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14,奈落に下れ―Abaddon・Gate―


 ――ナラク・シュラク。

 ラフィルはその名に、聞き覚えがあった。


「……例のアバドンゲートとか言うのの首領か!」


 まさか、首領自らが乗り込んでくるとは……!

 目的を問うのは――後だッ!


 ラフィルは先ほどまでの威嚇とは違う、本腰の気迫を込めて木槍を構えた。


「おお、おお。中々に良さ気だな。若僧。多少、遊びたくなる程度には見栄えが良い」


 ヴァハッ、と小さく嬉しそうな笑いを漏らして、ナラク・シュラクも拳を握った。


 ――単独で充分、制圧可能とみた。


 それが、ラフィルの結論。


 背丈は倍近く、肉の厚みはそれ以上の差があるが、戦闘能力とは肉体の大きさだけで決定するものではない。

 ナラク・シュラクから感じられる気配は……確かに、強者の部類にあるそれだが、正味、大層なものとは言い難い。

 推し量るにせいぜい、霊獣の足元におよぶ程度だろうか。

 どれだけ肉体を改造し異形と化そうが、元は、戦闘に不向きな人間ヒューマンだ。


 ここはサクっと制圧するのが無難。この程度の相手に大騒ぎして、後輩のちびっ子達を不安にさせる必要は無い。


「禍々しき者よ、君の存在はハッピーに成りえない! 速やかに排除させてもらう!」

「うむ。来るが良い。『相応』に、もてなそう」


 ラフィルが地を蹴って、走る! 姿勢は低く、低く! 舌をたらせば地を舐められるほどに低くッ! 疾風が如く一瞬でナラク・シュラクの足元に潜り込み、ほぼ真上の角度、ナラク・シュラクの胸目掛けて木槍を突き上げるッ!

 何をその程度、と言った余裕のある動きで、ナラク・シュラクは突きを交わした。

 木製の穂先が漆黒の巨体の脇腹のスレスレを抜けて空を切る!


 ――が、ラフィルはそこまで想定済み。


「づぁああッ!」


 口角を下げる事なく雄叫びを上げて、ラフィルはぐりんと自らの体をひねり、回転させた。合わせて、木槍も横方向へと振るわれる。


「ぬッ」


 木槍が漆黒の横腹に食い込み、そして、巨体を吹き飛ばす。

 木槍はただ突くだけの道具ではない。その靭やかな棒は、振り回すだけでも強烈な武器となるのだッ!


 ナラク・シュラクの巨体は派手に転がり、巨木にぶつかって止まる。


「よし!」


 完全なクリーン・ヒットッ! ラフィルは勝ちを確信した、が。


「うむ。良い一撃だ」


 のそり、と、ナラク・シュラクが立ち上がった。

 特段、どこかを負傷した様子も無く、すんなりと。


「何……?」


 ラフィルの薙ぎ払いは、普通の生き物がまともに喰らえば肉体が木っ端微塵に吹き飛ぶ程度には威力がある。

 霊獣でも、モロに脇腹を叩かれれば内蔵が汁状になるまでシェイクされるだろう。


 だのに、ナラク・シュラクは脇腹を庇う素振りすらみせず、準備運動とばかりに太い首をコキコキと鳴らしている。


 耐久力に特化した改人なのか? それとも、回復力か?

 手応えは確かにあったはず……となれば、後者か。


 ラフィルが推測に気を割いた刹那の間に――ナラク・シュラクの巨体が、消えた。


「!?」

「ほォれ、こっちだ」


 声は後方。ラフィルは本能的に、振り向きざま木槍を振るった。

 命中。ラフィルが振るった木槍は、いつの間にやら後方に回り込んでいたナラク・シュラクの胸を全力で打ち付けた。

 またしてもクリーン・ヒット! ……だが、


「なッ……」


 漆黒の巨体は、微動だにしない。


「相応でもてなすと言ったはずだ。先ほどの一撃から、貴様にはもう少し『強くイっても良い』と判断させてもらった」


 淡々とした口調だが、どこか楽し気なニュアンスも滲む地鳴り声。

 ナラク・シュラクは見せびらかすように、右の拳をゆっくりと振り上げる。


「そら。まずは一撃、返すぞ」


 その一撃に、音は無かった――否、音がついて行けていなかった。

 スパァンッ! という、拳が空気の壁をブチ抜く破裂音が響いた時にはもう、ラフィルの木槍はへし折られ、その体は高く宙を舞っていた!


「がッ……!?」


 漆黒の拳にギリギリで反応し、回避は無理でもと、ラフィルは木槍の柄で防ぐ事には成功――だがしかし、槍は盾の代役を微塵も果たす事ができずに真っ二つッ! 漆黒の一撃を、モロに腹へと突き立てられてしまったッ!


 派手に回転しながら空へと打ち上げられる中、腹の底から血が噴出し、口から発散される……! 吐血で息が詰まる! 初めての感覚で混乱し、意識が濁りそうになるが、ラフィルはどうにか冷静な思考を引き戻した!

