第2話
「さて、休憩は終わりだ。最後のローテーションは猪狩が前」
「はい!」
「佐藤は左」
「はーい」
「米島は右」
「ウッス」
「林は後方」
「はい」
5分の小休止を終えて教官が指示を出す。家康は気分を変えて改めて気合いを入れ直していた。
左翼を担当する佐藤楓は終始ゆるい話し方だがきちんと話を聞いている。
右翼側は米島康太、若干チャラい感じではあるが彼もまた気合いを入れているように見えた。
林美嘉は後方を担当、お淑やかなイメージであるがその姿勢は実は一番堂々としていたりする。
「何度も言うが探索はドローン頼りになっては駄目だ。道中に【癒療水】の材料となる【アオヨモギ】がいくらか生えていたが、誰も気付かなかっただろう?」
「えっ!?そうなんですか?けど【2A】は何の反応も示さなかったんですけど·····」
「そうだ、猪狩。ドローン共も完璧では無い。それにヘルメットに備わったセンサーでも完全に情報を拾い切る訳でもない。【2A】はドローン共とセンサーの情報を支援センターとリンクした上で発見した場合はデバイスに通知してくれる訳だが、お前らも実地で分かっただろう?これだけ死角が森には存在するんだ。最後には人間の目の方が優秀な働きをする事がある」
「うっへぇ、マジかよー。そしたらキャプテン、結局は講習で受けた初期アーカイブの優先採取すべき25種ってリアル暗記しないといけないンスか?」
「そうだぞ、米島。まぁお前らがその民生品からこの軍事用レベルのデバイスまでランクアップ出来ればまた話は違うがな」
そう言って教官・工藤は自分のヘルメットを軽く叩いた。
探索者は皆ヘルメットを装着する。
これは日本で定められたルールであり、これを守れない者は探索者になれない。
そもそも、この第二地球と呼ばれる元の地球から【ゲート】を通した先にあった世界では、星の大きさやら重力やら1年の長さ、物理法則から大気を構成する元素の割合に至るまで全て違う。
中でも一番大きいのはやはり大気だろう。
この世界にはマナリウム、和名【可素】が満ち満ちている。
酸素の割合がやや低く、他にも未だ解明されていない謎の元素が0.12パーセントを占めていたりする。その謎の元素で現在分かっていることは間違いなく有害であること。
生命の吹き込まれていない人造モルモットの小型から大型まで、全て3時間で息絶えたのだ。
その後、なんのかんのあって問題は解決していく訳だが、ここで大事な事はそれらの人類が生きていけるのかどうかを調べる為にも先ずは先遣隊が調査出来る事である。
そこで新設されたばかりの開拓局は、政府がJAXAや航空防衛軍を混ぜこぜて各種の利権関係を上手く纏めて作った宇宙開発庁が作成した宇宙空間での作業用ヘルメットをベースに、軍事用フルフェイスヘルメットの能力を盛り込みつつ人知未踏の地で活動出来るようにしたのだ。
それが教官・工藤が装着している最新型軍事用ヘルメットである。
何故あくまで軍事用という名称になるかというと、開拓局は第1課・第2課・第3課と別れており、第1課が最初に創設されて陸海空軍のエリート少数精鋭で構成されたからだ。
だったら最初から防衛軍主導で良かったのではないかという話なのだが、これもやはり利権関係で軍主導は絶対に許さないと煩い連中がいた為である。
因みに、第2課は警察・公安が占めている。これは対軍として無いとは思うがクーデター措置であると同時に世界中で【ゲート】が開いた為に、第二地球でない大元の日本に海外の開拓者が来て犯罪を犯した際に必要であると考えられたからだ。
公安が含まれているのは更に警察に対するカウンター措置である。
兎も角、軍事用デバイスは第3課の一般人にそうそう簡単に使わせる訳にはいかないという理由と、やはりその値段だ。
新型国産車(空も飛べるタイプ)並の値段の為に、探索者として相応の力量と資金があるか、端から大金を持っている人間にしか購入する事は出来ない。
ところが、超が付く金持ちは最初から軍事用ヘルメットに個人レッスンがセットで付いて来る!とか何とか、まことしやかに噂されていたりする。
