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第1話

第一章




「はい、これで契約完了となります。後は資料の通り研修を受けて頂いて、それから実地を──」


「ありがとうございます!おお!これで俺もとうとう探索者だ!」



とあるお役所的なオフィスで1人の青年が感動にうち震えていた。


名前を猪狩家康という。


家庭の事情と本人の強い希望の元、大学を中退し幼い頃から憧れていた探索者になる道を選んだのだ。



探索者はかなり危険な職業である。



他国と比べ安全係数を多めに取り、死亡者の数を減らす努力を厚労省と環境省が躍起になって取り掛かっても脅威の22パーセント。


およそ年間で5人に1人が死ぬ割合になる。



21世紀初頭の建設業でさえ10パーセントを切っていたというのに、1世紀遡って20世紀初頭の統計のない時代でもまだマシだったのではないかと思われる程の業種別危険度ダントツNo.1に躍り出た。


因みにそれまでの1位は宇宙港関連事業である。


シールド技術の発展で宇宙ゴミや超微細隕石(拳サイズ)等の流れ弾に当たらなくなり死傷者の数は相当数減ったが、それでも多い方だった。



兎に角、地上から宇宙へと危険領域が移ったがまた戻って来たのだ、新たなる未知なる大地へと。


そんな危ない仕事を選んだ猪狩家康には夢があった。



億万長者になること。



言葉にするとこれほど陳腐な響きもないが、元手が最低限あれば不可能な話では決してない。


彼が幼い頃に見た数々の栄光の物語。


幻想的な秘境。


あらゆる動植物が新発見であり、それらが素材となり、新薬、極上のグルメを生み出し、宇宙産業へも活かされていった。


発見者達は一躍有名人となり、政府も下におけないVIPとなる。



そして、極めつけが竜種の発見、討伐。



残念ながらこれは日本人ではなくアメリカ合衆国のスコット・ワシントンという軍人がなした偉業だ。当然チームとして当たった訳だが、チームのキャプテンでありトドメを刺したスコットが人類初のリアルドラゴンバスターの名誉を承る事になったのである。



「俺も彼らに並んでやる!」



熱い思いに滾る青年を見て受付の事務員は苦笑いを隠せない。



「·····猪狩さん、やる気に燃えるのは大変結構ですが無茶だけはしないようにね」


「はい!頑張りますよ!俺は!」



まぁいいかと、受付の事務員は諦める。過去にも何度かこの光景は見た事があるし、その後彼等に待っているのは──









手入れのなされていていない広大な広葉樹林を慎重に歩く集団があった。



その集団は五人、一様に光沢の消されたフルフェイスヘルメットを装着し、全身は黒っぽい全身タイツに急所となる部分を硬質な素材で防護された装備で統一されている。



よくよく観察すれば彼らの装備に多少の違いはあるものの、ある一点に於いては同じマークが施されていた。五角形の枠の内に桜をモチーフにした紋章、それは日本国に所属する事を意味する。



そして、1番大きな違いと言えばそれぞれが手にしている武器であろう。



先頭を歩く者はボーガンのような物を構え、前方を警戒している。


真ん中に位置する者は手元に展開された宙に浮く仮想画面を見つめているようだ。


左右を歩く者は取り回しのききそうな1メートル程の剣の様な武器を構えて、それぞれが位置する方向を警戒している。


また後方にいる者も同じくボーガンのような物を構え、後方を警戒しつつ歩いていた。


因みに、この先頭を歩く者の前には【スカウトボット】と呼ばれる斥候を熟すドローンが枝木を払いながら各種センサーで前方の情報をチームの指揮官たる中央の人物に送っている。


上空には【イーグルアイ】と呼ばれるドローンがチームの真上から半径50メートル内を【スカウトボット】と同様に各種センサーで情報を拾い、指揮官へと送り連携を取っている。



このスタイルこそが現在の最新鋭の探索スタイルなのだ。


上空と前方にドローンを配置し情報を逐一収集分析をしつつ、更に人間の目により警戒を重ねる。


こうでもしなければ命は担保されない世界なのが現実であった。



「ふむ、周囲に異常は無し。5分休憩だ」



少しばかり開けた場所で教官が指示を出した。その声を聞いてあからさまに周りの四人はホッと息を着いた。



「おお、やっぱり実地は緊張するなぁ」


「そうだよねぇ、このカッコも慣れないし、重くないのに重い気がするよね?」


「·····あははは、なんか分かる。気疲れするよね」


「やっぱ現実はキビシーねぇ」


「·····」



受付の事務員は知っていた。


大概の新規契約者は夢を持って探索者になり、最初の講習で危険性を徹底的に教え込まれ、実地の地味さと緊張感でテンションが下がることを。



現在、このパーティは教官であり指導員の工藤が中央に位置取り、周りに研修生四人を配してローテーションで前衛・中位・後衛のポジションを経験させていた。


前衛のボーガンは連射可能なタイプであり【スカウトボット】が射線を確保しているので先制用である。


左右に近接武器を持たせているのは【スカウトボット】が前方しか視界確保出来ないので、左右からは上空の【イーグルアイ】の目を掻い潜って奇襲を受ける可能性があるからだ。


後衛のボーガンも前衛と同じで、通り過ぎた道を隠れて潜んでいた獣が襲いかかって来る危険性を考慮した結果である。



それぞれがそれぞれの役割を十全に行わなければ命が危険に晒される。



それは研修の筆記・講習では分かっていても、やはり実地にて体感しなければ理解出来ないのだ。


その為、家康を除く男1名女2名は最終ローテーションの最後の休憩で息抜きがてら軽口をきいていた。


しかし、家康のみ他の3人に比べテンションの下がり具合が酷い。


一番最初に4人組を組まされた時に自己紹介は済んでおり、休憩毎に会話を交わしていたのだがこの家康以外の3人、なんと全員そこそこ有名な私立大を卒業していたのである。


歳は2つ上なうえに自分が大学中退という事が分かった瞬間、なんとなく格差が生まれたのを感じた家康は話をする事を止めた。



(──俺は別に負けてない俺は別に負けてない負けてない負けてない·····)



心の中で念仏のように唱える。



そしてこのテンションの下がり具合は身体を包むEAS(電子アシストシステム)スーツ、通称【イース】を通じて教官に心理状態が不安定になっている事として筒抜けになっていた。



(·····猪狩家康19歳、福島県出身法経大学中退、か。経歴を見た限り特段悪くないし周りを気に病む程でもないが、いやむしろ·····こいつ)



教官もまたチームをマネージメントするべく猪狩をはじめとしたメンバーのバイオリズムを随時確認しているが、雰囲気に変化が生じればそれぞれの経歴を見てマネージメントに活かせる情報を精査する。


この際、猪狩もだが教官も小声でぶつぶつと呟く事はない。


何故なら彼らの装着しているヘルメットは完全防音であり会話は内蔵された高感度マイクでズレなく味方に伝わるようになっているからだ。


外部の音にも高感度の集音器が付いており、異音を聞き逃さない。


それでいてドローン達が出す音はノイズキャンサーでカットする為、彼らは静かな森を歩いているようにしか実は感じていなかった。



そのせいで心の中で念仏の如く自己暗示をかける家康であった。




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