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第7話




「キャプテン、これって、どうなってるんスか?」



米島が呆れたような、摩訶不思議なものを見るように、地面にぽっかり空いた巨大な穴を見ながら工藤に聞いていた。


米島の横には佐藤と林も並び、私達も同じ気持ちですと言わんばかりに頷きながら工藤の方を見た。


工藤は少しばかり沈黙してから、慎重に答える。



「俺も、断定する事は出来ないが推測でなら話せる、それでも構わないか?」


「ウッス、ちっとでも分かるんなら何でもいいっスよ」


「·····結論から言おう、俺達は猪狩に助けられた」


「えっ、どういうコト?猪狩くんが何かしたんですか?」


「情けない話だが俺もお前らと同じように吹っ飛ばされていた。だがその中でもヤツからは目を離さなかったから見えた、ヤツが前足を大きく振り上げ、地面に叩きつけ、その反動のまま角と地面で猪狩を押し潰そうとした。ところが猪狩は、恐らくではあるが【可素】を掌に纏って地面へと叩きつけて、それを放ったんだろう」


「教官、という事は猪狩君は【可素】を操った上に体外に放出した。そういうことなんですか?」


「えっ、マジで?あいつ死に掛けてんじゃないんスか!?」


「推測に過ぎんが、そうとしか考えられん。佐藤に襲いかかった1匹目を一太刀で仕留めたのも【可素】の力を引き出せたからだろう。でなければ説明がつかん。あの一太刀で感覚を掴めたのならば説得力は増す」



外からは米島・佐藤・林の表情を伺うことは出来ないが、驚きと興奮に彩られていただろう、工藤の目の前に表示されるバイタルサインがそれぞれの心境を如実に表していたのだから。



「·····【EAS】の力と【可素】の解放だけではあの結果は生み出せないのは間違いない。【可素】は使えなければ感覚の強化にしか過ぎんのだ。【EAS】で約2倍、【可素】の解放で約1.25倍、筋力が通常の2.5倍になったところであの結果を生み出せると思うか?」



実際はもっと複雑な要素が絡むが、防衛軍が算出した数値は大きく外れておらず、元防衛軍の探索者の言葉には3人を納得させるだけの力があった。



「それは、そうなのかもしれないっスけど、ケガしてなけりゃオレたちもすんなり納得いくんスけど、マジで死に掛けててもそんなことあるんスか?」


「納得いかんかもしれんが”火事場の馬鹿力”ってやつだな、一言で言えば。極論、人間は”死にかけ”の方が強いもんだ」


「ええぇ、そんな暴論ありっスか!?」


「·····ここは地球じゃない、第二地球だ。常識に囚われるな」


「·····常識に囚われるな、かぁ、了解です」




どうにも納得のいかない米島であったが、最後には工藤の言葉を何とか飲んで引き下がった。


確かにここ第二地球には地球上には存在しない多種多様の生命体がおり、研修生達は講習で見せられた様々なホログラフィックにおいても驚愕の連続だったのである。


生態系は地球に限りなく近い地域もあり、ある種の動植物は地球のものと差程変わらない。


それでもこの世界の動植物達は【可素】が当たり前にある事が前提で生きており、やはりその生命体の成分・構成は地球では考えられないように出来ている。


まだまだ分からない事の方が多いのが現実なのだ。




「兎も角、我々は助かった。猪狩については生死の確認を支援センターの奴らに任せる。ないとは思うが、新種が”番”でなく”族”の可能性もある。救助が来るまで警戒を怠るな」


「「「はい!」」」


(とりあえず、コイツらは納得させる事が出来た訳だが、センターの上層部はどうなるやら)



工藤のキャリアを以てしても初見の事例である今回の事件。


()()普通の、一般人の範疇に収まる研修生が初実地において新種を倒し、【可素】を使いこなした可能性があるという話を信じて貰えるのか。



(·····俺だったら信じないかもな)




