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22,教え育てる


 アバドンゲートの根絶。ナラク・シュラクの討伐。

 その二つが成された事で、すべてが一件落着……などと、単純な話ではなかった。


「……………………」


 枝葉の隙間から差し込む斜陽に目を細めて、緑髪の少年ルークは深く溜息を吐いた。


「こんな所にいたのね」

「あ……シエル……」


 木杖を突きながらルークの前に現れたのは、大きな太陽花ヒマワリの髪飾りをした黄色いドレスの女性・シエルフィオーレ。ルークの育て親である。


「朝からずっとここにいたの? コウくんとリリンちゃんも心配しているわよ」

「……………………」


 杖を木に立て掛けたシエルフィオーレがルークの隣に腰を下ろして優しく問いかけるが、返答は無い。


「…………」

「…………」


 急かす事はしない。

 シエルフィオーレはただ、ルークの隣で微笑みながら、待ち続けた。


 その甲斐もあり、やがて、ルークはポツリとつぶやくように、


「……僕のせい、なんだよね?」

「!」


 何が? と聞くまでもないだろう。

 先日の、ナラク・シュラクの件だ。


 結果として、死者は無かったが……ルークを狙って襲撃してきたあの男によって、多くの者が傷ついた。

 シエルフィオーレだってそうだ。霊術的集中治療を数日に渡って受けたはずだのに、未だ体中に包帯やガーゼを貼り付けているし、杖を突かないと立ち上がる事も危うい状態。


 ジンジャージルも先輩たちも、まだ治療のために精霊院に籠りっ放しらしい。

 ナラク・シュラクと戦った者はスケルッツォを除いて皆、霊術を以てしても完治させられないダメージを受けているのだ。

 治療を続ければいつかは治せる……とは言っていたが、


「僕の、せいで……」


 最初の改人襲撃から、ルークはその時々で自分にできる最善を尽くしてきただけだ。

 その結果がナラク・シュラクを呼び寄せてしまったのだとしても、それを予測して友達や仲間を見捨てるのが正解だったのかと言えば、決してそうではないだろう。


 この一件は、避け難かった。

 強いて言うなら、ナラク・シュラクが悪い。あんなにも強く、あんなにも理不尽を振りかざしてきたあいつが悪い。

 ……いや、そもそも、ああだこうだ言ってこうなるまで連中を放置した精霊院が悪い。


 ――だから、あなたが責任を感じる必要は無い。


 そう言ってあげるべきだろう。

 そう決めて、シエルフィオーレが口を開こうとした時、


「僕なんて――いない方が、良かったのかな……?」

「なっ……」


 何を言っているの、この馬鹿は――そう怒鳴りかけて、シエルフィオーレはギリギリでどうにかストップ。


「だって……僕がいたせいで、みんな怪我して……もしかしたら、死んでたかも知れないんでしょ!?」

「……!」


 ボロボロと泣きながら、ルークは吠えた。

 ――今すぐに消えてしまいたい。

 そう、嘆く顔。とてもじゃないが、子供がしていい顔ではない。


「シエルだって……シエルだってボロボロだよ……! せめて、僕が、あの時にあいつを倒せてたら、こうはならなかったのに……!」

「……ルーク……」

「最初から、そうなんだ……僕がもっと強かったら、僕がもっと早くあいつに気付いて、あいつを倒せてたら! みんな守れたのに……!」


 ――弱い自分が、たまらなく悔しい。


 敵が強かったから、敵が理不尽だから、仕方ないだなんて思えない。

 敵より強く、理不尽を叩き返せるくらいの力があればと、ルークは悔やみ、嘆いている。


 そしてその結論が、「自分なんていなければ良かった」……?

 何故、どうしてそうなる?