「ぇっと、つまり教官の軍事用デバイスは道中のアオヨモギをしっかりと認識していた、と?」
「そういう事だ、林。ドローン共はアオヨモギのような地表に近く大きく育たない植物に関しては役に立たない事がある。ところが軍事用デバイスのヘルメットに装着された高機能レンズを通せばしっかり認識出来るのだ。中は拡張現実と光学透過システムで視界が広いしな。いいか?まだまだ先の話かもしれんが装備には金を掛けろ、先輩としてのアドバイスだ」
(ぐぬぬ、いつかは俺もあのヘルメットを·····)
教官・工藤の軽い煽りで家康のやる気が更に燃え上がる。米島・佐藤の両名からも僅かに唸り声が漏れている。
「よしお喋りはここまで。フォーメーションを確認して帰投するぞ」
「「「はい!」」」
こうして立ち位置をローテーションして新たなフォーメーションで森を進むこととなった。
家康はボーガンを習った通りに構え、いつでも発射出来るようにする。
「猪狩、セーフティがロックされたままだ」
「えっ!?あ、すいません!」
「きちんと習った事を思い出せよ?生死に関わるからな」
「·····はい」
最後のローテーションで先頭に立った為か僅かに緊張している家康であった。叱責を受けた様を後ろの三人はそれぞれ嘲りと蔑みと無関心で以て返したように家康は感じてしまう。
(くっそう、いっそ笑うとか、気遣いとかないのかよ)
自分が悪いので八つ当たりの上に顔も見えないので被害妄想でしかない。
それでも気持ちを持ち直そうと前身した時、奴は来た。
〘警告、敵性体を感知、2時方向より接近、20秒後に接触〙
ヘルメットの中で無機質な女性のような声が響く。
と同時に教官・工藤が叫んだ。
「【スカウトボット】2時方向に旋回!猪狩は発射用意!佐藤!米島は猪狩の横に出ろ!林は5時から11時方向を警戒!支援は俺に任せろ!」
「はい!」「ウ、うす!」「は、はははい!」「はいっ!」
言われるがままに動き出す研修生達、緊張感が一気に場を支配する。
誰がどんな返事をしたかなど気にする間もなく戦闘配置に着いた。
今は自分の心臓の音さえうるさい。
(見えたら打つ、見えたら打つ見えたら打つ見えたら打つ·····」
何時からか家康の心の声は漏れて、全員に伝わってしまっていた。それでも今は誰も笑う者はいない。
教官・工藤が注意しなかったのも、その呟きによって心拍が安定し出したの確認したからだ。
(こいつは、もしかすると)
防衛軍に在籍していた工藤は多くの経験を積み重ねて来た。
普段勇ましい事を言ってた奴がここ一番で怖気付いたり、一番慎重なタイプと思っていた同僚が誰よりも勇敢だったり。
戦場では人の本性が暴かれる。
潜伏しながらの任務でもぶつぶつ何か呟く奴はいた。その手のタイプは2種類に分けられた。
恐怖に寄って呟く程に心拍が乱れるパニック型。
呟く程に神経が研ぎ澄まされるコンセントレーション型。
この場合の猪狩は当然、後者な訳で──
〘スカウトボットが撃破されました。接触まで3・2・1〙
「発射します!」
【スカウトボット】が開けた道の先で何かに【スカウトボット】が粉砕された事を確認するのとアナウンスが流れたのはほぼ同時。
そこから体高が2メートルを優に超えるサイとトカゲを足したような害獣が姿を表わす。
その大きさと迫力に工藤さえも度肝を抜かれた中、その矢は放たれた。
タタタタタタタタ──
軽快な音を伴ってボーガン、連射式電動ボーガンが毎秒20発という威力で以て害獣へと吸い込まれる。
その判断の速さと思い切りの良さに驚いたのは仲間達だけでは無い。
胡乱な宙に浮く物体を破壊し、獲物を見つけて飛び掛からんと躍り出た瞬間に攻撃を受けたのだ。
サイなのかトカゲなのかよく分からない生き物だがその表皮は硬質である事は間違いない。にも関わらず間違いなくその化け物は怯んでいる。
「いいぞ猪狩!そのまま目と関節周りを狙え!米島と佐藤は左右に広がれ!【EAS】の能力を全開!【可素リアクター】も全開にしろ!林は俺の後ろに付け!」
返事をするのももどかしいとばかりに一斉に3人が動く。
設定が、設定が邪魔をして話が進まんとです。
設定ぇ·····