報告する本人ですら嘘くさいと思ってしまうのだ、工藤の悩みはまだ尽きることはない。


















身体が軋む。


身体中の力を内から搾られるような感覚。


痛いのかも分からない。


意識が浮上しては沈む。


海を揺蕩うように、意識も揺れて、命も揺れる。


黄色い雲、赤い海、黒い空、藤色の筋、青い丸、薄桃色の丸、緑の何かが弾けて白い柱が立つ。


生きてはいる。


それは分かるが、死に向かっている。とも家康は思った。


思った、というほど言葉にした明確な思考ではないが、薄らとした意識の中で感覚としてそう思えたのだ。


その薄らとした意識も、不意に耳を過ぎる甲高い音と強烈な衝撃で一気に覚醒し、次に訪れたあまりの痛みに声にならない叫びを上げた。



「っ、がぁ────────!」



そして、電源を切ったように()()()活動を停止した。



















『アルネー、アルネー?どこ行ったのー?』



1人の女が森を歩いている。


幾何学的な紋様が縁に刺繍された貫頭衣のような服に革のベルトを腰に巻いて、背中の籠には何かの植物が積まれていた。


編み上げブーツに似た靴は地面をしっかりと踏みしめて、黒に紺色が混じったような髪は後ろで一つに纏められて歩く度に揺れている。


大きく幼げな目はキョロキョロと視線を周囲へと動かし、形のいいやや小さな鼻は時折ひくひくと匂いを嗅いでいるようだ。


細くも逞しい浅黒い腕には白い装飾具、片手に鉈を、もう片手は口元に添えて大きな声で呼びかける。




『アルネ!アルネー!どこー?もう、目をちょっと離したらすぐこれだもん、ホントにヤになっちゃう。アルネの馬鹿』




どれほど声を掛けても反応のない虚しさに、苛立ち紛れに近くの枝を鉈で払う。


それでも気が紛れないのか、うにににに!とよく分からない声を出しながら手当たり次第に枝を払う。




『ホントに本当に言うこと聞かないんだから!あの子は!あ、アポルの実!ラッキー!』




先程の不機嫌はどこにいったのか、無闇矢鱈に払った先にはリンゴによく似た実が生っており、鮮やかな赤い色にほのかに漂う甘い香りが機嫌を直させた。



『ふふふ、最近アポルの実なんて食べてなかったもの、これはきっと普段馬鹿な妹の面倒をみている私へのご褒美だわ!ありがとうございます!アッシャーの女神よ!』



そう言って空に浮かぶ()()()へと手を合わせて頭を垂れる。世界は変わっても神に対する祈りの姿は同じようだ。




『ねぇねぇ、アテナおねーちゃん、アルネね、いまアポルたべたーい』


『はぁ、しょうが無いわねぇ、持って帰ってもみんなに食べられちゃうかもしれないし──ってアルネ!あんたどこ行ってたのよ!』


『きゃー、アテナねーがおこったー!にげろー』


『あ!こら!待ちなさい!』


『きゃー』




アテナと呼ばれた女はアルネの姉であり、アテナの妹は実に楽しそうに姉から逃げ回り始めた。


一通り鬼ごっこのように捕まるまいと姉から逃げていたが、根っこに蹴つまづいた所をアテナに捕まり、きゃーきゃーと楽しそうに笑い転げている。




『もう!ホントにこの子は!この!こうしてやる!』


『きゃー、あははは、きゃーしんじゃうー』



妹の喜びように次第にアテナは次第に呆れてしまい、その手を離してアルネを自分の方へ向けて真剣な顔を見せた。



『ねぇ、アルネ、いい?この森はまだ安全な方だけどいつ()()()が襲って来てもおかしくないのよ?勝手に遠くに行ってはダメなの!いい加減分かりなさい』


『えー、だってアルネね、テラスがいたらわかるもん』


『それでもよ、もしかしたらアルネの知らないテラスはアルネに見つからないように襲うかもしれないわよ?アルネ食べられちゃうかもしれないわよ?』


『んー、んー、それは·····いやー』


『だったらちゃんと言うこと聞きなさい。もうお姉ちゃんアルネにお話してあげないよ?』


『ヤ!ぜったいヤ!』


『もう勝手にどっか行かない?』


『いかない!』


『じゃ、帰りましょ、アッシャーの女神の輝きが強くなってきたわ』


『はーい』





青い月の輝きが増す時、世界は暗闇に沈んで行く。


太陽が()()()()()()()の向こうへ沈めば、()()が世界を照らす。


それは夜の捕食者達の時間なのだ。


アッシャーの女神は慈悲深くも恐ろしい。





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