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13,異形襲来

 森の中にポツンとある草原広場に、少々の賑わいがあった。

 集められているのは、揃い揃って緑色の頭をした総勢二〇体ほどのヴィジタロイドの幼体と、一柱の精霊。


「やれやれ……ガキの面倒は、俺の柄じゃあないんだがね」


 面倒臭そうにボリボリとボサボサ頭を掻きながら、無精髭の精霊は実に気怠そうな溜息を零した。

 彼は生薑香花ショウガの精霊、ジンジャージル。

 精霊随一の木工匠であるが、逆に木工以外へのモチベーションが常軌を逸して低い。生理現象すら煩わしいと言ってしまう。

 無意識の内に作品を仕上げるなんて器用な真似はできるくせに、意識的に行わなければ呼吸が止まるほどである。


 本日は未熟なヴィジタロイド達に遊戯会レクレーションと言う名の非常時対処訓練を施す集会の第二回目。

 その教官役として、ジンジャージルはこの草原広場に立っている。

 本来であればスケルッツォが本日の担当だったのだが、急遽決まったアバドンゲート征伐作戦に参加する事が決定してしまったため、ジンジャージルは代理と言う訳だ。


「あーあー……えぇと、ひぃふぅみぃ……まぁ、多分全員いるよな」


 ジンジャージルは出欠確認を数秒で諦め、雑に結論。


「おいおい……あのおっさん、本当に大丈夫かよ……」


 集まった緑頭のちびっ子達の群れの中。その頭のひとつの上に座る、草帽子を被った金毛倉鼠ゴールデンハムスターが一匹。コウだ。


「ジンジャーおじさんは、大体いつもあんな感じだよ」


 頭の上に座るコウの言葉に、ルークは特に思う事など無いと言った様子で普通に回答。

 ジンジャージルは確かに普段はものぐさだが、木工をしている時はキリッとしていてかっこいいおじさん。

 誰しも常時完璧である訳では無し。なら、別に普段は少しくらい脱力感に満ちていたって良いだろう。

 ルークに取って、誰かの多少の欠点など気にかけるものではないのだ。


 と、そんな話をしていると、向こうでキョロキョロしていた緑頭の少女がこちらを見付けて、ダダッと走って寄ってくるのが見えた。


「あーら、泣き虫ルーク。おはよう!」

「リリン! おはよう!」


 開口一番、もはやそう言う決まりなのかと思えるくらい形だけの嫌味を言って、仏頂面を破顔させながら朝の挨拶を済ませた少女。

 ルークよりちょっぴりお姉さん、リリンだ。相変わらずわかりやすさの権化めいている。


「よう、リリン。相変わらずだな」

「何がよ? まぁ、いいわ。あんたもおはよう」

「おう、おはよう」


 リリンに取ってコウはルークの付属物程度でしかなく、今までまともに挨拶など交わしたことはなかったが……先日、共にルークの危機に立ち向かった事で多少の好感は芽生えているらしい。


