
「もうさ、今からでも謝っちゃえよ。一時の恥で済むぞ」
「それはできないよ! 一生の恥になっちゃうから!」
「やっても一生の恥になるぞ」
どちらの恥を選ぶかだ。ゆうのはどうせかく恥なら勝ちたいと思っているようだ。
「……じゃあその恥とやらを教えろよ」
「えっとその、し、下着を……もにょもにょ」
「ちゃんと言えって言ってるだろ」
「下着を買いに行ったんだよ! それでその、いいなと思ったやつに手を伸ばしたら同時に手を出した子と当たっちゃって」
「ふむ」
「私の胸を見るなり『あなたにはまだちょっと早いんじゃないかしらぁ』なんて鼻で笑って」
それでキレたと。
もしそれで実年齢をバラしたら……きっと哀れんだ眼を向けられるだろう。確かにそれは一生の恥になりそうだ。
(うちの中学生の妹、8歳児より胸がないんだってさ)
ゆうとは泣きそうな顔で妹を見た。
「そういうのは気にするなよ。身体のことなんてどうしようもないんだし、そういう個性だと思って」
「気にしてるから喧嘩になったんだよ! こんな個性いらないから!」
ゆうとは気にしていない。というよりも、成長をあまりしない妹がなにかの病気なのではと、両親共々心配しており、こうやって元気に中学へ上がったことですら嬉しく思っていたくらいだ。
ぶっきらぼうな口調でも、大事でかわいい妹である。
だからといって本人がそれを受け入れるかは別の話になる。
「で? お前と喧嘩したってのは?」
とりあえずこの話はタブーとし、話題を変えてみることにしたようだ。
「確か蛍院なんとかって」
珍しい苗字だと思いつつ、ゆうとはPoYのサイト内を調べ始めた。
写真などは全て目線が入っているが、データとして残っているものもある。
「大会情報があるのか……いた。現在の成績は東京で1位、全国でも3位じゃないか。お前なあ。8歳児に丸め込まれんなよ」
蛍院みまり。現在の全日本幼女番付3番。砂場のお城を得意技とする、通称『東幼の魔女』。
相手はその道の上位だ。得意分野に引き込まれたかたちである。
「別にそんなんじゃないから! 相手は子どもだし、向こうに決めさせてあげただけ!」
「お前も十分に子供だよ」
「ち、違うし」
なにせそんな子供の喧嘩を買うくらいだ。同レベルでしかない。
「そもそもお前は13歳だろ。調べられたら一発でバレるぞ」
「そこは大丈夫。身バレはしないようになってるから」
幼女の住所なんて危険すぎる。特にこのような大会を主催するような団体になんかとても教えられたものではない。
そんなことくらい主催側もわかっており、登録の際に住所入力はない。
しかしそれでは幼女と称した年長者が来るのではないかという懸念もあるだろうが、そこは幼女に特化したYLNT協会の会員。卓越した幼女眼により邪魔者は排除している。
というのは嘘で、実際には今まで大会に出場し、ワンディジットを唱えた幼女の推薦のみが出場資格になる。
誇りあるワンディジットを唱える彼女らが非対象者を選ぶはずがない。疑うなんてとんでもないのだ。
「んで、これってなにで競う大会なんだ?」
「VRで戦うらしいよ」
「ゴーグルつけて?」
「ううん、脳波で直接なんたららしいよ」
そんな技術はまだない。それどころか実現させられるかも怪しい。
「なんか騙されてないか?」
「えっと、脳波を受送信できる感じの特許を全て主催団体が持ってるらしいんだ」
現在脳に直接繋がることのできる技術に代替はなく、YLNT協会の独占となっている。
そのせいで世のVR技術は足止めを食らい、歯がゆい思いをしている人々は多い。
もしこの技術をどこかの企業に売るとしたら、それだけで何兆円も稼げるだろう。しかし協会は、これはあくまでも幼女に楽しんでもらうための技術であり、金もうけの手段ではないと言い、外に出そうとはしない。
「てかなんのための技術なんだか……」
ゆうとはサイトを眺める。
昨今、公園などの遊戯器具は危険だからと排除されている傾向にある。だが大人たちは知っている。そういった器具で遊ぶことの楽しさを。それを安全に楽しんでもらうため開発されたのがこのVRだ。
そして精神の未熟な幼女たちはときに殴り合いの喧嘩をする。これも安全に行ってもらうため、更に発展させたものがPoYにも使われているBYSだ。
このシステムの画期的なところは、ハンデを容易に付けられることである。
幼いころの1年というのはとても差が出る。精神、肉体、知識、経験、全てにおいて。
だがこのシステムを使えば6歳でも9歳に勝てるし、肉体的に劣っていても頭脳を使い勝つこともできる。
喧嘩の仲裁に入ることはない。何故ならそれは彼女らの意思に反するからだ。遠くから見守りつつ彼女らが望むかたちをより安全に作る。それがYLNT協会の理念。
「こいつら幼女に全力を出しすぎじゃね? てか完全に変態だよな」
そんなことを言いつつもちょっと────いや、かなり楽しそうなシステム。ゆうとは心底羨ましそうにサイトを眺めている。
「それでお願いがあるんだけど」
「なんだよ」
「参加するためには保護者の同伴が必要なんだよ」
幼女がひとりでそんな怪しげな団体が主催する大会へ行くなんて、親が許すはずない。
主催者側もそれを承知で、保護者の同伴をあえて義務にすることにより不安要素を排除している。
「んー……断る」
「ええっ!?」
ゆうのの不戦敗が決まった。