「……ああ、そう言う事」


 少し考えて、シエルフィオーレは理解した。


「ふざけんじゃあ、ないわよ」

「ぇ……?」


 シエルフィオーレの両手が、ルークの頬をギュッと包み込んだ。親指で涙を拭い取って、「しっかり私の目を見ろ。それでもう一度その馬鹿げた言葉を吐けるのなら、吐いてみろ」と言外に語る。


「自分のせいでみんな傷ついた、だから責任取って自分は消えたい? ……はぁ? そんな責任逃れの口実みたいな落とし前の付け方、例えあなたが子供だろうと、私は絶対に認めない」

「し、シエル……?」

「あなたのせいで誰かが傷ついた……ええ、良いでしょう。あなたがそう思うのなら、それを否定はしないわ。でも、そう思うのならきちんと建設的な方法で責任を取りなさい」

「け、けんせつてき……?」

「あなたが消えて、何になるの? 傷ついた誰かさん達は立ち待ち元気になるの? もう二度とその誰かさん達は傷つかないの? そうなの? え? 言ってみなさいよ」

「しぇ、シエル……、ちょ、恐い、目が恐いよ……!?」

「そりゃあそうでしょ。あんた(・・・)が子供じゃなかったら、私はこのままあんたの顔を握り潰している所よ?」

「!!??」


 シエルフィオーレの目は完全に殺し屋のそれだ。とてもじゃないが、子供に向けて良いそれではない。

 こんなシエル知らない! とルークは激しくパニック!

 ……まぁ、ルークが知らないだけで、これが彼女の自然な姿に近いのだが。


「いい? ルーク。はっきり言うわ。あんたは間違っている」

「………………」

「返事ッ」

「ひ、ひゃい!」

「あんたのせいで傷ついた誰かがいるのなら、消えるんじゃなくて、その誰かの前に立ち続けなさい。その誰かを、これからはきちんと守り抜きなさい。何が起きても、どんな時でも、必ず。それが、あんたの取るべき責任よ」

「……で、でも……僕、そんなに……強くない……」

「ええ。そうね。だから、強くなりましょう」


 ――シエルフィオーレは今まで、避けていた。ルークに力を与える事を。


 力に貴賤はない。「悪辣な暴力」と「守るための武力」の境界は、心の持ち方ただ一事で決まる。

 そして、誰しもが間違える事がある。未熟で多感な子供ならば尚更。

 だから、まだ、幼い彼に力を与えるべきではないと思っていた。


 ……しかし、この子は知ってしまったのだ。

 力足りず、誰かを守れない恐怖と絶望を。


 このままだと、ルークはこの先ずっと、その恐怖と絶望に怯えながら生きていかなければならない。

 いつ訪れるかもわからないそれらに怯え続けなければならない。


 そんな未来を薄々直感したから、ルークは逃げようとした。消えてしまいたいと思った。


 ――ルークには、力が必要だ。

 誰かを守れない恐怖と絶望に立ち向かうための、精神的支柱となる力。

 何が起きても、どんな時でも、「自分なら誰もを守り抜ける」と確信できるだけの力。


「私が、必ず……あんたを、立派な守護者にしてみせる」

「……シエル……」

「だって、私はあんたを育てるためにいるんだもの。当然でしょう?」


 シエルフィオーレは、ただただ愛くるしいヴィジタロイドの幼体に惚れて、その育て親になる事を目指した。

 この愛くるしい子供達を、幸せにしてあげたい。それが今の彼女の願いだ。


 そのために必要であると言うのならば、何だってする。

 例えこの子に恨まれ、周りから非道だと罵られる事になったとしても。


「絶対に、もう……『消えたい』だなんて、思わせない……!」


 どんな手を使ってでも、守ってみせる。

 この子が笑顔で生きていける未来を。


「……お願い、シエル。僕、強くなりたい」


 応えたルークの顔には、まだ涙の跡が残っていた。

 それでも、さっきよりはいくらかマシだ。ちゃんと、前を見ている目だ。


「良い覚悟ね。それでこそ、私のルークよ」

「うん!」




 ――緑の大陸にて芽吹いた、小さな芽。

 その芽が大きな大きな樹へと成長し、ヤンキー殺法を使いこなす少々特異ながらも立派な守護者となるのは――もう少しだけ、先のお話。


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