「さて、ここで偶然会ったのも何かの縁ね。ルーク。今日一日、お姉ちゃんであるアタシが面倒みてあげるわ! 年長者の義務として、仕方無く!」


 偶然も何も、この集まりは基本的に未熟なヴィジタロイドは全員参加だし、リリンは先ほど、明らかにルークを探している挙動だったが……。


「うん! 一緒にがんばろうね!」


 細かい事や野暮な突っ込みはルークには専門外。とにかくリリンの提案を有り難く、笑顔で承諾。

 その真っ直ぐな笑顔に、リリンは頬を少し赤くしながら目を逸らすようにそっぽを向いた。

 いつも通りの光景である。


「……ん?」


 そんないつも通りのやり取りの中、ふと、ルークは奇妙な感覚に気付いた。

 その感覚がした方向――森の方を見る……が、特に、異変は無い。


「おう? どうしたんだよ?」

「あ、いや……気のせい、かな?」


 一瞬、ほんの一瞬ではあるのだが――芽能グロリアを発芽した時のように、森の声が聞こえた気がしたのだ。


 ――『逃げろ』、と。



   ◆



 成熟したヴィジタロイドは、精霊院直轄の精霊騎士団に配属され、大陸の守護者としての任務をまっとうする。


 ラフィルと言う青年ヴィジタロイドもまた、例に漏れず、精霊騎士団に所属。

 本日は未熟なヴィジタロイド達が集まっている広場周辺の森域パトロール任務に駆り出されていた。


「異常無し! うん! 全く以て異常が無いな! 良い事だーッ! ハッピーだ!」


 誰に伝えるでもない、ただの自己確認なのだが……少々元気過ぎる。ラフィルの顔には常に笑顔が貼り付いている事も手伝い、快活でしかない。

 まぁ、それも当然だ。何せラフィルの養育にあたった精霊は――スケルッツォである。

 あの狂ったテンションの男を親とした子供がどんなテンションに育つかなど、そりゃあもう、ご覧の有様だ。

 座右の銘は当然『笑顔の絶えない職場です☆』。


「うんうん! 平和平和平和で結構! フフフ、フハハハハハハハ!」


 唯一の救いは、妙な笑い声までは伝染していない点か。


「だぁが油断はしないッ! それがラフィル・クオリティ! フハハハ! そこ、怪しいぞ!」


 エネルギーが有り余っているのか、ラフィルは手に持っていた木の槍で軽く茂みをつついてゆする。……そんな小さな茂みでは、隠れているとしてもせいぜい小動物だろうに。


「よし! 何もいない! 杞憂で良かった! しかし徹底して異常の無い日だな、今日は! とことんまでハッピーじゃあないかッ!」


 ……信じられるだろうか。ここまで全部、独り言である。


「フフフ、フハハハハハハ!」


 育て親(スケルッツォ)ゆずりの意味不明な上機嫌と高笑いを纏って、ラフィルは森の中を走り回る。


「ハハハハハハ……、ッ!」


 突然、ラフィルは笑い声と足を止めた。

 口角はあげたままだが、瞳はキリッと真剣な色合いに。豹変、とも言えるほどに雰囲気が切り変わったが、本来はこちらがラフィルの素である。


「……まったく、せっかく平和でハッピーな気分であった矢先に。何者だ」


 ラフィルは口角の高さだけは維持しつつ、ヒュンヒュンと軽快に木槍を回転させ、見得を切るように堂々と構えた。

 己の槍さばきの一端を披露する、威嚇的デモンストレーションと言う奴だ。


「ふゥむ……緑頭……だァが、小僧ではないな。ハズレか」


 ラフィルが木槍の穂先を向けた森の奥、枝葉が密集して天井となり朝陽をほとんど遮断してしまっている森の闇の中から、地鳴りめいた低音ボイスが響く。

 声に続いて姿を現したのは――ラフィルの倍からある背丈の……黒い男。

 本当に、黒い。漆を塗ったような艶のある黒さ――これを漆黒と言うのだろう。

 ゴツゴツとした肉を内包して無骨に膨らんだ漆黒の皮膚の上に黒衣を纏った巨漢。その両眼は白目であるはずの部分が赤く、そして紫色の瞳が無数。不気味を通り越して禍々しい。口内には猛獣めいた牙が並んでいる。額からは二本の細く長い角……触角が、弧を描いて後方へと伸びていた。


 見るからに――化物。まともな生物とは思えない。


 ラフィルは即座に行動。まず、木細工のイヤリング――霊術を施され遠隔通信機となっているそれを指で弾き、同じくパトロール任務に就いている騎士達とジンジャージルに異常を報告――しようとした。


「……何……?」


 通信機が、作動しない。

 故障? 馬鹿な。これは精霊院が用意した装置、つまりは精霊によって鋳造された霊術具だ。

 安物だ高級品だと価値を語る次元にすらとどまらない逸品。何もしていないのに故障などするはずがない。


 では――霊術が、何者かによって妨害されている?

 妨害を行っているのは……目の前にいるこの化物か?

 その極厚の筋肉で膨らんだ肉体や異形の見た目から、霊術に精通するような知恵者の雰囲気は感じられないのだが……それしか考えられないだろう。


「さァて……先ほど、ワシを何者かと問うたな。若僧」


 漆黒の化物はゆっくりと口角を上げた。漆黒の頬がずくずくと裂けていき、白い牙が剥かれていく。


「ワシの名はナラク・シュラク。ただの支配者だ」


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