 回転に身を任せて衝撃を逃がしながら、着地に合わせて受身を取り、軽やかに跳び起きる。


「がふッ……はぁ、はぁ……!」


 まだ喉に残っていた血を吐き、肩を使って息を整えつつ、へし折れた木槍を投げ捨てた。


「ヴァハハハ。うむ。まだ戦う意志を残した目ができるか。上出来、上出来ィ……」


 口角を上げる余裕も無くなったラフィルの睨みに対し、ナラク・シュラクは満面の笑み。


「まァ、そのためにわざわざ加減しているのだ。そうでなくては困る所よなァ」

「……ッ……!」


 ラフィルは薄らと抱いていた仮説を、ナラク・シュラクの今の発言で確信し、表情を歪めた。


「……成程な……君は、手を抜いているのか……!」

「うむ? あァ、そうだが?」


 何を当然の事を訊いている? と言わんばかりの調子な、ナラク・シュラクの返答。


 ラフィルは舌打ちした。己の浅慮を悔いる。

 今、あらためてナラク・シュラクの気配から実力を推し量ってみた。


 ――別物だ。最初とは、まるで別の存在。

 この化物は、完璧に、己の力を制御しているのだ。そして、相手に合わせて、出力を自由自在に変えている。


 今のナラク・シュラクの気配は、ラフィルよりも少し強い程度だ。ラフィルに対しては、まぁ難無く勝てる程度。ラフィルと戦うには相応。まさにそれくらいの出力になっている。

 まだまだ余裕あり気な態度から察するに、全力ではないだろう。


「……ならば……」


 ラフィルは、完全にナめられている怒りや底知れない敵の強さに対する焦りなどは無視して、冷静に思考した。

 騎士として、守護者としてやるべき事の優先順位付けは間違わない。


 ナラク・シュラクのスタイル――相手の能力に合わせて加減して戦う……強者の余裕と言えるそれは、明らかに付け入る隙だ。

 隙がある内に、取り返しの付かない一撃を食らわせてやる。


 腹のダメージが大きく、ろくに立ち上がる事もできないが、打つ手はある。


「……やるぞ」


 ラフィルの意思に応じて、彼の全身が淡い緑の光を帯びた。

 ――芽能グロリアだ。


 緑色のオーラが迸ったのと同時、ラフィルを中心に妙に冷たい風が吹き、ナラク・シュラクにも吹き付ける。

 かなりの強風であったが、ナラク・シュラクの巨体を煽るには遠くおよばない。


「ヴァハハハハ。奥の手か? 良いぞ。さァ、ナァニができる? 見せてみろ。それを踏まえてまた相応に――」


 途中で、ナラク・シュラクは言葉に詰まった。

 ただただ、声が出なくなった。

 太い足がフラフラと揺れ、膝がガクガクと大笑い。

 やがて崩れ落ちて、膝で地を突いた。


「……こ、れはァァ……?」


 目眩を覚えたらしい。ナラク・シュラクは顔を押さえて上体をフラフラ。酷く酩酊しているようにも見える。

 どう言う訳か、一転、ノック・アウト寸前の有様である!


 ――よし、決まったッ!


 対照的に、ラフィルの表情には笑顔が戻った。

 当然、ナラク・シュラクを追い詰めているのは、ラフィルの芽能グロリアだ。


 ――植物には、様々な毒素がある。

 毒、と言っても一概に有害物質と言う訳ではなく、中には薬として機能し、摂取する事でポジティブな効果をもたらすものも多い。

 植物とは、毒であり薬。殺意と癒しを内包した存在。


 ラフィルの芽能グロリア癒死選抜デナイアルアクセプト】は、植物が持つ薬毒的側面を顕著化したもの。

 彼は光合成の要領で、吸収した大気中の物質を意図した毒素へ変換し、放出する事ができるのだ。

 その加減によって味方を治療して笑顔ハッピーにする事もできれば、敵を蝕み笑えなく(アンハッピー)にする事も可能。


 先ほど、ラフィルを中心に発生し、ナラク・シュラクに吹き付けた強風は、言うなれば猛毒の風ッ!

 ナラク・シュラクに起きている異変は、中毒症状ッ!


 しかもただの猛毒ではない、霊術によって生み出されたラフィル(ヴィジタロイド)が放つ毒は、もれなく霊毒ッ!

 その殺傷能力の高さは語るまでも無く強烈至極ッ!


