10,征伐と暗躍
精霊樹の天辺に建つ木城(修復中)。
その最上階にある青空と星海の狭間の展望会議場、星見会議場(修復中)。
匠のこだわりだか何だかで時間がかかり、焼失した円卓の代わりがまだ仕上がっていないため、集まった精霊達は円陣を組む形で立ったまま会議をしていた。
「よもや、こんな事が起き得るとはね……」
精霊界隈の次席、赤い精霊おじさんこと王厳菩提花の精霊・ダーウィリアムは神妙な面持ちでつぶやいた。
平時は常に柔らかな表情と雰囲気のおじさんだが……今はその平時ではないと言う事だろう。彼の表情は鋭く、雰囲気は剣呑だ。
侵されるべきでない領域を侵され、拳を振り上げない理由を見つけられない。そんな目だ。
「拘留していた二名の構成員が霊獣までもが加わっていた警備網を抜けて脱獄。更に、新たに捕縛された構成員が……精霊院が保有・管理するヴィジタロイドに対して『明確な害意を以て』危害を加えた」
霊獣をも出し抜く能力の高さ――アバドンゲートに対して当初想定していた脅威値を大幅に上方修正する必要がある。
ヴィジタロイドに対する明確な害意――これは、精霊院として、当然看過できない。
アバドンゲートが起こした事件にヴィジタロイドが「偶然に巻き込まれた」一件目とは、訳が違う。
ヴィジタロイドは大精霊様の予言を受け、いつかきたる未曾有の危機から大陸を、民を守るために生み出された存在だ。
その未来の至宝足り得るヴィジタロイドを意図的に害すると言う事は、ひいては大陸を、民を大きな危険に晒す極悪行為と断じる他にないッ!
アバドンゲートは、踏み入ってはいけない領域へと踏み入った……! 「精霊の対処を要する」と言う決定に足るだけの事件を、引き起こしたのだッ!
――更に、加えてもうひとつ……今回の件で、『別の脅威』まで浮上してしまった。
こちらは、確実に近い将来、この大陸――どころか、この世界を丸ごと危機に晒しかねない巨大な爆弾……!
「活動拠点の割り出しは済んでいる。あとは、決を取るだけだ」
ダーウィリアムが見据える視線の先――議場の外、眼下に広がる緑色の大陸。そこに潜む悪辣な害敵を睨みつけながら、叫ぶように提案する。
「改人結社アバドンゲートの征伐作戦ッ! 異議のある者はいるかッ!」
全ては、この大陸を、民を守るための最善手を打つべく。
精霊院が、動き出した。
◆
樹とは長命であるが、決して不朽ではない。
樹齢数万年クラスの樹が朽ち、更に数万年をかけて土に帰れば――その巨大な根は痕跡として、地中に広大な空間だけを残していく。
そうした地下大空洞が、緑の大陸にはごまんと存在する。
その内のひとつを、日の下を歩けない者達が利用せんとするのは、ある意味で自然な流れとも言えるだろう。
「……興味深い報告です。これは充分に成果と呼べるものでしょう。レッドパイン、メープルジャム。ご苦労様でした」
巨大樹の跡地地下、地中の大空洞を補強して造られた施設にて。
煌々とした無機質な光に照らし出された一室にて、その男は無表情のまま部下を労った。
男の名はダークゾニス。やや小柄で、目の下に墨を垂らしたような濃過ぎる隈があるのが特徴的。
アバドンゲートにおいて首魁の次に偉く、そして強い男である。
「興味深いィ? 霊獣の報告がか?」
パツパツタイトな服装のムキムキ巨漢・メープルジャムの質問に、ダークゾニスは無言で首を横に振った。
「こちらの少年ですよ」
ダークゾニスが指を鳴らすと、天井からキュィィンと言う駆動音。
天井から映写機が飛び出すと、応じて室内が消灯。闇を切り裂いて映写機が壁に映し出したのは、レッドパイン達が体に埋め込んでいた金属――特殊外装の起動トリガーから取り出した映像記録だ。
「ああ、ルークくんか」
赤コートを着た痩身の男・レッドパインが納得したようにつぶやいた。
壁に大きく映し出されたのは、緑色のオーラを纏って吠え猛る緑髪の少年・ルーク。
「確かに……都市伝説かと思われていた【ユグドの国のヴィジタロイド】だ。客観的に考えて興味深いとするのも頷ける……が、しかし。我々とは需要が違うのではないか?」
