11,開戦
「相変わらず、うっせぇ朝だなぁ」
大陸中に響き渡る大雄鶏の方々のモーニングコールにうんざりしつつ、巨大な木の根に腰を下ろして、ミッソロイは安物のタバコに火を点けた。
このミッソロイ、ただのくたびれたおじさんに見えるが、違う。
ミッソロイは、泣く子もごまをする悪虐改人。改人結社アバドンゲートの者である。
等級は最下位の第四級でハッキリ言って小物ではあるが。
現在、彼はいわゆる見張り番の役目に従事している。
この先の地下には、現アバドンゲートのアジトがあるのだ。
「あーあー……大都市で暗躍してた頃が懐かしいぜ……」
この緑の大陸・ユグドの国に来る前、アバドンゲートは黒の大陸・キョクヤの国にて活動していた。
黒の大陸は人間による科学文明の蔓延る大陸。破壊された自然達の怨嗟を体現するような排気ガスの暗雲により、陽と星から見放された世界。
しかし、科学の力で光は灯り、生活域の大気だけは整えられ、文明は栄え続けていた。
ミッソロイはその黒の大陸出身。自然と引換に得た利便性の中で、ミッソロイは生まれ育ったのだ。
それが何の必然性か、こんな不便極まる大自然の中に放り込まれれば、うんざりもする。
「ウチのボスってのは、本当に掴みどころが無ぇよなぁ」
肺に落とす価値も無い粗末な紫煙と共に、ミッソロイは愚痴を吐きこぼした。
そもそも、何故、アバドンゲートはこんな大陸にアジトを移したのか。
まずのキッカケは、黒の大陸を実質独裁的に支配していた統治者【闇王】とか言う奴の失墜だ。
アバドンゲートのナンバー2、ダークゾニスが闇王の居所を突き止めた。
すると、アバドンゲートの首魁、ナラク・シュラクがそれをぶっ潰した。
で、その数日後には緑の大陸へ移る事が決定し、現在に到った。
以上。
ダークゾニス曰く「ボスはもう、この大陸での目的を果たしたのですよ」との事。行き先が緑の大陸だったのは、「気まぐれ、又は直感と呼ばれるものでしょうね」。
黒の大陸の支配者を倒したのだから、おとなしく支配者の座に座れば良いのに、そんな気は無し。
おかげで闇王の一派は首領の死を隠蔽し、ナラク・シュラクが一度黒の大陸を制覇した事実は闇に葬られ、今もあの大陸は闇王一派による統治下にある。
……一体、ウチの大将は何がしたいのやら。
ミッソロイが知る限り、気が向いたら無軌道に暴れ回って、気が向かない時は暴飲暴食の後に惰眠を繰り返している。
さっぱり理解できない。何もかもが規格外、と言う所だろうか。
「気が向いたら、この大陸の統治者……噂の大精霊サマでもぶっ倒して、また他の大陸にでも行くのかねぇ?」
まぁ、冗談ではあるのだが、本気だとしてもまず不可能だろう。
大精霊が座すのは精霊樹のどこか。そして大精霊の許可が無ければ、精霊樹には近寄る事さえできないと聞く。
――……もしかして、この大陸でダークゾニス達があれこれやっているのは、力づくで精霊樹に近付く術を探すため?
んな馬鹿な。いくらナラク・シュラクが常軌を逸した改人だとしても、精霊達の本丸に戦争ふっかけるなんて流石に正気の沙汰ではない。
霊格相手に喧嘩を売るってだけでも、人間の身には余る大冒険だ。第一級改造人間ならどうにかギリギリ現実的かも知れないけどそうでもないかも知れない……ぐらいの頭おかしい挑戦。
だのに霊格の中でもトップクラスの精霊様達と殺り合うなんて……適当にその辺で首を吊るのと結果は変わらないだろう。
「精霊に喧嘩売るなんて馬鹿らしいってんだ。人のやる事じゃあねぇよ……うん、うん」
「えぇ、そうね。身のほど知らずにもほどがあるわ」
「ツォーツォツォツォ! まったくでございますねぇ!」
「……へ?」
◆
綺麗に整備された地下空洞の天井が、ド派手に崩れ落ちた。
瓦礫に混ざって、鼻を折られて白目を剥いたミッソロイも落ちていく。
「……ここね。まったく。他所の連中の趣味は理解できないわ」
のっぺりとした無機物な内装に明白な不快感を示す、黄色いドレスの美女。髪を飾る大きな太陽花の中心には、陽色の炎が灯っている。
太陽花の精霊、シエルフィオーレ。
「ツォッツォッツォッ! えぇ、はい。オーガニック主義の極致たる我々とは到底相容れませんねぇ、これはッ!」
シエルフィオーレに同調して奇怪な笑い声を上げるのは、全身をドピンクコーデで包んだ四白眼の男。常に笑顔が貼り付いていて、四白眼との組み合わせが非常に不気味。
濃色桃薔薇の精霊、スケルッツォ。
瓦礫を踏みしだいて、シエルフィオーレとスケルッツォは進む。
改人結社アバドンゲート、その本拠地の奥へと。
「な、何だ何だ!? 敵襲か!?」
破壊音に群がるように、わーわー騒ぎ立てながら有象無象の改人共が飛び出してきた。
どいつもこいつも揃い揃って品の無い面構え。似合い相応、ならず者の典型のような連中。一目でうんざりしてしまう不快感の詰め合わせだ。
「敵襲? はッ。笑わせんな」
もはや青筋の一本すら浮かべる事なく、シエルフィオーレはその指先に陽を灯した。
「襲うつもりなんてないわ。ただ踏み潰して通るだけよ」
暴力的なまでに温かな陽の光が、通路を埋め尽くし、破壊し、吹き飛ばす。
「……やー……相変わらず、雑に強いですねぇ、シエル嬢。流石流石と大爆笑! ツォツォツォ!」
「今回の作戦内容にはぴったりでしょう」
アバドンゲート征伐におけるプラン。
まずシエルフィオーレとスケルッツォが先行し、ただひたすら破壊の限りを尽くす。
炙り出される形で地上に這い出してきた虫けら共を、地上待機のダーウィリアムが叩く。
つまり、シエルフィオーレは好きに暴れて良し。
ダーウィリアムなりに気を使った采配である。
一応のブレーキ役として添えられたスケルッツォとしては、表情には出さないものの巻き添えを喰らいそうで冷や汗だが。
「さて、ちゃっちゃと行くわよ」
内装が一片残らず焼き払われ土の大洞窟に戻った通路を、シエルフィオーレは迷う事なく突き進む。
一人でも多くの構成員を、御自らの手で焼き払う。そんな強い意思を感じる歩みだ。
――当然だ。
アバドンゲートは一度ならず二度までも、彼女の逆鱗を踏みつけたのだから。
「……虫けら共。一匹たりとも、生きて陽の下に出られるとか思わないで」
「ツォーツォツォツォ! 意気軒昂ッ! よろしい事ですねぇ! しかしあのー、シエル嬢? 基本は生け捕りの方針って打ち合わせで――」
――ズドォオンッ!!
スケルッツォの問いかけを遮るように、シエルフィオーレは陽の炎を放ち、轟く爆音を発生させた。
「あら、スケルッツォ。今、何かさえずったかしら?」
振り返り、ニッコリ微笑む、まるで太陽花の女神様。
煌々と燃え盛る炎をバックにしていなければ、一目見ただけで不治の病も癒えそうな極上のスマイル。
「……いえ、何と言うかまぁ、ご愁傷様ですねぇ、と! ツォツォツォツォ!」
色々と諦め、スケルッツォは笑う事にした。