「……ヴァ、ハハ……成程ォ……やり、よるわァ……」


 ナラク・シュラクは自身を襲ったものの正体を看破したようだったが、遅かった。

 ズゥン……と大地を揺らして、漆黒の巨体が倒れ伏す。


「……はぁ、はぁ……!」


 ラフィルは勝利の高笑いといきたい所だったが、腹のダメージがデカすぎて息を漏らすだけでも苦しい。

 当然ろくに立ち上がる事もできず、ラフィルは救援を求めようとイヤリング型の霊術式通信機に手を伸ばした……が、通信できない。

 何らかの手段で通信を妨害されているのだった、と今更思い出す。


「……やれやれ、だな……」


 仕方無い。ラフィルは再度芽能(グロリア)を発動。

 体力と集中力をゴリゴリと消耗する芽能グロリアなので余り連続使用はしたくないのだが、背に腹は代えられない。

 緑色のオーラを纏い、周囲の空気を体内へと吸入。取り込んだ大気中の物質から、痛覚を麻痺させる効果を持つ毒素――つまりは鎮痛薬の合成に取り掛かった。


 徐々に痛みが和らぎ、そして――血の気が引いた。


「……は……?」


 最早、疑問を言葉にできない。

 意味がわからない。訳がわからない。理解ができない。


 ――何故、ナラク・シュラクが……起き上がっているんだ?


「ヴァハハハハ! うむ。効いた効ィたァ……成程、これが霊毒と言う奴か。今まで霊毒使いと遊んだ事は無かったな。刺激的初体験であったぞ」


 これは見事に一杯だけ食わされたなァ、と上機嫌に笑い、ナラク・シュラクは柔軟体操ストレッチを始めた。

 ラフィルの霊毒で筋肉に妙な影響が出ているのだろう。その違和感を解消しようとしているのだと思われる。


「ば、馬鹿な……何で、動ける……!?」


 ようやく、ラフィルは言葉を放つ事ができた。

 並の手合いなら即死当然、霊格の存在でも致死量になりかねない量の霊毒を浴びせたはずだ。

 だのに何故、あんなにも平然と、ナラク・シュラクは肩関節を伸ばす体操をしているのか。


「うむ? 決まっているだろう。体内に入った毒素をすべて圧倒し、蹂躙し、支配した」

「こ、抗体を作った……と言う事か?」

「いや、違うな。まったく違う。根本的な所で理解が足りていない……最初に名乗ったぞ。ワシは『ただの支配者だ』と。故に霊毒であろうと支配する。ワシが支配したものが、ワシに害を為せるはずがあるまい」


 説明されても、意味がわからない。

 だが、わかった事がひとつ。


 この化物は、理不尽だ。道理が通用していない。


「で、若僧よ。表情から察するにどうにも万策尽きた様子だが……次はどうする? 仲間でも呼んでみるか?」

「ッ……通信を妨害しておいて、よく言う……!」

「……?」


 ラフィルの言葉に、ナラク・シュラクはきょとんとした様子で首を捻った。


「……おい若僧、何か、勘違いをしていないか? 通信を妨害? 身に覚えが無いぞ」

「何……?」


 この場で、通信を妨害し得る者、通信を妨害する事で利が得られる者は、ナラク・シュラクだけだ。

 周囲に彼の部下が潜んでいる、と言う様子も無し。もし仮に潜んでいたとしたら、先ほどの霊毒散布に巻き込まれて倒れ、物音が立つはずだ。


 だのに、ナラク・シュラクのあの様子……とても、嘘を吐いているようには見えない!


 では、一体、どう言う可能性が考えられる?


「そう言う体質を持ったモデルの改造人間、か……!?」


 漆黒の体、特徴的な細長い触角、一瞬にして背後に回った健脚、物理攻撃にも毒攻撃にも耐える高い生命力。

 ラフィルはそれらの要素から「ナラク・シュラクと言う改人のモデルは差し詰め【御器齧虫コキュローチ】あたりか?」と推測していたが、それでは説明が付かない。

 いや、そもそも「霊術を無意識の自然体で妨害してしまう性質を持つ虫」など、この世にいるのか……?


「改造人間? 何を続けざまに訳のわからん事を」


 ナラク・シュラクはやや困ったように頭をボリボリと掻き始めた。

 物分りの悪い幼児を相手にして困惑しながらも付き合い続ける気の良いお兄さんのような態度である。


「あのなァ……何度も言うが、ワシは支配者。ワシ、支配者ぞ? 配下ダークゾニスが開発した技術にあやかって強さを得る訳が無いだろうよ」

「……何を、言っている……?」

「ん? わかり難いか? では単刀直入に――ワシは、改造手術なんぞ受けた覚えは無い」


 ――ラフィルは知らない。

 アバドンゲートの改人は、【ある男】から着想を得たダークゾニスが開発した人体改造技術から生み出された存在だ。

 その【ある男】とは……言うなれば「これ以上は無いほどに邪悪な奇跡の産物」。


 何の変哲も無い只人の股座から生まれ落ちた、漆黒の突然変異個体。

 その存在そのものが、霊術を含むこの世のあらゆる法則に障害を起こさせる理法殺し・理不尽の権化。

 本来、この世界に生まれ落ちるはずが無い、災害的異物ディザスティア・エラー


「ワシは、生まれついての支配者だ」


 ――ナラク・シュラク。

 改人結社アバドンゲートにおいて、唯一人。

 正真正銘、完全無欠、究極純正。

 掛け値無しの――【怪人】であるッ!


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