ヴィジタロイドは霊術によって命を与えられた存在だ。
より優れた科学技術を導入し、改人の質を上げると言うダークゾニス派の目的には関わり無い存在だろう。
「ええ、そうですね。ヴィジタロイドと言う存在そのものは、我々の目的と余り関係の無い埒外の存在ですが……よく見てください。少年が纏っているオーラを」
「「?」」
「少年が纏う緑色のオーラ。……少年が突如としてメープルジャムを圧倒する力を発揮した要因は、おそらくこれであると推測して良い」
「そりゃあ、まぁ、見るからに明らかだろうけどよ?」
「して、このオーラですが……肉眼で捉えるには非常に困難であるものの……よく見てください」
肉眼で捉えるのは困難、と前置きしておきながら「よく見ろ」ときた。
まぁ、ダークゾニスと言う男はこう言う奴だ。天才肌と言うか、逸般人と言うか。
普通に考えれば逆立ちしても無理な物事を平然と「頑張れば、まぁ、できるでしょう?」と言い出すタイプ。
「……さっぱりだぜ」
「……ああ、だな」
しばらく目を細めて映像を見入っていたレッドパインとメープルジャムだったが、やはり無理。何が何の事で、何に注目して何を感じろと言われているのやら。
「ふむ。では解説を。この少年のオーラは、少年の内から湧き出している……訳ではなく、周囲から粒子が飛来し、それが収束して形成されています」
「へぇ……見えねぇけど、そうなのか」
ダークゾニスが見え難いが見ろと言ったのは、その粒子が飛来・収束する様か。
「ヴィジタロイドにまつわる都市伝説に、『ヴィジタロイドは自然に関わる特殊能力を発現する』と言うものがあります。おそらくこれがそれでしょう」
「ふむ……ん? で、それが一体、何だと?」
霊術によって生み出された存在が行使する特殊能力。それは副次的な霊術であって、やはり科学技術とは縁遠いものであるはずだ。
「貴方達はこの少年の能力の詳細、如何なものだと推測しますか?」
「そりゃあ、アレだろ? 光を帯びてパワーアップ的な」
「はい。しかし、この世界は科学的にも霊的次元領域分野においても、エネルギー保存の法則が存在すると明確化されております」
素人目には、霊術は荒唐無稽な奇跡を巻き起こしているように見えるが、実際は違う。
科学に疎い獣にコンピュータマシンを見せても同様の感想を抱いてしまうのと同じだ。
霊術は霊力と言う確かな生体エネルギーを消費し、その消費量に見合った現象を、科学とは別の法則の下で引き起こしているに過ぎない。
つまり、森羅万象、無から有が生まれる事は有り得ない。
「では、この少年が得たパワーは、どこから集収されたものでしょうか?」
「「?」」
「……難しい事は訊いていないはずですが……まぁ良いでしょう。導き出せる結論はひとつだけです。この少年はヴィジタロイドとしての特殊能力を使い、森からエネルギーを集収、パワーに変換しているんです」
「ほぉん……え、で、やっぱり科学とは関係無くね?」
「はい」
ここまで散々引っ張り回しておきながら、ダークゾニスはあっさりと頷いた。
相変わらずだけれども意味わからん、とレッドパインとメープルジャムは溜息。
「最初から言っているでしょう。ヴィジタロイドと言うものは、科学とは何ら関わりの無い埒外の存在であると」
だが、その上でも、ダークゾニスにはルークの能力に注目する所以があった。
「この能力の詳細は推し量るに――『森からのエネルギー搾取』。即ち、『自然を支配下におく力』。この『支配下におく力』と言う部分が重要なのです。ボスにはね」
「ボスぅ? ボスってぇと、ナラク・シュラク?」
「ジャム、一応、様を付けろ。我々の大ボスだぞ」
「まぁ、そんな事を気にする御方じゃあありませんがね。あの人に取って、我々改人は改造を受け入れた時点で既に『支配済みの存在』。終わったコンテンツです。我々の言動だの一挙手一投足、すべて興味の外ですよ」
ナラク・シュラクが重んじるのは、忠誠や畏敬の念などではない。
そんなくだらない理由で、ナラク・シュラクは暴虐を振るわない。
「ボスに報告するとしましょう――『貴方の獲物に相応しい存在を見つけた』、と」




